第5話 ツクネサンドはいかが?
「は~い、いらっしゃい、いらっしゃい!美味しいツクネサンドはいかがですかぁ~」
と、キタン君の元気な呼び込みの声を聞きながら私はクルクルと、ひき肉を鉄グシに纏わせた物を全体に火が通る様に炭火で焼いている。
キタン君との相談で魚を使ったさつま揚げか、狩ってきた獲物を使ったツクネの二択で試作をはじめたのだ。
何度か試作を繰り返すうちに出来上がった料理は我が家の食卓に上がり、料理顧問として監修をお願いした母はツクネを推して、試食担当の父はさつま揚げを推したのだが、我が家で母の意見は絶対という方針からキタン君の屋台での販売商品第一号はツクネ…というかケバブっぽいスパイシーな味付けの棒状のひき肉をウチの母直伝のパンと合わせた物に決定したのだった。
キタン君と再びアルカスの町に来たのは出逢ってから半月以上が経った春の終わり頃であったのだが、例の安宿に行くとマスター達がいつもより少しよそよそしいのが気にはなったのだが今回はそれどころではないので、
「マスター、二部屋頼むよ…あぁ、今日はエールは要らないからね」
と私が言うと、マスターは、
「えっ…ヤジル、今日はダブルの部屋も空いているけど?…」
と不思議そうな顔をしているが、私は、
「要らない、要らない!今は金が必要だから…マスターの宿で一番広いダブルの部屋なんかちょっと羽振りの良い商人にでも回してくれ」
と言って一番安いベッドだけの部屋を二部屋取ったのだった。
キタン君が、
「兄貴…なんだかヒソヒソとコッチを見ながら話している人が…」
と不安そうだったので私は、
「気にしない、気にしない…キタン君は明日の商業ギルドでの登録と、その後の屋台の場所の事や必要な道具の買い出しの事だけを考えておけば良いから」
と彼が安心できる様に声をかけて、キタン君に何やら陰口を言っていたらしい冒険者達を睨むまでは行かないがチラリと見てやると、オーク族の怖い顔が役に立ったのかあちらこちらのテーブルで数名がビクッと反応したかと思うと酒場は一瞬静かになりソッと私達から視線を避けるのだった。
『うむ、頑張っているキタン君を馬鹿にする酔っぱらいなら私が相手になってやるからな…』
みたいな雰囲気だけを残す様に私がゆっくりと視線を外して酒場の二階の部屋に向かうと私達がそれぞれの部屋に入った音がしたと同時にまた酒場はいつもの活気を取り戻した様子であった。
そんな事が有った翌日にキタン君と商業ギルドに向かいキタン君がコツコツ貯めたお金で彼はEランク商人として屋台にて食品を商う事が出来る権利を獲得し、その扱う料理として今回はツクネサンドの販売計画書を提出して商業ギルドにて同じようなレシピが無いか、何かしらの特許の使用料が必要では無いかをチェックした後に、
「ツクネという肉料理自体新しい物ですので、ついでにレシピの登録も…」
と窓口の商業ギルド職員さんに言われてキタン君は頑張って色々な書類にサインをしいたのだった。
そして来週3日間ほど試しに市場で出店出来る様に露店の場所を予約してから私のお小遣いも使い必要な物を購入して一旦村に帰り、それからは我が家の家族総出でキタン君の出店に向けて、父と私は獲物を探しに森に向かい、母はキタン君と特性スパイスや母ご自慢の万能ソースの仕込み等を行い、晴れて本日、ツクネサンドの屋台の開店となった訳である。
家業の塩作りを休む訳にも行かないので両親は村でお留守番となったが、小さな屋台を切り盛りするには私とキタン君の二人で十分である。
『昨日の朝、出発のギリギリまでパンを焼き続けてくれた母の為にも屋台を成功させねばならない…』
と家族の期待も背負った私達のやる気はかなりのモノである。
しかも登録したばかりの新米商人であるが、私達二人をそこらの新米店主と強面アルバイトと思ってもらっては困るのだ。
