167.魔力震

「はっ」

「よっ」


 轟と紅麗の青華剣が唸りを上げて打ち下ろされる。レンはそれを避け、フルーレで薙ぐがしっかりと防がれてしまう。

 突き、薙ぎ、打ち下ろし。お互いの剣が打ち合いながら途中で蹴りや拳も飛んでくる。発剄が乗っているので受けるわけにも行かない。受けるならこちらも相応の剄を込めなければ弾くことさえできない。


「レンもやるようになったわね」

「紅麗も制御がうまくなったね」


 剣を、拳を、蹴りを打ち交しながら紅麗と言葉を紡ぐ。

 紅麗のリミッターは6。つまり6割の力加減で大体レンと互角だ。本気の紅麗とはまだレンは打ち合えない。

 ガキンとお互いの剣が打ち合わされ、鍔迫り合いになる。即座に右に力が掛かり、肘が飛んでくる。レンはその力を逸らしながら後退しつつ足に斬撃を放つ。それを紅麗が避け、間合いが開く。

 それから数十合打ち合っただろうか。小さな傷はお互いついているが腕や足が落ちたりなどの大怪我はない。ただお互い発剄を食らったので内部ダメージがある。レンはギリギリだった。


「今日はこのくらいかな」

「そうね、楽しめたわ」


 紅麗の日本語も流暢な物になった。レンは汗をかいているが紅麗は疲れさえ見せない。もう少しやればレンが息切れして負けていただろう。

 紅麗は元々剣も拳も才があった。魔力制御もこの3年でかなり物にした。放出系の術は苦手らしいが斬撃も飛ばせるし発剄もある。水琴に近い術士になるだろう。

 ただしその内に秘めた力は恐ろしい。本気になって暴れられれば止めるのさえ難しいほどの力を持っている。以前はその力を持て余していたが、修行の末、彼女は力の操り方を覚えた。

 手合わせや外に出る時などはリミッターが必要だが、そうでなければリミッターは必要ないほどだ。

 外出時にはやはり紅麗の力は抑える必要がある。彼女は怨念を過剰なほどに詰め込まれた僵尸鬼だ。外を歩くと瘴気を撒き散らしているように見えてしまうので、その本領を見破られれば排除対象にすら成り得てしまう。

 一応玖条家の配下として登録されているので近隣を出歩くくらいではいきなり排除ということにはならないが、危険な力を持った神霊であることがバレるのはあまり宜しくない。

 ただ今回は違う。彼女の力も借りなければならないとレンは感じている。


「終わったか? レンも紅麗もやるようになったな」

「あら、李偉。ありがとう。貴方の丁寧な指導のおかげよ」

「そう言われるとありがたいがな。俺も紅麗の相手をするのは大変なんだ。レンが相手をしてくれるならありがたい」

「こらこら、押し付けようとするな。元々吾郎と李偉が作った僵尸鬼だろう」


 観戦していた李偉が声を掛けて来て烏龍茶を出してくれる。

 吾郎も見ていたようだ。吾郎の表情は少し複雑そうにしている。


「それで、また暴れられるの?」

「多分ね。むしろ暴れて貰わないと危ないと思う」

「吾郎が嫌がるでしょう」

「いや、玖条家が滅ぶと吾郎も困ると言って協力を約束してくれたよ」

「あら、珍しい」


 紅麗はコロコロと笑いながら吾郎を見た。それほど吾郎は彼女を戦いの場に連れ出したがらない。だが紅麗の本性は戦士だ。戦いを好み、その力を振るいたがる。相手が強力であればあるほど喜んで戦場に身を投じるだろう。


「僕だって玖条家には感謝しているんだ。あのまま三枝家に居たら、三枝家が使っていた部隊が大怨霊になって三枝家が討伐対象になるなんて思っても見なかった。かと言って三枝家という隠れ蓑がなければ僕らは居場所がない。天狗にも追われていたし京都にはどちらにせよ残れなかった。玖条家に拾って貰えたことは僥倖だったと思っているよ。それに今回のことは日本全体の危機になると思う。僕らだけ呑気に茶を飲んでるわけには行かないさ」

