第1章
優平は、大学での課題に追われていた。特に苦手だったのが、インターネットを使ったマーケティングの勉強だった。もともと機械が得意ではない彼にとって、情報を活用して分析する授業は、どうしても理解しにくい部分が多かった。そんな時、ふと大学の掲示板で見つけたのが、インターネットを活用してお互いに勉強を教え合うというチャットアプリの広告だった。
「これ、使ってみようかな…」
彼は半ば軽い気持ちで、そのアプリをダウンロードした。大学の仲間に頼むのも気が引けていたため、全く知らない相手と教え合うというのはむしろ気楽に感じたのだ。
そのアプリでは、ランダムにマッチした相手と音声通話を通じて勉強を教え合うことができた。優平がマッチングしたのは、「纏(まとい)」という名前の女の子。プロフィールには「高校生」とだけ書かれていた。
「高校生か…大丈夫かな?」
少し不安を覚えながらも、優平は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
柔らかくも緊張した声が、電話越しに聞こえてきた。彼女が最初に発したその声は、どこか距離を感じさせるものだった。優平も少し緊張しながら応じた。
「もしもし。優平です。よろしくね。今日は何を教え合おうか?」
纏の返事は短く、どこか警戒している様子だった。「…こんにちは。私は纏です。まだどんな風に進めるのかわからないから、少し様子を見たい。」
彼女の警戒心は感じ取れたものの、優平は焦らず、誠実に接することを心がけた。話し方は穏やかで、彼女のペースに合わせるように、少しずつ自分の考えを共有し始めた。
「実は、僕もまだこのアプリの使い方を完全に理解してなくて…一緒に試しながら進めてみようか?ゆっくりやろう。」
優平のそんな言葉に、纏は少しずつ安心していくのを感じた。まだ完全に心を開いているわけではなかったが、彼の落ち着いた声に耳を傾けるうちに、自分が不安であることを彼に隠す必要はないと思うようになってきた。
優平と纏の通話は、しばらくは勉強の話題に集中していた。優平が苦手とするインターネットの知識について、纏は意外にも詳しく、的確なアドバイスをくれた。一方、纏が苦手としていた数学の問題については、優平が丁寧に説明した。お互いに教え合ううちに、二人の会話は少しずつ自然なものになり、勉強の話題から、日常のことへと広がっていった。
「優平さん、大学生活って楽しいですか?」
ふいに纏がそう尋ねてきた時、優平は少し驚いた。これまでのやり取りの中で、彼女から自ら何かを聞いてくることはなかったからだ。
「うん、まあ楽しいよ。でも、大学って自由すぎて、自分で何でも決めなきゃいけないから、逆に大変なことも多いかな。」
「そっか…私は今、高校生だけど、大学に行くか迷ってて。」
彼女の言葉には、少しだけ不安が滲んでいた。優平は、その一言に彼女の素顔を少し見た気がした。
それからも、二人は時々チャットアプリを通じて勉強を教え合う日々が続いた。最初こそ、纏は慎重で、なかなか心を開かなかったが、優平の誠実さや優しさに触れるうちに、彼女の中で少しずつ警戒心が薄れていった。
優平は、彼女が自分に少しずつ打ち解けてくるのを感じていた。彼女の笑い声や、時折聞こえる柔らかな口調が、彼女がリラックスし始めていることを物語っていた。
「ねえ、優平さんは、どうしてそんなに優しいの?」
ある日、纏がふとそんなことを聞いてきた。優平は少し驚きながらも、笑って答えた。
「そんなことないよ。僕も、自分がしてもらって嬉しかったことを、できるだけ返そうとしてるだけさ。」
その言葉に、纏は少しの間、黙り込んだ。やがて、彼女は小さくため息をつき、ぽつりとつぶやいた。
「…そんなふうに思える人、なかなかいないよ。」
優平の誠実さに触れるうちに、纏は次第に彼に対する信頼を深めていった。これまで、彼女は自分の周りに対して警戒心を抱いていたが、優平は違った。彼は何も強制せず、ただ彼女のペースに合わせ、話を聞いてくれた。
そして気がつけば、纏は彼との時間を待ち望むようになっていた。
「次はいつ話せるのかな?」
彼女はいつの間にか、そんなことを考えるようになっていた。
こうして、二人の距離は少しずつ近づいていく。まだお互いのことを完全には知らないが、心のどこかで繋がりを感じ始めていた。纏にとって、優平は初めて心を許すことができた相手だった。そして、優平もまた、彼女との会話を心の支えに感じていた。
結晶 サバの塩焼き @sabanoshioyaki3
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