第14話 怒った日の午後

「兄貴ぃ~、本当に申し訳ないっす。だからぁ~」


と猫なで声で謝るキタン君は完璧にマタタビでキマっていた世界から現世に戻って来て、ウサミミマスターから状況説明をされてようやく…そう、ようやくである!私の行為を理解したのだった。


しかし、すでに昨夜の商人達は私とキタン君の間違ったイメージを次の酒場で面白い可笑しく話す可能性を十分に秘めたまま旅立ってしまっている。


私はもうプンスカプンプン状態で、


「もう、兄貴ぃ~、許して下さいっすぅ~」


というキタン君も知らんぷりでベッドしかない宿の自分の部屋で籠城中なのである。


多分、キタン君の昨夜の事もあるので私は、


『二日酔いとかあるかも…』


と心配して1泊では無くて2泊に延長した為に気兼ねなくふて寝が出来るのだが、折角アルカスから離れて男色オークの噂からも逃げられたと思ったのだが、昨夜の一件で新たな噂話がこのベルトナにて広まる可能性がでてしまった。


しかもあちこちに物を輸出するベルトナ王国な上に、昨晩キタン君が散々ネリモノやツクネサンドのアピールをした為に確実に男色オークの噂第一章と今回の第二章が出会い噂話に尾ひれどころか加速ユニットぐらい生える事になり爆発的に広がるかもしれないのだ。


「どうすんのさ?ベルトナ王国辺りで色んな意味でCランクになる予定だったのに…変な噂が先回りして王都ベルトナスで私達を待ってたら…泣くぞ!ウンコチビるほど泣いてやるぞ!!」


と、叫び私は、


「兎に角、今日はお休みにします各自自由行動です!以上!!」


とだけ扉越しにキタン君に伝えて昼頃まで現実逃避に費やす事にしたのだった。


『もう何があってもキタン君と井戸には近づかない方が良いのでは…』


などとウダウダ考えていたのだが、


「とりあえず天井を見てても仕方がないな…」


と、昼前にやっと部屋を出て下の酒場に降りるとマスターが夕方の仕込みをしながら、


「あら、寝坊助さんが起きてきたようね。ウチはお昼はやってないんだけど簡単な物なら出してあげれるわよ」


と言ってくれたのだが、昨夜はバタバタして気が付かなかったが、マスターからなんだかオネェの雰囲気を感じる。


少しの不安を感じながらも私は、


「折角来たフィールズの町を見て回らないのは勿体ないから外で何か食べます」


と言って外に出ようとすると、マスターは、


「猫の坊やなら町の商会を回ってスパイス等を売ってくるって馬車で出掛けたから、探すのなら右手の通りを進むといいわ」


と教えてくれ、私は


「ありがとう」


とだけ伝えると、マスターは、


「もし、仲直り出来ずに傷ついたままならアタシが癒して、あ、げ、るっ!」


と、ウィンクしてきたのだった。


『怖ぇぇぇぇ!マジもんじゃねぇか!!』


と焦りながらも扉を目指して歩きだした私は、その後は一切振り向かずに軽く後ろ手に手を振り、扉を開けて外に出てゆっくりと進み、そして初めの角をとりあえず曲がったとたんに、


