きっかけ4 「悲しみ」のその先に


きっかけ3。

ハンドベル使いのリエフは、その評判を聞きつけたフラトとアイと、街の寂れた音楽館で出会う。


リエフ……もとい金嶋先輩は、愛おしそうにハンドベルを見つめながら、滑らかに台詞をなぞっていった。


『どちらにせよ、この劇団の終わりは近かった。……諦めきれていないのはこの僕だけだ』


哀しみの表情、緩急をつけた台詞回し。そのどれもが驚くほど自然で。

つい、自分の演技を忘れて魅入ってしまう。


『悲しみの音楽、だっけ?聞かせてあげるよ。今の僕なら、きっととっておきの音を響かせられる』


リエフはそう言って、頭上にベルを掲げる。それをフラトとアイが、期待のこもった目で見つめて……


そこまできて、パンパン、と大きな拍手が二回、東階段の吹き抜けにこだました。


「はいそこまで。うん、すごくいい」


声のした、階段下を見る。そこでは、舞台監督であるシイラ先輩が満足げな笑顔を浮かべてグッドサインを出していた。横では如月先輩が、興奮したのか小さく拍手をしながら「すごいすごい!」と叫んでいる。


「金嶋くん、まじで演技上手!本当に初心者!?」

金嶋先輩が照れたように笑う。

「あ、ありがとうございます」

「そんで小此木は相変わらず大根ねー」

「あ?如月、お前も人のこと言えねぇだろ芋役者」


階段の上と下で睨み合う二人をよそに、「改変箇所もばっちりだ」シイラ先輩が長い脚で軽々と階段を登りきった。


「時間的に演奏シーンは通せないと思うけど、そっちは大丈夫かい?」


金嶋先輩は、夕日に照らされてきらきら光るハンドベルをじっと見つめていた。

その顔は、心ここにあらず、という感じで。


「……おーい、金嶋くん?」


シイラ先輩が再度呼びかける。金嶋先輩はびくっと肩を振るわせると、「あ、はい!すみません!」と勢いよく頭を下げた。


「大丈夫か?ぼーっとしてたけど……もしかして、具合悪いとかじゃ」


「え、金嶋くん大丈夫?」


階段下から、少し焦ったような如月先輩の声が飛んできた。


「全然大丈夫です!すみません!!」


「ならいいけど」

ほっとしたような顔をして、シイラ先輩が金嶋先輩の肩に手をおく。


「体調管理は万全にな。この劇は代えが効かないんだから。

リエフを、頼むよ」


夕日に照らされたその笑顔は、ほんの少しだけかげって見えた。



「先輩、なにかありましたか?」


塾やら課外やらで忙しい三年生組に代わって後片付けを請け負った私と金嶋先輩は、小道具や衣装を階段下の部屋に運び込んでいた。


先輩が首を捻る。ガシャ、と手元のカゴでハンドベル同士がぶつかる音がした。


「え、なんかあったようにみえる?」

「……はい。なんというか、なんか元気なさそうに見えたので……」

「まじかー、滝野先輩にも言われちゃったしなぁ」


困ったように笑いながら、先輩は眉間に手を当てた。

しばしの沈黙。


「……ハンドベル部、廃部になるんだ」


永遠にも感じた数秒の間のあと、先輩がぽつりとつぶやいた。


廃部。


唐突に放り込まれたその二文字に、思わず足が止まる。言葉が喉に詰まってうまく出ない私に、階段の三段下で立ち止まった先輩が笑いかける。


「部員一人になってから、結構経つから覚悟はしてたんだけど……でも、びっくりだよね。先週、部活帰りに校長室に呼び出されてさ、言われちゃった」

「っ、なんでっ」


うそ。そんな簡単に、部活の廃部って決まるの?

動揺する私に、先輩は寂しさを含んだ声色で言う。


「担当できる顧問の先生がいないんだって」


突きつけられたのは、残酷なほど単純な理由だった。


「去年までの先生は異動した。今いる先生から一人でも部活指導に取られると、学習指導とかほかの行事指導に支障がでる、んだって。あとは、一人の部活のために生徒会の予算は割けないとか……色々言われたなぁ。

でも、すごい悔しかった。

そういう労力をかけてまで残す価値が、この部活にはないって言われてるみたいで」


語尾が微かに揺れる。その優しい瞳が、悔しさにぐっと歪む。


「でも、事実そうなんだよね。二つ上の先輩がいなくなってからこの一年、大会どころかステージにさえ立ってない。

実績がない上に部員は一人。残す理由なんてない。

残す理由がないどころか、無くなっても多分、誰も気づかないだろうな。

わかってる……わかってる、だけど、」


不自然に途切れた語尾の余韻は、行く当てもなく宙を彷徨う。

続きの言葉を飲み込み、唇を噛み締めるその横顔は、さっき踊り場で見せた「リエフ」そのもので。


……ああ、そうか。


「……ハンドベルって楽しい、その想いがあったから、一人でもやってこれたんだけど。

その日からベルを握る度に思うんだ……


僕、なんであんなに一生懸命やってたんだろうって。


大会もないのに。仲間もいないのに。将来役に立つわけでもないのに。


そんな部活を一生懸命やる意味、あった?


一気に夢から覚めたみたいだった。


自分のやってきたことがすごく非合理的に見えて仕方なくて。

そんな「過去の自分の一生懸命」を否定してしまう自分がいることが、一番哀しかったんだけどね」


先輩のリエフは、本物なんだ。

その表情も、あのハンドベルの音色も。


演技なんかじゃない。ハンドベル部の廃部を受け入れた金嶋先輩と、楽団をたたむことを拒むリエフは、あまりに重なる部分が多すぎた。


ぎぎ、と錆びついた音がして階段下の扉が閉まる。

何も言えずに立ち尽くす私に、先輩はその目を細めて微笑んだ。


「最後にこの劇に参加できてよかったよ。リエフを演じているとさ、今までの自分を肯定されているような気がするんだ」



東階段下の小さな部屋から始まった、寄せ集め5人の物語。

それぞれの想いを乗せて、ステージには音楽と歌声が響く。


部室に設置した日めくりカレンダーは日に日に減っていき、そしてついに、『文化祭当日』がやってきた。

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