第13話 噂話のネタ
老化で涙もろくなったかも知れない私を乗せたカワサキ号が引く幌馬車は広大な畑を進んでいるのだが運転台からキタン君が、
「ヤジルの兄貴、ここらの畑は何にも植わって無いっすね…もうすぐ収穫の秋って言うのに」
というので私は幌馬車の荷台から顔を外に出して確認するが、畑を見てピンときたので、
「キタン君、あれは小麦畑だよ」
と、教えてあげたのだが長旅で暇だったのかキタン君は、
「え~、小麦畑?」
と、教育番組の人形の様に首を傾げて、
「よく解んないやぁ。教えてヤジルお兄さん!」
というので、仕方なく私は、
「では、良い子のキタン君に今日はお兄さんが小麦について教えてあげよう!
小麦は品種により秋と春に蒔く物があり、春蒔きの品種は100日程度で収穫し、秋蒔きはなんと300日以上かけて育てるんだよぉ~」
と幌馬車の荷台から運転台の方に体を乗り出して大袈裟な身振り手振りで説明していると、キタン君は、
「こんにちは~。良い天気っすね…あっ、この人は大丈夫っす酔っぱらいでは…」
と、道端の農家のおじさんと話していたのだった。
『恥ずかしい…』
と、私のこっ恥ずかしさから由来する熱を感じる顔面は教育番組のお兄さんスマイルのまま動かせず、そのまま幌馬車の荷台からニョキリと出した上半身を農家のおじさんに向けて、
「良い一日を!」
と言ってみたのだが、赤面している強面オークの営業スマイルがよっぽど怖かったのか、
「ひっ!」
と小さな叫び声を上げさせてしまった。
カワサキ号がゆっくりとでも足を止めずに前進してくれたおかげで、私は農家のおじさんの視界の右から左へ無事に流れきり、私を受け流し今も呆然とする農家のおじさんから少しずつ離れる事が出来ているのが唯一の救いである。
そして私は、
「キタン君!」
と相棒に不満をぶつけると、
「申し訳ないっす。あの農家さんが藁の山からいきなり現れたから…」
と、自分から教育番組ゴッコをふっておいて私だけ変質者の様な目で見られる結果になった一番の原因を自分ではなくあのおじさんに擦り付けようとしていたのだった。
「どうすんの、また新たな噂話のネタにされたら…嫌だよ、前世でも街角でいきなり国への不満なんかを語る演説おじさんっていう名物おじさんがいたけど、親戚だってだけで同級生のヤツも私みたいにイジメられてたんだよ…だから名物おじさんなんてモンだけにはなりたくないんだ!」
と私が訴えると、キタン君は、
「兄貴ってイジメられてたんすか?」
と驚くのだが、私は
「あまりお喋りが上手く無かったからな…イケイケグループの男には弄られ、女性グループからは単に避けられてたよ…」
と自分で発表しながら切なくなってきた。
しかし、キタン君は運転台から、
「そいつらまとめて見る目がないっすね。ヤジルの兄貴の前世を知ってる訳ではないっすが、口下手でも面倒見が良いのは近くに居ないと解らないし、いくら優しい兄貴でも寄り添ってくれる人間にしか親身になる訳がないっすもんね…」
と私を誉めてくれ、私はまたちょっぴり涙を流してしまったのだった。
キタン君は急に静かになった私を心配してかチラリと後ろを見て、
「兄貴…また泣いてるんすか?今日はベルトナ王国の国境の町で美味しい物でも食べて元気を出すっすよ」
と声をかけたのだった。
うちの相棒は泣かせた張本人だと言うのに更に優しさパンチで私を泣かそうとしてくる。
『優しい悪魔だな…』
と感じている私に、キタン君は、
「んで、話の途中だったんすけど、春と秋に蒔く小麦が、どうでしたっけ?」
と、普通に聞いてくるので余韻も何も有ったものでは無く、
『えっ、ただの無神経なヤツなだけでは…』
と一瞬感じた私は、スンと冷めた事もあり、
「もう、教えてあげません…」
と拗ねてみたのだった。
「う~ん、兄貴のいけずぅ~」
などとやりながらも私達はベルトナ王国の玄関口であるフィールズの町に到着したのだった。
フィールズは来る途中の小麦畑を中心に賢者様が教えたという耕作技術を使い大量の農作物を作り出している農業の町である。
