ヒーローなんかじゃない(後編)
隣の部屋で眠る小雪の寝顔を見終わると、ドアをそっと閉めてリビングに戻った。
「はい、お疲れ様。ビールで良かったっけ?」
車椅子を器用に操作しながら、亜衣が皿に載せたビールと唐揚げをテーブルに置いてくれた。
あの時刺さった木の破片は、亜衣の両足をダメにしてしまった。
だが、彼女はそんな苦労を欠片も見せずに、軽やかに生きている。
「ありがとう。いつも悪いな」
「どういたしまして。家族のために頑張ってくれてるんだから、当然でしょ?」
「頑張ってる……か」
「そうよ。いっつも大変じゃ無い」
その言葉に俺は思わず苦笑いを浮かべる。
「そうだな。悪の組織の雑魚みたいな戦闘員で、やられっぱなし。しかも娘には正義のヒーローなんて嘘ついて……かっこ悪いな」
そうつぶやいて俯いた俺は突然、頬を軽くつねられた。
顔を上げると、亜衣が唇を尖らせて睨み付けていた。
「誰がかっこ悪いって? 私にとって
「光……」
「そう。そりゃ……色んな人に迷惑はかけてるかも知れない。私たちはもしかしたら……罰せられないとなのかも。でもさ……自分勝手かもだけど、私は世界中のみんなが克也を嫌っても味方だから」
「……有り難う」
俺は声を振り絞ると、亜衣を抱きしめた。
だが、そう言いながらも迷っていた。
大切な家族を俺の細やかな意地と復讐心……亜衣の両足を奪ったオリンピアへの思いだけで巻き込むべきなのか。
※
それから半月後。
俺たちはエリアマネジャーであるカマキリ男の指揮の下、とある大企業傘下の工場の電気系統をマヒさせる業務を行っていた。
だが、俺はこの工場の名前を見たとき、妙な引っかかりと胸騒ぎを感じていた。
何だろう、この名前……
そんな事を考えていたとき、機関室で作業していた別部隊から無線が入った。
「オリンピアが来た! 全員戦闘態勢」
マジかよ……もう少しで終わるのに……
俺はゲンナリしながらスプレー上の光線の出る銃を構え直し、機関室へ向かった。
そこからはまさに激戦と言うのにふさわしい状況だった。
オリンピアはどうやら仲間を連れてきていたようで、カマキリ男もそれを読んでいたのか、普段の倍以上の社員……戦闘員を動員したため、機関室のみならず周囲の建物にも損壊が及んでいた。
「これ……ヤバく無いっすか、先輩!? 工場壊れますよ!」
全くだ。
こんな戦闘、まともに加わってたらボーナスどころか命も危ない。
小雪と亜衣をUSJにも連れていきたいのに、大ケガは御免被りたい。
「隣の配電室に行くぞ。あそこなら直接巻き込まれないし、別方面からフォローしてます、って体でやれる」
「確かに! 先輩エグいっすね。それで行きましょ」
そうと決まれば善は……悪は急げだ。
そう思い、イーッ! と奇声を上げつつ銃を撃つフリをしながら、配電室にじわじわと後ずさりしていた俺の目は車の製造ラインの端に釘付けになった。
あれは……
「あ、あれ工場見学の小学生たちっすね。うわあ……運悪いな~。南無南無……」
冗談だろ……
俺はハッキリと思い出した。
そうだ。
今日は……小雪の小学校の工場見学。
そして、あの集団の戦闘に居る教師は……クラスの担任。
そして……
その時、俺の耳に天井が崩れる大きな音と共に、小雪達のクラスの上から大きなパイプが外れるのが見えた。
ああ……冗談だろ……
その真下に居るのは……娘だった。
どうする?
だが、迷ったのは一瞬だった。
俺はほとんど考えることも無く、落ちて来るパイプに向かって走った。
特殊スーツのお陰で金メダリストをごぼう抜きに出来るくらいの走力はある。
そして……
「グ……ああ……!」
背中に激痛が走る。
顔にも血が……
頭も痛い。
俺は間一髪で、落ちてくる巨大なパイプを抱えることが出来た。
しかも、落ちた先は何の因果か丁度小雪のすぐ横だった。
良かった……
後は……このパイプをとっとと放り出して、逃げるだけ……
その時。
耳に飛び込んできた娘の声に俺は呆然とした。
「パパ……なんで?」
え……?
