いつか見た白い花(後編)

 あの夜から5年が経った。


 あの日。

 全てを失った夜からわしと二人の子供は王都の外れにある養成所に入った。

 そこで竜に立ち向かえる戦士となるために。


 修行は厳しかった。

 当時の記憶がほぼ無くなるくらいに。

 二人の言葉に嘘は無く、修行の途上で死を覚悟した事も何度かある。


 だが、そのたび這い上がった。

 まだナタリアの敵を取っていない。

 かならず赤い竜の心臓を捧げる。


 奴に自然な死、安らかな死など与えない。

 この手で……心臓を抉り出してやる。

 それだけが支えだった。


 それと……あの場に居た二人の子供。

 エリックとリンデ。

 その二人を守る事も新たな生きがいとなっていた。


 ナタリアが命を賭して守った二人。

 であれば、自分も必ず守って見せる。そして幸せになってもらいたい。


 そうしてさらに2年が経ち、エリックは養成所の教師に。

 リンデは病気や怪我を治癒する白魔術師となった。

 エリックは最終試験の際に片目を失い、竜との実戦に出る事が出来なくなったのだ。

 

「リンデ。君も無理しなくていい。自分の進みたい道に進むんだ」


 そう言ったが、彼女は「おじさんに何かあったとき、治してあげたいから」と話し、わしと同行する道を選んだ。


 そして約束通り、あの時の緑のローブの女性……アリアナと、鎧の剣士ジョンと四人での旅が始まった。


 旅は長かった。

 いつ果てる事もない復讐と戦いの日々。


 そんな果てに、アリアナとジョンは年老いて実戦から離れた。

 そして、リンデと共に戦い続け……もう何十匹になるか記憶に無いほどの竜を葬ったわしはいつしか「竜殺しの魔人」と呼ばれるようになった。


 だが……奴。

 赤い竜には出会えなかった。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 「何を考えてたの? ヴィクター」


 焚き火の前で思い出に浸りきっていたわしの前に、リンデがスープを置いてくれた。

 最初に会ったとき7歳の少女だった彼女もすでに45歳。


 彼女もまた王国では知らぬ者が無いほどの白魔術師となり、王国から何度も王立魔法学校の校長となる依頼を受けながら、それらを全て断りわしなんかと共に旅している。


「昔の事を思い出していた」


「ナタリアさんの事?」


「ああ……」


「赤い竜……見つからないね」


「……なあ、リンデ。お前はもう王都に帰れ」


「……どうして?」


「お前を長きに渡り巻き込んでしまった。お前のご両親の敵の竜はすでに始末した。お前はもう縛られなくとも良い。王立学校の話……来ておるんじゃろ?」


 リンデは苦笑した。


「知ってたのね」


「わしを見くびるな。赤い竜は見つかるか分からん。見つかっても、万一お前に何かあれば……わしは耐えられん。これ以上身近な者がいなくなるのは」


 「だからずっと仲間を作らなかった。……あなたらしい。でも、治療する者は必要でしょ?」


「わしは充分な技量がある。必要な……わっ、なにをする!」


 リンデは両手でわしの頬を挟むとスリスリとこすった。

 はるか昔、ナタリアが良くやっていたと話してから、やたらとするようになった。


「ここまで来て今さらでしょ? 死なばもろとも。赤い竜……倒しましょ」


「……ああ」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 それから一月が過ぎた。

 毎年雪の舞う季節になると、ナタリアのことが思い出される。

 もし生きてたら……どんな女性になっていただろうか。


 良い男性と所帯を持ち、剣術道場で街の子供たちや自分の子供に剣を教えていたのだろうか。

 それとも剣をやめ、よき妻でありよき母になっていただろうか。

 それとも冒険者として、素晴らしき仲間に囲まれて世界を旅してたのだろうか。


 何度目かになる辺境の国、ポワレに立ち寄ったわしとリンデはそこで一つの話を聞いた。


 それは町外れの火山に見たことの無い巨大な魔物が居て、旅人を食らっていると。

 だが、続きを聞いたわしは全身に鳥肌が立つのを感じた。


「そいつは……真っ赤な化け物らしいです。まるで……話に聞いた……ドラゴン」


「ドラゴン……」


「はい。あなた、あの有名な『竜殺しの魔人』ですよね。どうか奴を倒して下さい。奴はどうやらわが国に伝わる精霊の壷も奪っているようなのです。それも願わくば取り返していただければと」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 わしとリンデは無言で山を歩いた。

