第12話 涙の理由
夏の終わりが近づく季節になり朝晩少しずつ涼しくなる海辺の街道をカワサキ号の引く幌馬車はのんびり南下している。
『高い山だなぁ…あそこまで何日かかるんだろうか?』
などと、出来るだけ気を紛らせる為に努めてどうでもいい疑問に頭を捻る私にキタン君が、
「兄貴ぃ、本当に良かったんすか?あのままトッケーの町でルーシーさんと暮らすっていう選択肢もオイラは有ったと思うんすけど…」
と幌馬車の中から運転台で手綱を握る私の背中に問いかけてくる。
『何て酷な質問を…』
と思いながらも私は、
「トカゲ族の掟とやらを破ってまで一緒になるには私には嫌な噂とか…まぁ、少し問題があるからね…って、もうそれは良いんだよ!来世を誓ってくれた女性がいるなんて私には勿体ないぐらいだからね。
それに有能な相棒が彼女を守る為のシステムを作ってくれたから下手に彼女と関わるよりは美しい記憶のまま別れるってのも粋ってヤツじゃないかな?」
と強がって答えるのだが、相棒は、
「そんなもんっすかねぇ?兄貴が自慢したがらないのを知っていたからエルヴィスさんにもネリモノの計画からも兄貴の名前は伏せて貰いましたが、族長さんは兄貴とルーシーさんの物語で一儲けする勢いだったから遅かれ早かれっすよ」
と呆れている様子である。
私は、
「まぁ、それでも良いさ…ルーシーさんが今回の事に私が絡んでいる事を知った時には私はもう隣の村か下手をすれば他の国だろうし、新たな私の噂話の語り部にトカゲ族の皆さんがなってくれたら男色オークという不名誉な噂と相殺してくれるかもしれないしね…ルーシーさんの中で私という存在も良い噂と悪い噂が混ざって薄くなって忘れてくれたほうがトカゲ族の女性としての幸せが来るだろうから…」
と言い訳をこねている私の背中に相棒が、
「じゃあ、何で泣いてるんすか?…兄貴」
と聞いてくる。
私は涙を拭いながら、
「ちゃうわい!泣いとらんわい!!」
と言うのだが、キタン君は、
「だから声が震えてるんすよ…兄貴は…」
と逃がしてくれそうにない。
私は観念して、
「仕方ないだろ!?前世も今世もひっくるめて初めてモテそうだったんだぞ!!
なのに種族として結ばれる事が無いなんて…あんなに可愛い女性だったのに…いや、爬虫類は基本苦手だよ!でも、彼女は可愛いって思えたんだ…でも、バルガさんが言ってたんだよ娘には小さくて良いから普通の幸せを味わえる人生を歩んで欲しいって…それを聞いちゃったんだ…聞いちゃったから…」
と、白状したら涙が止まらなくなってしまったのだった。
キタン君は、
「だから身を引いたんすね…やっぱり兄貴はオイラの自慢の兄貴っす。
まぁ、旅は始まったばかりですし、また良い出会いもあるっすよ…だから元気を出していきましょう!」
と私を慰めててくれ、カワサキ号も、
「ブルルッ」
と小さく嘶き私を励ましてくれている様に感じた私は、
「ありがとね…」
とだけ答えて、暫く黙ったまま滲む街道を見つめていたのだった。
そして、まともに始まってもいない恋愛を失ったという微妙な状態を引きずりながらも私達の旅は続き、小さな村を幾つか経由しながら毎日の様に前方に見えていた山を右手にのぞみながら山を迂回する様に越えた頃には、辺りには秋の風が吹きはじめ大陸有数の農業国家であるベルトナ王国に入国する事が出来たのだった。
大陸で最大の力を持つ帝国からも一目置かれるベルトナ王国は帝国に直接モノが言える程に強い帝国に属さない国であり、これは長年国の為に努力した住民達の努力の結果だろう。
自由都市アルカスを出て、トカゲ族の治めるトッケーの町に立ち寄り、その後にトカゲ族の小さな村や、街道沿いに自然発生的に出来た牧場などの広い土地を必要とする農家の集合した集落は便宜上自由都市の傘下という扱いの為に正式に私は生まれて初めて他国に入る事になる。
しかし、他国に渡るという大変さを私はベルトナ王国に入る関所で一人小銀貨四枚という入国税を取られる事で、
『両親や爺様達多くのオーク族は国から脱出する時にこのような関所で通行料を払う事もままならず、もしかして帝国軍に捕まるという可能性を恐れて高い山脈や深い森を越えたのだろうか…』
という考えに至り、私は染々と、
『雷クラゲ二匹分程度で安全に移動出来るんだから安いものだ!』
と感じて銀貨を支払っている私の次にキタン君が商業ギルドカードを関所で提示すると関所の兵士さんから、
「はい、Dランク商人さんですね小銀貨二枚です」
と言われて、なんと私の半額で入国していたのだ。
「えっ?ズルくない…」
と思わず呟いてしまった私にキタン君は、
「兄貴…別にズルくはないっすよ。
オイラはすでに大陸中に点在する商業ギルドにそれどころじゃないお金を納めてDランク商人になったんすよ?…それに行商人が関所を渡る時に割引を受けれないと誰も他国まで商品を運ばないっすからね」
と言っていたのを聞いて、
『それもそうか…』