ベルトナ王国にはこの他に酪農をメイン産業にしている町や、初代のお妃様がドワーフの姫様だった事もあり鍛冶などが主要産業の町もあり王都ベルトナスを中心として何でも作って何でも売ってる様な国であり、
『帝国には何一つ頼らずとも生きていける!』
みたいな強い意思を感じる国である。
帝国から逃げて来た人々の中で得意分野毎に町や村を作り、王都ベルトナスにはそれらの技術などを伝えたり発展させる為の研究機関や教育機関もあるという。
『流石は初代の国王が賢者様なだけはあるな…』
と感心してしまう国なのだが…今はそれどころでは無いのである。
それはというと、フィールズの町に到着し厩舎もある穀物を買い付けに商人達がよく使うと聞いていた酒場つきの宿屋で部屋を取ってキタン君に私は、
「さぁ、新鮮な野菜が自慢らしいから下の酒場でご飯にしよう!」
と誘い相棒も、
「兄貴、楽しみっすね。マスターに聞いてよく分からないヤツを食べましょうよ…」
などと、食のチャレンジャーは聞いたことも無い料理から食べる事を提案してきたのだった。
酒場に降りてきた我々はアルカスの酒場とは違い冒険者より商人が多い為か、気さくに先客達が、
「どこから来たんだ?」
とか、
「何か良い儲け話は?」
などと話しかけてくる。
こんな時にウチの相棒のコミュニケーション能力が火を吹き、
「アルカスからこっちに来たっすけど、途中のトッケーの港町でサツマアゲってのをスパイスを商う船団を持っているエルヴィスさんって商会長さんに食べさせてもらったっすけど、あれは旨かったなぁ~」
などと宣伝まではじめ、興味のある商人が、
「兄さん達はアルカスからかい!いゃ~見る目があるねぇ~西に行けば帝国の国々があるだろうに、わざわざベルトナを目指すんだから」
などと言いながら私達のテーブルに移動して来てキタン君にターゲットをしぼり、詳しい話を聞き出そうとしている様子だった。
キタン君も小出しに情報を出しながらあちらの持つ情報を聞き出すという高度なやり取りが始まり、
「オイラ達来たばかりだから、ベルトナの名物ってなにっすか?」
などと聞くと話に入りたい商人達も加わり、
「そりゃあ、ベルトナに無いものは無いぐらいだが、絶対ベルトナスにある昼寝亭って店の少し辛いスープが絶品だよ、メニューは一個しか無くて日替わりだけど料理人が、その日仕入れた食材で作るからハズレなしさ」
と言い出すと、他の商人が、
「いや、いや、この酒場のマスターが仕込んだ今日のオススメのミルク煮込みも旨いぜ!」
などと言い、私達はとりあえず今晩のメニューはマスターのミルク煮込みにした…いや、聞こえが悪いな…マスターの作ったミルク煮込みだな…などと言っているうちに、
「はいよ!」
と凄い早さで料理が運ばれて来て驚く私にマスターは、
「多分頼むだろうと盛り付けて待ってた」
と、可愛らしく告げてくる。
どうやら彼はキッチンで勝負師のような遊びをしていたらしい。
確かに美味しいミルク煮込みに胃袋も落ち着いたのだが、改めて辺りのベルトナ周辺で商いをしている商人さんは、獣人族や人族などが多いが、酒場で働く従業員さんや、ベルトナの中の商人さんは種族的に何とも言えない方々が多い様に感じる。
遺伝子として人族の因子がきついのか、平均的に全ての種族の特徴を抜けば人族っぽくなるからなのかは解らないが、ベースはパッと見は人族っぽく見える。
しかしよく見ると、ダークエルフの様に褐色の肌の方や、腕の筋肉が発達しているドワーフっぽいがドワーフ族特有の低身長ではない方に、エルフかダークエルフの血が入っているらしい耳が少し尖った方と、私も会った事が無いのだが、赤い瞳をしているのは魔族という種族の血筋の方かもしれない。
だが、一番の私が驚いたのはこの宿屋付きの酒場のマスターである。
オーガ族の様な二メートルは在ろうかという身長に私のようなオーク族っぽい少し青みがかった肌の色と、ドワーフ族の様に発達した腕…そして可愛いウサミミというボディービルダーがふざけてウサミミのカチューシャを着けている様な見た目であり、しかもタンクトップにエプロンというもう何処からツッコミを入れて良いのか解らない最強生物なのだ。