『そう、私達はそこらの屋台の商人達よりも余計に人生を歩んで来た前世持ちなのである!』
キタン君がこちらの世界の方々には馴染みどころか、得体すら知らないツクネについて、
「さぁ、取れたて新鮮な角ウサギに森ネズミに今日はなんとタケノコをいっぱい食べて油の乗った
今から仕事に向かう冒険者さんに、商人さん!昼の食事にどうですか?冷めてもツクネは柔らかくて美味しいよぉ~。
パンにキャベツの千切りも入ってるからボリュームもあって腹持ちも良いし、絶品の万能ソースの絡んだキャベツの水分でパンも適度にシットリして昼頃まで柔らかいままだよ」
と上手に説明しながら冒険者達を狙って客引きをしている。
彼はバイクを乗り回すヤンチャな青年だったのだが、バイクの修理や改造などの費用の為に近所のスーパーでアルバイトする真面目なヤンチャ青年だったらしく、並外れたコミュニケーション能力も今世の商人の子供としてのモノだけでは無いのだ。
そして私だって学生の頃に祭りの屋台でアルバイトをした経験もあるので、珍しい物を見に集まった人々に焼けて香ばしく旨そうな煙をそれとなく届ける為にアタックボアを狩りに行った竹藪の竹を使ったナンチャッテうちわでパタパタと扇いでみると、
「良い匂いだけど…」
と興味はあるが知らない料理を買うのを躊躇う冒険者達にキタン君がトドメとばかりに出来上がったツクネを小さく切って皿に盛り、
「さぁ、お客さん本日初出店のツクネサンドだけど味が解らないのは不安でしょう!?
どうぞ、お一人様一つずつだけど味見をして下さい」
と告げるとワラワラと見物人が近寄り切られたツクネを摘まんで頬張る。
すると、
「おっ、こりゃ旨いな…」
「お肉だけど柔らかいわ…」
などと評判は良く、キタン君は慣れた様に、
「ありがとうございます。
この香ばしく焼き上がったツクネを自家製のパンに挟んだツクネサンドを本日は初出店記念価格、大銅貨五枚のところ大銅貨三枚にて販売致します」
と宣言するとツクネサンドは飛ぶよう売れはじめて、キタン君は私が焼き上げて完成させたツクネサンドを手際良くどこかのハンバーガーショップの店員の様にクルクルっと紙で包みながら屋台のかき入れ時の一発目である朝の時間をなんとかこなす事が出来たのだった。
いくら前世でエリートとは言ない人生だったとはいえ、ちゃんと義務教育を受けた二人は釣り銭の計算もお手のものなので販売の時の手際も良かった為にお客さんをあまり待たせずにさばけた様で、初日なのにバタバタ感も無く心に余裕を持って動けたと思う。
そして、昼前になりお客のまばらになった市場で一息する暇も無く、私とキタン君は次のピーク時を狙って仕込みを始める。
「ヤジルの兄貴…早朝から準備していたから何とかなりましたが、明日はもっと早い段階から購入者が来るかもしれませんね…」
と、ツクネを焼くキタン君に向かい私は両手に小さな手斧を握りトトトトンと軽快にミンチを作りながら、
「炭火コンロの大きさは決まってるし、いっぺんに作れる量は増やせないからもう少し早く起きて仕込みをするか?」
などと言いながら作業をつづけ、昼前の時間を使い屋台の横の繋がりの為に、キタン君は私の提案で、
「今朝は煩くしてスミマセン…」
などと頭を下げながらご近所の屋台や露店商の所を巡り名刺替わりにツクネサンドを配って回ってもらい、
「駆け出しの為に色々不手際が有るでしょうが、どうか仲良くしてやって下さい」
と根回しも行うキタン君を横目で確認しつつ私は店番をしながら仕込み作業を続けている。
これは前世で私が祭りの屋台のアルバイトをしていた時に雇い主の的屋の親っさんからの、
「的屋は味より人柄、ドツキ合いより人付き合い」
という教えを実行したもので、
『同じヤキソバの屋台を見つけても、意地を張って対立せずに、ウチの店が旨い!なんてのは自分で思ってたら良いだけで、的屋は低姿勢で周りの屋台と喧嘩せずに働いてさえいればニコニコしてる店員のいる店にお客さんは集まるし、それで旨けりゃ結果は勝手についてくるから…』
