第12話 蓮獄すずねと即席麺

 ある休日の昼下がり。

 暇を持て余した僕は、同じく退屈を享受し惰眠を貪っているらしい蓮獄家七女、蓮獄すずねの誘いをうけて、彼女の部屋にお邪魔していた。

 正確に記すならば、こるるとすずねの共同部屋にである。


 他の姉妹六人はそれぞれの私用で朝から不在とのこと。

 まぁみんななんだかんだちゃんと現代の若者だからな。

 余暇が入り込む余地など、意図的に用事で埋めようとしなくてもいつの間にか勝手に消えていくものなのだろう。


 すずねの部屋にお呼ばれした理由は、少し前に発売した新作の対戦格闘ゲームを一緒にプレイするためだ。

 僕はまだそのソフトを購入していないので、古き良き慣習としてまだ世間に残存しているであろう“友人宅で対面してのゲーム”という非常に趣のある遊びに時間を費やそうとしているのだ。

 インターネットを介してのオンライン対戦が主流となっている昨今では、なかなかこういう機会に恵まれないけれど、童心に帰ってこういう時間を共有するのは、また違ったゲームの楽しさを思い出させてくれる。


 部屋にあったこるるが普段使用している木製椅子を拝借して、すずねのデスクに置かれているモニターの前に並んで座ってゲームをプレイする。

 ちなみにすずねはレザー加工がされた赤色のゲーミングチェアに腰掛けている。

 派手なデザインで値は張るが、機能性は申し分ないらしい。

 最近は業務作業をする目的で使用する社会人もいるというし、名前からイメージするよりも、幅広い用途で愛用されているのだろう。

 まぁ僕も椅子に関しては、デザインよりも座り心地を重視したい。 


 格闘ゲームのクオリティは僕の想像を超えていた。

 緻密かつ美麗なグラフィックに、正統進化を遂げ洗練されたシステム。

 個性豊かな新旧入り混じった魅力的なキャラクター人選。

 何戦かしただけでも、その作り込みの丁寧さに感服せざるおえない。

 これまでのシリーズは履修済みなので、僕とすずねは勝ったり負けたりを繰り返し、拮抗した勝負を繰り広げていた。

 流石に新キャラクターの性能に関しての熟知度はすずねに遅れをとるものの、次第に把握していきながら、なんとか接戦に持ち込んでいる。

 やはり対戦格闘ゲームというものは、実力が近しい人間と鎬をけずるのが面白さの醍醐味かもしれない。

 そう考えると、世界中の様々な人達と競い合えるオンライン対戦というのは、やはり革新的で重大な進化といえるだろう。


「なぁすずね。こりゃあとんでもないな」

「そうでしょう。数年ぶりの新作、もちろん軽んじていたわけじゃないけど、正直期待以上の出来だわ」

「こんなの時間がいくらあっても、遊び足りないじゃないか」

「あたしの引きこもりが加速しそうだわ」

「なぁすずね。このソフト、一晩貸してくれよ」

「無理よ。これ、ダウンロード版だもの」

 むぅ。

 たしか最近の市場はデータによる販売が主流になりつつあるらしいし、これも時代の流れか。

 友人同士でソフトの貸し借りとか、思えばここ数年やってないな。


「しゃーない。じゃあしばらくはここに通いつめて遊び尽くすかぁ」

「ウチはゲーセンじゃないんだけど?」