 周辺は岩ばかりとなっていて、鼻や喉を焼くような熱気に満ちていた。

 だがそんなことはどうでもいい。

 わきあがる思いを抑えられない。


 間違いない。

 特徴を聞くほどにあの時の竜と酷似している。


 ナタリアを殺した……赤い竜。


 わしは腰に下げた魔剣……を確認するように握る。

 力を開放しないとただの剣だが、開放するとそれはたちどころに竜を滅する力を持つ。

 その代わり使ったものに強大な力を与える代償として、持ち主自身の身の大切な何かを奪う。


 それが何か分からなかったので、今まで開放しなかった。

 死は怖くないが、代償次第では赤い竜を殺せなくなる。

 それは困る。

 それだけだ。


 なにより、わし自身歳を取りすぎていて、開放した力が無くては竜と戦えそうに無かった。

 70になって竜を殺すには足りないものが多すぎる。


「ヴィクター……剣を……解放するの?」


「奴が赤い竜ならな。わしももう歳だ。最後に敵を取れるなら、もはや充分」


「……いやだ」


「なに?」


「ヴィクター……私、あなたの事が……ずっと……」


 その時。

 前方の洞穴から大地を揺るがすようなほえ声が聞こえる。

 間違いない。

 ……竜だ。


 その直後洞穴から大きな赤い竜が顔を覗かせた。

 その目を見た瞬間、記憶が鮮やかに蘇る。


 ナタリア……お前の……敵だ。


 わしは剣を抜くと、術者より教わった開放の文言を唱えた。

 身体に力が流れ込む。

 これが……最後。


 それと共に、自分の頭が酷く痛むのを感じる。

 一刀の元に切り捨てねば、間に合わない。


「リンデ、今まで有難う……幸せに」


 わしはそう言うとリンデの泣き声を背に竜に切りかかった。

 その剣は竜の首元を確実に捕らえた。

 

 やった……


 だが、その首を落とすか落とさないかの時。

 最後の力を振り絞ったであろう奴の吐いた炎をまともに受けた。


 まだ……

 身体に感じる激痛と共に、剣に最後の力を加える。

 奴……赤い竜の首が落ちた。


 やった……


 わしは、その場に崩れ落ちた。

 ナタリア……


 わしは自分の視界が完全に闇に包まれているのを感じた。

 これが……代償か。

 だが、もはやこの命も危ういから関係ないか。


 その時。

 自分の目の前になぜかある景色が見えた。

 

 目を……失ったはずなのに。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 わしは呆然としながら目の前の景色を見た。

 そこに見えたのは、あの日……竜によって焼かれたはずのわしとナタリアの家だった。


 自分の身体を見ると、70歳で無い若い身体だった。

 そしてあの日の服装で手には白い花束を持っていた。

 これは……


 現実を受け入れるのに時間がかかったが、それでも必死に足を進めた。

 そして、目の前の……懐かしい我が家のドアを開ける。

 

 ああ……神様。

 そこには狭いながらも優しさと暖かさに満ちた景色があった。

 そして、キッチンの大なべの前に立っているのは……


「……ナタ……リア」


「あ、パパ! お帰りなさい。ご主人様のパーティどうだった? あと、お土産もらってきてくれた?」


 そういたずらっぽい笑みを浮かべるナタリアに、わしは手に持っていた花束を見せた。


「これ……もらってきたんだ。お前に……見せたかった……ずっと……ずっと」


 そう言いながら途中から涙で言葉にならなかった。

 そう……ずっと……見せたかった。

 あんな形じゃなく、ちゃんと暖かい家の中で。

 二人の小さなお城の中で。


「やだ! 何で泣いてるの! パパ、もしかしてお屋敷の人に苛められたの? だったらとっちめてやる」


「違うんだ……違う……」


 わしは泣きながらナタリアに言った。

 あの日……言いたかった言葉を。


「ただいま、ナタリア」


「お帰り、パパ」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 これで……もう……

 わしは心からの満足感に包まれていた。

 

 その時。

 耳元に聞いた事の無い女性の声が聞こえた。

 

「私を解放してくれた事、感謝します。あなたの願い……叶えましょう。あなたの願いは……その少女ですね。その髪の毛の主」


 薄れ行く意識の中、わしは必死に答えた。

 そうだ……誰でもいい。

 あの……子を……


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「ヴィクター、今日の仕入れはこれでいいかしら?」


 カウンターで計算をするわしに伝票とにらめっこしていた、女房……リンデの声が聞こえる。


「ああ、充分だ。研ぎも美しいし鎧の接続も素晴らしい」


「でしょ? 私の目利きは完璧なんだから」


「ふん、わしが叩き込んだからじゃ」


「それを発展させたのは私。このお店も私目当てのお客様が多いの知ってるでしょ?」


「おい! それは本当か!?」


「ふふっ、ご心配なく。あなた一筋ってちゃんと言ってますから」


 あの日。

 失ったはずの目は戻っていた。

 気がつくとわしにしがみついて泣き叫んでいるリンデと、近くに栓が抜かれて転がっている壷があった。


 聞くと、赤い竜を倒した後、命を失いかけていたわしのため、リンデは精霊の壷を開けたらしい。

 すると、中から閉じ込められていた精霊が出てきて……後はわしの夢の中のことだが、リンデはすんなりと信じてくれた。

 今でもそれを疑う言葉は聞かれていない。


 それから二人で赤い竜の首を持ち帰り……わしとリンデは引退した。


 リンデまで付き合う必要は無い、とかなりの時間もめたが、突然リンデがわしに抱きついてきて愛の告白などを行い、呆然としているうちに気がついたらそれを受け入れていた。


 それからは、リンデに引っ張られるままに王都に帰り、すでに王宮の騎士団長となっていたエリックの計らいで、資金援助を受けて小さな武器屋件、剣術・白魔術教室を立ち上げた。


