第7話 蓮獄家のバレンタインデー そのさん

「おい加藤。今日はなんの日かお前はしっかり理解してるのか?」

「なんだよ急に。朝から随分険しい顔をしてるじゃないか。そんなお前に僕は丁寧に教えてやるけれど、今日は二月十四日さ。ちなみにこれは余談だけど、バレンタインデーってカレンダーには記載されていたぞ?」

「そうかそうか。そりゃあご丁寧にどうも。いやいや、ちゃんと把握してるならいいんだよ。もしお前が知らずにいるならば、先に教えといてやらねーとフェアじゃねぇと思ってな」

「というと?」


「──今日がお前の命日だってことをさ」


「どういうこと!?」


 朝から冗談キツいなぁもう。


「冗談じゃねーのはこっちの方だぜ。どうせお前は今年もお隣の美人姉妹達からチョコレートを恵んで貰えるんだろ? 妬ましくてたまらねぇよ」

「はははっ。あ、そういやさぁ──」

「おい待て。まだ話は終わってない。しれっと次の話題を展開するな」

「今朝、煉獄家の三人からチョコ貰ってさぁ」

「話題は逸れないのかよ。その話詳しく聞かせろや」


 僕は朝の自教室で、中学からの悪友である反安大智そりやすだいちに今朝の顛末を簡単に説明した。

 反安は鍛え上げられた自慢の野太い腕を組み目を閉じて、時々眉を引きつかせながら僕の話を黙って聞いていた。

 話を終えると、反安は目を見開くと天を仰ぎ、深いため息を吐いた。


「──やはり──死罪ギルティか──」


 反安は、どこか晴れやかな顔をしてそう宣告した。


「待て待て、何故そうなる! これは不当裁判だ!」

 早急に弁護士と証人をこの教室に呼んでくれ!


「俺達の法廷には弁護とか検察とか叙情酌量とか、そういう救済措置温情は存在しねぇんだよ」


「そうでしょうね。そうですとも反安くん。至急この哀れな男に、魂の断罪を──」


「なっ! お前は『眼鏡をかけていれば知的に見える』という馬鹿丸出しの理由で高校から伊達眼鏡を着用し始めた僕ら男子陣のフィクサー(※言葉の意味は知らない)面をしている福田!」


「おいおい朝から愉快なもんが始まってるじゃねぇか──そろそろ混ぜろよ」


「あ! お前はかつて初対面の僕に『頼むから七姉妹の誰かを紹介して繋げてくれ』と本気で土下座してきた椎名!」


 クソ……っ! 厄介な三銃士馬鹿に囲まれたか……!

 こいつらに目をつけられたら、罪を受け入れて死を迎えるか、こいつらを先に屠るかの二択しかない……!


 ……いや、待てよ。あるじゃないか。僕に授けられたウルトラCが。


「いやいや聞いてくれよ皆の衆。別に僕がこの話をしたのは、単に自慢したかったわけじゃあないんだよ。これを見せたかったからなんだ」


 憤り詰め寄ってくる三人を制して、僕は鞄からビニール袋を机に取り出した。

 それは、今朝こるるから貰ったドーナツとすずねのくれたスニッカーズの一部だ。

 

「一人だと手に余る量だったから、親愛なる君達にも消費を手伝ってもらおうと思ってね」


 せっかくの二人からの贈り物を、こんな俗物共友人達に分け与えるなど気が引けるけれど、こるるは美味しいものを皆で味わうことを否定しないだろうし、すずねはそんなこと気にする性分でもないだろう。


 僕の提案を受けて、机の上に広げられた物をまじまじと眺めていた三人は、


「俺はお前のことを信じてたぜ理玖! やっぱり持つべきもんは隣に美少女幼馴染が住んでる友人だよなぁ!」

「我らの法廷は贈賄については寛容です──執行猶予、といったところでしょうか」

「なんという合理的で冷静で的確な判断力なんだ!!」


とそれぞれ騒ぎ立て、さっきまでの殺気が嘘みたいに、にこやかで温和な面持ちでドーナツやスニッカーズに群がり出した。


「おい! 理玖が早速ドーナツとスニッカーズを貰ったってよ!」


 と、反安はよく通るその声で教室中に言いふらしやがった。

 それを聞いて、幾人かのクラスメイトがゾロゾロと僕の机の周辺に集まり出す。

 まったく、面倒事を増やしやがって……。


 羨ましそうにこちらを覗き込む男子の中には、何人か女子も混ざっていて「すごーい!」とか「美味しそー!」とか、感想を述べている者もいた。


「加藤くんさぁ。私の作ってきたチョコと、一つ交換しない?」


 そんな提案を一人の女子がしてきて、そこから、クラス中で手持ちのお菓子をそれぞれ持ち寄ってシェアする流れになった。


「もうこのタイミングで、クラス全員にあげようとお菓子を持参した奴は名乗りをあげて配ってやってくれ!」


 そう煽動する反安に皆従い、始業前から大規模なお菓子のお渡し会が開催された。

 相変わらず無駄にリーダーシップというか、発言力のある男だなこいつは。

 最近は所謂“義理チョコ”というやつを男女問わず渡すために作っている女子も多かったようで、男女入り乱れてチョコやお菓子が行き交っている。


 ……まさかこいつ手早く女子からチョコを貰うためにこの流れを!?


