164.覚醒
(これは……凄いわね。〈水晶眼〉を開眼した時以上に驚きだわ)
3日寝込んだ後、水琴はレンに腕輪をつけられた。リミッターだと言う。
強化薬を飲んだ時と同じで段々と慣らさねば急な強化に体がついていかない。
10段階に分けられているリミッターは3までしか許されていない。それなのに以前の自分とは全く違う強さを持っているのがわかる。
これが10まで使えるようになったらどうなるのか、単純に今の3倍ということはないだろう。
まずは基本の素振りと型だ。獅子神流、そして今まで教えて貰ったいくつかの流派の型をゆっくりとなぞっていく。
それだけでも体に漲る霊力と刀に流れる霊力が違うのがわかる。つい気を抜くと意図していないのに斬撃が飛んでいってしまう。
レンにリミッターをつけられるわけだ。
「まずいわね。これリミッターを切って本気で振るったら大蛇丸が壊れるわ」
水琴は気付いてしまった。以前はその性能を引き出せていなかった大蛇丸も、リミッターを外せば限界まで霊力を込められてしまうことに。そしてそれ以上の霊力を込めて使えば大蛇丸は呆気なく折れてしまうことだろう。
大蛇丸は獅子神家でも重要な霊剣だ。間違っても折ってしまうわけにはいかない。
「水琴、気付いた?」
「うん? なにかしら」
「大蛇丸の限界」
「そうね、ちょっと振っただけでわかったわ。私にはもう大蛇丸は力不足なのね」
「うん、まぁそうなることはわかっていたから、新しい刀を用意したよ。大太刀だから使い勝手は違うと思うけれど刀の格はこっちの方が上だ。水琴の力にも十分耐えられると思う」
レンが〈収納〉から袋に入った刀を取り出す。そしてそれを水琴に渡してきた。
手に取ると手のひらに吸い付くような感触がした。柄糸や鍔などが新しい。刀身はそのままにほかは全て刷新されていることが見ただけでわかる。使っている素材もここ2年で取れた受肉した妖魔の素材で、日本でもまだそれほど流通していない希少なものだ。
軽く霊力を通してみると驚くほど霊力の通りが良い。更に水琴が本気で霊力を込めて見ても限界に遥か遠いことがわかった。それほどのポテンシャルを感じた。神気の通りも良い。むしろ良すぎるくらいだと感じた。武御雷神の神気との相性が良い。どこからこんな逸品を用意したのだろうか。
「いいの? こんな良い刀。明らかに神剣と呼ばれてもおかしくないレベルよ。どこかの神社に祀られるレベルよ?」
「大丈夫だよ、前戦った四ツ腕が持っていた刀だから。それを霊水とか霊薬で瘴気を祓って、鹿島神宮から貰った神水で武御雷神の神気との相性を高めたんだ。水琴の専用装備として調整した物だから水琴に使って貰えないとむしろ困る。他の子じゃ使えないからね。僕もちょっと厳しいかな。結納品代わりだと思って受け取ってよ」
「そう、わかったわ。あの大太刀がこんな風に変わるのね、驚きだわ。でもありがたく頂いておくわね」
水琴は大蛇丸と決別しなければならないことは残念に思ったが、もともと結婚したら実家に返さなければならない刀だ。レンが玖条家として用意してくれたというのならばありがたく受け取るべきだろう。
大太刀なので大蛇丸とは間合いが違うが妖魔は巨大なことが多い。対妖魔戦では間合いは広いほど良いのだ。それに軽く振ってみたが特に問題はない。少し習熟訓練をすれば今までのように戦えるだろう。
「あと脇差しも用意したよ。これは奥羽の妖狐が持っていた妖刀だね、これも同じように調整してある。目利きは水琴の方ができるだろうけどいい刀だと思うよ」
レンの〈収納〉からは脇差しまで出てきた。確かに良い刀だ。拵えだけでも惚れ惚れと見とれてしまいそうになる。至れり尽くせりだ。
「ありがとう、レンくん。嬉しいわ」
脇差しも抜いてみる。綺麗な刃紋が光を反射している。そしてやはり霊力の通りも神気の通りも良い。水琴の為に調整したというのならば本当にそうなのだろう。
レンは腕の良い錬金術士だったと聞いている。チェコの魔法使いで魔道具を扱うイザベラやヘレナでさえ唸るほどだ。そのレンが本気で作ってくれたものならば信用がおける。本気で振るっても大丈夫だろう。
「1度本気を試してみる? クローシュ、お願いできる?」
「試すってどういうこと?」
「リミッターを切って本気でクローシュに斬りかかるんだ。頭はダメだよ、胴体にしてね」
水琴とレンはいつもの場所から訓練場に移動した。そこにクローシュが現れる。
水琴はかなり前の話しだがハクやライカやエン、カルラやクローシュとも戦ったことがある。文字通り刃が立たなかった。ハクたちの毛皮、カルラとクローシュの鱗に本気の斬撃が弾き返され、傷さえつけることができなかったのだ。
