第3話 オークの小屋

市場で村の皆から頼まれていた物とキタン君の仮住まいセットを購入して馬車でザザ村を目指して移動を始めたのだが、案の定というか何というか買い物中からキタン君が、


「ヤジルの兄貴と出逢えたのは幸運っす…」



「住むところの世話まで、申し訳ない…」


などと言いながらも徐々に私に対してのボディータッチが増えていき、馬車にてついに私は軽い貞操の危険を感じたので彼には現在馬車の荷台にて昨夜の様にスマキになってもらっている。


本人も発情期という獣人のシステムを理解している様で、


「ヤジルの兄貴…迷惑をかけます…」


と大人しく縄を巻かれながら、


「きつく縛ってください…今日は何を漏らしても大丈夫…覚悟は出来てるっす!」


と宣言するので私は、


「いや、出そうならば余裕を持って報告したらほどいてやるから…なんだよ漏らす覚悟って…」


と呆れたのだった。


しかしスマキにされて身動きが出来ないキタン君は、


「ヤッパリ何だか包み込まれる感覚で落ち着きます」


などと言っていたのもつかの間で、昨夜語り明かした事が堪えたのか現在は荷台にてスマキのままピクリともせずにグッスリと眠っている。


私も軽く眠いのだが運転中に眠る訳にも行かないので、馬の手綱を握りながら、


「あれかね…猫型獣人だから狭い所が落ち着くからグルグル巻きにされて安心するのかね?…」


と、ブツブツと独り言を言って眠気を散らしていたのだが、良く良く考えると、


『あれ?キタン君の事を両親にどう説明しよう…自分が前世持ちな事も秘密にしているのに…』


という問題にぶち当たった私から完全に眠気などは消え去り、その後の道中ずっと、


『あーでもない…』

『こーでもない…』

『いや、これなら…駄目かな?…』

『下校の最中に猫を拾った時みたいに、ウンコやシッコの世話をする!…なんて説得材料では弱いし…』


などと両親へ向けてのキタン君を連れて来た上手い言い訳を1人で知恵を絞って考えていたのだった。


そして現在、ザザ村の自宅では、


「兄貴のお父上!良い飲みっぷりで!!ささっ、もう一杯」


と、父にお酌をして、


「兄貴のお母上、オイラにこの最高に美味しい魚の料理のコツを教えて下さい」


と、母の料理を誉めているキタン君がいた。


案ずるより産むが易しとでも云うのか…いや、これはキタン君のコミュニケーション能力が成せる業というか、彼は話の流れから住む場所と仕事を失い困り果てたところで私と出会い、村で暮らす様に薦められた事に合わせて上手に我々の面倒臭い事情を隠しつつ両親に説明をしているのだ。


母は既にキタン君を息子の様に…いやオッサンになった息子よりも、


「キタンちゃんこれも食べてごらん」


と嬉しそうに彼を甘やかしている。


父も、


「いや、ヤジルが誰かをスマキにして連れ帰った時には、モテないからと言って女性を拐ってきたのかと焦ったが…」


と、ご機嫌に酒を飲みながら私に失礼なセリフを吐いているのだった。


しかもキタン君は、


「兄貴のお父上、あれはオイラがお願いした事でして…」


と、サラリと獣人族の発情期の為に命の恩人とも言うべき私に感謝以上の感情から飛びついてチューでもしそうだからと、あの複雑な状況の説明までこなしてしまったのだった。


コミュニケーション能力の高い人間の実力を間近で見せつけられ少し恐怖していた私を他所に、


「あらあら、キタンちゃん…発情期でウチ息子に…」


と母は困った顔で父と相談をすると、父から、


「ヤジルは当面納屋で寝起きしなさい。飯は母さんが持って行くから…」


と言われ、母はキタン君に、


「キタンちゃんはヤジルの部屋で寝起きしなさい。たしか発情期って10日程で落ち着くのよね?」


と、両親は全力でキタン君をサポートするつもりで、キタン君を惑わす私を納屋に閉じ込める事に決めた様である。


『あれ?キタン君が落ち着くまで納屋に入れて村の何処かにキタン君の仮住まいを建てるという私の計画が…』


などと思いながらも両親達の助けもあり無事に?私は部屋を明け渡し納屋へと島流しにあったのだった。


その翌日からは私は塩作りの仕事を休みにしてもらい我が家の隣の空き地にキタン君の仮住まいの建設を父から指示されて朝から晩まで泥にまみれながら過ごした。


オーク族は長年の流浪の中で簡単で頑丈な小屋の建設を身につけている。


まぁ、国を捨てて逃げたので大工技術を持つ者が少なかったのだろうが、各地を転々としながら魔物から子供や食糧等を守る事を目的とした物であり、地面に杭をうちその杭を中心に円を描き、その線に沿って塩の納品にも使う目の細かい麻袋に砂利や土を詰めて並べていきハンマー等でならしながら積み上げて行く工法である。


木箱等を使って開口部の枠として土嚢をキッチリ積み上げると出入り口と明かり取りの窓もあるオーク族伝統?の土壁の小屋が完成する予定なのだ。


流浪の間は土嚢の壁を隠すように草を地面ごと掘り返して外壁に張り付けてカモフラージュしていたらしいが現在は別に隠す必要は無く、土嚢から雨水が屋内に染み込まない様に撥水効果のある材料で土嚢ハウスをコーティングすれば嵐にだって負けない家となる。