 この騒ぎは、予鈴が鳴り担任教師が教室に顔を出すまで続いた。



 昼食時間となり、僕は反安と福田と共に椎名の席周辺に集まり、購買部で購入したパンを食べていた。

 本当は昼食はこるるのくれたドーナツにしようと思ったのだけれど、朝の交換会で手持ちの在庫が捌けてしまった。

 まだ家にいくつか残っているのだけれど、まさかこうなるとは。

 

「いやぁしかし、女子の手作りお菓子ってのは、いいもんだよなぁ」


 そう感慨深げに漏らす椎名の顔はにやけすぎて、殆ど原型を留めていない。


「えぇ……家に帰って戴くのが楽しみで仕方ないですよ」


 と椎名に同調する福田。手には先程一人の女子から(クラス全員が)貰ったお菓子が握られている。ずっと持ち歩いてるけどさっさと鞄に入れてこい。


「しかし悪かったな理玖」

「ん? どうしたんだよ反安」

「いや、今朝はお前の貰ったもんをダシに使っちまってよ。あの時の俺は気が動転してたんだ」

「お前は気が動転して僕を亡き者にしようとしていたと?」

「今は驚くくらい穏やかさ……世界平和のことをずっと考えてる」

 

 今朝会った時の怨嗟で濁った彼の目は何処へやら、今はすごく澄んでいて、希望と活力に満ち溢れている男の目をしていた。


「いや、だがよ」といきなり僕と反安の会話に割り込んでくる椎名。

 

「加藤はまだあと“四つ”も可愛い女からチョコなりなんなり貰えるわけだろ? それって俺達に対する冒涜であり裏切りじゃね?」


 なんという暴論だろうか。


「確かに──可能性の一つとして『私の貞操も君にあげちゃうね』という展開イベントが発生することも考慮すると、これは由々しき事態ですよ」


 由々しいのはお前の馬鹿さ加減だ福田。

 お前の愛好する成人指定ゲームのようなそんな事象起こり得ないぞ。


 呆れる僕と熱論を交わし始めた他二人を見てケラケラと笑う反安は、紙パックの牛乳を飲み干すと、僕に向き合って、


「まぁなんだ。真面目な話。よかったじゃねーか。確か今までは姉妹でまとめて一つのチョコレートだったんだろ? 全員から貰えるとなれば、単純計算で七倍じゃねーか」


 そう言って僕の背中をぽんぽんと軽く叩く反安。

 僕はこんな反安のライトな体育会系の雰囲気は、正直嫌いじゃない。

 感情と劣情で暴走することもあるけれど、竹を割ったような性格の明るい男なのである。


「うん。僕にとってはどんな形であっても、親愛の気持ちとして贈り物を貰えるってはやっぱり嬉しいよ」

「そりゃあそうだ」

「そういう反安だって、お姉さんいるんだし今まで何回も貰ってるだろ?」

「身内のはカウントしねぇだろ。義理オブ義理じゃねぇか。それにあの姉貴がそんなことするわけないだろ。貰ったことなんて一度や二度くらいだよ。ここ十年は話題にすら出やしねぇ」

「へぇ。意外だな。れいあちゃんに紹介されて会った時は、普通の良い人って感じだったけど」

「女の外面を信用すんなよ。いつか痛い目みることになるぜ」

 そんなことを言う反安は、どこか遠い目をしていた。

 ちなみに反安姉弟は、れいあちゃんと同じ空手道場に二人揃って通っていて、れいあちゃん経由で知り合った共通の友人である。


「しかしまさかあのれいあさんがチョコレートを、朝一でお前に直接渡しにいくとはな。少し意外だぜ」

「ん? そうかな? それこそ義理チョコなんだし、深い意味なんてないでしょ。さっさと済ませたいっていう感じだったんじゃない?」

「……後が怖いからな。その件に俺が何か言うことは差し控えさせてもらう」

 まずいことになったというような、微妙な顔つきの反安は「つーか、あすは嬢からは貰ったのか?」と露骨に話を切り替えてきた。


「ん? あすは? なんで?」

「いや、あいつこそ、いの一番にお前にチョコレートを渡しに来そうなもんだと思ってよ。一緒に登校した時にでも渡されてるかと思ってたんだが」

「え、いや。今日は一緒に登校してないし、まだ今日はあすはの顔を見てすら……」



 そこで──僕の脳髄にどこからか、極大の電流が流れた。



 急速に脳が回転を始め、記憶の螺旋が耳鳴りを起こしそうなほどの勢いで渦を巻いていく。本日摂取した糖分を根こそぎ消費するかの勢いで、思考が爆速で進んでいる。


 反安の指摘は尤もである。

 あの根っからのイベント好きであるあすはが、現時点で何も行動を起こしていないというのは些か不自然だ。

 こるると共に我が家に朝来ていてもおかしくない。

 むしろ一緒に朝食を食べたその流れで、僕と二人で登校するまでがいつものワンセットというところだろう。

 

 ここで僕の研ぎ澄まされた脳髄は、考えうる中で最悪の結論を叩き出した。


 もしこれが“答え”だというならば、れいあちゃんとの別れ際に僕の中に生じた違和感にも説明がいく。


「……まずい!」


 血相を変えた僕は、自分の席に戻ると机の中の教科書やノートなどを乱雑に鞄に押し込むと、反安の呼びかけを無視して、教室を飛び出し全速で駆け出した。


 まずいまずいまずい! もしそういうことなら本気でまずいことになる!


 事態を早急に確かめなければ!


 まさか、あすはの奴──!


 昼休み時間ということで一時的に開かれている正門を飛び出して、僕は蓮獄家を目指して、大きく力強い一歩を踏み出した。

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