というセリフを思い出したからの行動である。
キタン君も、
「なるほど…前世のオイラの仲間からは絶対に聞けないアドバイスっすね…」
と感心していたのだった。
まぁ、多分ではあるがあの時の的屋の親っさんもイカツイ顔で地肌に「小さめ」と本人は言っていたが和風な絵が有る人物だったので、昔はヤンチャをしていそうな人ではあるが人生色々あり悟った雰囲気がある。
それに比べて前世のキタン君の話に出て来た「ブンブン!夜露死苦!!」みたいなお友達ならば、
「力で黙らせる」や「俺たちが一番」
みたいな流儀なのだろう。
だがそんなヤンチャグループに属していたキタン君もコミュニケーション能力の化け物であり、今世で商人の子供に転生したからとかは関係なくて根本的な天性の商売人みたいな才能が有るのだと私は感じる。
だから的屋の親っさんやキタン君がもしもヤンチャしないで真面目に商売人としてやっていたらもっと違った人生だっただろうか?…
いや、それともそのヤンチャの部分も無駄では無くて人間としての厚みなのだろうか?…
などと、前世の自分がコミュニケーション能力が皆無の陰気臭いボッチだったことを棚に上げて色々考えてみるのだった。
クラスの中心的な余り話したこともないイケメンに数合わせ要員として祭りの屋台のアルバイトに半ば強制的…というか、断るスキルが無く行く事になった事を一時期は恨んだ事もあるが、今となっては良い経験だったと私は思っている。
「どこで何が役に立つか解らないな…」
と、呟きながら午後からの仕込みを終わらせて、夕食時の混雑を見越して仕込みの終わったツクネを焼く準備をしていると、
「兄貴ぃ~、ご近所さんからこんなにもらっちゃったっすよぉ~」
と、ツクネサンドをプレゼントしたお返しに果物やら干し肉や塩漬け魚を抱えたキタン君が帰って来て本格的に屋台にてセッセとツクネを焼き始めたのだった。
それから二時間もせずに近場の狩場などで獲物を狩った冒険者達が町に帰って来て、狩場で見聞きしたツクネサンドを食べようと夕時前から戦場の様な忙しさだった。
そんな日々を3日過ごしてツクネサンドの販売にかなりの手ごたえを感じつつ一回目の販売は終了した。
片付けをしながら、
「ヤジルの兄貴、やっと馴れた頃に終わっちゃいましたね」
というキタン君に、
「来週の露店の予約をして帰ろう。ウチの両親も報告を待ってるしね」
と私が言うと彼はニコニコしながら、
「パパさんやママさんに大成功だったって早く報告したいっすからね…」
などと言って屋台を次に使う商人さんの為に拭き掃除をしていると、
「えっ、今日はもう終わりかい?」
と、3日間続けて朝と夕方の二回ずつ来てくれた常連一号の駆け出し冒険者君が慌てている。
「材料も無くなったし、一旦今日でおしまいなんすよ…」
と説明するキタン君に彼はすがり付きながら、
「そりゃないぜ…俺は明日から何を食べれば…」
と絶望している冒険者君に向かって隣の屋台のおばちゃんが、
「ウチのパンに隣の店のワイン煮の肉でも挟んで食べるんだね、キタンの坊やはまた来週ぐらいに露店の場所を予約するらしいから待ってりゃまた食べれるよ」
と言うと冒険者君はやたらツクネサンドを気に入ってしまったらしく、
「ツクネサンドじゃなきゃダメなんだよぉぉぉぉ!」
とオモチャをねだる子供の様に駄々を捏ねていたのだった。
しかし、固定客が出来た喜びよりも私は、母とキタン君でブレンドしたスパイスに何か中毒性の高い物質が入っていないか少し心配になり軽く鑑定の能力を使ったのは私だけの秘密にしておく事にした…
ちなみにヤバそうな物は入っていませんでしたと報告だけしておきます。
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