と言い返す言葉もなく納得した私に関所の兵士さんが笑いながら、
「兄さんはオーク族の血を多く引いてるんだろ?だったら苦もなくCランク冒険者ぐらいには成れただろうに、Cランクで関所は半額でBランクで免除だぞ」
と教えてくれたのだった。
村から出る事など考えたことも無かった為に冒険者としてのそんな割引制度について聞いた事も無かった…いや、正確には有ったかも知れないが、気にとめた事が無かった私は、
『絶対Cランク冒険者になってやる!!』
と心に誓うのだった。
そんな事がありながらも無事に入国出来たベルトナ王国であるが、この国は大陸の中でも変わった生い立ちの国であり住民達も少し変わったルーツを持っている。
このベルトナ王国の初代国王様と言われるのは昔エルフの国にいた賢者様であり、他国に干渉せずに大樹の森の中だけで暮らしていたエルフの国から、
「退屈だ!」
という理由だけで国を出て、当時勢力を拡大し始めた帝国の事を、
「気に入らない!」
という理由で帝国に攻めこまれている国々に知恵や力を貸しては、絶対的に勝てない戦から住民を脱出させて空き地となった国だけを帝国に奪わせたり、最後の手段として籠城戦を選んだ小国に食糧やポーションなどを運び込み続けて一旦引き分けにまで持ち込んだりと、行動の動機は子供みたいな理由ではあるが、成し遂げた偉業は子供達に聞かせる昔話としても大変人気なのである。
そんな偉人である賢者様が帝国に攻め込まれて国を追われた人々を受け入れる為に、当時ベルトナ草原と呼ばれていた原っぱに作った町がこの国の基礎であり、その後、帝国に攻め込めれて籠城している国に豊富な食糧を届ける為に住民は農業を頑張り、いつしか反帝国派閥の亡命先の様な場所になり、中でも鉱山と金属加工の技術を帝国から執拗に狙われたドワーフ族からは何度も助けられた恩人の様な国であり、当時のドワーフ族の姫が押し掛ける形で賢者様の妻になり、各地から亡命してきた他国の貴族を中心とした国民達が勝手に様々な手続きを行い賢者様を国王にして正式な国として名乗りを上げたのだそうだ。
各地の国から住民を受け入れた上に、初代の国王が他種族婚ということもあるのか、ベルトナでは混血が進み、○○族っぽいという言い方は出来るが正確な血筋は解らない為に、彼らは自分達を〈ベルトナ人〉と名乗るほどである。
なので、関所の兵士さんがオーク純度100%の私を見て、
「オーク族の血を多く引いている…」
と表現した様に『混ざっているのが普通』という感覚なのである。
キタン君がここまで来る道中に有った各地の村などで有り余るコミュニケーション能力を駆使して集めた情報によれぱ、
「大陸に住む10種族の中で卵で産まれるトカゲ族と翼人族以外は全てまざっていてベルトナ人と名乗ってはいるっすけど、そのバリエーションが豊富らしく、ある意味大陸の11番目の種族と言っても良いって酒場の親っさんが言ってたっすよ」
と言っていたのだった。
ちなみにだが、大陸にいる10の種族というのは、
良くも悪くも平均的な能力の人族、
高い身体能力と行動力の獣である獣人族、
魔力に恵まれ魔法が全てのエルフ族、
錬金術こそ至高というダークエルフ族、
金属のエキスパート鍛冶大好きドワーフ族、
海ならお任せ海の神の眷属トカゲ族、
空はお任せ飛べる翼人族、
自称常闇の神の末裔のちょっとイタイ魔族、
攻撃こそ正義の武闘派オーガ族、
そして最後は、お待ちかね頑丈な脳筋オーク族である。
自分たちの国や生息地域を持っている種族達は大陸のあちこちに進出しようと地元では純血が保たれるが、国ごと帝国に潰されたオーク族としては、近い将来ベルトナ人の仲間入りをするしか生き残る道は無いように思えてしまうのは、オーク族というアイデンティティの私には少し悲しい現実であるが、
『純血を残すとか残さないとか以前に混ぜるも混ぜないもそんなチャンスすら訪れていない自分がオーク族の未来を心配するとは…』
という現実にぶち当たり、心底悲しい気持ちになってしまう私がいた。
『これはCランク冒険者よりC経験者が先かな…人間としてのランクが
などと、上手いことを考えていると何故か目から心の汗が止まらなくなっていたのだった。
ベルトナの国境からすぐの町を目指しながら走る幌馬車にて、相棒から、
「兄貴…まだルーシー姐さんを引きずって泣いてるんすか?」
と呆れてられたが、
『自分の童貞をネタにアルファベット作文をしていたら泣けてきた…』
などと言える訳もなく、
「うん…」
とだけ答えて黙っていると、キタン君は、
「オーク族の血だけでは無くって色々な種族の血を引いている人が住む国っすからヤジルの兄貴の良さを解ってくれる女性もきっと居るっすよ…」
と優しく慰めてくれ、私を更に泣かせるのだった。
ヤバい…最近涙もろくなってないかな?…早くしないと老化が始まってるのかも知れない!!
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