『まぁ、キタン君が行商人か何かでお金を稼げる様になれば、ちゃんとした家を建てれば良いからね…それまでの繋ぎだし…』


と思いながらもやりだすと拘るのは前世の日本人としての性質かも知れないが、私は翌日の早朝から空の樽を担いでハンマーを片手に村外れの川にスライムを狩りに向かう。


いくら鑑定しか使えないとはいえオークとしての種族補正がある為に普通の人族よりも遥かに力があり、体も頑丈に出来ているのでスライムごときに負ける訳がないのだ。


『まぁ、足が遅いという種族的欠点もあるのだが…』


獣人族であれば種族の特徴として身体機能を一時的に魔力を使い強化する事が出来ると聞いた事がある。


オーク族もある意味で猪の獣人の様であるが、どうやらオーク族は猪みたいな顔なだけで獣人族とは似て非なる種族らしく身体強化能力の様な便利な機能は無いのである。


だが生まれながらに力が強くて頑丈ならば冒険者としてやって行けば良いと考えるだろうが、オーク族は基本的に団体行動があまり上手ではないので、私が思うに格上の魔物を倒すためのチームプレーは勿論上手く出来る訳がないのだ。


しかも足が遅い事も関係するのか最短距離で一直線に敵に突っ込むという猪の様な戦法を取りがちで、力が強い為に技を磨く事より持って生まれた力のみでゴリ押す為に冒険者になっても最初こそ良いのだがランクが上がり敵が手強くなるにつれて他の種族より伸びないらしいのだ。


かといって技を磨いたり戦術を練るなどという細かい作業を嫌う傾向があるオークは他者と一対一の殴りあいの喧嘩ならば強いだろうが、大型魔物や軍勢を相手にするにはちょっとアレな種族なのである。


そんな脳筋気質の種族の中でも私は異質らしく、スライムの粘液と焼いて灰にした貝殻の粉と浜砂を練った物で土嚢で作った家の表面をコーティングして、仕上げに松明の火で炙りながら乾かすと熱によりスライム粘液が他の素材と反応して白く固まり撥水効果があり土嚢と土嚢の繋ぎめを強固に接着させる事にもなる外壁の素材となる。


ちなみにこの技術は、オークの物ではなくこの辺りの住民が旅の錬金術師から学んだ船のコーティング材を応用した知恵である。


と、まぁ、そんなこんなで日本人気質が爆発して凸凹の無い綺麗な半球の様な家が出来て、


「後はドアと窓をつけたら完璧だな」


と、満足気に仮住まいという設定も忘れて3日もあれば作れる小屋を細部にまで拘り一週間程かけて作ったのだった。


作業の途中で私と同じザザ村で生まれたオーク族の幼なじみであるタラスとミリナの夫婦が、


「変わり者のヤジルが新居作ってるって聞いたから遂に嫁さんを連れて来たかとお前の家に行ったが、獣人族の青年だったから驚いたぞ」


とタラスは冷やかし、嫁のミリナは、


「村の人には私達の顔が怖く見えるらしいし、オーク族の女は村にもう残ってないからヤジル君のお嫁さんが来るか心配してたんだけど…私、良いと思うよ…ヤジル君が一周回って男が好きになったとしても私は変わらずに友達だからっ!」


などとワザワザ私にイチャイチャを見せびらかした上で私の事を茶化して帰って行き、何か凄く敗北感を覚えたのだが、この事が更に建設中の小屋のクオリティーを上げる結果となった。


ミリナが話した様にザザ村には少ないが若者もいるのだが、私の世代は皆カップルが成立して残っているのは私だけであり、更に下の世代には顔の怖いオーク族のオジサンという立ち位置の私の人生に結婚という文字はもう無いと思われる。


『チクショウ!前世も今世も独身か…』


という哀しみを作品にぶつけ完成した白い半球の家を眺めながら、


「どっかで見たと思ったらドラゴンが願いを叶えてくれる系のマンガで見た家っポイな…」


と呟き、


『キタン君も解るかな?私より下の世代だったらしいけど…』


と、そろそろ発情期が終わり通常運転になるキタン君の反応を楽しみにしながら現在の我が家である納屋へと帰る事にしたのだった。


母からの差し入れを食べて眠り、翌朝久しぶりに本当の自宅へと家の完成の報告に向かった私はそこで、


「パパさん、今朝のパンはオイラが焼いたんですよ。ママさんも上出来だって…

あっ、ヤジルの兄貴!お久しぶりです」


と、発情期とかどうかでは無く完全に私より我が家に馴染んでいる様に見えるキタン君が、両親とキャッキャと楽しい日常を送っていたのだった。


キタン君は数年前に両親を無くして、引き取ってくれて親の様に思っていた商会の会長には関係を迫られて家族という物に憧れたり裏切られたりしたのだが、我が家で家族の暖かさを再確認出来たらしく、彼はこの10日程で完璧に我が家に組み込まれている様で、両親も知らない間にキタン君に「パパさん」「ママさん」と呼ばせている程であった。


そして、完成した仮住まいをキタン君に見せると、


「わぁ、凄い!オイラの商会で寝起きしていた部屋の倍はある!!」


と騒いでいた。


『倍?…いや、小屋だよ…商会の部屋ってどんだけ小さかったんだ?…いや、キタン君の家財道具がカバン2つほどだったからあり得る話なのか…』


と、商会でもあまり良い待遇では無かったのでは?と少し考えてしまっている私に向かいキタン君は、


「これ、1人で使って良いんですか?それとも兄貴と二人で…」


と聞いてくるので、私は呆れながら


「発情期は終わったから身の危険は無いだろうが、何が悲しくて男二人でこの小さい家にギュウギュウで暮らさなきゃならん…自分の部屋もあるのに…」


というのだが、母からは、


「べつにこの家はヤジルが住んでも良いのよ。そうしたらキタンちゃんは引き続きヤジルの部屋で暮らすだけだから」


と言われ、父もウンウンと頷いているのを見て、


『本当にこれを機に別居してやろうかな…』


と本気で考える私だった。

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