170.織田信長

「壮観だね」

「そうね、これだけの退魔士が、しかも有名どころばかりよ。それだけ危険だという証左だと言うのについ興奮してしまうわね」

「灯火もそういうミーハーなところがあるんだね」


 レンは集まった退魔士約2000人超の集まりを見回して声を上げた。実際に現場に突入するのは1000人程度だ。少なくとも信光から追加の人員のリストは送られて来なかった。

 灯火も同様のことを、いや、レン以上に興奮しているようだ。水無月家からも人が出ているということで探しているようだが見つからないようだ。

 場所は山梨県の青木ヶ原樹海手前だ。土地を強引に均したらしく、かなり広い土地がまるで大きな公園くらいの広さだ。場所が場所だけに多くの大きな車が停まっている。

 そこに集まったのは突入する予定の退魔士たちだけではない。ここに来るまでの護衛であったり食事や飲み物を供する場所も作られている。


「レンっち、あっちに豊川家がいるよ。うわぁ、藤様もいる。本気だぁ」

「ほんとだ。藤だけじゃなくて神霊並の妖狐が何柱もいるように視えるけど。あとなぜか天狗がいるね」

「あ、わかっちゃった。うちは長いから2尾とか3尾になる達人がちょいちょい生まれるんだよね。でも普段は藤様の神域で修行してたりして表に出ないの。アレ、多分全員いるね。天狗のことは知らないなぁ、どうしたんだろ。でもまぁ戦力が多いに越したことはないよね!」


 豊川家の集団を見ると明らかに強者と思われる者が多い。数自体はそうでもないのだがその力を隠しもせずに古い装束で歩いている。

 袴から3尾の尾が見えているから隠す気もないのだろう。藤はその中央で着物を何枚も羽織って目を閉じている。その光景は神秘的だと言っても良い。

 ただ他の集団も凄い。豊川家と同等の強者たちがひしめいている。神官、僧侶、陰陽師、修験者、武士。どの集団、個も只者ではない。


「あれが土御門家と賀茂かもの家ね。初めて見たわ」

「皇室直属なんだっけ」

「そうね。十二天将とか見られるのかしら」

安倍あべの晴明が従えていた式神だっけ。僕も見られるなら見てみたいな」


 水琴が視線で教えてくれた先には陰陽師の集団がいる。

 稀代の陰陽師、安倍晴明を生んだ安倍家は土御門家として続いている。そして双璧を為すと言う賀茂家も陰陽寮廃止に伴って政府に従うことを良しとせず、皇室に忠誠を誓ったと聞く。

 暦道の賀茂家と天文道の安倍家。どちらも歴史に名を残す偉人が何人もいる名門だ。

 彼らは狩衣を着て何やら話している。特に仲は悪くないようだ。


「ボス、浮かれている場合じゃないぞ。あの神域の大きさは並じゃない。魔王級が4柱ってのは嘘でも誇張でもなさそうだな」

「そうだね、むしろここで嘘をつく必要性は皆無だから本当に居たんだろう。魔王かぁ、一生縁がないと思っていたんだけどね」

「ボスの引きの良さはとびきりだからな、中にはうじゃうじゃと大量の妖魔が居るに違いないぜ」

「やめてくれ、その言葉は僕に効く。僕だってトラブルに巻き込まれすぎだとわかってはいるんだ」


 アーキルがからかってくる。彼はこんな場面でも変わらない。アーキルより強い術士が多く居るというのに緊張すらしていないように見える。他の隊員はやはり多少なりとも緊張しているようだ。

 トラブルに巻き込まれる半分はレン自身の好奇心のせいだ。鷺ノ宮家や豊川家に頼まれた案件もあったが自分で飛び込んで行った案件も多い。

 そしてその時点のレンの実力ではかなり危うい部分もあった。それでも首を突っ込みたがる癖は治らない。前世でもそれで何度も死にかけたものだ。


 死にたくはないが知りたいという気持ちについ引っ張られてしまう。そして結果的に手に負えないレベルの災害に出会ってしまう。それは前世から変わっていないレンの悪癖とも言えるものだった。

