第7話 人の噂も七十五日だが

竿ありの奥様とのお茶会も無事に終わり、旦那さんから私への暴力についてのお詫びもして頂き、


『まぁ、今回だけは許してやるか…』


という雰囲気でそのままザザ村へと向かって出発したのだが、今回の襲撃により解った事は、


ひとつ、


『どうやら私は変な噂の主人公としてアルカス周辺の酒場で良い酒の肴にされている』


ふたつ、


『その噂で男色という事になり、もう完全に彼女が出来る可能性がない』


みっつ、


『同じ転生者という奇跡の様な出会いをしたキタン君といる限り噂され続けるであろう』


という三点と、多分ではあるが私の飛ばした呪いが発動せずとも襲撃者の象さんの尻の穴は、とある事情で既にガバガバかもしれないという事である。


馬車の荷台から心配そうにキタン君が、


「元気出してくださいよヤジルの兄貴!…ほら、人の噂も四十九日とかいうじゃないですか」


と励ましてくれるのだが、


『えっ私って死んだ?四十九日って…』


と、思いながらも馬車の手綱を握りながら私は、


「キタン君…たしか七十五日だよ…人の噂は…ひとつの噂で七十五日だけど、どうせ昨日の乱闘も元カレと今カレのキタン君を賭けた勝負とか言われるなら今日から2ヶ月半…まだまだ噂に尾ひれが付いて七十五日目にはメダカぐらいの話が宇宙戦艦ぐらいになるんだよ…多分…」


と運転席で膝を抱えて涙を堪えているのだった。


他の王国や巨大な帝国の主要都市と違い、娯楽の少ない地方の自由都市であるアルカスでは旅商人からの噂話が何よりの娯楽であり、下手をすると周辺の町にもその旅商人を介して噂を輸出する可能性もある。


そうなると私の人生…というか静かに塩作りで暮らしている両親や仲間のオーク族にも迷惑をかけてしまうのだ…


「遠くへ行きたい…」


と呟く私にキタン君は、


「兄貴、それ良いですね。そうしましょう!」


と私に気を遣い賛同してくれたのだった。


しかし、落ち込んでいる私に話を合わせているだけかと思っていたのだが、キタン君は自宅に帰るとウチの両親に今回の襲撃の話をした上で噂話を両親に打ち明けると、


「オイラが兄貴を頼ったばっかりに…オイラが悪いんですパパさん、ママさん!」


と頭を下げた彼はつづけて、


「兄貴は変な噂を流されて、パパさんやママさんをはじめザザ村の皆さんまで巻き込む事を心配しています」


と言った後に、


「で、どうでしょう?

今回の迷惑料としてオイラが厄介になっていた商会長の奥様よりお金を頂きましたので、オイラは旅商人として働けるDランク商人に昇格して、兄貴には冒険者としての装備を整えて頂き、ほとぼりが冷めるまで旅に出るというのは…」


と話し出したのだった。


ウチの父は、


「確かにな…そんな噂が広まっているのならばここに居ない方が私達も助かるかな?…だが、オーク族が迫害される帝国以外に行く事だけが条件かな?」


と、旅自体には反対というかむしろ賛成の様だった。


キタン君は、


「それは勿論、帝国の領地を避けて海岸伝いの街道を使って可能な限り帝国以外の国ばかりを通って大陸の西の端にある聖都に兄貴のお嫁さんが出来る様にお祈りする旅にすれば一石二鳥じゃないですか?」


と提案すると、母も、


「それ良いわね。帝国以外の土地ならばオーク族もいるだろうし…なんなら他の種族でもヤジルのこんな顔でも良いって言ってくれる人がいたなら連れてかえるなり、なんなら孫を見せてくれるならば婿でも私は構わないから…」


と乗り気である。


『なんか、ところどころ気になる言い回しが…』


と私が両親の言葉に引っかかっていると、父は、


「国を追われた時に散り散りになった爺様の兄弟達の家族も何処かの国に居るかもしれないからウチの一族と判る爺様のナイフも持っていくと良い…まぁ、親戚なんてどうでも良いから嫁さんを見つけてこい…」


と既に旅に行く方向で話を進めているので、私は、


「ちょちょちょっ!確かに遠くへ行きたい気分にはなったけどキタン君は良いの?ツクネサンド屋さんが軌道に乗ってきたところじゃ?」


と言ったのだが、キタン君は、


「兄貴、オイラは旅商人になる資金の為に屋台をはじめたんすよ?

遅れたけどって奥様から独り立ち資金を貰えたから商業ギルドで登録料が払えるっす。

それにツクネサンドの権利を奥様が借りてくれるそうなので、旅の資金の足しになるっすよ…だからオイラは夢である旅が出来るし兄貴が護衛についてくれたら安心っす!

それに兄貴は噂が届かない場所でお嫁さんが探せるって、良いことだらけじゃないっすか!!」


と言われた私は、


「それもそうかな…」


と、ポロっと言ってしまい、この日、私とキタン君の二人はこの世界の教会の総本山である聖都クリスタルゲインに向けての無期限の開運祈願アンド嫁探しの旅に出る事が決まったのだった。


