169.それぞれの家
「魔王級が4柱じゃと!」
鷺ノ宮信光はつい大声を出してしまった。
山梨県で起きた大型の霊力震。即座に如月家含め斥候を出させたが青木ヶ原樹海に神域ができていることしかわからなかった。
外域すら侵入することができなかった。
そこで鷺ノ宮家や有力な家からも人を出して貰った。それでわかったのが大量の妖魔や悪鬼羅刹、夜叉、そして魔王級と思われる神霊が4柱居たということだけだ。
その情報を得るだけでも何十人もの命が失われている。しかし値千金の情報でもある。
「翁」
「わかっておる。仕方あるまい、富士の地脈から力を得られては敵わぬ。即座に最大戦力で叩くしかあるまい。有力な術士たちに強制徴収を掛けよ。これは国家の存亡が掛かっているとな」
鷺内が血の上った頭に冷水を浴びせるような声で咎めてくる。
しかし仕方あるまい。受肉した妖魔が溢れ、日本でも妖魔の存在を認めざるを得なくなった。そして続いたのは神霊災害だ。
お隣の中国は酷い災害が起きているという。他にも中南米やアフリカ、西欧など様々な情報が舞い込んでくる。いずれは日本にも何かしらの災害が起きるのは目に見えていた。黒瘴珠を持った妖魔が現れたことからも、日本だけが暗黒期から外れているとは思えなかった。
幸いにして日本には神霊災害がまだ起きていなかった。一昨日までは。
「鷺ノ宮家からも人を出すのでしょう。誰を大将に致しますか」
「儂がでる」
「翁っ!?」
「儂の持つ〈
「いいえ、翁がでるのであれば私も出ましょう。なぁに、私も後継ぎへの引き継ぎは済ませております。翁が隠居すると同時に隠居するつもりでしたがこの年になってまだ働く場があるなどとは思いも寄りませんでした。ありがたい限りです」
「お主っ」
信光は鷺内が譲らないことを見抜いて諦めた。この老人は頑ななのだ。信光に厳しいことを言える唯一の者であり、良い話し相手でもある。
「さて、誰を連れていくべきか。信興は当然として何人かは家中の者を連れていかねばならぬ。こういう時こそ働くのが鷺ノ宮家の責務よ」
「伊織様の件があります。信時様は残しては如何ですか」
「伊織か、アレは行きたがるだろうが流石にまだ若すぎる。レン殿が貰ってくれれば良かったのだがな」
「玖条家も名を上げましたからな、まだ伊織様が降嫁するとしてもなんとかと言う所ですが本人の意思が固いので仕方ないでしょう。今回の神霊災害を生き延びれば箔も付くでしょう。そうすれば誰も文句など言いませんよ」
この2年でレンは、玖条家の名は大きく上がった。黒瘴珠の妖魔退治然り、奥羽の妖狐退治然り。
特に奥羽の妖狐を退治したのは大きい。主戦力は豊川家がやったことになっているがレンが手を貸したのは間違いがない。
そして豊川家に頼られていると言うだけで、そして豊川の姫を娶れるというだけで玖条家の名は日本中に知れ渡った。
元々美咲の名は生まれてすぐ広まったものだ。誰が番になるかは豊川家の常識からして全くわからない。誰にでもチャンスはあると言える。豊川家に食い込みたい家は多い。しかし間違っても敵対したくはない。そういう中でレンの名が急に上がったのだ。
玖条家など知らない多くの家はどんな手を使って美咲に取り入ったのか調べようとしたらしい。
玖条家に密偵が途切れない理由の1つだ。
しかしもう玖条家はどこにも侮られることはない。最初は雇った傭兵たちの腕が良いのだろうと思われていたが、怪しいと言われていた水神を従えていることが確信され、縁談が山のように舞い込んだと言う。
だが水無月、豊川と縁を結ぶからとレンはどこの家からの縁談も受けなかったと言う。
「問題は生き残れるかじゃな。儂も、レン殿も。儂が生き残れなくとも伊織を玖条家へ嫁へ出すことを厳命しておこう。そうでなければ伊織は暴れるじゃろう。もう伊織を止められる者などおらぬ。伊織に〈封眼〉を使うわけにもいくまいて」
「そうですね。私たちも生き残りたいものです。そうすれば伊織お嬢様の晴れ姿が見られますよ」
「フフッ、それは楽しみなことよ、まだまだ死ねぬな」
「えぇ、死ねません」
信光と鷺内はお互い小さく笑った。
◇ ◇
「魔王級が4体か。そりゃしゃぁないなぁ。うちがでるしかないやろ」
