第4話

 正面から。


「今日は魚を食べるのじゃ。スキュラの胃は人間みたいに貧弱じゃないから生で何も心配はいらないのじゃ」


 聞いている側が立ち上がった感じで、声は正面の少し下の方から。


「人間の視点でいうと、泳いでいるお刺身かの。おぬしの味覚にもあうと良いのう」


 正面から近づいてくる。

 そのまましゃがんで足元の触手をチェックしてくれている感じに。


「昨日より触手がちゃんと動いておるの。もうひとりで歩けそうじゃの」


 立ち上がった感じで、声は足元から上がるものの、身長は低いから声は正面胸元ぐらい。

 話しながら正面の斜め右辺りへ。


「うん。じゃあ、ついて来るのじゃ。地底湖に案内するぞ。たくさん魚がおるのじゃ」


 バシャンと水に飛び込む音。

 空気感のある反響は消え、水中の静けさ。

 水泡のコポコポした音があちこちから聞こえる。

 声は正面から。


「こっちじゃよ」


 何種類かの水泡の音が時差ありで正面から向かってきて後方へ流れる。

 移動を感じて貰う。 


 正面から声。


「ここじゃ。広いじゃろ。魚もいるし、タイミングによっては他のスキュラと遭遇することもあるの」


 正面から近づいてくる。

 顔の近くまで音が寄ってくる。


「……男は少ないからの。わっちから離れたら駄目じゃよ」


 抱きついて、右の耳の近くで囁く。


「おぬしからわっちと同じ匂いがしても、強引に繁殖したがるスキュラもいるのは絶対に忘れて欲しくないのじゃ」


 魚をみつけ、そのまま右後方へ向かっていくので、声もだんだん右後方へ離れていく。


「あ、おいしそうな魚なのじゃ!」


 触手をタコのように動かして推進力にする音が右後方から。

 音は真後ろ、左後方、左横、正面へ。

 

