異世界道中、いざクリゲ

ヒコしろう

第1話 出逢い

「よう、ヤジル!今回も部屋とエールか?」


と、安宿の一階の酒場でカウンターの奥からマスターの威勢の良い声がする。


「あぁ、それで頼むよマスター」


と、今日もいつもの様に私は稼いだ金で軽く酒場で一杯ひっかけてからこの宿で1泊して翌朝にはこの町から離れた海辺の村にある自宅へと帰るつもりなのである。


この町の人達は、私という種族にも寛容であり私の一族が近くの村に住む事は勿論、こうして酒場で飲んでいても私を扱ってくれている。


まぁ、正確にいうと、


『私だってちゃんとした人間である!』


と自信を持って発表出来るのだが、問題はこの大陸の一番の勢力である帝国に、わりと最近まで喧嘩を吹っ掛けては長年戦争状態を続けて結局大国の軍事力の前に国を丸ごと滅ぼされたオーク族の生き残りだという事で大変肩身の狭い暮らしをしているのだ。


オーク族の国を滅ぼされた時に、元々他人と戦う意思も力もない一般市民だった私の先祖達は、


『国はなくなったが、帝国の傘下へと入り引き続きこの地で暮らせるだろう…』


などと思っていたらしいのだが、


『国をあげて戦いを挑んで来たオークなど帝国市民として認めるか!せいぜい奴隷がお似合いだ!!』


などという思想からオーク族というだけで迫害を受ける事となり、奴隷狩りから逃げる為にオーク族の人々はなんの準備も無い状態で自宅を放棄して、帝国に属していない地域を目指したらしいのだ。


逃げのびるまで見つかれば即りという名の元に方々で数を減らし、ある者は仲間を逃がす為の囮となり命を奪われ、またある者は奴隷として捕まってしまったのだそうだ。


そして何年…いや、何十年かけて街道を避けて山を越えて森を抜けて川を渡り、やっと安住の地を見つけたと思えば帝国出身の冒険者達に見つかっては呆気なく流浪の旅に戻ったりを繰り返し、やっとの事で帝国から脱出してからは、ようやく安心出来る旅路となり徐々に各地に根を下ろす仲間との別れを繰り返しながら、


『帝国から一番離れた場所を…』


と願ったオーク達の一団はこの大陸の東の端である自由都市と呼ばれる商人達が興したギルドが中心となって作った辺境の町の管轄する土地の更に外れに位置する海辺のザザ村に着いた時には私の両親の所属していたオーク族の難民達は二十名程だったと聞いている。


今、両親達はそのザザ村で仲間達と塩を作りながら小さなオーク集落のとりまとめをしており穏やかな生活をしているのだが、自由都市に来る帝国関係の商人や冒険者の中で特に年配の方々からはいまだに、


「けっ!オーク族が!!」


と、露骨な反応があり大変不快であるのだが私としては、


『まぁ、肩身は狭い気分にはなるが私は自由都市に来てから産まれたオーク族なので迫害を受けた記憶も無いし…』


程度の感想しか無いのだ。


両親達は命がけで逃げた記憶がトラウマとして残っているので可能な限り帝国の方々とお付き合いせずに済む様に、この自由都市アルカスに塩の納品に来るのも子供世代が中心となり交代で行ってはいるのだ。


しかし、帝国人の中でも若い世代は比較的オークに対して『敵対種族』や『奴隷』のような悪いイメージが薄くなったのか、このアルカスの酒場で出逢う帝国人の若い冒険者達から、


「珍しいね、オーク族かい?」


などと声をかけられて一緒に並んで飲む事も最近は良くある。


「まぁ、帝国の領地の外に来てまでオークを下等な種族と馬鹿にする様な奴は多種族が暮らすこの辺りじゃ長生きしないさ…」


と言っていたその若い帝国人の冒険者達の言葉を言い換えると、帝国の国内であればオークはまだ迫害される対象だという事になる。


自由都市の住人は元々、帝国などの大国から距離を置きたい考えの人々が多くて、我々オーク族にも同情的に優しく接してくれるので忘れそうになるが、この酒場で他国から来た人々からの情報だけでも、


『帝国界隈は、まだまだオーク族には厳しい世界だな…』


と改めて再確認出来るのだった。


と、まぁ自由都市アルカスからザザ村までは馬車で約一日の距離であり早朝にザザ村を出て夕方に塩を納品してからこの酒場の二階の安宿で1泊して、翌朝アルカスの市場で買い出しを済ませてから村を目指すのがいつものコースであり、私の唯一の楽しみがこの酒場で旅人からの話を聞く事である。


