第2話

 真後ろから。


「おはよう。目が覚めたかの。良い朝じゃよ」


 真後ろで上を向いて光を確認するような位置関係。


「ここは光が及ばんが」


 真後ろから。


「でももう見えてるじゃろ? それは暗視じゃよ」


 右耳に囁く。


「肉体が変わったのが判るじゃろ。触手の扱いにはおいおい慣れていけば良いのじゃ。難しくはない」


 真後ろから。


「手を離してみるかの」


 軽く溺れそうになるような水バシャバシャ。

 井戸の底を意識させる反響音。


 すぐ抱き直し落ち着く。


 声は真後ろから。


「……まだ泳ぐのは難しいみたいじゃの」


 水滴が落ちて、井戸の底を意識させる反響音。

 声は真後ろから。


「次は顔を水につけてみるのじゃ。普通に呼吸できるはずじゃよ。水の中でも外でも同じように。

 どうじゃ。呼吸はできたか。できたか。そうじゃの。へんな感じがあるのも慣れじゃよ。慣れ」


 真後ろから声が左側を通って正面へ。 


「このままわっちが手を引くから、一緒にきて欲しいのじゃ」


 正面からの声が顔に近づいてくる。


「ここで暮すからには、紹介しないといけないからの」


 濡れた肌で抱きつくような音。

 そのまま右耳に囁くように。


「他の女には手をださせないのじゃ」


 正面から。


「え、スキュラは女性のみだと思っていた?」


 正面から。


「失礼な。男もおる。おぬしだってそうじゃろ」


 触手を動かしてみる水の音。

 声は正面から。


「全員が転化者ではないが、好みの男を他種族から変えて連れてくるものも多いの」


 声が顔に近づいてくる。

 悪戯っぽい声。

 水の音と反響。


「あとスキュラは圧倒的に女が多いから、男は宝物のようにしまわれることが多いの」


 左から顔を確認されているような位置関係。


「だからじゃろな。男のスキュラの目撃例が少ないのは」


 声が左から右へ、右から顔を確認されるような位置関係に。

 動くたびに水の音が反響し、井戸の底を意識させる。


「少ないどころか聞いたことがない?」


 動く水音と反響。

 声がどんどん近づき、右耳に密着。


「それはきっと生き延びてないだけじゃろの。目撃はされてるはずじゃよ」


 動く水音と反響。

 正面から。


「さ、こっちじゃ。女王と面会して貰うのじゃ」



 コポコポと水の中を意識するような水泡の音。

 手は繋いでいる。

 声は正面から。


「面会はどうじゃった? 緊張したかの」


 水の中を移動している音。

 水泡の音が前から後ろへ流れていく。

 手を引かれているので、声は前から。


「大丈夫じゃ。女王の許可は貰ったし。おぬしからはわっちと同じ匂いがしてるから、他のスキュラもそうそう手は出さないはずなのじゃ」


 ひときわ大きなコポポという水泡の音、それが正面から後ろへ流れていく。

 水泡の大きさで、スキュラの娘の声が少し感情的になる演出。

 声は前から。


「中には失礼なヤツもいるのじゃ。他者のモノほど欲しがるヤツとかの。だからおぬしはいつでも一緒にいるのじゃ」


 水の中を動く音。

 水面が少し騒がしくなってくる。

 声は正面から。


「わっちの部屋はこの先じゃよ。これから一緒に暮すのじゃ」


 スキュラ娘の声より先の方から激しい水の音。

 滝をイメージさせるような。

 水の中で聞いているからくぐもったような響き。

 声は前から。


「そうじゃよ。ここは川になっておる。水面が気になるかの。ちょっと顔を出してみるか」


 水中から頭を出す音。広がる空気感。水の中がかなり静かだったことが判る。

 大量の水が流れる音。何かの羽ばたく音。お風呂場のように空洞に反響する。

 

「こんな感じじゃよ。でもあまり頭を出してると、不意打ちをくらうこともあるから要注意じゃ」


 コポコポとまた完全に水の中へ。

 空気感や、音の反響は消える。

 声は前から。


「え、誰からの不意打ちか? 人間じゃよ」


 声が前から顔の近くに寄ってくる。


「おぬしもこれからは襲ってくる人間を狩る側じゃ。大丈夫じゃよ。慣れ慣れ」


 声が顔の近くからまた少し先の前へ戻る。


「人間の肉は食べないのう。雑食ってあんまり味がよくないんじゃよ」


 声は前から。

 小さな水泡の音が前から後ろへ流れていく。


「わっちらは主に魚じゃの。生魚を食べるんじゃ。人間のように火を使うことはあんまりないのう」


 手を引かれながら右に曲がった感じで、しゃべりながら声が前方の右寄りに。

 水泡の音の動きでも演出。


「偶におるよ。焼き魚を試すスキュラも。まぁわっちは生の方が好きじゃがの」


 手を引かれながら直進している感じで、声は正面から。

 水泡の音は前から後ろへ流れる。


「あ、そっちの水中洞窟へ。その先なのじゃ」


 止まったことを意識させるように。

 水泡の音が顔の前から上へ。


 一拍おいて、また移動。

 動きを示すために、水泡の音をまた前から後ろに流す。


「着いたのじゃ。地上部もあるのじゃ。ずっと水中だと、それはそれで流されるからの」

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