『人種が混ざっているとは聞いていたのだが、玄関口の町でこれでは先が思いやられてしまう…』
などと考えている私はふと相棒に目をやると先ほどまで、商人達にやれ「ネリモノ」だの「ツクネサンド」だのと情報を小出しにしては、
「兄さんもっと詳しく!」
などと言われながら、商人達から、
「マスター!こちらの兄さんに卵鳥の素揚げを一皿!!」
などと差し入れをもらっていたはずなのだが、なんと相棒は知らない間にベロンベロン…というかもうヤバい状態になっていたのだった。
商人さんの一人が、
「申し訳ないオークの旦那、お連れさんに長旅の疲れを癒して貰おうとウチの自慢の商品である薬酒を試しに飲んでもらったんだが…」
と、少し怯えていたのだった。
どうやら様々な薬草や果実を漬け込んだお酒らしいがその中のマタタビの親戚か、もしくはご本人が居たらしくウチの相棒は、
「魚味の木箱をっすね…カカトに朝晩お供えを…」
と、完全にキマてしまって譫言を何もない空中に話していたのだ。
「本当に申し訳ない…」
と青ざめる商人さんに私は、
「あとはこちらで処理しますので…」
と伝えて、マスターに水をもらい相棒に飲ませようとしたのだがラリっているキタン君は、
「やめろ!まな板が可哀想だ!!」
と引き続きよく分からない事を言いながら水を嫌がり暴れている。
これは駄目だと感じたのかムキムキタンクトップのエプロンウサミミの男性マスターが、
「ごめんね坊や…」
とキタン君の耳元で囁いたかと思うと、「ドスン」と相棒の胃の辺りに拳を沈めたのだ。
するとマンモス西のうどんの如くキタンくんの食べた物が彼の口や鼻からスプラッシュ!!無論相棒は白目を向いてノックダウンである。
胃袋から多少なりとも酒が排出されたし、ラリっていたのも気絶して静かにはなったのだが、
「おい、キタン君…大丈夫か?」
と彼を揺さぶりながら言っても小刻みにピクピクするだけである。
だがこのままでは確実に相棒はエレエレとした自分の夕飯達に溺れてグッバイする未来しか無いので、私は相棒をマスターから聞いた店の裏手の井戸場まで担いで移動して、一度ゴックンしたはずの夕飯達まみれの相棒を洗ってあげる事にしたのだ。
相棒の上着を脱がして井戸水を頭からぶっかけるとその冷たさで目覚めたらしく、
「ひィィィィィ!」
と叫びながら飛び上がり自分を自分で抱き締める様にして震えながら足踏みをしている。
「良かったぁ、生きてた」
と安堵する私に相棒は、
「殺す気っすか!?」
などと悪態をついていたのだった。
しかし、白目を向いて小刻みに痙攣していた相棒を知っている私は思わず、悪態をつけるまで回復した事を心底喜び、
「良かった、本当に良かったぁぁぁぁ!」
と、彼を抱き締め喜んだのだが、上半身を裸にされている事にようやく気がつき、更に私に抱きつかれたキタン君は、
「止めて欲しいっす!あの時はオイラが誘いましたが今はもうそんなつもりは!?…兄貴、許してよ…オイラのお尻の純情を力ずくで奪おうとするなんて!!」
とパニック状態で騒いでいる。
マタタビも完全に抜けていないのか声量も暴れる力も獣人の固有スキルである身体強化でも使っているのか馬鹿みたいに強い。
しかし、一番強いのは先ほどのセリフの内容である。
私達を心配して井戸場を遠巻きに見ていた酒場の商人達が、引き潮の沿岸の様にササッと後退して店に入っていったのだった。
「いや、これは違うんですよ…いや違わないけど、違うんです!」
という私の心からの叫びは商人さん達には届かずに、何故か相棒に、
「こんな状況で言い訳っすか?!」
と、酔った隙に合体を目論んだかの様に言われ、先ほどとは違った白い目を相棒からむけられてしまうのだった。
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