なぜ? 俺は……マスクを……
ハッとしながら顔を触ると、さっきの衝撃だろうか。
マスクが破れて素顔がむき出しになっていた。
「パパ……なんで? 正義の……味方……」
※
それからの事は覚えていない。
気がついたら戦闘は終わっていて、気がついたら更衣室に座って呆然としていた。
カマキリ男……石本本部長からは特別な計らいとやらで、1週間の休暇をもらえたが、それもどうでもいい。
「……先輩。大丈夫っすか?」
俺は無言で首を振る。
もう……おしまいだ。
あのスーツが悪の組織の物であることはこの国の人間ならみんな知っている。
こんな事ならやっぱり退職して、普通の仕事に就くべきだった。
職場を出て、重い足を引きずるようにアパートに帰る。
不安になって携帯を確認するが、亜衣からは何も連絡は無い。
家のドアの前に来たものの、それ以上進めず30分以上突っ立っていたが、残暑の暑さに限界を感じてドアを開けた。
「ただいま……」
「お帰りなさい。今日もお疲れ様」
亜衣はいつものようにニッコリと微笑んで、車椅子を進めてきた。
「今日、結構大きな任務だったんだよね? あなたの大好きなチーズハンバーグにしたの」
「そうか……小雪は?」
「……あの子は大丈夫。私から話しとくから」
「いや、俺が……話すよ。部屋か?」
亜衣は表情を曇らせると、小さく頷いた。
「小雪? いるか?」
ドアをノックしても返事がないので、そっと開けると小雪はベッドに潜り込んでいた。
「……ゴメン」
無言の娘に向かい俺は話し続ける。
「パパは……ヒーローなんかじゃ無かった。お前に嘘ついてた。パパ、本当の姿を知られるのが怖かったんだ。お前がパパをヒーローだ、ってキラキラした目で見るたびにそれを否定できなかった。弱虫のパパで……ゴメン」
「……ママも知ってたの?」
「ああ」
その時、いつの間にか隣に来ていた亜衣が静かに言った。
「パパとママね……前も言ったけど、幼なじみだったの。で、昔オリンピアとの戦いに巻き込まれて、ケガをしたママを守ってくれたの。その時、パパとママを助けてくれたのが、みんなの言う悪の組織。その事が切っ掛けでパパは今のお仕事を始めた」
「亜衣……そのことは……」
「いいの。いつか話したかったから。確かにパパは正義のヒーローじゃ無いかも知れない。でも、ママやあなたをいつでも守ってくれている。あなたにパパやママの気持ちを分かって欲しいなんて言わないし、パパを許そうなんて思わなくて良い。でも、パパはあなたを助けた。パパの上司の方から話を聞いたけど、もしパパが助けなかったら小雪もお友達もみんな死んでたの。で、パパは大けがした」
「……出てって」
俺は亜衣の肩を軽く叩くと、一緒に部屋を出た。
「有り難う。でも、もういい。あの子にも辛い思いをさせた。もし、あの子が俺のことで嫌な思いをするようなら……離れて暮らそう」
「……小雪はそんな子じゃない」
俺はゆっくり首を振った。
「お前達のためなんだ」
それから俺は数日かけて家を出る準備を始めた。
元々、物を持つことは好きじゃ無かったので、楽な物だ。
当面は別の部屋を借りる事になるが、いずれは……離婚も考えなくては行けないかも。
こんな事なら早い内に別の仕事に代わっていれば……とは思わなかった。
もし、今の組織にいなかったら……あの子をあの工場で救えなかった。
そう。
俺はあの時の……子供の頃の亜衣を、そしてあの時の小雪を助けるために今まで生きてきたんだ。
今までの選択は俺の宝物たちを守るためにあった。
そう思うから、後悔はしていない。
そう思っているうちに、全て準備が終わった。
さて……そろそろ行くか。
そう思っていると、コンコンとドアを叩く音がしたので、返事をして開けるとそこには、なぜかバッチリ着替えている小雪が立っていた。
「どうしたんだ? ああ、そうかどこか遊びに行くのか? 気をつけて……パパももうすぐ出るから」
そう言うと小雪は仏頂面で言った。
「私、パパを許さない」
「……そうだよな。分かってる。許して欲しいなんて言わない」
「だったら、証明してよ。この先ずっと私やママを守るために今までやってきたんだ、って」
「え……」
「だから出て行っちゃダメだよ。私、パパとママが年寄りになるまで見てるから。2人が間違ってない、って証明してよ! で、無いと一生許さないから。私、パパが何で悪者なのか分からない。でも、悪者なんて思えない。っていうか、悪者や正義の味方って言うのが分からない。……パパのせいじゃん! もう頭の中グチャグチャ! だから……いつか教えてよ! 答えを教えてくれるパパとママになって」
「……ああ……分かった……」
「答えを教えてくれて……それに納得したら……許してあげる」
俺はいつの間にか涙を流していた。
答えか……エラいキツい課題を出してくれる。
でも、やってみたい。
そして、いつか……お前がお嫁に行くまでには答えを伝えたい。
お前がいつか、自分の家族に答えを胸張って伝えることが出来るようになれるように…
【終わり】
△△△△△△△△
こんな天気の悪い中、わざわざお越しいただき本当に有難うございます。
大雨の日曜日の昼下がり……少しでもお楽しみいただければ、と思い今回は長めのお話をご覧頂いたのですが、暇つぶし程度にはなっていただけたようでホッとしてます。
彼の居るのはどう見ても悪の組織。
いわゆる日陰の身、と言うものでしょうか。
でも、大切なものを守りたい。自分の信念に従って生きていたい。
そんな気持ちは立場を越える。
彼のそんな気持ちにハッキリした答えは出るのでしょうか?
……でも、答えが出なくても彼らはこれからも家族であり続ける。
彼らなりの。
そんな気はします。
え、私の家族ですか?
う~ん……いいんですか? お話ししちゃって。
世の中、知らないほうがいい事も……ございますよ。
なんて……ふふっ、すいません。
何度もお店に来てくださってるせいかしら。
こういう冗談も言いたくなっちゃいました!
私の方はさておき、よろしければお客様のご家族の事、ぜひお聞かせいただけますか?
ジャスミンティー、どうぞ。
え? 頼んでない?
ふふっ、私からのサービスです。
まだ雨は止みませんし、よければ……ゆっくりお話ししませんか?
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