第1話 朝のおつとめ

「………んーっ、イマイチかな」


 薄日の差し込む部屋で、筆を握り浮世絵を見下ろす若者。


その頃


「るーるるん、るーるるん」


 あたっちの名前は、リリ。

 母親のメイク道具で、化粧するあたっち。

 おっかさんのニオイ。


「おや、りりや」


 白髪まじりの日本髪を結っている、顔がシワだらけの老女が、ふすまを開けて出てくる。


「どーしたの、おばーちゃん?」


「今日は、やたらと機嫌がよいね」


「えー、そんなにイイかな~」


 頬に手を当てて、クルクル回る。


「朝っぱから、鼻歌なんぞ歌って」


「アハッ! 今日は、初デートするんだよ」


 口にするだけで、顔から火が出そう。


「ハツデー?」


「そう、あいびき」


「ハッハッハ! りりは、もうそんな年頃になったんだねぇ」


 腹をかかえて、笑うおばーちゃん。


「うん、もう子供じゃないよ」


 そんなに、おかしいのかな?

 涙まで。


「そうかいそうかい」


「ごめん、おばーちゃん。もう、あたっち行かないと」


 あたっちの、身の丈は150センチだけど、180センチのイカリを肩に担ぐ。


「ほほ、気をつけて行きなよ」


「ありがとう、おばーちゃん………行ってくるね、おっかさん」


 ウルシ塗りの板をチラリと見る。


「おう、りりちゃん。今日も、元気だねぇ~」


 隣の、つくだ煮屋さんが声をかける。


「おはようございまーす」


「おめかしして、おでけけ?」


「うふふ、後で報告しますねぇ」


「てやんでぇ、期待させるじゃねぇか」


「ちょっとあんた、油を売ってないで。しっかり、つくだ煮を売っておくれな」


 つくだ煮屋さんの奥さんが、旦那さんにつっこみを入れる。


「おう、悪かった」


「りりちゃん。気をつけて行ってね」


「ありがとう、おばちゃん。行ってくるね」


「行ってらっしゃい」


「おはよー、クニヤス! 起きてるの?」


 クニヤスの家に着くと、戸を開き頭をつっこむ。


「………」


 反応がないクニヤス。


「ねえ! 起きてるのー?」


 まだ、寝てるのかしら。


「………うん」


「起きてんじゃん」


 クニヤスの部屋に、あがりこむあたっち。


「うわ! 勝手に入んじゃねぇこのスットコドッコイ」


 ビックリするクニヤス。


「だって、寝てるかと」


「てか。起きてるってか、こちとら徹夜でい」


「まーた徹夜で、浮世絵を描いていたの!?」


 あきれちゃうわね。


「あたぼうよ」


「で、今日はさ、芝居小屋に行く約束、忘れたわけじゃないよね?」


 そっちから、誘っておいてさぁ。


「あー、そうだったな」


 頭を掻くクニヤス。


「どうするの?」


「もちろん行くとも」


 眠い目をこするクニヤス。


「それじゃあ早く脱いで」


 ちゃんと着替えてよね。


「ちょっ、出てってくれ」


 クニヤスが、あわてて両手を振る。


「イイでしょ。この前まで、一緒にお風呂入ってたんだしさ」


 今さら、なにを恥ずかしがっているのよ。


「オイラだって、恥ずかしいの」


 顔を、赤くするクニヤス。


「はいはい。向こう向くわよ」


 いきなりマセちゃって。


「おう」


 着替え終わって、芝居小屋まで行くと、


「なんだか、スゴい人だかりね」


 通りに響くほどの怒号が、芝居小屋からあふれ出て、黒山の人だかりね。


「おーい銭形さん」


 クニヤスが、おかっぴきの姿をみとめ、声をかけると、


「おお、そう呼ぶのやめとくれ」


 十手持ちが、照れ笑いする。


「なんで?」


「コスパが悪いから、やめたんでぃ」


 いちいち逃走犯に、小銭を投げるのはもったいないらしい。


「へぇ。それで、なにがあったの?」


「御触書を見てないのかい。新しい将軍様が、芝居小屋でストリップを禁止したのさ」


 通りの目に付くところに、新しい法律が木の板に書かれ掲げられる。


「えぇーッ、今から見ようと思っていたのに」


 ビックリするクニヤス。


「ちょっと、あたっちとストリップを見るつもりだったの?」


 自分の裸は見せないくせに。


「ちょっ、リリは黙ってて」


「質素倹約だとよ。やっとお犬様から変わったってのに」


 ボヤく銭形。


「あっ、宮美グミちゃん!」


 出演者のグミちゃんが、派手な花魁姿で引っ張り出される。


「なんだい、楽しく仕事してりゃあ。あっ、クニヤスさま」


 こっちに気付くグミちゃん。


「今、聞いたとこ。残念だったね」


 クニヤスが、悲しそうな顔をする。


「また、この江戸の町を、火の海に変えてやろうかしら」


 口角を上げるグミちゃん。


「いや、もう勘弁してくれ」


 真顔になるクニヤス。

 3年前の惨劇が、よみがえる。


「冗談ですよ、クニヤスさま」

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