【ASMR】ダンジョンで穴に落ちたらスキュラに会ったので人間を辞めました

三毛狐

第1話

 水滴の音。雫が2回落ちてくる。反響音で井戸の底のような空気を出す。


 この言葉遣いをするには若過ぎる声。

 背後から抱きつかれているシチュで、右の耳の凄い近くから。


「おぬしまだ諦めておらんのか?」


 水滴の音。雫が1回。反響で井戸の底のような空気。

 背後から抱きつかれているシチュで、右の耳の凄い近くから聞こえ始め、後頭部の後ろを経由し、左の耳の傍へ。


「あやつらはもう、おぬしが生きてないと思ったから見捨てたのだろ?」


 左の耳の傍で。


「ここまで降りてこなんだものなあ。あやつらの中ではもう、おぬしは……」


 背後からの抱き付きが強くなる音描写。身じろぎするような音と、何かが動いて水がチャプチャプする音。

  

「おぬしがこの穴に落ちたあと、暫くは名前を呼んでおったがのう」


 左の耳に密着し同情するような囁き声。


「意識がなかったから聞こえておらなんだか」


 密着からは何センチか離れつつ、でも左耳のすぐ近く。 


「必死に呼んでおったぞ。あれはおぬしの女か?」


 思い出させるように、確認するように、同情の色も篭めてゆっくりと。左耳のすぐ近く。


「……そうか、『仲間』ね」


 左耳に密着して囁き、云い終わると左耳のすぐ後ろに戻る。


「のぉ、上にはふたりおったの。でもおぬしを呼ぶ声は女だけだった」


 訊いているようでいて、確信をこめて。


「上におったもう片方は男じゃろ?」


 優しく教える感じに。左の耳のすぐ近くから聞こえ始め、後頭部の後ろを経由して、右の耳の傍へ。


「この穴はのう。円柱状の空間を掘り抜き、水を溜めてある。壁は苔むしていて滑り、落ちたら人間が登攀するのは難しい。難しいがそれだけよ。ちゃんと確認していたら、足元の空洞には簡単に気が付ける構造じゃった。反響音があからさまに違うからのう。普通は落ちない。……なぁひょっとしてじゃが」


 右耳に密着して囁くように。


「おぬし、落とされたかの?」


 水の中で動く音。抱き締められる力が強くなったのが分かる音。右耳に密着して囁くように。


「男ふたり、女ひとり。おぬし達が良い感じだったなら、もう片方の男はどう思っていたのかのう」


 右耳に密着して囁くように。同情するように。


「今頃、外は夜じゃよ。まっくらじゃ。先も見えない。不安を掻き立てられる時間よ。……あの女、今夜は慰められておるのかの?」


 右耳に密着して囁くように。


「誰の腕の中におるのかのう?」


 水の音。

 しかたがない状況とはいえ罪悪感を薄れさせようとする意図と悪戯心が混ざった声色。

 話にオチをつけるように。


「まぁおぬしも、今夜はわっちに抱かれて眠るんじゃがの」


 背後から抱き付かれているのを思い出すような、動く気配。

 水の音が井戸の底のように反響。


「そうしないと、おぬしは暗く冷たい水の底に沈むだけじゃからのう」


 左肩に顎を乗せられている距離感。

 

「のう、真っ暗でわっちの姿は見えてないじゃろが、感触は分かるじゃろ。ああ、鎧は邪魔じゃったから落ちてきてすぐに止め具を壊して沈めた。だから、背中に当たっているわっちの柔らかいものは判るじゃろ? わっちの母性の主張やわらかろ?」


 柔らかいものを押し付ける擬音。

 左肩に顎を乗せられている距離感。


「服? 鎧と一緒に沈んだの。水分を吸うと重くなるから当然じゃろ。邪魔だし。さっさと剥いて捨てたのじゃ」 


「おぬしはここで息絶えたようなものよ。だからの」


 左耳に密着。


「ここからはわっちの男として生きてみんかの」


 密着からゆっくりと少し下がりながら。


「人間なんて、辞めてしまえ」


 左の首筋を舐められる擬音。

 声は左耳からゆっくり真後ろに。


「わっちの牙を受け入れるなら、スキュラとしての来世を与えるぞ」


 下半身の触手で泳ぎ浮いているのを意識するような水音。

 右耳に囁くように。


「地上のみの生物とは勝手が変わるじゃろが、慣れよ、慣れ」


 右の後ろから。


「人間でい続けるなら、おぬしはここから出られないし、体温の低下も止まらず長くはないじゃろ」


 声は右から左へ。


「生きていたいなら、選択肢はないと思うがの」


 左の肩にまた顎を置く距離感。


「……そう。暖かいじゃろ。わっちにも血がかよっておるからの」


 受け入れられたのを心から喜ぶ声。

 演技や演出を忘れた少し幼い感じの。


「嬉しい」


 スッキリしたような声が真後ろから。


「よく決意したの。断られたらどうしようかと思っておったのじゃ」


 右後方から。


「心配しなくても、わっちの上半身はちゃんと人間の美意識でも美女じゃよ。そういう種族じゃもの」


 左後方から。

 少しテンションがあがって身体を左右に振っている感じの。


「ま、まぁ、まだ若いけれど、子供あつかいをしてはいかんぞ。美女なのじゃ」


 左の耳に密着して囁き。


「いくぞ。人間にさよならじゃ」


 左の首筋からの距離感。


 熱い吐息。口を開く音、首の根に噛み付くというより、吸い付くような音。

 皮膚に穴を開けるようなものではなく、歯を皮膚に密着させ、固有の魔力を流し込む儀式的なもの。

 痛みはない。肩こりに効く程度。


 左耳の近くから。


「ぷはっ。後は時間じゃ。肉体は少しずつ変わっていくじゃろ」


 真後ろから。


「え、思ったより痛くなかった? 噛み付きはしたが皮膚を破るほどのものではないからの」


 噛んだあとを改めてチェックするような距離感、左側からの声。


「え、牙? 牙は歯を通して魔力を流し込むときに固定するためにあるのじゃ。皮膚を貫くとでも思ったかの」


 左耳に密着。


「痛くなかったじゃろ。むしろ痛キモチ良かったじゃろ」


 左耳から少し離れる。


「それは肩が凝っていたからじゃ」


 また抱き締められるような音。

 水に体が沈まないように。

 左耳に囁くように。

 優しく。


「眠くなってきたか? 構わないぞ。目が覚めるまで抱いているから、安心して眠ると良いのじゃ」


 左肩に顎を置かれている距離感。


「おやすみ。起きた頃には身も心もわっちのものじゃ……」

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