二、 屋上の鍵
暑さが落ち着いてきた、高校二年生の秋。大きなライブを終え、次の目標は三年生の引退ライブとなった。
とは言ってもまだまだ時間はある。何にも縛られず、ゆったりと練習できる期間が訪れていた。
軽音楽部は全体でのミーティングやリハーサルなどがなければ、基本バンド毎で自由に練習の有無を決められる。
僕と
今日もいつも通り練習の日なのだが、しばらく同じ練習ばかりしているような気がして気分転換がしたいな、と思っていた。
ちょうどホームルームも終わったことだし、健人に提案してみようと思い僕はキーボードを背負って教室を出た。
僕は二年A組なのに対して、健人はD組だ。健人を呼びにD組を訪れると、いつも話しかけてくれる
「
「ほんと? ありがとう」
「いいえ〜」
二年生になってからこうして呼びに行くことも多くなって、D組の人たちと仲良くさせてもらうことも増えた気がする。
A組もいい人たちばかりだが、D組も同じだ。健人らしいクラスだなと思っている。
健人がもう教室を出てるというのなら、一体どこにいるのだろうか。A組に来てくれていたとすれば、A組とD組は両端に位置しているから僕がD組に向かう途中ですれ違うはずだ。
それなら一体どこにいるのだろう。
健人のことだからまた何か企んでいそうな可能性はあるが、だとしても場所までは分からない。
とりあえず、軽音楽部の部室に行ってみよう。
いつもは部室に顔を出してから練習を始めるのでもしかしたら先に行っている可能性だって高い。
軽音楽部の部室は四階で、教室があるのは二階。部室に向かおうと階段を上っていたら、三階の職員室から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「失礼しました」
その人物がドアを閉めて、荷物を持ったところを見計らって声をかける。
「健人!」
「わっ! 優!」
「今から僕は部室行くけど、健人は……聞くまでもないね」
彼の背中には先程、職員室を出た後にギターが乗せられていた。職員室に寄ってから練習に行こうとしていたところみたいだ。
「うん。一緒に行こう」
二人で部室に行き、練習を始めることを顧問に伝える。
ここまではいつもと同じだ。練習場所を変えることを提案するなら今だろう。
「あのさ、健人」
「あのさ、優」
声を出したタイミングが同じで、重なってしまった。二人で驚いた顔を見合う。
「ふふ。いいよ、健人」
「じゃあ、先に言うね。今日さ、屋上で練習しない?」
「えっ!」
「ごめん、急だったよね」
「ううん! そうじゃなくて! 僕、さっき練習場所変えないかって提案しようとしてたから!」
「ほんとに⁉」
「うん。すごいね僕たち。考えてることおんなじみたいだ」
なぜだか、最近はこういう事が多い気がする。二人の仲が深まっている証、なのだろうか。
「じゃあ決まりね! 早速行こ!」
「待って! 屋上って鍵とかいらないの?」
もしかしてこっそり入る気ではないだろうか。健人はそんなことしないとは思っているが、やりかねないというのが正直なところだ。
「なんで俺がさっき職員室いたと思ってるの?」
健人はそう言うと、ポケットからキラッと光る金属製の鍵を取り出し、掲げてみせた。
鍵と同じくらい、健人の笑顔も光っているように見える。
ニカッ、という効果音が付きそうなほどのいい笑顔だ。
「あっ! 確かに!」
「そういうこと。『屋上の鍵借りまーす』って言ったら『どうぞ〜』だって」
「あはは。緩いなぁ、うちの学校」
屋上は先程上がってきた階段とは別の階段から上るらしい。四階から始まる階段で、屋上に入る扉の前の踊り場までなら誰でも入れるようになっている。
階段を見つけ、誰でも入れる踊り場まで足を進める。
「よ〜し、ここでこれの出番だ!」
健人はそう言いながら鍵を差し込む。鍵はすんなりと回り、カチ、という音がして扉が開いたことが分かった。
健人が扉を開くと、夕陽が一気に差し込んできた。
もうそんな季節か。いつの間にか半袖だった制服は長袖になり、カーディガンがそろそろ欲しくなる季節だ。でも昼間はまだ暖かく、外にいても過ごしやすい。
扉の近くにリュックを置き、それぞれ楽器を取り出す。僕はキーボードを、健人はアコースティックギターを。
僕たちはアコースティックを専門として演奏している。バンドのようにベースとドラムがいたらな、と思うことは多かったが、今は二人がいいと思っている。お互いのことがよく分かるので、ギターとキーボードだけでも息の合う演奏ができているのだ。
スタンドを開き、キーボードをセットしたら僕の方は準備完了だ。
健人の方はチューニング中のようで、
健人はギターだけでなくボーカルも担当しているので負担が多くなっているが、器用な彼はそれのどちらも完璧にこなしている。僕たちが二人で演奏できているのは健人の力が大きいのだろうと、よく考える。最近は特に、力の差を感じることが多くなっている気がする。
健人の輝きに付いていけない、と思うことが増えた。
でも、演奏中は楽しいという思いでいっぱいだ。健人とは本当に息が合って、やっていて楽しい。
「お待たせ! いこう!」
健人の声を聞いて、曲の初めの部分を弾き始める。この曲は僕のキーボードから始まる曲だ。
しばらくは僕一人だが、もうすぐ健人が入ってくる。
……来た!
二人の音が重なるタイミングは、いつもわくわくしてたまらない。
心の奥がぞくぞく、と震えるような感覚が、健人と共有できている気がするのだ。
二つの音色が重なり合ったところで、歌が始まる。
健人の声は、すごく綺麗だ。透き通っているのに、聞く人の心をガッチリと掴んでいく。
一番を歌い終えて、健人はギターを全力で弾き始めた。
健人の方を見ると、それはもう輝いているような笑顔で、楽しそうに、ただただ楽しそうにギターを弾いていた。
健人が僕に気付いて、二人の視線が交わる。
交わった視線は、そのままお互いの音色になる。らせんのように二人の音が絡まり合うのが分かった。心地よいハーモニーと体中を駆け抜けるような胸の高鳴りに身を任せ、僕たちは演奏を続けた。音楽と、健人と一体化しているような体感。
そのまま曲は二番へと入った。
今日の健人は、いつにも増して歌声に感情が乗っているように感じる。隣で演奏しているからか、その威力を間近で感じて身体中がビリビリと痺れるような感覚がした。
その後も健人は最後まで全力で歌って弾き、最高に清々しい表情で笑った。
「あ〜! 楽しかった‼‼」
夕陽が健人に当たって光って見える。
そんな健人のことを、今日の僕はフェンスの影から眺めることしかできなかった。
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