第8話 港町の罠
象さんの商会の口利き…というか、暴行の慰謝料として立派な馬魔物と中古であるが幌馬車までほぼ仲介料程度の出費で手に入れる事が出来た。
キタン君が一目惚れ的に気に入った栗毛の馬魔物は少し小振りではあるが、タフな品種らしく長旅むきだと牧場主さんも言っているのだが、我が家で飼っていた馬魔物より小さいので、
『幌馬車を一頭で引けるかな?』
という私の不安を他所に、現在幌馬車を楽々引っ張った上に背中に乗ったキタン君をどうやら上下にあまりバウンドさせない様に気を遣いながら歩いているのである。
キタン君は猫型獣人なのでバランス感覚が良いのも解るが、そんな馬の気遣いを知ってか知らずか馬車用の馬具しか着いていない馬に無理やり股がり、
「ブンブブ、ブンブブ、ブンブンブン!」
と口でコールを切って楽しそうにアルカスから南に向けての街道を進んでいる。
キタン君は、
「前からいっぺんやってみたかったけど、兄貴のウチの馬はちょっと大きかったから跨げなかったんすよ」
と言ったあと、
「カワサキは小さいのに馬力があるっすね」
と、乗っている馬魔物の背中を撫でながら誉めているのだった。
『あっ、カワサキって名前にしたんだ…』
と思いながらも私は、
『まぁ、私への暴行の慰謝料だけどキタン君の商売道具だし面倒もキタン君が担当だから好きに呼ばせてあげよう』
と、今の状態で必要かも解らない幌馬車の運転席に座りキタン君の操るカワサキを眺めているのだった。
さて、これから向かうアルカスの少し南にはトカゲ族の治める土地があり、彼らは元は海を渡った島々の出身らしく航海術に長けている為に船乗りとして海に面した大陸の各地からスパイスなどが集まる町がある。
アルカスの町にもトカゲ族は居るのだが、パッと見は海イグアナみたいな見た目であり爬虫類系ではあるが獣人の方々と通じるものがあるのか、商会お抱えの船員や配達係として仲良く働く姿をよく見かける。
もちろんあの象さんもトカゲ族の町に付き合いがある商会がある様で、
「保存のきくスパイスなら少ない荷物で長旅で行く先々で良い商い品になるからこの手紙を持って大きな船を所有してる商会のエルヴィスを訪ねてみると良いパオン」
というアドバイスからトカゲ族の町であるトッケーの町にあるエルヴィスさんとやらの商会を目指してているのだが、ザザ村からアルカスの町までの道よりも魔物に遭遇する確率が高いのは松の様な木々が生い茂る海辺の森を突っ切る街道の区間だからだろう。
前でカワサキ号に跨がっているキタン君が、
「兄貴、今度はカニっす!」
と、行く手を遮る魔物の情報を教えてくれると、私は幌馬車の中から、
「え~っと、カニは硬いからハンマーかな?」
と、慰謝料で購入した幾つかの武器の中から柄の長い金属ハンマーを手に取り幌馬車の前でハサミを振り上げながらカワサキ号を威嚇しているカニさんの甲羅をめがけて、
「グシャリ」
と叩きのめす。
キタン君が、
「あぁ、兄貴…ミソが…」
と残念そうに言うので、私は、
「カニなんて足の身が食べれたら良いだろ?」
と返すとキタン君は、
「ヤジルの兄貴はお子ちゃま舌っすか?カニはミソが旨いんすよ」
と言っているのだが、
「先ずはそれよりコイツって食えるのか?」
と私が鑑定をかけているとキタン君が、
「つくづく魔眼の神様とやらに文句を言いたいっすよ…魔法がある世界で魔法が使えないのはこの際、グッと我慢するっすけども、どう考えてもオイラと兄貴の目の能力って逆の方が使えると思うのに…」
と膨れている。
確かに商人のキタン君が鑑定出来れば仕入れや目利きに使えるし、私が個別の対象を一つ停止させれる目の能力なら少々強敵でも隙を作って攻撃が出来るのだが、今さら言っても仕方ない…
「森赤ガニで毒は無し、食用だよ。今日の晩飯かな…」
と鑑定結果をキタン君に告げながら倒した森赤ガニを幌馬車へと積み込む私だった。
夜になれば野宿をして簡単な料理で腹を満たしては、カワサキ号にもそこら辺の草で悪いがしっかり食べてもらい、休息をとってもらいながら進む事3日、トッケーの港町が見える丘までやってきたのだが、