「ひぃぃぃぃぃぃ!」


と、小さな悲鳴をあげながら小走りになり、少しでも、そう1センチでも遠くに行きたくて最後には走り出していたのだった。


しかし、オーク族の足の遅さからフィールズの露店商の方々に、


「ジョギング中のお兄さん、果物はいかが?」


などと声をかけられる程度のスピードしかでていないのである。


だが、私の必死な顔を見るとみんな、


「あぁ、トイレなら共同トイレが突き当たりの公園に有るから…もう少しだから頑張りな!」


と、応援してくれるのだった。


『必死に逃走を図った全力疾走がジョギングか、トイレを我慢した様なフルパワーを出せない人間の全力疾走に見られるとは…』


と、自分の種族的な欠点を痛感しただけの結果に終わった。


あまりの遅さに自分でもアホ臭くなりその場で走るのを止めたのだが、何故か周りの露店商さんや買い物客からも、


『あぁ~あ…』


みたいな顔をされてしまい、完璧に漏らしたヤツ扱いである。


「いや、違いますから!」


と訂正する私だったが、側で商いをしていた露店商のおばあちゃんから、


「公園には貧乏冒険者の野宿スペースもあるし、洗濯出来る水場も完備してるから早くいきなさいな!どうせキツい酒を飲み過ぎて腹がユルいんだろ?」


と言って自分の露店の商品である洗濯に使う灰が包まれた紙の包みを一つ、


「使いな!」


と言ってポイっと投げてよこしたのだった。


反論するのも面倒臭いぐらいに、


『完璧漏らしたヤツ』


というおばちゃんの反応に、とりあえず包みを受け取り再び小走りでその場を離れるしか無かった。


「ひどい勘違いだ…」


とチビったと決めつけて騒いだおばちゃんに憤慨しながらも、実際にあそこで漏らしていたら私の糞害で店を畳むのはあの露店商のおばちゃんだったので、


『実際にブッこいてやるという手も…』


と一瞬過るが、


『いや、ないないない!』


と冷静になった私は、


『まぁ、私を心配しての言動だったし、洗濯洗剤を一回分儲けたからヨシとしよう』


と割りきり、行く宛もないのでさっき言われた公園まで散歩する事にしたのだった。


道の突き当たりの公園というのはこの町の出入り口に面した広場であり、露店商などの乗ってきた馬車や、宿に泊まるのが惜しい旅人や冒険者などのキャンプ場も兼ねている場所であった。


「馬車の荷物とか狙われる物がないのなら厩舎や馬車置き場のある宿に泊まる必要が無いもんな…町を守る壁も兵士さんも居るから野宿と言ってもかなり安全だし…」


と感心していると私はそこでとても見慣れた幌馬車を見つけたのだった。


馬を繋いだままの馬車の側にあるベンチに座り、ここ数ヵ月親の顔より良く見た猫型獣人が愛馬に近くで購入したらしい野菜を与えながら、


「どうするっすかねぇ…オイラ、完璧に兄貴を怒らせたみたいっす… 」


と、カワサキ号にお悩み相談をしていたのだった。


カワサキ号は、


『はいはい、そうなんだね』


程度に耳だけ飼い主であるキタン君に向けているが、本人としては野菜を楽しむのに集中しており、


「あっ、今ので最後っすね」


と野菜の終了を告げられると、耳すらもキタン君から外すカワサキ号に、相棒は、


「野菜の切れ目がなんとやらっすか?薄情な愛馬っすね…」


と言ってしょんぼりして項垂れているのだった。


私は少し相棒が気の毒になり、同じベンチに腰を下ろして、


「よう、スパイスは売れたかい?」


と聞くと、キタン君はハッと顔を上げて、


「兄貴ぃぃぃぃ!」


と泣きそうな顔をしていた。


相棒は私に、


「もう、怒って無いっすか?」


と聞くので、私は


「上手く行かない現実にいじけていただけで、怒ってはいないさ…」


と、本当はかなり怒っていたのを棚に上げまくりカッコよく微笑みながらキタン君に、


「ほら、お土産!」


と言って洗濯粉を渡したのだった。


キタン君は首を傾げながら、


「なんすか?…これ」


と聞くので、私は宿屋のマスターのウィンクからの一連の流れを話すと、相棒は吹き出して、


「なんすか!それ…兄貴は少し歩けばおかしな事に巻き込まれるっすね」


と笑いだし、私も、


「だから、クリスタルゲインの教会で嫁さんが来る様に祈願するよりか、呪われてる可能性が高いからお祓いをするべきだと思うんだよ…」


というと、キタン君はよっぽど私がヘソを曲げていたのが堪えていたのか、こうやって普通にはなせる事が嬉しいらしく、


「ヤジルの兄貴!お祓いなら早いほうが良いから明日辺りにフィールズの町でチャチャっと済ますべきっす」


とニコニコ顔で提案するのだが、私は神妙な顔で相棒に、


「いや、明日の朝イチでチェックアウトして町を出るぞ!あの宿で長居すると私の色々な初めてをウサミミマスターに捧げるハメになる…」


というと、キタン君は、


「オイラもよく覚えてないっすけど、お腹に拳型の青アザが出来てるっすから、あのマスターの力には流石の兄貴だって手も足も出ずに、お尻を剥き出しにされてもおかしくないっすからね」