しかし、恥ずかしい話だが人付き合いがあまり上手くない私は、酒の力と長年少しずつリハビリのような練習を重ねた結果、ようやく最近この酒場でのみ『知らない人とも軽くお喋りを楽しむ』などという高度な遊びが出来る様になったのだ。


だから最近オーク族というだけで絡んでくる人間が少なくなったからという理由で納品の仕事を両親達に返すつもりは今の所は無いのである。


さて、自己紹介が遅れたのだが私は三十路のオーク族の男で名前はヤジルという。


母には、なかなか嫁を貰えずに日々心配をかけているオッサンである。


本人的には性格や見た目に難があるとかでは無いと思いたいが、コミュニケーション能力が低めでオーク族の中でもやや強面なのは認めておく…あと理由の一つとして村に女性が少ないのもあるが、今となれば独り身が気楽と感じているのが大きいだろう…


『いや、断じて負け惜しみではない!』


そして、私の一番の問題はそこらのオークのオッサンではないという点なのである。


なんと、前世の記憶があり異世界転生とやらをしたらしい元日本人という面白い設定のユニークオッサンだという事である。


『異世界転生』なんて言ったらやれ神様からの使命やらチート能力やらが有って然るべきと思うのだが、神様に会った記憶は勿論無いし、使命を与えられた事実も無い…ただ、こちらの世界で大変珍しいの能力をマイナーな魔眼の神様から賜ったので、教会で祀られているメジャーどころの神々から一般的な祝福すら受ける事が難しい為にむしろ生き辛い人生を歩んでいる。


こちらの世界の人々は先天的に授かる神様からの祝福と後天的に受ける別の神様の祝福のパターンで様々な能力が使えるのだが、問題は一般的な教会で神様としてはあまりお祀りされていない神様からの祝福である『目』の能力の有る者は、後天的に祝福を授かる事が出来なくて、


『太陽の神様の祝福が有るから歌声の神様の祝福を受ければ広範囲に治癒魔法をかける治癒の歌が使える…』


などというこの世界の醍醐味的な要素すら味わえないのである。


つまり生まれながらに秘密を抱えて引け目を感じている上に、一般以下の能力の男性がモテる訳もなく、そして目の能力の中でも私の能力は〈鑑定〉というモノの為に、そこら辺の草を引き千切って見つめると食べられる野草か毒が有るか等は瞬時に判別出来るのだ。


しかし瞬時に判別出来るだけであり、この能力で魔物がウロウロする異世界を渡り歩ける訳もなく、ひっそりと村で塩を作り月に二回ほどアルカスの町に塩の納品に出て来て旅商人や冒険者から異国の話を聞くのが唯一の楽しみという枯れた生活をしていたのだった。


『オークが目立つと帝国関係の人に目をつけられるから…』


という言い訳の元に今日も前世の記憶が有る事を誰にも知らせずに傍観者として異世界の旅人からの話を肴に一杯引っ掛けてグッスリ眠るつもりだったのだ。


そして、この日は一人の獣人族の青年が如何にも話を聞いて欲しそうに酒場でやけ酒をあおっているのを見つけた私はマスターから渡されたエールを片手に、


「どうした青年…話なら聞くぜ」


と青年の隣に腰をおろし、


『今夜も楽しめそうだ…』


と娯楽の少ない田舎で良い暇潰しを見つけた気分で青年の話を肴にエールを飲み始めたのだった。


私に話しかけられた青年は飲み干した酒の木製ジョッキをテーブルにドンと置いてから、今にも泣き出しそうな…いや、もう顔中いろいろな液体で濡らしながらも嬉しそうに、


「聞いてくれますかオークの旦那ぁ…」


と、私にキタンと名乗ったその猫獣人の青年は確かに飲まないとやってられない今日の出来事を涙ながらに語りだしたのだった。


獣人族はこの大陸でもかなり繁栄している種族であり、混血も進み耳だけが獣感を残す人族寄りのタイプが多数派の中で、キタン君はガッツリ獣寄りのタイプの猫型獣人であり、身体能力や行動力もワイルドなタイプらしいのだ。


彼の生い立ちは旅商人のキャラバンの移動中に産まれ、キャラバンと共に各地を旅しながら育ち、そして商人としての独り立ちを前にキャラバンは盗賊に襲われて家族や仲間を失ったという壮絶なものであった。