 正面から声。


「獲ったのじゃ!」


 正面でパクッと齧りつく音。


「身が甘いのじゃ。おぬしも味見するのじゃ」


 正面から嬉しそうな声。


「別に鱗を剥がさなくても、今のおぬしならそのまま齧れるのじゃ」


 口元で何かをパクッといく音。

 正面から声。


「……そう、それで良いのじゃ。どうじゃ、美味しいじゃろ」


 一拍おいて、正面から喜びの声。


「喜んで貰えて嬉しいのじゃ!」


 声が正面へ少し離れていく。


「もっと魚を獲ってくるのじゃ。おぬしも泳ぐ練習しながら可能なら捕まえてみると良いのじゃ」


 不器用に水中であがく音。

 それが少しずつ乱れた感じからリズミカルな音に。


 正面すぐでパシッと魚を掴む音。

 正面少し遠くから声。


「あ、おぬし、泳ぐのに慣れてきたみたいじゃの」


 正面の少し遠くの声が興奮しながら近づいてくる。


「凄いのじゃ! もう自力で魚を獲れるようになったのじゃ!」


 胸元で魚の動く音。それが口元へ移動。

 噛み付く音。口から水泡がゴボゴボ漏れる音。

 魚は静かになる。


 正面から声。


「美味しいじゃろ。自分で獲って食べる食事は格別なのじゃ」


 正面でも、魚に噛み付く音。

 上手に食べるから口から水泡が漏れることはない。


 正面から嬉しそうな声。


「美味しいのじゃー」


 その声に混じって、金属のぶつかる音や、人の叫びが聞こえてくる。


「……近くで戦闘が起こっておるの。今のおぬしだと危ないから距離を取るのじゃ。こっちじゃ」


 続いて、正面に水を叩く音と、何かを貫く音。


「きゃああああ!」


 ゴボゴボゴボと荒れた水泡の音。 

 人間が投擲した槍がスキュラの触手に命中している。


「……くう! 痛いのじゃあ」


 周りにも投擲された何かが水面にぶつかり沈んでくる音が多数。

 声が正面から右隣まで移動してくる。


「こっちにも気付かれてたのじゃ。大丈夫! かすり傷なのじゃ!」


 右から声。

 手を捕まれる音。


「それより急いで深くに潜るのじゃ! 引っ張るから口を閉じてるのじゃ!」


 細かい水泡の音が、正面から後方へ流れていく。

 急速に戦闘音が遠くなっていく。

 静かに。


 そして正面から声。


「……底まで沈めば安全じゃろ。いたたたた」


 正面から声。


「槍は抜いてしまうのじゃ……」


 槍を抜く音。

 血の噴き出す音。

 声は正面から。


「痛! くう、でも、これで良いのじゃ」 


 声が正面から胸元あたりへだんだん移動。


「大丈夫なのじゃ。毒はなかったみたいなのじゃ……出血がすごい? うん……水中だと傷の治りは遅くなるのじゃ……でも時間があれば治るから……」


 抱き寄せる。

 胸元あたりからの声。


「え? 傷口を触手の吸盤で圧迫?」


 くちゅっとした音。

 胸元からの声。


「痛! あっ……痛みが消えてきたのじゃ。麻酔を打ち込むなんて、おぬしも触手の扱いに慣れてきたのう」


 抱きついてくる。

 右の耳の近くから。


「……うん、大丈夫なのじゃ。止血ありがとなのじゃ」


 続けて右の耳の近くから。

 話ながら、少し右側に離れていく声。


「どうしたのじゃ。槍に見覚えがある?」


 落ちていた槍を拾う音。

 右側からの声。


「折れた槍を安く買って短く加工した痕跡に覚えが?」


 右側からの声。


「これ、おぬしが作った槍じゃったのか」


 右耳の近くで声。


「人間は手先が器用じゃからのう」


 声はだんだん正面に回っていく。


「……なるほどのう。確かに、さっきの戦闘はおぬしの元仲間だったのかもしれんの」


 正面から声。


「謝らなくて良いのじゃ。おぬしはわっちを助けてくれてるのじゃ」


 正面、少し俯く感じの声。


「遭遇したときの覚悟さえ持っていてくれたら、それで良いのじゃ」


 正面からの声。


「次に会うとしたら、命の奪い合いになるだろうからの」


 少しの沈黙。

 水泡が足元から水面へ向けていくつかコポコポと上がっていくのが音で分かる。


 正面から声。


「え、もし遭遇したら1度だけ話がしたい?」


 正面からの声が左側に動いていく。


「確かにのう。向こうは現状を知らないからの」


 左側から抱きついてくる。

 左の耳元で囁くように。 


「それで戦闘になるなら容赦しないと」


 後ろから抱き着いている形で、左の肩に顎を置かれている距離感。


「おぬし、パーティーでの役割は何だったんじゃ。ああ、前衛」


 左の肩あたりから声。


「……残ったふたりはヒーラーとシーフかの。何でダンジョンに残ったんじゃろ」


 少し大きめの水泡の音が足元から上へ。

 声は、左肩の辺りから、真後ろ、右後ろ、右、と移動し正面へ。


「判ったのじゃ。ゆっくり近づいて話をしてみるのじゃ」


 正面から声が近づき、手を握る音。 


「上がるのじゃ」 


 水泡の音が正面から足元へ流れていく。

 前方から声。


「水面が近いのじゃ。陸から見えにくい岩陰から近づくのじゃ」


 水中から顔を出す水の音。

 空間の反響は洞窟に。

 声は右横。


「戦闘は終わったみたいじゃの」


 ざわざわとしたSEとかでも。

 声は右横。


「話し声が聞こえるの。おぬしはハッキリと聞こえんか。まぁ慣れじゃ慣れ」


 ざわざわとしたSEとかでも。

 声は右横。

 水面に顔を出して少し動く感じの水の音。 


「姿は見えるかの。見えるか。おぬしの知ってるヤツか。そうか。思ったとおり合ってたか」


 ざわざわとした音。

 声は右横。


「……なるほどの」


 声は右横。


「あの罠が地下の水路に繋がっていることはシーフは知っていたみたいじゃの」


 声のほうを向くので、少し水の音を立てつつ、音は右から正面へ移動していく。


「だから、おぬしが無事ならきっとこの辺りに流れついているはずだと、捜しにきてたんじゃな」


 正面からの声。


「すまなかったの。あの男は、おぬしを突き落としてはおらんよ。直感じゃがの」


 声が正面からまた右側へ。

 声に向けていた身体を、岩の先に向ける。


「あの賑やかなヒーラーがおぬしの名前を叫んでるなら黙ってそうな空気もあるの」


 右側からの声。


「……去っていくのじゃ。声は掛けんで良いのかの」


 割れた岩から欠片を取る音。

 声は右から。


「石で槍にメッセージ?」


 石で木製の柄を削る音が少し続いて止まる。

 声は右から。


「準備は良いかの。おぬしが投擲したらすぐ離れるのじゃ」


 右手を握ってくる音。

 声は右から。


「手は握ったのじゃ。準備はいいぞ」


 風を切る音。

 槍が石にぶつかり甲高い大きな音を立てて転がる。

 声は右から。


「行くのじゃ!」


 水に潜る音。

 音の反響が水中に。

 水泡の音がいくつか、前正面から足先へ上がっていく。

 声は前から。


「……さっきは何て書いたんじゃ?」


 声は前から。


「スキュラに生まれ変わったから、戦闘を避けるためにもう来ないで欲しい!?」


 水泡の音が前から足元へ上がっていく。

 底につくと、砂が舞い上がる音。

 声は正面から。


「直球じゃの~」


 声が正面から顔に近づいてくる。

 顔の近くで。


「そうか。でも、わしはまた来る気がするぞ」


 抱きついてくる。

 左耳の近くで囁き。


「おぬしに逢いにの」


 左耳の近くから、音が正面へ動いていく。


「ヒーラーを挟んだ三角関係を安易に想像したがの。短い時間だったが伝わってきたのじゃ」


 水泡の音が正面の下から上へ。

 右を下から上へ。背後で下から上へ。


 背後から抱きつかれて、右耳の直近くから囁き。


「あのふたりはどっちもおぬしが大好きなんじゃよ」


 右肩のあたりから声。


「人間を捨てたことを後悔しておるか?」


 右肩の辺りから声。


「そうか。その通り、おぬしの命を助けたのは事実じゃ」


 右耳のすぐ近くで囁き。


「わっちのような可愛らしい伴侶も得たしの」


 右頬にキスされる音。


「……これからもよろしく頼むのじゃ♪」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ASMR】ダンジョンで穴に落ちたらスキュラに会ったので人間を辞めました 三毛狐 @mikefox

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画