「凄いな…たまにザザ村の沖に見える大型の船が三隻も停泊してるよ…隣の自治区というのにこんな所だとは知らなかったよ」
と驚く私にキタン君は、
「オイラは商会にお世話になっていた時に二度ほど荷物の受け取りに来てましたし、オイラの両親の商隊のルートにトッケーも入ってたのであの大型の船に乗った事もあるっすからね」
とカワサキ号の上からドヤってくる。
『確かにこの世界の事はキタン君の方が詳しいらしいな…』
と思いながら、30歳までザザ村とたまに塩を納品に行くアルカスの町しか世界を知らなかった自分が少し恥ずかしく感じてしまうのだった。
トッケーの町に近づくにつれて、大型の船だけではなくて小型の船で漁をしているトカゲ族の漁師が見え、想像以上に活気のある港町である事が解ったのだが、あまりそう言った物事に免疫のない私にはかなり目のやり場に困る町であった。
トカゲ族という種族はこの世界に居る種族の中でも特殊な存在であり、スキルの元となる神が私が知る教会で祀られている五柱の神以外の神の祝福を先天的に受けている。
まぁ、私やキタン君の使える能力である目の能力である魔眼の神様の様に、トカゲ族にのみ海の神からの祝福により魔力を惑い水中での呼吸が出来たり、水を操る魔法が撃てたりとかなり羨ましい能力を授かるらしく、しかも私達と違い信仰するサブの神様を教会に祀られている、太陽の神、宵闇の神、魔力の神、技術の神、歌声の神の五柱の中から選んで、海の神の祝福にサブの神様の能力のごく一部を追加で使えるのである。
一例を上げると、海の神の能力に魔力の神の(保有魔力上昇)の祝福を会わせれば、水中活動の時間を飛躍的に伸ばせたり、扱える水魔法の威力が上がったりする。
これが歌声の神の音に魔力を混ぜる能力を使えば水中でも会話が可能なったり、同じ海の神と歌声の神の祝福を受けた者で力を合わせれば合唱による雨乞いまで行えると聞いた事があるのだが、この海の神はトカゲ族のみを贔屓している様で、トカゲ族には漏れなく生まれながらに祝福を与えるが、後天的に他種族が海の神様に祈りを捧げても祝福を与えてくれないというトカゲ族によるトカゲ族の為の神様なのである。
この世界の神様は案外多種多様であり、祝福を授けてくれる五柱の神様の方が希な存在として多くの国々で祀られているだけであり、海の神の様に種族を贔屓する神様や、私やキタン君に能力を授けた魔眼の神様の様に無作為に能力をばらまくタイプの神様も居るのだ。
ただ、魔眼の神様の様にバラエティーに富んだ能力ではないが、海の神の祝福の方が後天的に五柱の中からサポート神様を選んで能力をカスタマイズ出来る分、汎用性が高い様に思えてしまう。
『いや、能力があるだけで有難いのだが…なんだか…軽く損した気分になるのは魔眼の神様の能力にはカスタマイズ機能が無いからだろう…魔眼の神様って他の神様と仲が悪いのだろうか?…』
などと必死で気を散らす私の前には白くて薄いシャツのような生地の服を着たトカゲ族の女性が、
「旅の人かい?ウチの取った貝を買わない?」
と濡れてスケスケの姿のまま海女さんと思われる女性達が明るく薦めてくるのだ。
顔はリアルな爬虫類とは言え、泳ぎで鍛えられたナイスなバディのお嬢さん方に少し俯きながら、
「そうですね…」
とだけ答えるのが私にはやっとだった。
しかし、トカゲ族の皆さんの恥ずかしいというラインが私達と違うらしく、トカゲ族はトカゲ族としか子供を成せない事もあり他の種族に興味が無いのか、海女さん全員もの凄いビジュアルなのである。
『知らなんだ…ザザ村からすぐ近くにこんなパラダイスが有るとは…』
とドギマギする私をよそにキタン君は、
「姉さん達、今は何が美味しいっすか?オイラ達旅商人なんすけど、駆け出しで良く分かんなくて…」
と、スケスケのお嬢さん達と普通に会話をしている。
『これでは意識している私が助平みたいでは…いや、助平ではあるのだが…』
と自分の心の中だけで騒いでいると、海女さんの中の1人が、