 幸い、どうでもいいと思っていた過去の名声とやらに救われて連日大盛況だ。

 その後小さな式を挙げたわしとリンデは、共に小さな武器屋で連日来るお客を相手している。


 そして、わしの道場に連日顔を出す来る一人の生徒が、今日もやってきた。


「ヴィクター、また来たわよ」


 リンデはそう言ってニヤニヤと笑う。

 

「全く、何たるエネルギーじゃ。着いていくわしももたんわ」


 そう言いながらわしは自然と笑みがこぼれる。


 道場に顔を出すと、そこには革鎧に身を包んだ14歳の少女が立っていた。


「あ! おじいちゃん! 今日はなに教えてくれるの」


「昨日と同じ。体力づくりと基本的な剣の振りじゃ」


「え~! そろそろ実践的なかっこいい奴教えてよ」


「バカか。今のお前では死ぬ。基本が全てじゃ」


 全く、こんな性格じゃったかの? 知らんだけで道場ではこうだったのかもな。


 少女は頬を膨らませて「は~い」と言った。


「はい! じゃ。返事くらいちゃんとせえ、ナタリア」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 ナタリアは精霊の計らいによって生き返った。

 髪の毛から再度復活し。

 最高位の白魔術でも不可能なもの。

 まさに神の奇跡だった。


 あの時から2年後、武器屋にふらっと顔を出したとき、それが分かり仰天した。


 だが、ナタリアはそれまでの記憶を完全に失っており、彼女が言うには気がついたら馬小屋の中で寝ていてそこの老夫婦に引き取られて娘のように育ててもらった、との事だった。

 

 当然、わしの事も覚えていない。

 でもそれで良い。

 あの日の悪夢も彼女の中では無かったこと。

 それなら充分だ。


 彼女は新しい人生を幸せに生きて欲しい。

 

 ……ただ、冒険者志望なのは頭が痛い。


「せっかく私も竜殺しの魔人みたいになりたいのにさ」


「あんなの何の価値も無い。お前は信頼できる仲間と共に、自らの夢を見つけるんじゃ。その手伝いならいくらでもしてやる」


「ありがと、おじいちゃん。でも……不思議だな。なぜかおじいちゃん見てると……胸の奥がポカポカ暖かくなる。なんでだろ」


「……さあな、わしはお前の顔を見るとまた面倒ごとを頼まれるのか、とウンザリするが」


「え~! 酷いよ!」


 その時、クスクス笑う声が聞こえて、リンデが入ってきた。


「さあ、二人とも休憩しませんか? 紅茶とクッキーを用意してるから」


「やった! は~い、頂く頂く」


「バカもん! 『ありがたく頂きます』じゃろうが! 乙女たるもの、言葉遣いくらい……」


「はいはい、それよりクッキー食べようよ、おじいちゃん」


 まったく。

 わしはため息をつきながら、顔が緩んでしまうのを抑えられなかった。

 

 神様、どうか子のこの新しい人生に沢山の幸があらんことを。


【終わり】


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 うう……いきなり冷え込んできましたね。

 この前までずっと夏が続くのかな、って思ってたのに、こうも極端だと困っちゃう。


 と、言う事で良かったら暖かいホットチョコレートでもいかがですか?

 寒いときにはすっごく温まるんですよ。

 それにココアやチョコには精神を穏やかにする効果もあるんです。


 あ、お気に召していただき嬉しいです。


 さて、今日の物語は久々の異世界ファンタジーでした。


 大切な者を失いながらも希望を無くさずに旅を続けた老剣士。

 全てを失ったと思っていた彼ですが、実は沢山のものを手に入れていた。

 そして最後には、別の形ではあるけど彼なりの幸せを手に入れることが出来た。


 ヴィクターさんはきっと、これからも色々と振り回されながらも、失ったひと時を少しづつ取り戻していくんでしょうね……


 さて、お客様。

 ホットチョコレートはいかがでした?

 私も同じの頂きます。


 あら?

 雨……こういう雨音を聞きながら飲むのも風情がありますよね。


 私も、そちらに座ってもいいですか?

 たまにはお客様と同じ景色を見てみたくなりました……

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