そして、僕は後悔の海を漂う。

星七

ボトルメールに感情を乗せて


 少し薄暗くなった森の中、やれやったら滅多らに歩き回る。そして、トングを利用して廃棄物を拾い上げビニール袋の中にダイブさせる。


「……あっつ」


 首にかけたタオルで顔全体を拭き、汗を拭う。日陰にいるとは言え、夏の暑さは変わらない様だ。裾を捲り、今の時刻を確認する。


「2時半……かれこれ2時間もやったのか……」


 終わりは確か……3時のはず。あともう少しだな……


 再び体を動かして、木々の根っこなどをよく確認する。こう言うところには隠す様にポイ捨てする人がとても多いのだ。


「ゆうとくん!!」


 木の根を凝視して、いると少し遠くから声がかかった。ゴミ拾いの手を止め、首を声のした方向へと持って行く。そこには自分と似た服装の人がいた。しかも、支給されたタオルを首にかけている。


「はい?どうかしましたか?」


 ざっ、ざっ、と土を踏む音が静かに響き、その人の顔が明瞭になる。それはつい2時間前、ゴミ拾いボランティアの集合会場で見た、リーダーの顔だった。


「もう、ボランティア終了しとるよ!」


「あ、え……」


 もう一度、腕時計に視線を落とし時間を確認する。


「あー、違う違う。今日は暑さで体調崩した人が出たから終了する事になったんよ。」


「あ、そうなんですね。」


「そんな訳で、今日のボランティアは終わりや。ゆうと君、お疲れ様。次は4日間くらい期間空くから宜しく覚えておいてよ。」


「分かりました。あ、後そうだ。これってどうしたらいいですかね?」


 左手でビニール袋を顔の高さまであげ、ガシャガシャと、プラスチック、金属のぶつかる音がする。


「ああ、それな。持っていって処分するからもらうよ。」


「分かりました。ありがとうございます。」

 

 ビニール袋を差し出し、ぺこりと一礼をして、再び汗を拭う。


「あ、すみません。ボランティア関係のない事聞いてもいいですか?」


「どした、ゆうとくん?ついに色恋に興味を持ったんか?」


 はぁ……なんか、いっつも人に何か聞くとこう言われる気がする。生徒会長でボランティアもしてて忙しいとは言え、恋愛に興味ない人の様に扱うのはやめてほしい。モテないだけなのだ。

 

「あ、いえ、その……星見浜の噂って本当なんですかね?」


「星見浜の噂? ……あぁ、夜中の星見浜に子供の国への入り口が出るってやつ? う〜ん……行ってみん事にはなんとも言えんなぁ。」


「あ……すみません。吉浦さん。変な事聞いちゃって……」


「ええよ。気にしてないって。どうせ、中学卒業前に何か思い出作りとかやろ? 大人連れてくんだったら大丈夫でしょ。」


 そんな感じで、リーダーの吉浦さんとの会話を終え、帰路についた。



 ◇



 カチ、カチ、時計の長針が12の位置へと到達する。カチ、短針が勢いよく2の文字へ位置を変える。

 

 町の明かりすら眠りにつく暗闇の中、ゆっくりと布団から出て、机の隣に立てかけたリュックを背負い、自分の部屋から出る。廊下で床が軋む音がしない様にそろりそろりと足を動かし、玄関まで辿り着く。


「いってきます……」


 息を殺した小さな声でぼそりと呟き、鍵を開け、扉を開く。親は多分気づかないだろう。前回試した時も気づいていなかったのだから。

 

 外に出て、鍵を閉め、体を180度回転させる。目指すは星見浜。噂の通りだと、今日は条件の揃っている唯一の日なのだ。……知りたい。噂は本当なのだろうか。やっぱり、いってみないとわからないよな。

 吉浦さんの言葉に背中を押され、僕は走り出した。


「はぁ……はぁ……」


 腕時計の時刻を確認。2時23分。23分間走って、星見浜駐輪場につけた様だ。息を整えながら辺りを確認する。人っ子1人いない。今がチャンスだ。石造りの階段を降りて砂浜に足をつける。


「確か、向こうに…………なんだ、アレ……」


 ──海に蛍光の様に光る扉の模様が浮き出ていた。

 

 噂では、星見浜の隅にある、奥行きのない洞窟が異世界への入り口に変わっている。と言うものだったが、実際は違う様だ。

 恐る恐る、そこに近づいていき、海水の中に足を踏み込む。そして、ゆっくりとソレに触れる。


「──硬っ!」


 水の様に揺らいでいる蛍光の扉は、見た目とは裏腹に固く、玄関の扉くらいの硬さを感じた。それから、ドアノブらしき所を掴んでひねり、力一杯にそこを開ける。

 ギイィっと重圧な音を立ててそれは開き、海水が中に入り、僕は流れに押し負けて一緒に流されてしまった。



 ◇



 パチリと目を開き、辺りを見回す。見渡す限りずっと続く青色と背後に広がる砂浜。太陽の光が眩しい。さっきまで何をしていたか思い出そうとして考える。


「……そうだ。」

 

 ──思い出した。謎の扉を開けて飲み込まれたんだった。きっと、そのあとが思い出せないのは自分が気絶してたのだろう。太陽の光を横目に、再びちゃんと辺りを見渡す。


「あれ、ここって星見浜じゃない?」

 

