第4話 知恵を絞る二人
「ヤジルの兄貴!本当にこれを1人で作ったんで?!」
と、ドアや窓を作るついでに木箱の板材などを再利用したベッドに寝具をセットしながらキタン君が小屋を見回し感心している。
私は、
「あぁ、道具と材料さえあれば簡単な話だ…ただ、村に錬金ギルドなんてモノはなくて水晶から作る板ガラスみたいな洒落た素材はなかったから、ちょっと暗いのは我慢してくれ」
と内壁側の土嚢を窪ませて加工した棚に魔物から取れる魔石を燃料に使う魔石ランプをセットしながら答える。
キタン君は、
「いやいや、十分ですよオイラは猫獣人だから
と言っている。
既に両親も帰ったので前世の話をしても大丈夫な為にはじめてキタン君と落ち着いて話せる状態に、
『ヤッパリ発情期ってかなり影響があったみたいだな…キタン君のテンションが高かったのは彼の性質でなくて発情期のおかしな何かだったのだろう…』
と、約10日ぶりに対峙するキタン君の印象のギャップを感じながらも、
「簡単な家具なら作れるから困った事が有ったら言ってくれ」
という私に、
「いや、十分っすよヤジルの兄貴」
とニコニコしているキタン君だったのだが、ずっと気になっていた事について彼が落ち着いたようなので私はあえてこのタイミングで切り込む事にした。
「う~ん…今更だがその兄貴っていうの止めないか?」
と、なんだかヤの付く自由業の方々みたいな感じがするので呼び方の変更を提案してみた。
キタン君は、
「え~っ、オイラは兄貴の子分のつもりだから親愛の意味を込めに込めまくって兄貴って呼んでたのに…」
と少しご不満の様子で暫く考えた後に、
「じゃあ…お兄…ちゃん?…」
と首を傾げながら新たな呼び方を試してみたのだが、私はこのやり取りをしたところでオークがイキって獣人の子分を連れている様な絵面は変わらないと判断し、むしろお兄ちゃんなどと呼ばせるとそこに何やら変態じみた雰囲気まで纏う事に気がつき、
「お兄ちゃんって呼ばれるならば兄貴のままで頼む…」
と諦める事にしたのだった。
さて、呼び方の問題も一旦決着したので続いて今後の予定なのだが、この村でのオークは大概塩作りの業務と自給自足の農業や漁業で生活している。
私は海水を汲んで浜の塩小屋まで運ぶ仕事と、塩小屋で塩作りに使う薪を求めて荷馬車で森に向かい木を切り倒しているのがメインの仕事となりその時についでに倒す魔物の魔石や素材がお小遣いになっているので引き続きその生活で良いのだが問題はキタン君である。
彼の話では商会長の奥様が独り立ちの為の資金をくれようとしていた様に、商人としての修行期間で読み書きも出来るキタン君は、お金さえ納めれば商業ギルドの認める商人としての未来がひらけるのだが、私が小遣い稼ぎの為に登録している冒険者ギルドと違い商業ギルドのランクは殆どギルドに収めるお金で決まるらしいのだ。
市場などで区画を借りて露店を出せるFランク商人ならば私の小遣いでも何とか出せる金額らしいのだが、扱う商品毎に登録料を必要とするので祭りの出店の様に一種類の物を提供する場合は良いのだが、それでは稼ぎを出す事が難しく、〈食糧品〉〈雑貨〉などのカテゴリー毎の登録で商いが出来るEランク商人ならば登録料が小金貨一枚必要となり、行商人としてどんな物でも扱える市場の露店商の最高峰であるDランク商人ならば小金貨五枚を商業ギルドに収めなくてはならないとの話である。
ちなみこの世界の通貨を説明すると、大概何処でも通用するのが帝国通貨であり、小銅貨から始まり十枚毎に格上の通貨に両替出来る。
正確ではないが雰囲気として、大銅貨一枚前後で一番安いパンが市場で買える事から計算して、
小銅貨が十円程度、
大銅貨が百円程度となり、
小銀貨で千円と、
大銀貨で一万円程度と考えられる。
一般庶民であれば十分に銀貨までで生活が可能であり小金貨や大金貨などお目にかかる事すら少ない…いや、オークが自給自足メインの生活だし、塩の代金も皆で分けれる様に銀貨でもらっている事もあるからだろうが、少なくとも我が家や仲間のオーク族も似たような生活である為に金貨などとは無縁である。
そこに持ってきて商人を目指していたキタン君に私のヘソクリをドヤ顔で貸してやったとしてもFランク商人の登録料が関の山であり、行商人として独り立ち出来る為には小金貨五枚と馬車や商品の買い付けにもお金がかかるので、大金貨一枚を手切れ金としてキタン君の独り立ちの為に渡そうとした商会長の奥様の言葉も納得である。
キタン君は商会の下働きとして食費や住居費としてガンガン抜かれた少ないお給料をコツコツ貯めており、それを合わせても到底商人としてだけで食べて行くには難しいのだ。
「兄貴、なんか儲かる知恵って無いですか?」
というので、キタン君と私の前世の知恵を合わせてみる事にして、まずは今手元にあるモノの確認から始める事にした。
私は釣りが趣味のオーク族で鑑定のスキル持ちであり、力仕事とオークのわりに手先がそこそこ器用という前世持ちのユニークオジサン…
かたやキタン君なのだが、前世はバイクでブンブンいわせていたちょっとヤンチャな青年で、
「多分オイラはバイクで事故ってコッチに来たんだと思うっすけど、そこら辺がいくら思いだそうとしても無理なんですが…兄貴はどうっすか?」
と聞かれて生まれて初めて、
「えっ?私は何でコッチに…というか、どうやって死んだんだろう…」