 早く自分で買いなさいよ──と呆れたように言うすずね。

 高校生男子の金銭事情を舐めてもらっちゃ困る。

 アルバイトしているといっても、一万円近い金額を容易く消費できるほど財布の紐は緩くない。

 物価高騰も凄いしね。


 しばらくすずねと二人ゲームにのめり込んでいると、いつの間にか結構な時間が経過していた。

 休憩するにはちょうどいい頃合いだろう。


「なんか小腹空いたわね。理玖はどう?」

「なんだかんだ昼食べずに来たから、僕もぼちぼち空腹だよ」

 ゲームって結構脳を酷使するし、糖質が不足している気がする。

「なら下でなんか食べましょ」

「勝手にいいのか?」

「別にいいでしょ。こるるちゃんの作り置きはないから、大したものはないだろうけどね」


 住人すずねの許可が降りたということで、僕達は一階のリビングへ。

 キッチンの戸棚に顔を突っ込んでしばらくガサガサ食料を探していたすずねが「あったあった」と顔を出し両手に持っていたのは、二つのカップ型即席麺インスタント麺

 一つは緑色を主体としたパッケージで、蓋の表面には肉厚なお揚げの写真が載っているカップうどん。

 もう一つの方は赤と白を主体にしたデザインをした容器の中央に、デカデカと商品名が掲示されたカップラーメン。


「どっち食べる?」

「選んでいいのか?」

「別にあたしはどっちでもいいもん」

「じゃあラーメンの方で」

「オーケー」

「というか、そういうインスタントもこの家にあるんだな。こるるがいるからそういうのはてっきり排他されているかと」

「まぁあの子は食品添加物アンチの傾向があるものね。だから普段はなかなか食べれないわよこういうの」

「だろうなぁ」

「身体に悪いものこそが、もっとも身体が求めてやまないものだって、どうして解らないのかしら」

「実際、たまに食べると美味いからなぁこういうの」


 そんな雑談を交わしながら、すずねはうどんとラーメンを開封してかやくなどを容器に放り入れて、電気ケトルでお湯を注いだ。

 僕はその二つを割り箸と共にリビングの机へと慎重に運ぶ。

 クッションに腰掛けて後は完成を待つだけというところで、


「さぁ、この退屈でたまらない待ち時間、あたしを楽しませなさいよ」


 と、尊大な態度をしたすずねがそんな要求をしてきた。


「楽しませろって、どうやって?」

「それを考えるのがアンタの役目でしょ。小粋なトークをしてみるなり、滑稽な踊りを舞うなり、好きにしなさいよ」

「どういう要望なんだよそれ……三分かそこらなんてあっという間だろ?」

「この待ち時間があたしはたまらなく嫌いなのよ──外で呑気に行列つくってまで待ちに待って待たされて、それからありがたがって食事にありつく連中なんて、あたしからしたら愚の骨頂ね」

「まぁそこは若干同意できなくはないけれど……」

 カップ麺の出来上がりを待つ時間と行列の待ち時間を同列で語るのは些かオーバーな気がしてならない。

 いやまぁ面倒くさがりのすずねからすれば、その二つは大差ないのかもしれない。


「あ、このうどん、待ち時間五分もあるじゃない! 耐え難いわ……ていうか、こういうカップうどんって、あたし達が思い浮かべる実際の一般的なうどんとは、似て非なるものよね」

