第11話 勝手な裏設定

トカゲ族が中心となり治めるトッケーの町では男性は船乗りとして旅に出る為に、残された若い女性が海女さんをして稼いでいる事が多く海産物が豊富に取れるのだが、大型船を停泊出来る入り江がある好条件な場所を港町として開発されたトッケーの町は他の町からも微妙に距離があり、塩漬けの魚程度しか他の町に輸出をすることが出来ないのが現在の悩みらしいのだ。


希に来る観光客も魚を食べ馴れている人ばかりではない為に、いくら新鮮な魚を提供しても尾頭付きなどはグロテスクだと喜ばれないのだそうだ。


町を治める族長さんからもエルヴィスさんに、


「他の国などを巡るエルヴィス殿なら何か良い知恵はないか?」


と相談されていた所にサツマアゲなる魚を使った屋台料理の話を弟の手紙で知らされて、


「実際に見てみたい!」


という事になり手順を説明しながら実際に作る事になったのだが、キタン君と説明をしていく度にエルヴィスさんの興奮が凄まじい物になって行ったのだった。


『あっ、こっちの象さんは興奮して喋ると唾が凄いし、鼻もブンブンと…』


と、やはりあの象さんの兄弟だけあって癖の強い一面もある設定の様である。


さて、サツマアゲをこの町の名物にするにあたりまず材料の魚は売るほどある。


次に隠し味やバリエーションを増やす為のスパイスや調味料も海運で栄えるトッケーの港に溢れている。


そして、魚のすり身を作るときに我が家では苦労した、すり鉢で滑らかになるまで魚の身を磨り潰す時の熱で焼けるのを避ける為の氷すらトカゲ族の全員が水魔法使いの為に他の町よりも氷を生成出来る魔法スキル持ちの人材が豊富に居る事が1番の理由となり、


「このサツマアゲなる物をトッケーの名物にする事を許可して頂けないでしょうか?

魚なのに魚っぽくない見た目…加熱しているので日持ちもするでしょうし、再加熱する事も出来るとあれば食材としても輸出できそうです!何卒…どうか何卒!!…」


と、自分の下の象さんよりも深々と二つ折れになりそうな程に上の象さんを下げてお願いするエルヴィスさんに、キタン君は、


「どうしましょう…兄貴ぃ」


と聞くので、私は


「キタン君の好きにして良いけど、パパの親友の頼みだから聞いてあげなよ」


というとキタン君が、


「いや、使うのは別に良いっていうか、ご自由にどうぞって気持ちなんすが、そうなるとすぐに町を出たい兄貴が困るかと…」


と、どうやら失恋気味の私を気遣っての反応らしいので、


「今夜一晩ぐらいなら平気だし、竹輪に蒲鉾だって揚げるサツマアゲに対して焼くのと蒸すのの差がある程度ですり身の手順は似ているし、混ぜる調味料や野菜とかのバリエーションはエルヴィスさんの商会の人脈で集めた料理人さんが調整するだろうからさ…」


と伝えるとエルヴィスさんに抱きつかれ、


「ありがとうございます!是非今夜は我が家にお泊まり下さい!!」


と喜んでくれたので、私は相棒に、


「じゃあ、宿を引き払ってカワサキ号を連れてくるから…」


というと、


「了解っす、オイラはサツマアゲの手順書のついでに蒲鉾や竹輪の説明が出来る様に…」


と言いかけたキタン君は、


「キタン君はワタクシと族長の屋敷へ参りますよ」


と言ったエルヴィスさんに可愛そうに相棒は強制連行されて行ってしまったのだった。


『まぁ、特許の所持者はキタン君だし、偉いさんとのやり取りもキタン君のコミュニケーション能力があれば大丈夫だろう』


と私は判断して彼を見送り、こちらは商会の職員さんに、


「馬車を取ってきたら何処に停めたら良いですか?」


と、聞く私の耳には今も、


「兄貴ぃぃぃぃ!そりゃないっすぅぅぅぅぅ!!」


というキタン君の叫びが徐々に遠くなっていくのが聞こえていたのだった。


さて、クラゲの駆除作業を終えて昼過ぎにエルヴィスさんの商会に寄って夕方には街道を再び南下する予定だったのだが、宿を引き払いカワサキ号を連れてきた夕暮れ時にもエルヴィスさんに族長さんの御屋敷へと連行されたキタン君は帰って来なかったのだった。


