第3話 蓮獄こるる

 続いて六女、蓮獄こるるだ。

 年齢は十五歳で高校一年生。

 顎丈ほどのボブカットが可愛らしい小柄な少女。

 

 寡黙で、あまり自己主張することなく、普段何を考えているのかいまいち掴みかねる、少し不思議な雰囲気を醸し出している。


 昔から僕やれいあちゃん、あすはが近所に遊びに出かけると、いつの間にか後ろについてきていて、遊びに混じったり遠目からじっとこちらを見ていたり、どこか保護者のような立ち位置だった。

 真面目な子なので、自身唯一の妹で、インドア派筆頭であるすずねの遊び相手を自宅で率先して担うことも多かった。


 動植物が好きなようで、蓮獄家で飼われている犬“オル”の世話は、殆ど彼女に任されっぱなしである。他の姉妹はオルのことを、ただただ愛でることこそが己の役目なのだと思っている節がある。結局ペットのことをしっかり面倒をみる羽目になるのは、どこの世帯もお母さん、ってところだろうか。観葉植物の水やりもこるるの日課。

 また、自宅の家庭菜園でトマトやネギなどいくつかの野菜を栽培しているらしく、時折我が家にも差し入れしてくれる。

 野菜の品質は上々で、こるるが普段どれだけ懇切丁寧に手入れしているのかを思い知らされる出来栄えだ。僕の母親もこるるの持って来てくれる自家製野菜を心待ちにしている。


 そんな彼女は、“食”というモノに、ただならぬ行持を持っている。

 昔からその小さな体躯のどこに吸収されているのか不思議なほど、よく食べるお子様だったが、こるるはただ食べるだけではなく料理をすることに関しても意欲的であり積極的だ。

 中学校までは僕やあすはと同じだったけれど、高校に関しては「併設されている学生食堂のメニューが美味しいらしいから」という理由で進学先を決めていた。

 そのため現在こるるは、僕らの最寄駅から電車で四十分ほど離れた駅から、徒歩十五分の高校に通っている。

 なので家を出るのも僕やあすはより随分早く、以前と違って、通学途中で顔を合わせる機会は無くなってしまった。

 それでも通う価値はあったようで、噂通り学食の充実度はかなりのものらしい。

 あのこるるが太鼓判を打つのだから、確かなものなのだろう。

 今度文化祭で訪ねたときに、食すのが今から楽しみである。

 

 食べることだけに傾倒しないこるるは、小学校高学年になると、るりあ姉さんからガスコンロの使用を許可されてからというもの、こるるは台所に立ち様々な料理を試作し、調理の技量を磨き続けていった。

 その一年後には、店屋物やレトルトなどが主で、たまに気まぐれでさゆ姉が作るくらいだった蓮獄家の食事事情は、こるるが完全に掌握した。


 栄養バランスや姉妹の好みも考慮して、毎日の献立はこるるが決定し、そこに関しては誰も意義を唱えることは出来ない、独裁政権である。

 しかしこるるの作る料理は絶品で、口を挟む余地もないのである。

 中学校以降は部活に入らず、帰宅後近所の商店街で買い物を済ませ、夕飯と翌日の仕込みに入るのがルーティーンとなっている。

 学生の姉妹達や働きに出ているさゆ姉は、お昼のお弁当までこるるに作ってもらっているのだから、頭が上がらないだろう。

「作りすぎたから」とたまに僕にもお弁当を作ってくれることもある。

 僕は基本日々昼食は購買部のパンで済ますことが多いので、こるるのお弁当はかなりありがたい。毎度その味に驚くばかりである。

 ちなみにお手製のお弁当に憧れたらしいあすが、こるるを真似て僕にお弁当を作ってきてくれたことがあるけれど、その件に触れておくのはやめておく。


 僕の自宅に、こるるは野菜だけではなくおかずの差し入れまでもしてくれたりするのだが、その料理のクオリティに僕の母は毎回敗北感に打ちしがれている。お返しにこちらからも母の手料理を渡したりするのだけれど、その料理が口に合うかどうか、母親は受験合否発表前の浪人生のようにずっと緊張している。

 後日こるると顔を合わせた時、美味しかったと賛辞を受けたということに、本気で喜んでいる我が母の姿は、毎度なかなかキツイものがある。

 まぁあの美食家で健啖家のこるるに褒められる、というのは主婦冥利に尽きるのだろう。


 このように食に関して人一倍愛情を注ぐが故に、こるるは“食への冒涜”を決して許すことはない。

 我儘気質な妹であるすずねに普段は優しい(他姉妹よりも一層甘いともいえる)こるるではあるけれど、オンラインゲームに熱中していたが故にすずねが食事を疎かにした際は自室に乗り込みお説教をかましたらしい。

 親フラならぬ姉フラである。


 またある日、すずねが好き嫌いをして癇癪を起こしおかずを残そうとした時は、食べ切るまで食卓の面前でずっと監視していたらしい。

 こるるの無言の圧は凄まじいだろうから、想像を絶する過酷な雰囲気だったろう。


「食べ切るまで終わらない帰れないって、今時小学校の給食でもやらないよ!」


 と、なんとかおかずを平らげ解放されたすずねが僕にボイスチャットで開口一番愚痴っていたのが印象深い。

 まぁその教育の甲斐あってか、こるるの技量の賜物なのか、蓮獄家の七姉妹はわりと好き嫌いなく何でも食べる。

 各姉妹の本気で嫌い、口にできない、食べられない物をこるるは把握しているので、そこは配慮しているらしい(「すずねのはただの甘え」とこるる談)。

 

 最近は洋菓子作りにも凝っているらしく、試作段階とのことで提供されることはまだないけれど(こるるは味に満足するまで他者に振る舞うことはしない。失敗作も練習作も全部自分で食べる)、お手製スイーツが食べられる時を、蓮獄姉妹だけでなく、僕ら加藤一家も楽しみにしている。


 さて最後は、蓮獄家の我儘な末っ子、思春期真っ盛りなヘヴィゲーマー、蓮獄すずねのお話だ。

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