「あら、こっちのお兄さんは物静かだけど中々強面でイイ男じゃないかい?どうだい安くしとくから私の貝も買ってくれない?」
と私を誘惑してくる。
『私の貝…とは…』
と自分の心の中で繰り返すのだが、どうやらイヤラシイ意味では無くて、普通の貝の販売だったと理解したのは一人では食べきれない量の岩ガキの様な貝を売りつけられた後だった。
『ザザ村ではこんな貝を見た事も食べた事もないのはかなり深くまで潜らないと駄目だからだろうな…』
と貝を見つめながら軽く途方にくれてしまったのだった。
そして今日の宿屋を決めた後、宿の共同の調理場でカキの殻を剥きながらキタン君に、
「日持ちもしないし食べきるには多いし…兄貴って貝が好きなんすか?それとも…」
と言われ、私が、
「みなまで言わないでくれ…あれは…そう!罠だったんだよ…きっと…貝は好きでも嫌いでも無いが、あんな胸のABボタンが透けて見える女性に誉められながら、私の貝を買えと言われたら買ってしまうのが男の性…」
というとキタン君は呆れながら、
「兄貴…トカゲ族は胸を他の種族に見られたとて隣の飼い犬に素足のクルブシを見られる程度の恥ずかしさらしいっすよ…それを意識している兄貴って…」
と言われ、私の心の中のリトルヤジルが、
『だって仕方ないじゃないか!オッパイなんて有れば見ちゃうんだよ!!』
と抗議しているのだが、客観的に考えるとムッツリ助平の童貞の叫びにしか聞こえないので、
「面目無い…」
とだけ返してその日の夜は宿の食堂にて二人で岩ガキを食べまくったのだった。
そして翌朝、私とキタン君はトイレから一歩も離れられずに宿の親父さんに、
「お客さん…他のお客さんもトイレを使いたいからさぁ…」
と小言を言われながらも私は、
「スマナイ…誠に勝手なお願いだが、治癒師を呼んでくれないか」
とトイレの中から腹に力の入らない声で返すのがやっとだった。
宿屋のトイレを殆ど私とキタン君の二人で占領し、ドアの向こうでは宿屋の親父さんが、
「すみませんねぇ、迎えの酒場を弟が経営してるのでお手数ですがそちらのトイレを…」
などと言っている。
隣の個室からはキタン君の
「女の子の気持ちが少し解りそうな程水っぽいのが…止まらないっす…」
と聞きたくもない実況で私はキラキラとリバースするという地獄の様な時間を過ごし、しばらくして駆けつけた教会の治癒師の爺さんからは、
「トカゲ族は毒などに強い耐性があるから毒素をため込んだ貝を生で食べても平気なだけだ。
どうせ海女達の乳に気をとられて他の種族は加熱して食べろっていう注意事項を聞いて無かったのだろうて…これだからオーク族は…」
と、言われてしまった。
オーク族が男女問わずに見境無く性欲を満たすという噂話を信じているところを見ると治癒師の爺さんは帝国の何処かの生まれなのだろうが、野蛮で見境無く性欲を発散できたら今頃彼女の一人か、それが無理だとしても童貞などという事は無いだろう…
そう、私は世界が世界であれば立派な魔法使いに分類されるド田舎の少数種族であるレア中のレア童貞なのだ。
『オーク族なんて身バレ待ったなしだからアルカスの風俗にも行けなかったんだぞ!素人どころか玄人も未経験だ…参ったか!?』
と元気ならば言っていたかも知れないが、
「毒消しポーションと、治癒魔法で体の中の毒素を抜いたからあとは水分をこまめに取って寝ていろ!
あぁ、水分と言っても酒は駄目だからな!!」
と怒鳴られ、寄付金という名前の治療費をふんだくられ殆ど文無しになった私達だが、治癒師の爺さんに、
「お手数かけました…」
と消え入る声で送り出すのがやっとだったのだ。
『これは早く治して金を稼がねば…旅どころでは無いぞ…あと、下着の洗濯と追加購入もしなければ…』
と心に誓う私の隣のベッドではキタン君が、
「ひゅ~、ひゅ~」
と肩で息をしながら腹痛と戦っているのだった。
『すまん…相棒よ…恨むなら私ではなくあのスケスケオッパイを恨んで欲しい…って、無理かな?…やっぱり…本当にごめんね…』
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