エルヴィスさんの商会の方から、


「本日はお連れ様と商会長は御屋敷にて泊まるとの連絡が入りましたので、どうぞユックリお部屋で過ごして下さい」


と言われたのだが、


『族長さんの御屋敷って王様とまでは言わないが、ご領主様とかアルカスならば議会の建物に泊まる訳だろ…キタン君にだけ大変な事を押し付けちゃったかな?…』


と私は軽く反省しながら一晩を過ごしたのだった。


そして翌日もキタン君は帰らずに私は不安に押し潰されそうになりながらも相棒の帰りを待つしかなく、そしてキタン君が連行されて3日目の昼に、


「ヤジル様も御屋敷へ来る様にと連絡が…」


とエルヴィスさんの商会の職員さんに言われて商会の馬車にて族長さんの御屋敷とやらに私も向かったのだった。


立派な御屋敷の門をくぐり、広い庭を馬車に揺られて到着した玄関で、


「お待ちしておりました。族長様が応接室にてお待ちです」


とメイド服のトカゲ族の女性に促され、私は御屋敷へと入って行くのだが、


「あの~、こんな服装で大丈夫でしょうか?」


と心配する私にメイドさんは、上から下まで私を観察した後に、


「お尻も隠れていますので全く問題はないかと…」


だけ答えてくれたのだった。


『確かにバルガさんはフンドシのみで堂々と船を漕いでたからトカゲ族の正装としては下半身さえ隠していれば失礼にあたらないのかも知れないな…』


と考えながら通された広い部屋では、軽く目の下にクマを作ったキタン君が、それはそれは気持ち悪いぐらいの笑顔で、


「兄貴ぃ~、待ってましたよイッヒッヒ」


と練れば練るほど色の変わる知育菓子のCMの魔女ばりの笑い声を上げている。


『何?あらイヤだ、怖い…』


と、私の心の中にいるリトルヤジルが女子の様に怯えているのだが、少し豪華な服を着たトカゲ族の男性から、


「おぉ、ようやく会えたな神々のイタズラで我が一族より弾かれた者よ!」


とガシッと抱きつかれたのだが、私はの頭には『?』が複数浮かぶが、いくら考えてもこの状況が解らない…しかし、そんな私を置き去りにしたままトカゲ族の男性は、


「トカゲ族と海の神様の結びつきを妬んだ他の神々のイタズラだろうが、運命で結ばれていたトカゲ族の二人が結ばれない様にと…

確かに他種族との婚姻を海の神の名の元に禁止したが、私が約束しよう!そなたと我が一族の娘との愛の証は未来永劫語り継ぐと…」


と、説明された上で尚、訳の解らない事を言っているのだ。


頭の上に複数が飛んでいた『?』がついにマイムマイムを躍りだし、考える事を放棄しようかと悩む私に向かって相棒までも、


「そうなのですザグレブ様、このネリモノなる食べ物の技術はオイラが兄貴と慕うオーク族のヤジル、そのお方から教わった知識でありオイラが駆け出しの露店商としてやって行ける様にと言われていたっすけど、エルヴィス殿とこの御屋敷へと来た時に稲妻に撃たれた様な衝撃と共になぜ兄貴が魚を使った新たな商品を産み出したのか理解できたっすよ…」


と、語りだしたのだった。


どうやら簡単に纏めると、キタン君の与太話では、私はどうやらトカゲ族になる運命をねじ曲げられバルガさんの娘さんと結ばれる事を邪魔されたらしく、哀れに思った海の神様からザザ村で生まれた私にトカゲ族を助ける知恵を授けてもらい、一族に迎えられなくともその知恵で運命の女性が守れる様にと…とまぁ、そんな感じらしい。


