私のデリバリー(後編)

「本当にすいませんでした!!」


 金しゃちさんは私を家に上げると、土下座せんばかりの勢いで頭を下げては謝罪していた。

 いや、むしろ謝るのは私だと……


「い、いえ。私こそ、訂正もせずお家にまで来ちゃって。個人情報も何もあったもんじゃないですよね。ほんと、ゴメンさない……」


「いやいや、とんでもないです。まさかこんな事になるなんて」


 どうやら金しゃちさんは私に怒りや不信感は抱いていないようだ。ほっ。

 で、あれば私としては「いやいや、お気になさらず」以外の返答があるだろうか。

 

「あ、ホントに大丈夫ですから、もう気にしないでください。あの……せっかくなので、どうぞ」


 そう言ってテーブル上においたオムライスとホットケーキを6歳くらいであろう娘さんは目を輝かせて見ている。

 

「これは美味しそうですね。ユリっ子さん、お料理得意なんですね」


「はい。母から『いい男性を捕まえるのは胃袋からだ』と言われ続けて」


「すごいお母さんですね」


 そう言うと金しゃちさんは楽しそうに笑った。

 ああ、なんかホッとする優しい笑顔だな。

 私のいたブラックっぽい会社の男性は、いつもピリピリしてる無愛想な人ばかりだったからこういう男性は新鮮だった。


「はい。結構豪快な人でした。ところで、金しゃちさんの奥様はお仕事ですか?」


「いえ、2年前に病気で」


「あ……すいません」


「いえいえ。全然だいじょうぶです。しかし、こんな物凄い出会いってなかなかないですよね。こんなのヨミカキに書いたら、絶対信じてもらえないですよ」


「あ、でも案外エッセイ大賞とか取れるかも」


「ですかね! でも、そうなるとユリっ子さんにご迷惑かかっちゃうな。特にファンの書き手さんなので余計」


 え? ファンって……


「さ、せっかく持ってきてくれたごちそうですし、ありがたく頂きましょう。由香里。お姉さんにありがとうは」


「有難う、お姉さん」


 そう言って私の食事を食べ始めた二人は、しきりに褒めてくれてこっちが恥ずかしくなるほどだった。


「本当にユリっ子さん、料理上手ですね。美味しい」


「パパ、何作らせても下手だもん。ね、お姉ちゃんまた作って!」


「えっと……また機会があったらね」


 間違いなくこれっきりだろうけど、ここはリップサービスしないと。


「いやあ、でもまさかユリっ子さんにお会いできるなんて、凄い一日だな」


「いえ……私なんか全然です。最近何書いてもさっぱり人気ないし。全然底辺です。それに比べて金しゃちさんのエッセイ、毎回PVとか凄いじゃないですか。お星さまも300超えてるし。エッセイでこれは凄すぎです。トップグループですよ」


 そう言うと、金しゃちさんはキョトンとした感じで目を見開いた後、笑顔で言った。


「う~ん……底辺とかトップグループとか良くわからないですけど、僕はユリっ子さんの小説好きですよ。穏やかな空気感と緻密な設定やキャラクター造形。この人、本当に小説書くのが好きなんだな……ってのが伝わってくるので」


 突然の面と向かっての褒め言葉に私は脳がショートしそうになりながら、慌てて何度もメガネを直しながら言った。


「い、いえいえ! だって全然お星さまも応援ハートもついてませんし」


「でも、あなたの近況日記や作品からは書くのが楽しい、というのが伝わってくるし、僕は面白いと思っている。それじゃあダメですか? 星とかそういうのは縁やタイミングですよ。あなたの作品を読む人がそういうのを付ける事に対して積極的な人なら付ける。控えめな人ならつけない」


「そんな……ものでしょうか」


「そうですよ。小説書くのって楽しくないですか? 自分の空想や生まれたテーマを、文章って形で外に出して一つの作品で組み上げる。好きな場所や空気感、登場人物たちに囲まれて、好きな言葉や考え方を喋らせられる。そして、それが自分オリジナルの作品になって、顔も知らない日本中の沢山の誰かに読んでもらえる。で、自分のそんな作品に共感してもらえる人に出会える。とんでもない幸せですよ」