「たしかにね。うどんとして食べると、なんとなく物足りないというか」

「でも、こっちを常食してたら普通のうどんに違和感を感じるかもね」

「あべこべだな」

「人間なんてそんなもんでしょ。あくまで最後には主観が大事なんだから」

「主観かぁ……」

「さっきの話じゃないけれど、身体を不健康へと陥らせるジャンクなものが身体を健康に導く精進料理より好まれてるみたいなことじゃないの」

「……あー、本物と偽物、健康と不健康、たしかに捉え方としてはどうしても双方に矛盾が生じることはままあるな」

「矛盾こそが世の本質よね結局のところ」

「それをいうなら、お前は“怠惰かつ勤勉”だものな」

「なにそれ」

「すずねはやりたくないことはとことん放棄するけれど、やるとなったら誰よりもストイックじゃないか」

「それを勤勉と呼んでいいのかは疑問ね」

「仕事をサボるために頑張って仕事を効率よく終わらせる社会人もいると聞くしな」

「それは単に要領がいいってだけじゃないの? まぁあたしが要領がいいというのなら否定はしないけど」

「汚れを知らない温室育ちの清潔な子供が、逆に虚弱になるみたいなこともあるな」

「転んで膝を擦りむいて、泥にまみれて、そんな子の方が案外逞しく育つわよね」

「ままならないな」

「……ていうかこういう例えならもっと相応しいのがあるじゃない」

「というと?」


 嘲るような笑みを浮かべるすずねに、僕は好奇心から尋ねてみる。


「──“義理の妹”だから興奮するのか、“実の妹”だからこそ興奮するのか」


 勿体ぶるような大仰な芝居がかった言い方で、僕にそんな命題をつきつける。

 こ、こいつ! なんて話題を持ち出すのだ。


「ちなみに妹は姉に置き換えても可」

「いや、待て。そこに大きな差はないはずだ」

「あるんじゃないの? 胸に手を当てて考えてみなさいよ」

「──やめやめ。この話題は幾分かセンシティブだ。こんな合間に済むような議論じゃない」

「義理の妹という特異性と合法という点に興奮するか、実の妹という背徳感と倫理観の狭間で揺れ動くのが興奮を助長するのか──思いつきで喋ってたけど、思いの外に難題ね」

「僕に実の妹がいたら本当にまずいぞこれは……まぁこるるとすずねは僕の実の妹だということで脳内置換は済ませているんだけども」

「あたしを勝手にアンタの親等系統入りさせないでくれる?」

「それをいうならお前の方こそどうなんだ? 例えば実の兄と義理の兄、どちらにフェチズムを感じるんだよ」

「んー。あたしの場合は仮に理玖と蓮獄家うちの誰がくっついても、あたしにとってはどうあれど理玖は“義理の兄”になるしね。不本意ながらすでに義理の兄にまぁそこそこ近しい理玖と、俗に言われる正式な義理の兄としての理玖。そこにさして違いはない気がするけど」

「あ、まぁ仮定の話だが、それはたしかにそうかもな……」

「萌えというサブカルで考えると、妹っていうのはそれだけで性癖になりうるって、なんだか凄い話よね。壮絶にキモいけど」

「妹の中の妹であるお前からすればそうだろうな」

 

 矛盾した関係性──ふと考えてみた。

 僕が蓮獄家の誰かともし“家族”になった場合、例えば目の前にいるすずねとそうなったとしよう。

 そうなれば僕とすずねは夫婦となって、すずねは僕の妻ということになる。

 その時は、流石にすずねを僕の義妹と称することはできないだろう。

 しかし、他の蓮獄家の姉妹達は全員僕の正真正銘の“義姉”となるのだ。

 同い年のあすはや、歳下のこるるも形式上義理の姉になる。

 それがどうということもないけれど、どうやって続柄が変化しても、ここまで続いてきた“幼馴染”というのは変わらない。

 それならば、僕に芽生えているこの“兄心”も不変ではないのか?

 なんせ僕は幼馴染になった時から、こるるやすずねの兄のようなものとして生きてきているのだから。

 仮にすずねが余所の誰かと婚約してしまったら、僕はまだ義理の兄として振る舞っていいのだろうか。

 いや、僕はきっと内心だけでもすずねのことを、互いに幾つになっても妹のように想い続けるだろう。

 仮にすずねと僕が結婚した時には、嫁であり幼馴染であり妹であるというような、こんな関係も両立できたりするのだろうか。

 婿養子の場合も考慮すると、また違った関係性が形成されるのかもしれないけど。


 そう考えると、縁というものは人格形成において──人生において重大なものだろう。血縁というなら尚更だ。

 実の妹というのは、その逆らうことのできない縁にさらに楔を打ち込むようなものなのだろう。

 縁の鎖に──罪の楔を。

 そういう意味では、生物学上だけではなく、どうやっても超えてはいけない一線なのかもしれない。


「まぁそんな心配することないわよ理玖」

「ん?」


「あたしはずっと、あんたの義妹として生きてあげるつもりでいるから」


 何気ないように、そう言い切るすずね。


「もし結婚しても裏ではちゃんと『お兄ちゃん』って呼ぶし」

「いや、その場合はもうよくないか?」

 それだと僕は妹という概念が好きすぎる変態みたいになるのだけれど。

「こるるちゃんを『お義姉さん』と兄貴面しながら呼ぶのは、なんか倒錯してて笑えるわね」

 たしかにその点はさっきちょっと脳裏に浮かんだけれども。


「いやていうかさ。お前、いつの間にか僕のこと『お兄ちゃん』って呼ばなくなったじゃないか」

「……え?」

 急な僕の切り返しに、目を点にするすずねは、わずかに動揺したような素振りを見せる。


「昔は僕のことそう呼んでたよな? いつの間にか名前呼び捨てになってたけど」

「え、あ、それはそうだけど……?」

「なんでなんだよ? いや別にどっちでもいいんだけどさ」


 すずねは俯いてゴニョゴニョしていて、どうやら小声で何かを呟いた。


「だって、あたしだって、名前……呼びたいんだもん」


「え? なんて言った?」

「──! うっさい馬鹿! もういいからさっさと食べるよ!」


 麺はもう十分ほぐれたようで、すずねはぷりぷりと憤りながら勢いよくうどんを啜り始めてしまう。


 結局よくわからない幕切れとなった会話になってしまった。

 しかも少し険悪な雰囲気に。


 でもまぁ仕方がない。

 所詮は時間潰し。

 それに兄と妹の会話なんて、どこの家庭もこんな些細なものだろう?





 

 




 

 

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