彼は仲間や両親の助けもあり何とか逃げ切る事が出来て、その後に商売で付き合いの有ったアルカスの獣人族の会長が営む大きな商会に拾われて今日まで働いていたのだが、獣人特有の悩みとでもいうのか…ある出来事により本日クビになり住む場所さえ失い、商人としてこの町で暮らす事さえ諦める事になったのだそうだ。


酒が進みテーブルに半分倒れこむ様になりながらキタン君は、


「読みが甘かったんすよ…明日から一週間ばかり部屋に籠っていれば大丈夫だと…」


と、悔しそうに語る。


そう、それはこの春の時期に獣人達は本人が望む望まないに関係なく〈発情期〉に入ってしまい、本人も恋に落ちやすく他者を惹き付ける様な香りを放つ時期を迎える。


一週間から10日ほどやり過ごせば体も心も落ち着き普通の生活に戻るらしいのだが、この発情期が有る為に獣人族は見た目や経済力ではなくてその瞬間にときめいたフィーリング重視で子孫を残す傾向から、


「私が稼いで家族を養う!」


という思考に行き着く人が多いという理由で男女問わずに各自が自立して、人種などを超えて各地の国々で繁栄している要因の一つであり、種族としての生存戦略のシステムなのだろう。


そして、そんなキタン君がクビになった理由もその発情期でありキタン君のフェロモンがお世話になっていた会長さん(男)の何かに触れたらしく関係を迫られたのだそうだ。


『やだ…青年を狙うオッサンって…』


と、一瞬とある大手事務所が過る私に、青年は、


「オイラもお世話になっている会長に一年に一回、春先に抱かれるだけなら…って覚悟を決めようかと悩みましたが…無理なモンは無理なんすよ…会長って、象ですよ象…一回でガバガバになりますよ」


と、青ざめた顔で告白したのだった。


そして私の頭には、とある社長の代わりに、


『象タイプの獣人の会長って、まさか…』


と、心当たりのある巨漢の男性…というか服を着た小型の象と言った感じの獣人の顔が過る。


「この町でも有数の大商会じゃないか!…巨漢が巨根とは限らないが、下か上、どちらの象さんを使っても荒っぽい感じの会長さんだったからガバガバにされそうだな…」


と、私までお尻がヒュンとしていまいなぜか険しい表情で天井を仰ぐのだった。


キタン君も発情期の為に会長の誘いに一瞬揺らいだ自分に恐怖して会長の奥様に相談したらしいのだが、奥様も獣人族で発情期の為にこの時期は奥様が発情しない店の人を介してしか相談出来ずに、奥様からは、


「今年だけでは無くて毎年ある事ですので大金貨一枚程握らせて独り立ちさせなさい」


と指示されたらしいのだが、会長さんとしては奥様だけでは無くて仲介役を挟んだ事により、


「男に手を出そうとしたのを他の従業員に知られた」


という理由からプライドを傷つけられた罪によりキタン君は手切れ金もなく商会を即日解雇という運びとなったそうなのである。


『酒の肴に軽い気持ちで声を掛けたが…気の毒過ぎてかける言葉が見つからない』


と判断した私は、彼に声をかけた事を少し後悔しつつ、


「そうか…強く生きてくれ…」


と、彼の前から立ち去り部屋でグッスリ休もうとしたのだが、キタン君は私にすがり付き、


「それは薄情ってもんっす!オイラ、現在進行形で発情期っすよヤジルさん…こんなに優しく話を聞いてもらってオイラはヤジルさんにキュンキュンしてるっすのに…」


と喚いている。


焦った私は彼に、


「私は全くもってキュンキュンしてないから失礼する」


と宣言するのだがキタン君は、


「それでは駄目なんすっ!落ち込んでいるオイラに優しく声をかけてくれたヤジルさんをオイラの中の獣が暴れて襲いそうなんすよぉ…だから、ヤジルさん…お願いだからオイラを縛って下さい!きつく、きつく縛って下さいっす!!!」


と、酔った勢いもあり叫び始めてしまった。


他のテーブルからも、


「縛ってやれよ」


とか、


「いっぺん抱いてやれば落ち着くだろうから」


などと無責任な野次が飛び交い、マスターがカウンターからニコニコした表情でこちらに向かって来たかと思うと私にロープを手渡して、


「その青年の部屋は二階の右端だ…良かったな今夜の宿泊費は要らないからその部屋に泊まってやんな」


と、私の肩をポンと叩いて言ったのだった。


『マジ…ですか…』

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