 実際何度も倒れているし、危ない場面もあった。紙一重の勝負を楽しむ性分もあり、危ない場面に出会うのは必然とも言える。


「鷺ノ宮様が演説なさるそうですよ。静かにしましょう」

「わかった。しかし信光翁が直接来るなんてびっくりだね。信孝さんと信頼さん、それに前うちに来た信興さんもいるね。全体的に年齢は高めかな」


 鷺ノ宮信光が集団の前に立ち、杖をトンと小さく突いただけなのに集団全員が黙る。それだけの威を放っているのだ。

 ざわついていた退魔士たちは鷺ノ宮家の方向を向いて、静かに言葉が紡がれるのを待っている。


「鷺ノ宮家当主鷺ノ宮信光じゃ。儂の号令に従い、集まってくれて感謝する。恐れていたことが起きた。いつかは来るとわかっていたが状況は最悪じゃ。じゃが暗黒期の記録などほとんど残っておらぬ。今を生きる我らで対処するしかない。幸いにしてここにいる者たちは日本を守るために集まってくれた剛の者じゃ。相手が相手じゃ、命を落とす者もいるじゃろう。じゃが妖魔たちからこの日本を守るのが退魔士であり、我々の先祖たちから引き継いできた任務じゃ。この危難を皆で乗り越えようではないか」


 信光の言葉はそれほど大きな声ではなかったが、不思議と全員に響いた。

 ゴウとあちこちから魔力が吹き上がる。信光の言葉に呼応して、言葉こそ返さないものの全員がやる気になっているのだ。こういうカリスマ性はレンは持たない。レンの知る歴代皇帝のいくらかは持っていた。そしてそれと同等のカリスマを信光は持っている。


(敵わないな)


 レンは退魔士たちのやる気を引き出した信光を遠目で見ながら信光の凄さに感心していた。



 ◇ ◇



「入れない者がいる?」

「えぇ、外域で何人か弾かれたようです。どうも護衛で連れてきた術士たちのようですが」


 レンたち玖条家も外域に入ろうと言うところだが先遣隊がいる。しかし弾かれた者がいるようだ。如月家も調べられなかったと言っていたから何かしら仕掛けがあるのだろう。鷺ノ宮家や豊川家が調べられたと聞いたけれど力技で外域を破ったのだと思っていた。

 しかし実際外域は綺麗な物だ。張り直した可能性もあるが、最初に入った鷺ノ宮家は外域にするりと入り込んだ。


(何か条件があるのか?)


 玖条家も入ろうとしたが蒼牙と黒縄で何人か入れない者が出た。この戦いに連れて行くかどうか迷った者ばかりだ。それはつまり実力が低い者が弾かれたことになる。

 幸いかどうかはわからないがレンや灯火、水琴や美咲、葵は弾かれずに入ることができた。瑠華と瑠奈もついてきている。彼女たちは美咲の護衛だ。

 外域は外の樹海と比べると静かな物だ。妖魔が溢れているかと思っていたが全くそうではない。むしろ何も居ない。この先の神域に魔王たちがいるのだろうか。


(魔王か、少しだけ楽しみだな)


 レンは不謹慎だとは思いながらもニヤリと笑っていた。魔王など伝承上の存在だ。如来の軍勢と戦って負けたことになっているが、それは仏教側が言っているだけだ。実際にどうだったかはわからない。最終的には勝ったのだろうが、3柱の魔王を逃がしたことと言い圧勝とは行かなかったのだろう。

 美咲が荼枳尼天を降臨させたことがあるがあれは分霊で本体ではない。天界にいるとされる神仏を降臨させるには分霊しか手がないのだという。更に美咲たちの実力では荼枳尼天を完全に降ろすことはできなかったと聞いた。今の美咲たちではどうだろうか。期待したいところだ。


「ワハハハハハハハッ、よくぞ来た。日ノ本の武士もののふたちよ」


 弾かれた者を除いて500名弱、全員が外域に入った所で声が響いた。声は高めでやはり大きくもないのによく響く。

 現れた者は武者姿で赤いマントを羽織っている。髷を結っていて、兜は被っていない。

 しかし纏う雰囲気は尋常ではない。傍に大怨霊と思われる武者の姿も幾人も見える。


「何者っ」


 誰かが叫ぶ。


「儂は第六天魔王、織田弾正忠信長よ」

「織田信長だとっ」

「まさかっ、御霊は封じたはずだっ」


 様々な所から声が飛んでくる。


「聞け、日ノ本の武士たちよ、我らが軍団が日ノ本を支配し、魔の国を作ってくれよう。それを否と言うのであれば実力で排除せよ。合戦など久しいことよ。勝っても負けても是非もなし。この日が来るのを400年以上も待っていたのよ。存分に我が軍の精強さを味わい、地に這い、命を乞え。勝つのはこの信長よ」

「撃てっ」


 信長が演説している間に溜めていたのだろう。鷺ノ宮家の術士が光の砲を放った。しかし信長には届かない。信長を守る大怨霊たちが弾いてしまったからだ。


「ここではつまらぬ。神域の奥まで来るが良い。ワハハハハハハッ」


 信長たち武者姿の者たちは姿を消してしまった。

 織田信長は生前かなりの官位まで上がったはずだ。なのに弾正忠を名乗っている。やはり弾正忠家の者と言う気持ちが強いのだろうか。

 信長が死んだのは1582年。まだ400年と少ししか経っていない。第六天魔王と言うのも自称だったはずだ。しかし感じられる武威は確かに魔王級と言われても遜色ないものだった。