「藤様っ」
「そう言われてもなぁ。美咲ちゃんだけじゃ敵わんやろ。まぁあの子は大丈夫やろけどな。レンくんが助けてくれるわ」
美弥は楽しそうに笑う藤を見てこれは止められないと思った。
「それならば私も出ましょう。豊川家も次代が育っています。瑠璃に家を譲り、豊川家としてしっかりと務めを果たしましょう」
「あんたまで出たら豊川家が落ち着かんのちゃう?」
「大丈夫ですよ。瑠璃はああ見えてしっかりしています。それに藤様が出ると言えばあの方々も出るのでしょう」
「そうやなぁ。連れて行けって言うてくるやろなぁ。こんな時くらいしか戦う場なんてないしなぁ」
美弥が言うのは2尾や3尾に至った豊川家の代々当主や重鎮たちだ。それほど多くはないが、仙狐の力を引いているだけあって他家と比べれば寿命の軛を外れた者たちは豊川家には多い。彼ら、彼女たちは日頃は藤と共に神域に籠もって鍛錬をしたり藤の話し相手としてなっているが、戦いが好きな者たちは多い。
魔王が現れたなどと言われれば必ず手を挙げるだろう。温厚な3尾たちも藤が出るともなれば確実に共に戦おうとするはずだ。美弥も2尾までは至っている。美咲や瑠華、瑠奈がもう2尾になっているのは流石に早すぎるのだ。レンは一体彼女たちに何をしたというのだろうか。
「鞍馬の天狗にも出て貰おうか。先日の貸しを返して貰わんとなぁ」
「あぁ、アレですか。そうですね、豊川を舐めた報いを受けさせなければなりません」
レンに投げた京都での捜索だが鞍馬寺は全く協力しなかったと言う。それだけでも憤慨ものなのにレンをまるで自分の手下のように顎で使おうとし、三枝家が隠していた僵尸鬼を逃がすところだったというのだから救いようがない。
鞍馬山大僧正坊は今も役行者に見張られ、必死に修行させられていると聞く。
しかし役行者は重要な封印を守る役目がある。鞍馬山大僧正坊などにずっと構ってなどいられないのだ。そして役行者を頼ることもできない。
ならば今回の戦線に投入してしまえば良い。
藤の発案は美弥も良い案だと思った。腐っても神霊だ。魔王の配下の相手くらいはしてくれるだろう。
「そういうわけで儂は隠居して瑠璃に家督を譲ることにして藤様と共に魔王と戦おうと思う」
美弥がそう言った瞬間豊川家では紛糾したが、一括して黙らせた。
腐っても豊川家のものだ。魔王級の神霊が暴れればどうなるかなど流石にわかっている。そして止めるならば早ければ早い方が良い。そうでなければ退魔士だけでなく一般人にも多くの被害がでる。
幸いまだ敵は神域に籠もっているようだ。ならば今こそが好機。被害が出る前に叩くしかない。
「指名したものは一緒に戦って貰う。なぁに、ちょっと骨がある相手というだけだよ。藤様もでると言っている。藤様と一緒に戦えるなど豊川の誉れ以外でもない。だが力の足りない者を連れていくつもりはないよ」
美弥は言いたいことだけ言って瑠璃に後を頼んだ。瑠璃は仕方がないなぁと苦笑しながらちゃんと帰ってきて豊川を纏める手伝いをしてくれと言ってくれた。
よくできた娘だ。そして美咲の為にも美弥は自身が頑張らねばと気合を入れた。なにせあのお転婆は自分も出ると言って聞かなかったのだから。
◇ ◇
「うちも出るしかないか」
源義経は中央寺院の広間で1人呟いた。
「弁慶殿」
「なんじゃ。義経様」
「家督を譲る。選定を」
「また急ぐものじゃの。じゃが拙僧にもアレは感じられた。未曾有の危機だとな。仕方あるまい。拙僧も分霊として義経様についていくとしよう」
「それは助かる。だがもう義経ではなくなる。三郎
「そうじゃな」
義経は自分が選んだ後継者候補、次郎、四郎、六郎を呼びつけた。他にも何人か見届人が居る。分家の長たちだ。
「義経様、まだ次代に変わるのは早いかと」
「いや、義経のまま戦いに赴くことはできん。先にやらねばな」
「義経様が出る必要などないではありませんか」
「儂が行く場合と行かぬ場合で予知を見させた。そして結果としては儂が出るべきだと出た。ならばこの身を捨てても戦いにでるべきであろう。日ノ本の危機ぞ。むしろ鈴華が視たのはこのことであろう。曖昧であったが儂の命はこの日の為に残していたのじゃ。もう言うな。決定じゃ」