「吾郎たちが助けてくれるならうちは助かるからありがたい話だけどね。いいのかい、今回は紅麗や吾郎も危険かも知れないよ」


 レンは吾郎が紅麗に危険なことをさせたくないことを十分に知っている。今回の件は紅麗でも危ない可能性が高い。それでもいいのかと念押しした。


「元師匠から中国に帰って来ないかと誘いを受けているんだ。ただ今の中国はね……あっちのが余程危ないさ。まだ中国は本当の危機が訪れていない。それなのにあのざまだ。今後がどうなるかなんて考えたくもないね」

「そうなのか、まぁ吾郎や李偉の存在はもう隠していないからな。そういう誘いもあるだろうね。でも君たちは玖条家の所属だ。そして退魔士は渡航制限が掛けられている。勝手に出ていって貰うと困るんだよね」


 最近になって退魔士の渡航制限が掛けられた。他国に戦力が流出しては堪らないということだろう。当然玖条家にも同様の制限が掛けられている。ただ吾郎や李偉に本国に戻ってこいと誘いがあったことは知らなかった。聞いてみると本当に最近のことで、報告しようとしていたところらしい。


「知ってるよ、それにより危ない場所に紅麗を連れていけるわけないだろう。玖条家の為に、僕らも働かせてもらうよ」

「ありがとう、吾郎。その時は近い。存分に働いて貰うよ」

「俺も久々に暴れるとするか。たまには本気を出さないとな、鈍っちまう」


 李偉も右拳をパシッと左手に当てて言った。李偉は四ツ腕の時に働いて貰ったきりだ。あの時もほとんど控えで戦って貰うことはなかった。カルラを使ったからだ。

 李偉も吾郎も〈蛇の目〉で戦って貰った時くらいでほとんど使っていない。強力過ぎるので表では使えない。あの時でさえ彼らは本気を出していなかった。ただその強力な力はこれから来る危機には必要になる。


「助かるよ。君たちがいるかいないかでかなり違うからね」

「おう、任せろ」


 レンは彼らに礼を言って〈箱庭〉を辞した。



 ◇ ◇



「アーキル、どうだい」

「ボスか、う~ん、使えるのは2次メンバーまでと後何人かの隊長格だけだな。それ以外はあのクラスの神霊と戦えば全員死ぬ。素直にここら辺の警備に回しておいたほうが安全だろう」

「そうかぁ、やっぱりかぁ」


 蒼牙は現在人員が増えて80名以上、2部隊となっている。これでも志望者をかなり絞ったのだ。ただ戦場に居た者たちが多いので倫理観や価値観などがかなり違う者たちが多い。精神魔法を楓にも使ってもらって本性を暴き、ヤバそうなのは全部排除した。結果残ったのが今の人数だ。


 蒼牙とカルラを戦わせて見たがやはり使えるのは30人行かないくらいだと言う。カルラクラスの神霊になると銃弾など毛ほども効かない。彼らの長所が活かせないのだ。

 そうなると純粋な術士としての能力になる。初期メンバーや2次メンバーはレンがかなり気合を入れて育てたが新しく雇った者たちはそうでもない。全員に魔力回路の調整など施す暇なんてないからだ。1回目はかなり改善の効果が見られるのでやるが、2回目以降やるのは相当に期待できる者たちだけだ。そしてそういう者たちは大概が部隊を率いていたような隊長格になる。


 若く、潜在能力が高い者もいるのでそういう者たちは別枠だが、今回は戦力としては数えられない。むしろ失ったら痛い人材だ。ゆっくりと育てて次代の要としてなってもらいたい。