レンと水琴は場所を移動した。クローシュが30mもの大きさで横たわっているが、その鱗には強力な神気が込もっているのがわかる。
水琴はリミッターを切り、少しだけ躊躇した。リミッターを切ると体が動きすぎる。レンがリミッターを付けさせて型の練習をさせた理由がよくわかる。このままでは戦いどころではない。自分も味方も斬ってしまうだろう。
「クローシュ、ごめんね。試させて貰うわ」
水琴が言うとクローシュはこくりと頷いた。通じているのだ。
水琴は大太刀を大上段に構え、神気を目一杯込めた。今の水琴にできるのはそれを振り下ろすだけだ。それ以外の剣技は必ず失敗するだろう。
(いつも通り、それを意識してもできそうにないわ)
水琴はゆっくりと振り上げ、そこからは本気でクローシュの胴体に大太刀を振り下ろした。水琴の斬撃は空間すら斬り裂くように振り下ろされ、クローシュの鱗どころか胴が断ち切れる。
まさかと思った。鱗は斬れてもせいぜい肉までだと思っていたのだ。
「へぇ、やっぱり凄いね。本気で動けるようになったら神霊すら斬り裂けるよ」
「そうね、そしてどうして移動したのかわかったわ」
水琴の斬撃はクローシュの胴体を断ち切っただけでなく、100m先の大地すら斬り裂いていた。
レンが自身の家のある場所でやらせないはずだ。あそこには薬草園や果樹園などがあるし、錬金術棟など大切な施設もある。
水琴が少し太刀筋を間違えただけで、いや、間違えなくとも被害が大きくなってしまっていただろう。
クローシュは痛そうにしていたがもう胴体がくっついている。凄まじい再生能力だ。だがクローシュの神気が減っているのがわかる。間違いなく水琴の一撃はクローシュにダメージを入れたのだ。
「水琴の天禀は本物だね。まずはリミッター3で慣れて、段々と上げていくといい。すぐ慣れるよ、〈水晶眼〉のレベルも上がっているはずだから後は体を慣らしていくだけだ」
「わかったわ、ありがとう。ごめんねクローシュ。試し斬りのようなことをさせてしまって。でも自分の実力がよくわかったわ。これなら確かに神霊も斬り裂けそうね。ただ道場で対人戦はできそうにないわ」
「水琴は自分の剣才を過小評価していたからね、5年掛けてやっと体と魔力が剣才に追いついた。良かったね。水琴の相手は僕がするよ。間違っても人に刀を向けたらダメだよ。手加減できずに意図せずに斬っちゃうから」
「えぇ、自分でも驚きよ。でも必ず自分の力にしてみせるわ」
水琴は自身の一振りが齎した結果を見て、信じられない気持ちであったが、レンは水琴が剣聖になれる器だと言っていた言葉は間違っていなかったのかもしれないと思った。
◇ ◇
「なにあれ?」
「うわぁ、水琴っち強くなったね」
楓はレンと水琴の模擬戦を見てこれは絶対に勝てないと思った。美咲は目をキラキラさせてその戦いを見ている。
レンも本気なのかフルーレを振るっている。水琴も得物を変えたのか大太刀と今までと違う脇差しになっている。
そして剣技だけでは勝てないのがわかっているのか、途中途中で魔法を混ぜてレンは戦う。雷や火炎が舞う。そしてその魔法の大半を水琴は剣の一振りで無力化してしまっていた。
「水琴ちゃんの剣才が凄いって聞いていたけれど本当だったのね。いえ、凄いのは知っていたけれどこれほどだとは思わなかったわ」
「下手に模擬戦をすると水琴さんが手加減できなくて死ぬのでしばらくは灯火さんたちとは模擬戦禁止だそうですよ」
「アレと模擬戦しようなんて思えないよ~。あたしの闇魔法なんて全部斬り裂かれて終わるよ」
灯火もあんぐりと口を開けて戦いの様子を見ている。葵が注意し、楓が反応する。
目に霊力を集中しないと水琴の動きすら追えない。それに対応しているレンの動きも凄まじい。
レンの体に尋常じゃない霊力が集まる。それを察して水琴が間合いを開ける。
上級闇魔法〈暗黒連弾〉が放たれる。100を超える〈暗黒弾〉を放つ大技だ。楓は残念ながら習得には至っていない。単発の〈暗黒弾〉なら放てるが、〈暗黒連弾〉の一発は単発の〈暗黒弾〉よりも遥かに強力なのだ。
水琴も〈暗黒連弾〉は斬ることができないらしく、刀で逸らすか収納からとりだした盾でなんとか防いでいる。
「レンくんも珍しく本気ね」
「上級魔法は私たちには戦いの中では撃ちませんからね。精々見せてくれるか本気の防御態勢を整えた後で撃って来るかくらいですからね」
「それだけレンっちを追い詰めたってことじゃない?」
「どうかしら、水琴ちゃんの実力ならこれくらい対処できると認めたのかもよ」
