第2話 不意に出てしまう
マスターに言われた通りに二階の端の部屋に来て、本人に頼まれたから仕方なくロープでキタン君をグルグル巻きにしている。
どうも扉の外にクスクスと楽しそうな人の気配を感じる気がするが…そんな事よりも…
「ヤジルさん、もっと!きつくっ!!」
と騒ぐキタン君を私は真顔で見下ろし、
『なんでこうなった?…』
と自問自答しながらキリキリとロープの端を引っ張り彼を縛りあげている。
「いや、本当になんだこれ!」
と、思わず口をついて出たのだが私の目の前には気の効いた縛り方など知らない私にスマキの様にされたキタン君が、
「あぁ、抱きしめられているみたいで安心する…」
などと、酔った勢いで新たな扉を開きそうなセリフを吐いている。
正直なところ、この酔っぱらってドMの世界の扉に手を掛けてしまっている青年をこのまま放置して、この部屋の扉の前でクスクスと楽しんでいるであろう連中の1人であるマスターに別の部屋を用意してもらいたい。
しかし、次の瞬間キタン君が急に、
「あっオシッコ!エールを飲むと近くなって…」
と言い出して、スマキ状態でベッドの上で芋虫の様にモゾモゾし始める。
私は、
「ん?」
と、ロープの端を握ったまま彼の行動を観察したのだが、
「あれ?…おかしいな…なかなか脱げないっす…」
などと言いながらウネウネと動く芋虫を眺めていると彼がピタリと動きを止めて、
「まぁ、良いっすね…このまま」
と言ったところで私は、ようやく状況を把握し、
「良いわけあるかぁぁぁぁ!」
と叫びながらロープを外して彼をトイレへと連れて行こうとするのだが、必要以上にグルグル巻きにした事がここに来て裏目に出てしまう。
部屋の外から聞き耳をたてていたマスターの、
「頼むからベッド以外で!」
との声も聞こえ、
「聞いてたのなら手を貸せや!!」
と怒鳴る私は、とりあえずスマキ状態のキタン君を肩に担いで部屋の外へと向かう。
マスターが合鍵で扉を開けたのと同時に私はキタン君と共に部屋から飛び出したのだが、その瞬間に私の背中には最悪の温もりが…
『終わった…』
と悟り絶望する私と、
「漏らしやがったか!」
と楽しそうな野次馬連中と、スマキにされながらも幸せそうな笑顔を私に見せた後にプルプルっと震えるチビり野郎…控えめに言って地獄絵図である。
そしてマスターが呆れた様に、
「ベッドが無事で良かったが…とりあえずヤジル達は便所…いや、もう井戸場に行ってこい」
と言って廊下の掃除は引き受けてくれ、私は夜の井戸場に漏らしたままの彼を担いだまま移動し、
『春といえど夜の屋外は冷えるな…』
と思いながらも私はオシッコが染み込んで次第に冷たくなる上着を躊躇なく脱ぎ捨てて先ずは己の体を拭いてサッパリする。
勿論、明日の朝迄に乾く筈もないがオシッコまみれの上着をそのままには出来ず、とりあえず水洗いして干しておいてから、私はやっとの思いで続いて下半身ビシャビシャの猫型青年の処理へと移る事にした。
幸せそうにチビりスマキ状態のままウトウトしているキタン君に少々…いや、かなりイラっとしながら手荒にロープを途中までほどき彼のズボンとパンツをひん剥いて井戸水を桶から直接彼の下半身めがけてぶっかけてやった。
「ひゃう!!」
と、冷たさで目が覚めたキタン君は、まだ上半身はほどきかけのロープで自由が利かずに下半身をひん剥かれて冷水をぶっかけられた上に上半身裸のムキムキのオークオジサンが視界に入り、
「初めてはベッドが良いです!」
などと騒ぎ始めたのだった。
上半身裸のオジサンオークが下半身裸の猫獣人の前で仁王立ちしているのだから説得力に欠けると自分でも思うが、
「とりあえず落ち着け…」
と、自分にも言い聞かす様に青年に語りかけこれまでの経緯を説明するのだが、
「キタン君が漏らしたので仕方なく脱がせた…」
と言っている自分が一番、
『青年を無理やり酔わせて下半身剥き出しにさせたムキムキなオジサンの苦しい言い訳みたいだな…』
と感じて泣きそうになる。
そしてそんな私の気持ちを逆撫でするかの様にキタン君は頬を赤らめながら、
「ヤジルさんなら…」
とか言うんじゃ…って彼は獣人特有の発情期でトチ狂っているだけか?
