「終わり」
幽霊になった私は、ただ地上を彷徨うだけの存在になった。
やっぱり死ななけりゃよかった、と自責の念に駆られながら、病室を出た先の廊下を彷徨う。
朝早く起きて日の出が見れた時の嬉しさ、昼下がり弁当を食べた桜の木漏れ日、うちにおばあちゃんがきた時にしか味わえない、栗ご飯の優しい味わい。どれも、自分には眩しすぎるほどに私を照らし、生きる活力を与えてくれたはずなのに。自分が生きている間、なぜその輝きに気がつくことができなかったんだろう。
やっぱり、大人の皆さんのいう通りだったかもしれません。
『大人になればもっと楽しいことがあるよ』という言葉を信じて、体だけでも現世に残しておくべきでした。
幽霊になった今、それにようやく気がつくことができた。
もっと自分との対話をするべきだった。
子供がイキって死を選んで、すんませんでした。
病院を出た。『奥田中病院』と書かれた表札を見て、自分のいる場所が施設や高校からそう離れていない場所であることを理解した。
そう言えば、私が死んだ場所はちゃんときれいになっているだろうか。
ふと気になって、私は高校に向かうことにした。
死に際に見た青空に舞う自分の血飛沫が忘れられない。
爽やか、とも恐ろしい、とも言えない、奇妙な感情が湧いてくるからだ。
昼下がりの通学路は本当に人がいない。
こんなに静かになれるんだ、この道は。
私が普段見る朝や帰りのここは、たくさんのうちの学生が通路に群がり、ぺちゃくちゃと終わりのない世間話をくっちゃべりつづける。
生前はその時間が鬱陶しく、耳障りだったのが、今では懐かしく感じられた。
別にコスメとかの話、マジで興味なかったけど。
でも友達と群がっておしゃべりをするだけで安心できた。
仕方なくいたグループの中でも、楽しいことは見つけられたはずなのに。
なんで、気がつかなかったんだろう。
私はだんだん心が澱んでいくのを感じた。
が、それを振り払おうと青空を見ることにした。
雲ひとつない晴天。
どこまでも続いていきそうなくらいに済んだ群青。
次第に心の闇が吸い取られ、心が軽くなった。
空を見るだけでこんなにも心が軽くなるのか。
しばらくそこで立ち止まり、そろそろ前を向こうと視線を転がしたその時、
屋上のヘリに立つクラスメイトの男子の姿が視界の端に映った。
私は咄嗟に手を伸ばした。
屋上の縁に腰掛け、足をぶらぶらと振っていた男子が空を眺めている。
だめだめだめだって!
私は走った。
疲れることはない。そして、息が上がることも。
なぜなら、私は幽霊だから。
通い慣れた昇降口に心を残すことなくただ前へ、前へ、走っていく。
あの子を救うことが、私の使命だと思ったから。
屋上へとついた。
屋上の縁には誰もいない。
頭が真っ白になった。
…いない。
「ブランク」になった幽霊の私は、アスファルトにぶちまけられた血色の景色を心象に写し出すことしかできなかった。
そうだ、私が死んだように、彼も死んだんだ。
彼はどこに行くのだろう。私のように幽霊となるのだろうか。
それか、消え去ってしまうのだろうか。
この世界から。
それが、完全な「死」…?
彼の意識はどこへ行くのだろう?意識が世界から消え去ることが「死」なのであれば彼はもう「いなくなる」のだろう。
時が止まったように佇む青空を仰いだ。
意識が消えることって、どんな感覚?
意識を失うこと?じゃあ、眠ることと同じなのかな。
あの子は眠りについたのか。
じゃあ、今の私はなんなんだろう。
私はずっと眠ることなく起き続ける存在になるの?
もう2度と、「眠る」ことがないまま?
そんなの、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
私は絶望した。
もう、永遠にこのまま、世界の一部として動き続けるしかないんだ。
「眠る」こと、すなわち、この世界の「動き」から一瞬でも抜け出すことができる瞬間。
体を失い、その機能を失った私は、精神だけが残された存在。
あ、でも!
ジョウブツ、すれば、私は完全に「終わる」ことができるってことか!
神社とかいけばいい?
あ、でも。
「悔い」があるとダメって、おばあちゃんが言ってたっけ。
栗ご飯をほっくりと掬うおばあちゃんの姿が過ぎる。
ああ、やっぱ死ななきゃよかった。
私は赤く染まった「彼だったもの」を眺めながら呟いた。
これじゃ「悔い」無く死ねないよ。
絶望で淀んだ心で眺めた青空は、呆気ないほどに、どこまでも続いていた。
メサイアの憂鬱 酒麹マシン @aiaim25
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