 その事に気がついたのは、背後の砂浜をよくみた時だった。自分がここまで降りてきたであろう石造りの階段がそこになかったのだ。


「一体……ここは……」


「あれ〜? 新しいお客さん?」


 考え込もうと頭を下げた時、唐突に声をかけられた。ビクンッと背中が反応して、その場に固まる。冷や汗と鳥肌がすごい。

 相手にそれを悟られない様、ゆっくりとそっちの方を向く。その人と顔があった。


「こんな場所にどうしたの〜? って勇人君?」


「…………和茶?」


 そこにいたのは生徒会総選挙に出馬表明をして、それきり学校に来なくなった"裏切り者"だった。


「「…………」」


 2人の間に少しの沈黙が生まれる。今まで、こいつとそんな事は無かったはずなのに。何故か、途方もない溝を感じる。


「ちょっと、向こうに海の家があるからそこで話さない?」


 二つ返事で承諾して、僕たちは移動する事にした。夏の日差しは何処か冷たい様な気がした。



 ◇



 肘をテーブルにつき、和茶と対面する。


「なんで……選挙の日にこなかった。」


「やっぱり、それ……だよね。怒ってる?」


 和茶は何か隠し事をしているかの様な仕草で顔を下に俯ける。そんな様子を見ていると、僕は何か悪いことをしたわけじゃないが、何処か罪悪感を感じてしまった。


「別に、怒ってない。」


 ややぶっきらぼうに返答する。怒ってないのと言えば嘘になってしまうが、今の心情は自分でもよくわからない。


「あの……ううん。わかった。話すよ。出馬表明の日の夜。ザーザー あの日って実は新月、15歳 ザーザー 未満、満ち潮、噂通りの条件が ザーザー 揃っている日だったんだ。」


 ザーザーと海の音がうるさい。いつもなら役に立つ環境音としてよく聞くのに。片耳を閉じて海の音を遮断する。


「星見浜で子供だけの国に行けるって噂を信じて、来てみれば扉が海に浮かんでた。そこからは君も体験したと思うから省略するね。そして、私はこの世界にたどり着いた。」


 ──知っている。それは僕も同じだからだ。


「でも、私は失敗しちゃった。……長居しすぎたの。条件が一つでもズレれば、元の世界に帰れない事を考えていなかったの。」


 ──長居しすぎた?まて、そんなの噂には入っていない。アレに書いてあったのはこの場所の入り方だけだ。


「そして、今私はここから出られなくなっちゃったの。」


「まってくれ!理解が追いつかない!」


 この世界から抜け出せなくなるという事実に頭を悩ませ、その事に思考が全部持っていかれる。


「出られないってどう言う事だ。そんなデメリットみたいな事、噂には無かったぞ。」


「じゃあ、噂を書いてる人は、皆んな期限内に帰ることができたんだね。──私にはそれが出来なかった。事実はただそれだけ。」


 頭が痛くなる。途方もない痛さだ。

 子供の国にそんな理不尽があってたまるか。


「…………帰ろう。きっと、今日なら帰れる。」


 和茶に手を差し伸べる。今日は自分が来た日だから、同じタイミングで帰ることができるかもしれない。そんな一縷の光にかけて。


「……ううん、無理だよ。」


 しかし、その考えも絶望に包まれて消える事になる。

 

「なんで、何もしないで……!」


「──もう、試したの。」


 ただ、一言。その一言で、世界の色が全部見えなくなった気がした。いや、視界が真っ暗になった気がしたんだ。



 ◇



 気がつけば、和茶に促されるままに、帰り道のある場所へ案内されていた。ちゃんと噂通り、星見浜の洞窟の中。

 膝まで浸かる、足取りが重い。しっかりと歩けているだろうか。今にも倒れそうだ。


「はい、着いたよ。」


 和茶はいつもの笑顔を浮かべて、海上に浮かぶ蛍光色の扉を指す。


「……ここで……帰れるのか?」


「きっとね……」


「……そっか」


 ドアノブに手をかけようとして、止める。


「なぁ……和茶、もう少し近づいてくれないか?」


「なんで?」


「いや、ちょっと大事な事伝えたくて……」


 ──嘘である。ただ、その扉を開け、一緒にもどろうとしているだけなのだ。ただ、それに気づいているのか、和茶は近寄ってこない。


「……ねぇ、勇人。諦めなよ。無理だってわかってるのに……駄々っ子みたいだよ。」


 洞窟内は暗くて何も見えなくて、和茶がどんな顔をしているのかわからない。暗闇に雫の垂れる音が響く。


「ほら……いきなよ……家族が待ってるんだから。」


 ──和茶だって!


 その言葉が喉につっかえて出てこない。何か、言えない様な空気感がそこにあったから。──違う。自分にその言葉を言う勇気が無かったからだ。


 ……気がつけば、和茶の言葉に流されるまま、扉を開けていた。



 ◇



「行ってきます」


 玄関の扉を開け、外へ出る。ボランティア活動をしに行くわけじゃない。逆だ。環境汚染をしに行くのだ。


 あの後、僕は無事に帰る事ができた。太陽もまだ出てきておらず、親にバレる事は無かった。


 再び23分の旅路を終え、星見浜へ辿り着く。月光に照らされた海が輝いている。

 ザリザリと砂を踏み、海に足が触れる距離まで近づく。

 僕はその場にしゃがみ込み、右に持ったソレを海に流した。


 ──どうか届いて欲しい。


 一通のボトルメールが月明かりに寂しく照らされていた。

 

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そして、僕は後悔の海を漂う。 星七 @senaRe-

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