と考えてみたのだった。
キタン君にはかなり呆れられたが、オーク族としての大雑把な気質のせいか、
『来ちゃったモンは仕方ないから楽しもう!』
ぐらいにしか考えて無かった自分に自分が一番驚いている程である。
「やっぱり前世の記憶があっても今世の気質にも引っ張られるのかな…そこら辺は気にして無かったよ」
という私にキタン君も、
「確かに…オイラもコッチ来てから発情期なんてモンのせいで苦労したり、代わりに人付き合いが得意になったりしたのは獣人族の気質からかもしれないっすね…」
と話していた。
そして色々な事を話す中でキタン君の能力も私同様に〈目〉だと教えてくれたのだが、なんと私の能力よりも使えそうな能力であり、
「魔力をバカみたいに食うから連発できませんが、見た個別対象の時間を止めます」
と彼が言った瞬間に思わず。
「凄い!全人類の男性の夢の能力じゃないか!!」
と興奮する私にキタン君は冷ややかな視線を飛ばしながら、
「兄貴が時間停止モノのファンなのは理解出来たっすが…言ったでしょ…個別対象っすし、時間もほんの数秒っす。
兄貴が思い描く様にエロい事をするには魔力が足りないし、一対一で密室に居る状態に持ち込まないとオイラが変態行為をする所を周囲にバッチリ目撃されるっすよ…
ホント、この能力のお陰で盗賊団から逃げのびる事が出来たからオイラにとっては自慢の能力なのに、兄貴も時間停止なんて聞いて発想するのがそんな低俗な…」
と言われて物凄く申し訳ない気持ちになった私は、
「すまん…穴が有ったら入りたいよ…」
というと、キタン君は余程ご立腹だったようで、
「穴が有ったら入れたいだなんて、何処まで兄貴は…発情期といえど兄貴にドキドキしていた自分が…」
と言ったところで自分がとんでもない聞き違いをしていたと気がついたキタン君は、
「あっ、入りたい方か…」
と言って大人しくなったのだった。
この瞬間に私は、
『すぐに間違いに気づいた様だから興奮状態のまま突っ走る発情期は無事に終了したようだな…』
と改めて認識したついでに、
『キタン君に時間停止モノの話はしない様にしよう』
と心に誓ったのだった。
そして、それと同時に、
『確かに本気でキタン君をスマキにしていなければ、あの時、時間停止をされて私は…』
と、ハラリと花弁の散る薔薇が頭に浮かび、
『良かったぁぁぁぁぁ!』
と背中にびっしょり変な汗をかいたのだった。
そんな恐ろしいやり取りが有りながらも、今ある手札でお金を稼ぐ方法として、色々なアイデアを出して行くのだが、結論として、
「こちらの食材で前世の料理を作って売り出せば銀貨で登録出来るFランクやEランクの商人として屋台で稼げるのでは?!」
という事に落ち着いたのだった。
それからザザ村で手に入る食材で出来る屋台料理を考えるのだが、ここからが思いの外手こずってしまった。
それは何故かというと、私は独り身だった為に簡単な料理はできるがキタン君は料理をほとんどした事がなく、二人して食べたい物はポンポンと出て来るのだが、それが如何にして出来ているのかを知らないことが多く、
「屋台といったらソーセージが食べたいっすよ兄貴!」
というキタン君に、
「肉をミンチにするのは何とかなるけど、腸に詰めるんだろ…アレ…」
と、中身は何とかなるが肝心な腸に詰める方法やその腸の下処理方法が解らない私に、キタン君は、
「商会の扱っている品物の中に竹を見た事があるっすから、アレで注射器みたいに押し出して作れませんか?」
とのアイデアを出してくれた。
「竹があるなら魚をすり身にして竹輪が焼けるか!?
みりんが無いけど酒と砂糖で代用出来そうだし…肉料理より私が生まれたのが海の近くだったから魚料理の方が得意だからね」
という私にキタン君は、
「えぇ~っ魚っすかぁ?オイラ肉が良い!」
と、わがままを言う駄々っ子に、
「お魚さんも食べないと賢くなれませんよ!?」
と言ってやると、
「兄貴がオイラの婆ちゃんみたいな事を言ってオイラをいじめる…」
と拗ねるので仕方なく、
「じゃあ、明日から私は塩作りの仕事に戻るから、夕方から母さんも仲間に入れて色々試作するから…とりあえず薪集めのついでに魔物を狩ってくるから、肉料理と魚料理の2つを作るよ」
というとキタン君はパァっと笑顔になり、
「だから兄貴って好き…これで嫁さんが居ないのが納得いかないよね」
と私を誉めてくる。
『うむ、コヤツのこういう所…可愛いな…』
と感じた瞬間に、
『いや、いや、いや!…危ない、危ない!!
キタン君のナチュラルな人たらしスキルにヤられるところだった…』
と、我にかえった自分を誉めたい気分になる私が居たのだった。
小屋の建設が終わった私のお休みは今日までなので、
「じゃあ、明日から私は塩作りと薪集めに向かうからキタン君はウチの母のお手伝いをヨロシクね。
夕方からの料理の試作の手伝いを母にお願いするのもキタン君担当だから…」
と告げるとキタン君は、
「ガッテン承知の助!」
と自分の胸をポンと叩いてみせたのだった。
『いや、ヨッコイしょういちの時も思ったが、本当に彼は平成生まれなのだろうか?…』
などと思いつつも、
「じゃあ、明日早いから準備に帰るよ…」
とキタン君の小屋をあとにしたのだった。
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