『はぁ~疲れる…』
などと1人で色々と考えて項垂れながらもキタン君の残りのロープをほどき始める私だった。
どうやら彼は商会の従業員用の部屋を追い出されたので着替えもさっきの部屋のカバンに数組ほど有るらしく、
「着替えの入ったカバンを持って来てやるから洗濯は自分でしろ」
とキタン君に告げながら彼のロープを全てほどき、私は井戸場から宿の中へと向かうのだが、そこにたまたま井戸場に出て来た事情を知らないであろう女性冒険者とすれ違う。
私が上半身裸である事に驚いた彼女であったが、次の瞬間に井戸場でズボンを洗う下半身裸の青年を見つけて、
「きゃ!…えっ?…嘘…」
と更に驚かせてしまった様であった。
しかも、私が彼のカバンを持って再び井戸場に来た時には彼女は仲間らしい複数名の女性を連れて来たらしく、みんなで遠巻きにフルチンお洗濯中のキタン君を見つめてキャッキャと話していたので、
『これはキタン君をあんな状態で放置した私のミスだな…見せ物にされているのは可哀想だから彼女達にお引き取り願おう』
と思い、
「すまないお嬢さん方、彼も恥ずかしと思うからあまり見ないであげてくれないだろうか…」
とお願いしたのだが、良く良く考えるとうら若い女性に上半身裸の顔面凶器みたいなオークのオッサンが話しかけるなどヤバい絵面でしかない…
しかし女性達はキタン君のキタン君を見て興奮しているのか頬を赤らめながら私に、
「えっ、すみません…私達も興味が…」
などと言い出す。
『まぁ、女性にも性への興味がある事ぐらい私だって理解している』
と思いながらも、
「いや、それでも…」
と、キタン君のキタン君を見せ物にされない様にお願いしようとすると、冒険者らしき女性の1人が、
「あの、1つ質問しても良いですか?それだけ聞けたらすぐに退散しますので…」
と言ってくれたので、彼女の提案に乗る事に私はしたのだった。
女性達は何やら相談した後に私に向かい、
「あの青年がネコですか?」
と解りきった質問をしてきたので私は、
「あぁ、確かに彼は
と聞き返すのだが、彼女達は、
「いえ、ありがとうござい…いや、ご馳走さまでした!」
と言って去って行ったのだった。
『変な事を聞くのだな…まぁ、見馴れないオークのオッサンがしかも上半身裸で目の前に居るのだからまともな受け答えが出来ずに慌てたのだろう…』
と私は納得してキタン君に服を届けたのだった。
彼は冷たい水で自分のズボンやパンツを洗った事により少し酔いが冷めた事もあり、まともな受け答えが出来る様になっていた。
なので、改めてではあるが、
「では、強く生きろよ…」
と言って別れようと試みた私だったが、キタン君は、
「ヤジルの兄貴っ!オイラ住む所もないんです…」
と再び私にすがり付く始末である。
私は、
『あぁ、面倒臭い奴に声を掛けてしまった』
と数時間前の自分の行動を悔やんだが、もう既に手遅れだった様でキタン君は私から離れようとしない…
『発情期のせいもあるだろうから一週間ぐらい我慢したら通常運転に戻ったキタン君は新たな住み処を求めて出ていくだろう…』
などという考えもあり私は何かしらの罪悪感や責任感から仕方なく一旦彼を預かる事に決めたのだが…しかし、洗濯を済ませて着替えの終わったキタン君は自分のカバンを持ち上げる瞬間に、
「ヨッコイしょういち」
と不意に彼が呟いたのを私は聞き逃さなかった。
私の頭の中に火花の様な衝撃が走り思わず、
「キタン君…君は昭和何年生まれだ?」
と聞くと、キタン君はほろ酔い状態のまま、
「何言ってるんですか!コッチとら平成っす…」
と言った所で彼も状況を把握したらしく、暫くの沈黙したまま私達は見つめあい、その後にキタン君は、
「ヤジルさんもっすか?」
と無表情で聞いて来たので私は、
「もだ…」
とだけ答えるとキタン君は私にヒシッと飛びついて、
「良かった…良かったぁぁぁぁ!」
と泣き出してしまったのだ。
宿屋の二階の窓から先ほどの女性達が、
「きゃっ!見てみて!」
「始まっちゃうかも!」
などと騒いでいるので、転生者だという秘密を覗かれて彼女達に知られてはいけないと、泣き崩れそうなキタン君の肩を抱きながら私は一旦宿の部屋へと向かったのだった。
そしてその夜は、誰が聞いているかも解らないのでヒソヒソ声のまま私はキタン君と寝る間を惜しんで語り明かした。
『本当に楽しい夜だった』
と簡単な言葉で表すのが勿体ないような控えめに言って最高な出逢いを経験した夜…
私達は一睡もしていないが興奮状態で、
「よし、キタン君!市場で買い物をしてザザ村に帰ろう」
と彼に言うとキタン君は、
「でも本当に良いんっすか?いきなりお家にお邪魔しても…」
などとここに来て初めて遠慮がちに聞いてくるので私は、
「任せろオーク族は長年流浪の旅をしていたから庭先にキタン君用の仮住まいだってあっという間だ…」
などと言いながらチェックアウトの手続きに向かう。
下の酒場では今から仕事に向かう冒険者や商人が軽い朝食を食べていたり、カウンターに鍵を返す為に並んだりしてごった返している。
「よし、市場で買い物をするからそこで何か買って私の荷馬車で食べながら帰ろう」
などとキタン君と相談していると私達の番が来て部屋の鍵をカウンターに返すと、
「昨夜はお楽しみだった様で…」
とマスターが私達を茶化す。
かなり厄介な始まりではあったが、結果として最高の出逢いが出来たので私もキタン君も清々しい笑顔で、
「はい、最高でした」
と伝えるとマスターは一瞬固まり、酒場はさっきまでの賑やかさが嘘の様に静かになり、私達同様に目の下にクマを作った女性冒険者のグループが、
「きゃっ!やっぱり…」
と離れたテーブルで囁く声まで聞こえた事に違和感を感じた私だったが、キタン君の、
「ヤジルの兄貴、やっぱり洗濯した服は乾きませんでしたね…オイラは着替えがあるから良いですが兄貴は濡れたままで寒くないっすか?」
などと気遣ってくれる言葉に、
「大丈夫だ、着てればそのうち乾くだろう…」
などと言いながら安宿の裏手の扉へ馬車を目指して移動し、出口辺りで物凄い視線を背中に感じたまま店を出たのだった。
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