 そして今回の戦いでは死人が出ないなんてことはないだろう。そんな甘い世界ではない。むしろレンこそ自身が死なないように立ち回らなければならない。


「重蔵たちはどうだい」

「こっちは全然ダメですね。10人いるかいないかくらいでしょうか。申し訳ない」

「いやいや、黒縄は十分働いてくれているよ。感謝しかない。それに母数が違うんだ、仕方ないさ」


 蒼牙が大きく人員を増やしたのに対し、黒縄はほとんど増えていない。戦えると判断された子供たちが実戦に投入されるようになっただけで、今でも30人ちょっとだ。後は子育てを他に回して現役に戻ったくノ一がいるくらいだろうか。元々玖条家に入った時から若手が多かった。次代が育ってからが本番だろう。

 それに黒縄の本領は斥候と諜報にある。戦いが本職ではないのだ。忍者が神霊とガチでタイマンする必要性などどこにもない。搦手で相手の体勢を崩してくれれば十分くらいである。


「問題は相手だよなぁ。カルラと同等程度だったら良いんだが……」

「そうだな、アレ以上になるとかなりヤバイ。俺でもギリギリだ」

「某でも厳しいですね。魔王というのは本当なんですか?」

「たぶんね。でもどんな魔王かはわからない」


 魔王と言うと古き良きRPGで欧州風のラスボスという感じだがそうではない。

 むしろ仏教で魔王と言うとかなりいる。中国系で言うと西遊記に出てくる牛魔王や金角銀角も魔王だ。他にも貪多利とんたり魔王というのがいる。数万体もの悪魔、邪神などを率いて日本に攻め込んできたというのがある。貪多利魔王は阿弥陀如来の軍勢に撃退され、仏法に帰依した。しかし貪多利魔王の配下であった他の魔王、烈風魔王、天竜魔王、荒ラ獅子魔王は不動明王、摩利支天、毘沙門天と同等に戦って逃げ出してしまった。

 つまりその3体の魔王はまだ存在しているのだ。

 レンは魔王が復活するのであればその3体のうちのどれかだと思っていた。


 魔王の強さは正直計り知れない。カルラより強い魔物は〈箱庭〉にも存在する。荒ぶる邪竜はそんな域を超えていた。大陸中の勇士が集まり、カルラと同等の力を持つハクたちと眷属たちの軍団でも敵わなかったほどだ。


 毘沙門天や摩利支天は天部だ。不動明王は天部よりも上位の格を持っている。それ以上となると如来になろうとする修行をしている菩薩、そして如来と仏法の中ではランク分けがされている。

 そして魔王たちは結果的に逃げ出しているが天部や明王と同格の戦いを行ったとされている。油断して良い相手ではない。

 更に貪多利魔王は悪魔や邪神などを引き連れていたと言っている。彼らの部下にそれらが居ないとは限られない。魔王だけを相手すれば良いと言う甘い考えは捨てるべきだろう。

 数百体、数千体の神霊を相手にすることになるかもしれない。


(流石に今の状態じゃどうしようもないな。憶測に憶測を重ねても仕方がない)


 レンはそうなれば流石に日本を見捨てるつもりでいる。世話になった家はあるが自身や妻、妻になる予定の者たちには敵わない。

 いくら日本の一般人や退魔士が死んだとしても、確実に勝てる勝算があるまで〈箱庭〉で訓練し、勝算を得てから戦うべきだ。実際レンの魔力炉を更に励起すれば勝算は上がる。水琴たちも十分に戦えるようになるだろう。


 負けは恥ではない。一時撤退し結果的に勝てば良いのだ。例え数十年掛かったとして、日本の人口がほとんどなくなってしまったとしてもレンは気にしない。いや、気にしないようにする。優先順位が違うからだ。

 日本にも良い退魔士たちがいる。久我や香田など仲良くしてくれた友人も居る。彼らは大学に進んでからもちょくちょく連絡を取っている。今のところ妖魔の餌食にはなっていないようだ。

 レンは彼らの平穏が守られるようになればと思う。其の為に準備に余念がないのだ。


 新しく魔法も覚えた。〈精霊眼〉を移植し、エルフリンデとも契約し、精霊魔法も扱えるようになった。相手の属性に合わせて魔剣や魔槍を使いこなせば有利に状況を運べるだろう。