完璧にその与太話に乗っかる形となったエルヴィスさんとトカゲ族の族長さんであるザグレブ様とやらは、


「これで海女達の稼ぎが安定する…」


と、サツマアゲなどのネリモノ製造方法を海の神からの贈り物として扱うらしい。


しかもキタン君は、


「このネリモノの技術はオイラが特許を持っていますが、兄貴と網元のバルガさんの一人娘であるルーシーさんとの愛の証として大切にしてくれるならばトカゲ族の方々には無償でレシピを提供する事をお約束するっす。

兄貴の運命の女性ならばオイラの姐さんも同然…その姐さんの幸せの為ならば…」


と、多分決めていた台本通りに話している様で普段よりも更にスラスラと喋っている。


それからキタン君は紙に書いた矢印を見せながら、


「これは神々のイタズラで分かたれた二人が未来で一つに成れるようにと願って私が作ったマークです。

これを焼き印として押されたネリモノこそ海の神に来世を約束されたヤジルの兄貴とルーシーの姐さんを表す模様としてと命名してトッケー名物に…」


とか言っているが、この世界の標識に矢印は使われておらずに長細い三角形を使う為に矢印と私の名前などを色々とこじつけて勝手にネリモノの裏設定を作った様であるが…


『矢印って…ダサくない?』


と思ってしまう。


だが、そんな私の感想など関係ない雰囲気のまま、この3日間で試作を重ねたらしいネリモノの山からサツマアゲを摘まんだ族長さんは、


「これは海の神が与えて下さった知恵の欠片であり、オーク族であるヤジル殿と我がトカゲ族の娘ルーシーとのこの世界で初めて産まれたトカゲ族と他種族の純粋なる愛の結晶…他種族との婚姻は認められて居ないが、私はこの愛の結晶を我々一族の誇りと認めよう…」


と、自分の言葉に酔いながら、


「うむ、旨い…」


と、サツマアゲを齧っている。


『いや、一族の誇りをムシャムシャ食べないでよ…愛の結晶なんでしょ?』


と思わなくも無いが、ご本人が楽しそうなので放置しておく事にした。


族長さんにエルヴィスさんが、


「では、手筈通りに商会の中に工場をつくります」


と言うと、族長のザグレブ様は、


「うむ、くれぐれもルーシーなる娘に悟られるでないぞ…」


などと指示を出している。


怪しく思った私は、相棒に小声で、


「ゴメンって…許してくれよバルガさん達を巻き込むとか…」


と抗議するのだが、キタン君は、


「チッチッチ!」


と人差し指を振りながら、


「その逆っすよヤジルの兄貴っ…

バルガさん達の取った魚を優先的に買い取りネリモノにして近隣に売るのは勿論、天候不順で漁に出られなくてもネリモノ工場や観光客相手のサツマアゲ屋台のアルバイトに雇用するなどで安定してルーシーさん達を支える計画っす」


と言っており、そして最後にはババァーンと音が鳴りそうな決めポーズをとりながら、


「ルーシーさんも知らない所で兄貴の愛で彼女を包みこむ、名付けてヤジルシ計画っす!!」


と物凄くダサい作戦名を発表していたのだった。


私が、


「マジでゴメンて…3日間寝てないんだろ?いっぺんしっかり寝てみようか、キタン君…」


と心配するのだが、キタン君は、


「えっ、何かカッコ良くないっすか?」


と真顔で聞いてくるのだった。


『やはり、私の様なボッチ隠キャ童貞にはバイクに跨がりブイブイ言わせていたイケイケ特効服青年のセンスは理解できず、それに賛同しているトカゲ族の族長も、象さん兄もどこか解り会う事の出来ない異世界の人に見え…いや、ある意味実際に異世界の人だわ…』


と、何故かストンと腑に落ちた私は、


「バルガさんや彼女に迷惑がかからないなら…まぁ、良いよ…」


とだけ相棒に告げるのだった。

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