第9話 蓮獄家のバレンタインデー そのご

「いきなりさゆが呼びつけるから最初は何事かと思ったよ。昼に顔を突き合わせるのは珍しいね理玖」

「ごめんねまもさん。仕事を邪魔することになってしまって」

「気にすることはないさ。そろそろ小休止にしようと思っていたし」

 気を遣っているのかそうでないのか、まもさんはそう微笑みかけてくれた。

 今日のまもさんの髪型は結んだ髪を頭頂部付近で纏めたお団子スタイル。


 蓮獄家のリビングで僕は三人と対面している。

 るりあさんにさゆ姉、そして僕は先程と同じ位置のクッションに座していて、二階から降りてきたまもさんは、少し奥にある大型ソファに足を組んで腰掛けている。

 

「はーいまもちゃん! コーヒーだよー」

「ありがとう」

 さゆ姉から差し出された淹れたてのコーヒーを受けとったまもさんは、そのマグカップにふぅふぅと息を吹きかけて湯気たつコーヒーを冷まそうとしている。

 僕とるりあさんの元へも、同じようにさゆ姉からコーヒーが振る舞われた。

 お茶をたんまり補給したので喉は渇いてないけれど、せっかくなので一口頂く。砂糖とミルク入りなので、苦味がいくらか抑えられて微かな甘味が顔を出すまろやかな味わいの飲み心地。

 普段コーヒーはブラックで飲むことが多いのだけれど、さゆ姉が淹れてくれるコーヒーのこの味わいもまた親しみがあり格別である。


 るりあさんはさゆ姉のこだわりの分量など知ったことかと、スティックシュガーを大量に投入していた。

 甘味かんみをこよなく愛する甘党のるりあさんがこうするのはいつものことなのだろう。さゆ姉は特にその行いには触れず、コーヒーの味わいを堪能していた。


 しばらくコーヒーの芳ばしい香り漂うリビングでまったりした時間が流れていた中「あ! それ!」とさゆ姉が、何かに気がついたように僕の傍に置かれていた箱を指差した。

「お姉ちゃんさぁ! 前もって『理玖には一緒に渡そうね』って言ってあったじゃん!」

「私が“渡したい”って思った時がベストタイミングなの。自分に嘘はつけないわ」

「もぅ。協調性ないんだから! まもちゃんもちゃんと叱ってやってください!」

 拗ねるように唇を尖らせるさゆ姉は同意を求めるようにまもさんに言葉を投げた。

「そう怒るなさゆ。姉さんに“足並みを揃えろ”と強要するのが無理な話さ」

「そーやってみんなが甘やかすからこの子長女が反省せずに好き勝手やってるんだと思いまーす」

「のびのびとやらせてもらえて助かるわ」

 まるで子供の教育方針で揉める両親かのような問答を繰り広げる双子達をよそに悪びれもしないるりあさん。

 なんだかこの三人のこういうやり取りを見るのは新鮮だ。


「まぁいいや。ほら! まもちゃんこっちきて!」

「はいはい」

 まもさんとさゆ姉は二人して立ち上がると、クッションに腰掛ける僕を取り囲む。

 一体何が始まるのかと、つられて僕も立ち上がり視線の高さを合わせて二人に向き合う。

「はいこれ! 今年は理玖に、ウチとまもちゃんが作った特製チョコをあげる!」

「わたしたち二人からささやかながら、日頃の感謝と親愛の気持ちを込めて」

 さゆ姉は一つの包みをこちらへ手渡す。

 可愛らしいリボンで封がされたビニールの包みに入っているのは──どうやらトリュフチョコのようだ。球形の小さなチョコがいくつか入っている。

「二人ともありがとう! これ、一緒に作ったの?」

「そうだよー。せっかくだし一緒に作ってみようと思って」

「まぁ、こるるの作った品と比べると大した出来ではないがな。理玖の口にあえばいいのだけれど」

「足りない技量は、ウチとまもちゃんの込めた愛情がカバーしてるはず!」

「あはは。とっても美味しそうだよ。僕には勿体無いくらいだ」

 二人並んで、慣れないながらも和気藹々と試行錯誤しながらチョコレートを作っている姿を想像すると、なんだか胸がほっこりする。

 そういう背景を踏まえると、それだけでもこのチョコレートの価値はかなりのものだ。

 るりあさんやれいあちゃんにすずねのような既製品の贈り物も当然ながら嬉しいのだけれど、こういう手作りお菓子というのは、健全な男子としてはやはり心擽られるものがある。


「微笑ましい光景に水を差すのは気が引けるけれど、理玖、貴方の用件がまだ話せていないんじゃない? もう随分と文字数ページを割いてしまったわよ」


と、僕ら三人のやりとりを漫然と眺めていたるりあさんが、そんなメタ発言をかましてきた。その指摘に僕はハッと顔を上げる。


「そうだ! そういえば理玖はそのために学校を早退してうちに来たんだったね!」

「学校を抜け出してまでの用件? そこまで重要なことなのか?」

 さゆ姉もうっかり失念していたというような表情を浮かべ、初耳なまもさんは怪訝そうに眉を顰めている。


 そうだ──うっかりしていた。何度も仕切り直すタイミングはあったのに、ダラダラと居心地の良さに任せてのんびりとしてしまった。

 僕はわざとらしくコホンと咳をして、一呼吸おく。


「そうなんだ。ここに来たのは“蓮獄家の誰か”に早急に確認しておきたいことがあったからなんだ」


 そう改まって告げる僕を前に三人は各々クッションに座り直して、次の言葉を待つようにただ黙ってこちらの様子を窺っている。

 僕はできるだけはっきりと、簡潔に、訊くべき文言を述べた。


「──もしかしてだけれど、今年のバレンタインデー。

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