 これだけ準備して倒せないのであればレンにはどうしようもない。他家の秘伝も隠すことはできないだろう。多くの大家と呼ばれる退魔の家の秘伝が見られるのだ。それだけは楽しみだった。



 ◇ ◇



 ズズゥン


 レンと灯火は夜中だと言うのに2人して飛び起きた。それほどの魔力波動だった。

 大水鬼の時は距離が近かった。だが今回は山梨県南部よりも遠く感じる。だが豊川家ほどの遠さは感じない。それは灯火の感覚も同じらしい。そして規模が段違いだ。


「方向的に富士山北側かな?」

「そうね、あの辺りは土岐家が管理しているはずだわ。土岐家は一時期落ちぶれた守護大名だったんだけれど、江戸期に功を立ててあの辺り一帯を任されるようになったわ。うちとそれほど歴史は変わらないわね。神道系の術を使うらしいわ。ただあの霊力震、ただものじゃなかったわ。土岐家が壊滅していてもおかしくないと思う」

「また山梨県か、盲点だったな。強力な神霊は封印されていないって話だったから警戒していなかった。富士山の地脈を押さえるのが目的だろうか。黒縄の斥候を出そう。まずは情報が必要だ。何があっても良いだけの準備はしてある。灯火には家のことを任せたい」


 富士山は日本一の霊峰だ。その地脈は静岡県、山梨県に渡り大きな実りを齎してくれている。そこを押さえられるのはかなりまずい。

 レンは寝巻きにくるまれている灯火に後方を援護して貰いたかった。レンは精鋭を率い、妻である灯火は家を守る。それが一番良い方法だと思ったのだ。


「いいえ、私も行くわ、あなた。水無月家の秘術は悪しき神霊や荒ぶる御霊にとても効果があるの。私が居ると居ないのとではあなたの生存率が違うのよ。妻としてついていかざるを得ないわ」


 レンは反論できなかった。灯火はこういうことで嘘を言う女性ではない。

 自信があるからこそ、もしくは本当に役に立てると思っているからこそそう提案してくれているのだろう。実際彼女の実力も2年前と比べれば遥かに上がっている。少なくとも連れていく予定の蒼牙の精鋭と比べても遜色がないどころか倒してしまうほどだ。彼女も強くなったものだと思う。少なくともレンは灯火を信用して連れていくことができる。


「まずは黒縄に情報を集めさせよう。どちらにせよすぐには動かないはずだ。近隣の退魔の家も斥候くらい放つだろう。手に負えなければ情報はすぐに公開されるはずだ。少なくとも豊川家には頼るだろう。そこから情報を貰えばいい」

「そうね、焦ってもどうしようもないものね。でも不安だわ。今日は寄り添って寝て良いかしら」

「構わないよ、灯火。僕らは夫婦なんだ。遠慮なんてしないで欲しいな」


 レンはガタガタと震える灯火の肩を抱き、そしてぎゅっと抱きしめた。

 灯火も霊力震の強さに怯えているのだろう。

 それほどの強さだった。近くであった大水鬼の魔力波動が玩具に思えるほどの強力さだ。関東、中部、関西まで響き渡ったと思う。

 魔王だろうがなんだろうがレンが単独で倒す必要はない。京都奈良には強力な術士たちがひしめいているし、中部には豊川家もある。関東からはどこが出てくるかわからないが、先日訪ねてきた鷺ノ宮信興は必ず戦場に出てくるという感覚があった。

 敵にすると厄介だが味方なら大歓迎だ。龍でさえ追い詰めた剛の者だ。ぜひ前線で暴れまわって貰いたいものだ。

 屋敷内がバタバタと忙しなくなっている。あれほどの魔力波動だ。叩き起こされた使用人たちも多いのだろう。むしろ一般人でも感じられたのではないのだろうか。一般人と言うが彼らも魔力がないわけではない。むしろ山梨県の一般人が魔力波動に当てられて死んでいないことをレンは祈った。

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