もう、それからは怒涛の展開で数日の内に旅に出る運びとなったのだが、出発前のパーティーにて同世代のオーク夫婦達から、


「少し前から噂話が回って来て、町に用事や買い出しに行って泊まる度にザザ村のオーク族ってだけで恥ずかしかったんだぞ…」


などと言われてしまい、


『そりゃぁ~両親も旅に行く事に大賛成な訳だ…』


と私は知りたくない真実を知る羽目になってしまった。


おかげで村に1ミクロンも心残りが無く、何なら残して旅立つ事になる両親にすら、


『はいはい、出て行けば良いんでしょ!』


と、全く悲しくも…そして嬉しくもない旅立ちの朝を迎えたのだった。


キタン君はそんな私を気遣いながらも旅の準備を手伝ってくれ、


「ヤジルの兄貴、アルカスの町まではパパさんが馬車で送ってくれますから、そこらはどうします?」


などと荷馬車の荷台でしきりに私の気分を盛り上げてくれるのだが、やはり旅立つ理由が理由なだけに、


『世間に負けた…』


という感覚の私は、


「そうだな…」


とだけ上の空で答えながら荷馬車の端で縮こまっていたのだった。


すると荷馬車の運転席から父が、


「ヤジル!我々オーク族がようやく自由に生きれる時代に生まれたんだ。

爺さん達の世代は戦争に明け暮れて、父さんが若い頃は逃亡生活で、ヤジルはザザ村での極貧生活の中で生まれてようやく世間様と同じ様な生活が出来る頃にはもう良い歳…というかオッサンになってしまった…だから、今からでも広い世界を見て来て欲しいんだよ。

父さん達に外の世界は嫌な思い出しかないから行きたくないが、村で生まれたヤジルにはまた違った世界が待っているだろうし、きっと帝国ではない国ならばオークにも楽しい旅が出来るはずだ。」


と言った言葉にハッとしたのだった。


『確かにオークとして…というか折角異世界なんていう所に転生出来たからには、この世界を満喫しないと損ではないか!!』


と、気がついた私は、


「父さん…楽しんで来るよ…」


と伝えると、父は、


「とりあえず、キタン君の護衛を頑張りなさい。

お母さんも言ってたけどキタン君の話術と商売人としての人当たりの良さならば、オーク族の中でも強面、口下手でモテた試しのないヤジルにも彼女が出来るチャンスが巡って来るかも知れないから、死ぬ気でキタン君に捨てられない様に…」


と、トドメの様なセリフを何度も何度も、クリティカルダメージで既に死んでいる私のハートに向かい死者を冒涜するかの様にグサグサと、『ボッチ』『顔面凶器』『童貞』などのキーワードを遠回しにだが確実に突き刺してくるのだった。


『もう、村に帰るのは無理かもしれない…』


と、里心の息の根をとめられた私は、旅の相棒に向かい、


「長い旅になるよ…もしかしたら一生帰って来ないかも…」


と呟くと、キタン君は、


「それもまた良いですね。オイラの死んだ両親達みたいに商隊を組むなんてのも楽しいかもしれないっすね」


とニコニコしている。


『あぁ、キタン君は生ながらの旅人生だったな…馴れた生活にやっと戻れるのか…』


と理解した私は、


『よし、今は相棒に同行するつもりで一歩を踏み出そう!』


と、ようやく自分の心と折り合いをつける事が出来たのだった。


アルカスの町に到着した私達は父の操る馬車で、商業ギルドに向かいキタン君のDランク商人への登録を済ませた。


「これで旅先で買った物を次の町で売ったりして旅の資金が稼げるし、町に入る時の入門手続きも簡単になるっす」


と自慢気に商人カードを掲げるキタン君を見た父が、


「うん、あとキタン君に必要なのは、馬と馬車か…」


と、キタン君の旅の準備を続けようとする。


『いや、私の装備わい!』


と思わなくもないが、確かに旅に馬車がないと歩いて大陸の東の端から西の端を目指す旅になってしまうので我慢である。


ツクネサンドの稼ぎと私のナンチャッテ冒険者としての稼ぎでは馬魔物と荷馬車が買えるかすら怪しいのだが、キタン君は、


「パパさん、それなんですが実はオイラの元の勤め先の奥様から次に町に来た時にヤジルの兄貴を改めて商会に連れてきて欲しいって頼まれてまして…」


と言い出し父の馬車は先にキタン君の案内で数日ぶりとなる商会へと到着したのだった。


すると店先では私を襲撃して留置されていた象さんが留置期間が済んだのか、イキイキと仕事をしているのが見えて、小さい人間である私は、


『けっ!もう出てきたのか…』


と軽く思ってしまう自分が少しキライになりそうだった。


『だって、仕方ないでしょ!?鼻血出るまでしばかれたんだよ…鼻で…なんで鼻で鼻をシバかれて血が出るのが私だけなんだよ?不公平だ!!』


と自分を正当化しようと頑張っていると、象さんはあの時の狂暴性が嘘の様に、


「たしか…ヤジルさんでしたね…先日は、その…申し訳有りませんでした」


と頭を下げる。


何だか調子が狂う態度の象さんを疑いながら眺めていると、店の奥から例の男勝りの息子さんが下半身に付いていると噂の商会の影の支配者である奥様が、


「声が小さい!アンタが早合点で傷害事件を起こしたからヤジルさんに迷惑をかけたんでしょ?

壊した屋台の修理費から何から…全く、金銭的にも良い迷惑だよ!

あと、来週まで語尾はパオンだよねっ!!」


と、象さんを叱っている。


象さんは少し焦りながら、


「語尾は2人の時だけじゃ…」


と呟くが、奥様は冷たく、


「パオンは?」


とだけ言うと象さんは、


「先日はご迷惑をお掛けしましたパオン…」


と頭を私に下げ直すのだった。


『あぁ、これは象さんは奥様の尻に敷かれているし、夜は奥様に尻を突かれているな…多分』


と感じた私は急にこの象さんを恨む気持ちがスッと消え、この茶番劇が例えあの計算高いハイエナ獣人の奥様の計画だったとしても今回だけは語尾にパオンをつけて詫びの言葉を続ける象さんを哀れに思い、あえて疑わずにこの流れに乗る事を決めたのだった。

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