重鎮たちは反対したが義経は選定の儀式を執り行なうことを押し通した。
次郎、四郎、六郎は神妙な表情をしている。
太郎は次郎に比べて術の精度が甘い。三郎は性格が合っていない。五郎は源家を纏める器ではない。それぞれ理由は違うが後継者候補として外れた3人は悔しそうな表情をしている。
なにせ義経が代を変わると残る全員は分家に移動になり、名も変わる。源の名は〈蛇の目〉でも大空洞の中でも大きい。それらが無くなるのだ。
「ふむ、拙僧ならこやつを選ぶ」
「ぼ、僕ですか!?」
武蔵坊弁慶が選んだのは六郎だった。次郎を選ぶと思っていたがそうではないらしい。基準はわからない。弁慶が選んだ当主の性格は様々で、一貫性はない。だが間違いはない。少なくとも今まで愚かな当主は生まれなかった。
ただその理由を義経は知っている。弁慶の力を引き継いだと同時に弁慶に源家当主、義経としての責務を求められるのだ。それをはみ出すと弁慶に粛清されてしまう。幸いにしてバカなことをする当主は歴代居なかった。六郎もまだ若いがこれからの源家には若い力が必要であろう。
義経はこの2年間で神子の扱いを変えてきた。少しずつ彼女たちを外の世界も見せてやることにしたのだ。希望するものだけだが3割ほどの神子や神子見習いが希望した。案外に多いと言う印象で驚いた。
陸奥家などはかなり強硬に反対してきたがもう時代も時代だ。穴蔵の中で一生を終えさせることもないだろう。
その縛りが凛音のような者を生んだのだ。以前からそのような望みを持つ者は居たであろう。実際に外の世界を見たいという者たちがいたのだ。だが凛音のように実際に行動に移せるものは居なかった。
だが今後はどうであろうか。それを考えれば多少のリスクを取ってでも彼女たちの望みを叶えた方が良い。
今更神子を襲う勢力は居るだろうか。〈蛇の目〉は現在の日ノ本にしっかりと食い込んでいる。例え神子を狙われたとしてもそれは弾き返せば良い。それが本来の源家の役目だ。
大結界も張り直したし、鬼一法眼が更に強固にしてくれた。鬼一法眼はアレからたまに顔を出して弁慶と談笑している。
「これより儂は源三郎義朝となる。六郎義経よ、源家を頼む。更に悪いが弁慶殿の分霊を貸してくれ。必ず必要になる」
「わかりました、父上。しっかりとお役目を果たします」
「うむ、頼んだぞ」
六郎は才能も高く性格も素直な子だ。穴蔵に縛り付けてしまうが今後は源家がもっと外に出ても良いだろう。そういう話も決戦に出る前にして置かなければならない。
それが義経として、最後の仕事になる。
「親父、俺も連れて行ってくれよ」
常陸四郎
なにせ自身より年少の覚醒者と互角の争いをしてしまったのだ。
帰ってきた時の四郎の顔は苦渋に満ちていた。鈴華が未来視をするまでは本気を出すことならずと言ってはいたが四郎はほとんど本気だった。
腕の一本二本取るつもりだったのだ。だがそれはならなかった。
義経は仙道との相手をしていたが仙道も本気ではなかった。もし本気なら義経も危なかっただろう。それほどの相手だった。
「仕方あるまい。次郎、留守を頼んでも良いか」
「えぇ、俺は六郎を支えようと思います」
「頼む」
義朝はそれぞれの分家の長に出してもらう戦力を申し付け、次郎と六郎には今後の源家を託すことにした。
義朝も四郎も帰ることが叶わないかもしれない。ならばこれが今生の別れとなるかもしれない。
(太郎や三郎や五郎とも話をしておこう。可愛い息子たちだからな)
後継者を選ばなければならないと既に外した彼らとは交流が薄かった。他にも神子候補や神子になった娘たちとも交流は薄い。
彼女たちとも話をしておこう。未練がないとは言わないが、義朝はこの戦いで果てても良いと思っていた。
そして弁慶と共に日ノ本を守るために戦うのだ。
それを考えただけで体が震える気がした。坂東武者の血が騒いでいるのだ。
(ふふっ、儂もまだまだ若いな)
愛刀を手に義朝はこれから来る大きな戦いに臨む。それだけで楽しい気分になった。
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