 たった400年でそれだけの力を得られるのだろうか。実際に得ているのだから何かしらカラクリがあるのだろう。富士の樹海にずっと隠れていたとすれば常に富士の地脈の力と樹海の怨念を得られることになる。

 実際富士の樹海に来てみると地脈の力が濃いことがよくわかった。それに樹海には怨念が渦巻いている。


(紅麗に近いやり方をすればできるか)


 紅麗は100年足らずで作られた人工の神霊だ。仙人2人が京都の怨霊や怨念を集めて1人の死体に注ぎ込んだ。結果、上級の神霊とまで言える紅麗が出来上がった。ただその方法では紅麗のレベルが最上級だと言う。それ以上は器が持たないと言うのだ。

 信長は戦国時代を生き抜いた武将だ。当然霊力を持っていただろう。そして天下統一間近と言う所で明智光秀の起こした本能寺の変によって自害を強いられた。怨霊になっていてもおかしくはない。


 しかしレンが調べた所、信長が怨霊になったという話はなかった。信長を祀る神社があるくらいである。誰かが叫んだように怨霊にならないように御霊を封じていたのだろう。

 だが戦国時代だ。信長が死んだ後も多くの戦いが繰り広げられた。封じられた信長の御霊の封印が解けてもおかしくはない。


「しかしよく400年も我慢していたものだな」

「えぇ、なんというか信長公はせっかちなイメージがあるわ。怨霊になったのなら織田家から天下を奪った豊臣秀吉や徳川家康に祟ってもおかしくないと思うのだけれど」


 レンの独り言に灯火が答えた。

 そう、そこである。なぜ豊臣秀吉や徳川家康に祟らなかったのか。

 明智光秀は即討たれてしまったので仕方がないとしても、その後織田家を盛り立てる訳ではなく天下を奪った秀吉に祟るというのは自然なように思える。

 しかしそうはならなかった。信長の御霊は隠れ潜み、ずっと力を蓄えていたのだ。この日が来るのを待っていたと言っていたからには、どこかで封印が解け青木ヶ原樹海に潜み力を蓄えていたのだろう。


「まぁあっちの都合なんてどうでもいい。勝つか負けるかだ」

「そうね、勝たないと先はないわ」

「あの武将たち、どれも強そうだったわ。斬れるかしら」

「勝ちましょう、レン様。そして戻ってみんなでゆっくりと過ごすのです」

「そうだね。勝ってみんなでゆっくりと過ごそう。まずはそれからだ」


 灯火、水琴、葵が声を掛けてくる。


「レンっち、行くみたいだよっ」


 美咲が鷺ノ宮家が神域に向かおうとしているのを見て袖を引っ張ってきた。


「うん、わかった。行こう。戦場に遅れるなんてことがあってはならないよね。アーキル、重蔵。最大警戒で行け。僕の護衛よりも魔王級の神霊を倒すことを優先するんだ」

「オーライ、ボス。ただアレは俺の手には余るぜ」

「某も厳しいと思います。お館様たちの護衛に回るのが得策かと」

「そうかぁ、やっぱそうだよなぁ」


 信長はちょっと姿を現しただけであったが、今まで見たどの神霊より強いように思えた。少なくとも役行者と同等かそれ以上の武威が離れた所からも感じられたのだ。

 レンは藤や役行者の本気を知らない。だが大体の力を測ることはできた。彼ら、彼女たちは強力な神霊であったが、信長は最低でも同格と思われた。


「400年であれだけの力を得られるのか。僕も死んだら怨霊になって富士の樹海に籠もろうかな」


 強くなれるのならばそれが最短かも知れない。実際レンは不死王となって魔境を支配した王の存在を知っている。彼は自我を保ちながらそのふんだんな魔力を使って研究に力を注いでいた。柵のあったレンはその立場を羨ましく思ったものだ。だがまだレンは死ぬ気はない。


「死んじゃダメです、レン様」

「そうだよ。うちたちと一緒にずぅっと暮らすんだからね。子供もいっぱい作るんだよ!」


 レンがぼそっと呟いたら葵と美咲に拾われてしまった。

 灯火と水琴は苦笑している。レンらしいと思われてしまったのだろう。


「さぁ、行こうか」

「むぅ、誤魔化しましたね。絶対ダメですからね」

「ダメだよ、レンっち」

「わかったよ、行こう。もう移動は始まっている」


 レンたちは流れに乗って外域から信長の神域に入った。

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