きっかけ2 ミスマッチ


劇の練習場所は、基本的に東階段の二階と一階の間の踊り場になった。


踊り場をステージに見立て、いくつかの白いボックスを置いていく。今回の劇では大道具は使わず、白いボックスをバス停のベンチや音楽館の指揮台に見立てることで場面転換を行う。


ホリゾントはないけれど、日が傾くと踊り場の窓が綺麗な茜色に染まるから雰囲気がでる。音響はCDプレイヤーで。当日の音響は、板付きではない役者が代わる変わる担当することになっていた。


たとえ旧校舎のおんぼろ階段だって、環境さえ整えれば、物語の幕を上げることはできるのだ。



『おまえのおとをきかせてくれないかぁあ!!』


台本を握りしめた小此木先輩が、半ば怒鳴るような声でセリフを読み上げる。

踊り場の窓がびりびりと震えた。思わず耳に手を当てた私の隣で、しゃんと背筋を伸ばした如月先輩は、ちょっと大袈裟なくらいお淑やかな声で続きを繋いだ。


『どうかしら。私の音色は』


『すばらしいねいろだなさすがはまちいちばんのぴあにすとのろすだおれはかんどうした』


「はーいストップ。小此木、早口言葉になってるぞー」


パンパン、と「ストップ」代わりの拍手がなる。するとお淑やかな微笑みから一転、如月先輩が「ちょっと!」と口を尖らせた。


「小此木うるっさい!私の台詞かき消されるんだけど!?あと早口すぎ!」


CDプレイヤーのそばに座っていた金嶋先輩は、感動したように両手を握りしめている。


「小此木先輩、めっちゃ滑舌良いですね……!」


「金嶋くん、意外と煽るタイプなんだな」


シイラ先輩は苦笑いをこぼす。

金嶋先輩のは多分天然だろうな。

現に今も、「え!?煽ってないです!」と目を丸くして胸の前で手を振っている。


あらゆる方向から責められた小此木先輩は、不服そうに宙を睨んだ。


「演技なんてしたことねぇんだから仕方ねぇだろ」


「小此木、演技への最初の一歩は、“共感“だ。小此木とフラトの重なる部分を探して、そこから役に入り込んでいくんだよ」


「なんだ入り込むって。ぼやぼやした言葉でそれっぽい事言いやがって」


「じゃあ、もっと具体的に言ってやろうか」


「あ?」


凄む小此木先輩。それを、シイラ先輩は相変わらずの胡散臭い笑みで迎え撃つ。


「お前も、フラトと似たような経験があるんじゃないか、という話だ。楽団の人と気が合わない。誰も俺の言うことを聞いてくれない……そうやって憤った経験が、さ」



劇の練習は基本的に週三回、放課後に行った。普通の部活動と同じだ。

五人の中で電車通学なのが私と如月先輩の二人だけだったので、私はよく如月先輩と一緒に駅まで歩いた。


「音楽と演劇、って一見すごくミスマッチに思えるじゃない?だけど、ミュージカルをみるとわかる通り、合わせてみると意外と合うのよね」


「ミスマッチ、ですか?」


「うん。だって、音楽は奏者の心そのものだから。一度感情が音楽に乗ったら、何倍ものパワーをはらんで聴き手に届く。

でも、演技はその逆でしょ。感情を抑制して、コントロールしなくちゃいけない。ちょー高難易度に思えるけど、でもその演技うその中に音楽ほんものが入ることで、一気に物語のリアリティが増す……

なんかの化学反応みたいで面白いなあって、私は思うんだ」


「なるほど……」


生き生きと話す如月先輩に、もしかしたら先輩はミュージカルとかの経験があるのかもしれないな、と思った。

現に、台本を誰よりも早く暗記したのは、演劇部員であるシイラ先輩でも私でもなく、如月先輩だった。


「そういえば、さっき通しで練習した小此木とのシーン見てて思ったんだけど」


横断歩道の前で立ち止まる。先輩のポニーテールが風にはらみ、その大きな瞳は探るように真っ直ぐ私を見つめた。


「零ちゃんさ。合唱、やってたことあるでしょ」



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