 そうなんだろうか……

 

「ゆかり、おねえちゃんの童話大好き!」


「ええっ!? あれは、なんとなく書いただけの奴で……」


「あれ、僕も好きですよ。でも娘が特にファンです。さっきの底辺云々ってやつ……眼の前にこうしてあなたの作品を楽しみにしてる人がいるのに、悲しいこと言わないでくださいよ。ヨミカキのサイトだと文字情報でも、その向こうには息づいている相手がいる」


 金しゃちさんはそう言っていたずらっぽく笑った。


「すいません……」


「いえいえ、こっちこそ。冗談ですので。……もし、良かったらまた遊びに来てください。で、ヨミカキにも新作書いてくださいよ。僕も、あと娘も読めそうなら二人で楽しく拝読します」


「は、はい! 私も金しゃちさんのエッセイ、楽しみにしてます。で、ありがとうございます。私……色々あって悩んでたけど、元気出ちゃいました」


「それは良かった。僕ら、素人とはいえ物書きなんですから、そんな気持ちも作品で出しちゃえばもっとスッとしますよ。僕もよくやります。妻が死んだときは人生が真っ暗だと思ったけど、今は世界ってこんなにキラキラ光ってるのか、って思います。辛いことがあっても、幸せになっちゃえばそれまでの不幸は全部ただの過程です」


「きらきら……」


「はい。ユリっ子さんもそうなりますよ。あんなに楽しそうな世界を書ける人なんだから。では、また」


 ※


 それから臨時で3人分のホットケーキをキッチンをお借りして作り、それを食べながら3人で楽しくお話をした後、私は帰路についた。


 不思議と、今朝までの閉塞感は消えているのが分かった。

 私はいらない子なんかじゃない。

 

 ちゃんとこの世界に立っていていいんだ。

 そうだ。

 自分のペースで1日1日をゆっくりと。


 立ち止まることは恥ずかしくない。

 一休みすることは落ちこぼれなんかじゃないんだ。

 いつか笑えれば、自分に胸を晴れたらそれで全部過程になる。


 深く深呼吸をした私は空を見上げた。

 金しゃちさんが言うように世界は思った以上にキラキラと輝いているように感じた。


【終わり】

 

 ※


 まだ暑い日が続きますね。

 このまま秋が日本から無くなっちゃうのかか、って心配になっちゃいます。


 え? 考えすぎ?

 ふふっ、そうですよね。

 ごめんなさい、私どうも色々と考えすぎちゃう悪い癖があって。


 だから、前にお話した小説。

 あれも昨日一作目を書き上げたから、あれこれ考えずに思い切って今夜ヨミカキに投稿しようと思うんです!


 えっ、ペンネームを教えて!?

 ダメダメ!

 いくらカフェの常連さんでも出来ることと出来ない事があります!

 

 で、そんな不安をライムにぼやいてたせいかしら。

 今回の「一瞬の物語」は、ある一人の女性の迷いと再生のお話でした。


 誰しも自信を失うことはある。

 特にお仕事ってその人の大きな柱になるものだから余計。

 でも、柱って一本でなければ行けないなんて決まりはない。

 そして社会貢献しなければならない決まりもない。


 その人にとって、拠り所になるのであればそれはその人の柱になりますよね。

 

 このお話の春香さんは、金しゃちさんとの出会いで自分の中にしっかりと建っていたけど見過ごしてた大切な柱に気づいたみたいですね。

 

 そして、この先の二人がどうなるか……

 個人的にも気になりますが、それはまた別の一瞬の物語になるかもならないかも……ね、ライム?


 さて、今日のオススメのガトーショコラとジャスミンティーですがいかがですか?


 えっ、美味しい! やった!

 ……あれ? 今スマホで見ているページ「ヨミカキ」じゃ……


 あっ! お客様のペンネーム……嘘! 私、お客様の作品、すっごいファンなんです。

 凄い偶然ですね。


 あ、あの、もしよろしければ作品の創作秘話なんかを…… 

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