と怖いことをいう。


少し想像してしまった私は普段でも少し青っぽい顔が更に青くなっていたらしく、


「大丈夫っすか?兄貴…」


と、相棒に心配され、


「ゴメン…お尻を剥き出しにされる想像をしてしまった…」


というと、キタン君は、


「でも、兄貴…あのマスターって兎型獣人の血も入ってるっすよね?」


と聞くので私は、


「あんな解りやすいウサミミが付いているからなぁ…」


と、『何を解りきった事を…』という感じで返すと相棒は、


「兄貴は知らないんすか?唯一発情期の無い獣人のタイプって兎型なんすよ」


と教えてくれたので、私は、


「良いことじゃないか、発情期なんてパートナーが居れば子供を作るチャンスだろうが、私からは問題ばかりの獣人族の種族的な欠点に見えてしまっているからな…」


というのだが、相棒は更に顔を曇らせながら、


「だから問題なんすよ兄貴…兎型獣人は行こうと思えばいつでもイケる万年発情期タイプなんすよ」


と告げられたセリフに、私は、


「じゃあ、今晩だってヤバいんじゃないか!?」


と驚きながらも、出掛ける前の破壊力しかないウィンクを思いだしながら、


「よし、今すぐ出発しよう!」


と騒ぐのだが、キタン君は、


「え~っ兄貴、それは勿体ないっすよ。今晩の宿代も払ってるんでしょ?」


と渋るのだった。


聞けば相棒はスパイスの売れ行きがあまり良くないようで、


「確かにスパイスはかさばらないし良い交易品っすけど、エルヴィスさんところで買ったスパイスの半分ほどの原産国がベルトナ王国だったんすよ…」


とガッカリしていたのだった。


私は、


「じゃあ、旅の資金集めの為と私の関所の割引の為にCランク冒険者をベルトナの違う町で目指すとするか?」


と相棒に提案すると、


「オイラも少しは強くなりたいし体を鍛える目的で冒険者をしてみるっすかね…」


と、自分の腹の青アザをさすりながら言っていたのだった。


しかし私は、


「いや、少々鍛えたぐらいでウサミミマスターのストマックブローを耐えれるとは思えないし、昨日の夜のキタン君は身体強化を使ってたのか声はデカイし、暴れる時の腕力だって私に負けないぐらいだったよ」


と彼に伝えると、


「えっ?おかしいっすね…オイラは視力の強化と脚力の強化しか出来た試しが無いっすよ?」


と言っていたので、どうやらマタタビ入りの酒の追加効果の可能性はあるが、ラリっちゃうから絶対に実証実験はしない事に決めたのだった。


それから私達が仲良く宿屋に戻るとマスターが、何とも言えない表情で、


「仲直り…できたんだね…」


と言っていたので、


「おかげさまで…」


と頭を下げながらも、恐々酒場にて軽い食事を済ませて部屋に引っ込んだのだが、なんだか今日のオススメであるマスター特製の具沢山スープである〈マスターの本気汁〉と言い、昨日の〈マスターのミルク煮込み〉と言い、何かしらのメッセージ性を感じてしまい、味を思い出そうとしても何故か思い出す事を嫌がる自分がいるのだった。


それからは自分の部屋にて長い夜を過ごすのだが入り口の鍵を閉めてもマスターが、


「せめてもの思い出にっ!」


と合鍵で部屋に忍び込んで来るのでは?!と一睡も出来ない夜を過ごして、私は朝日と共に相棒を叩き起こしチェックアウトをして逃げ出す様にフィールズの町を後にしたのだった。


『ありがとうフィールズ…さらばウサミミマスター…男色オークの噂とお漏らしオークの噂が風化するまで多分二度と来ないと思います…』

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