灯火が〈暗黒連弾〉に込められた霊力を見て上級魔法だとわかったようだ。上級魔法は中級魔法までとは難易度が大きく違う。楓は上級魔法の初歩の魔法ですらまだなんとか発動できるかどうかというところだ。霊力量的には問題ないのだが、術式が複雑すぎてうまく発動しないことがある。
〈暗黒連弾〉なんて絶対に発動できない。
そして上級魔法を戦闘中にいなしたり受け止めたりなどは楓にはできない。安易な〈障壁〉や〈結界〉など簡単に突き破ってくるのだ。楓が本気で時間を掛けて張った〈障壁〉や〈結界〉でなんとか耐えられるというところで、水琴のように刀の一振りで逸らしたりなんかは確実にできない。
灯火なら神気を使った障壁で似たようなことはできるだろう。美咲や葵も仙術を使えばできる。
だが楓はできない。闇魔法に集中して訓練をしているので、神気はほとんど扱えないのだ。闇魔法にも障壁系の魔法はあるが、上級魔法が扱えない楓の闇魔法で上級魔法が受け止められる訳がない。
「あれ、私は受け止められるかしら」
「無理じゃないかな、お姉ちゃん。多分バッサリやられるよ」
エマが水晶の盾を出しながら水琴の刀に込もっている霊力や神気を見て疑問を呈すと、エアリスは即座に否定した。
「私の樹皮の盾や鎧も一緒に斬られちゃうね。まだお姉ちゃんの水晶盾の方が可能性はあるよ」
「それでも本気で盾を作ってやっとと言うところね。なら渡された盾を使って攻撃に魔力を回した方がまだやれそうだわ。エアリスなら水琴が近づけないでしょう?」
「そうだけどずっと斬撃を飛ばされたら面倒くさいなぁ。私の魔法の射程は全部把握されちゃってるからね。それにあのスピードなら避けられちゃう。禁止されている魔法を使えばなんとかなると思うけれどそれじゃ水琴が死んじゃうわ」
エマとエアリスは本気の水琴とどう戦うか議論している。彼女たちも強いので手を変え品を変えればどうにかなるのかもしれない。
「それにしてもアレについていくレンの本気は凄いわね。レンの本気が見られる機会なんてそうそうないけれど、敵わないわ」
「私も無理。焼かれて炭になる自分の姿が目に見えるようだよ」
レンが放つ獄炎魔法を水琴がなんとか避け、水琴の斬撃をレンは氷の壁で受ける。2人の戦いはどんどんヒートアップしていき、楓の目で追えなくなってしまっている。あんな戦いに混じるのは絶対無理だ。楓は自身の無力さに自信をなくしていく。
闇魔法は確かに難しいが精神系の魔法やデバフは魔物にも効果が高く、楓は後衛としてしっかりとしたポジションをキープできていた。
しかしあのスピードで斬り合うレンと水琴の戦いでうまくどちらかだけにバフを掛けたりデバフを掛けたりする自信はない。
乱戦になると〈影蔦〉や〈闇槍〉など単発の魔法で自分に向かってくる魔物と戦うことになるが、個人としての力で言うと楓は一番弱い。他の6人に任せてしまっても構わないというくらい違いがあるのだ。
実際灯火も美咲も葵もエマもエアリスもこの2年で遥かに強くなった。水琴が遅れていたのは準備ができていなかっただけとレンが言っていたのは知っていたが、これほど違いがでるとは思わなかった。
残念ながら楓は地道に闇魔法と盾術、体術の修練を熟すようにとしか言われていない。水琴のような大幅なパワーアップは望めないのだ。
「あら、水琴ちゃん本気になったわね」
「レンくんも本気みたいよ」
水琴の大太刀に神気が集まっていく。レンの白く美しい剣がより白く輝いていく。
水琴が〈縮地〉で間合いを詰め、レンが水琴の一撃を受ける。楓の目には水琴の動きは見えず、いつの間にか2人が鍔迫り合いをしているようにしか見えなかった。
「〈銀世界〉」
膠着した瞬間、レンがぼそりと呟く。
「さむっ」
「やばっ」
楓たちはレンの魔法の範囲外にさっさと逃げなければヤバイと思って逃げた。
一瞬で周囲の温度が氷点下を遥かに上回る温度に下がったのだ。中央の水琴は凍りついている。
「勝負あり、ですね」
「あの魔法初めて見たわ」
「あんな速度で凍らせるなんてどれほどの温度低下が起きたのかしら。おかげで風が渦巻いているわよ」
急激な温度低下で気圧が下がり、中央にいるレンたちを中心に向かって暴風が吹いている。
レンは水琴に癒やしを掛け、意識を失っている彼女を抱えてその暴風の中心から抜け出して楓たちの元へやってきた。
「今の水琴はこんな感じだからしばらく模擬戦はなしにしてね。魔物との戦闘も水琴抜きでやろう。水琴もまだこの状態での戦闘に慣れていないからね、あんなに刀に霊力や神気を込めたら自分の防御がおろそかになるなんてわかりきっているのにね。君たちも余程の時じゃないと乾坤一擲の一撃なんて考えちゃダメだよ。受けられたり避けられたらどうしようもないからね」
「「「は~い」」」
全員がレンの言葉に頷く。
(あんなん受けようとするレンくんもレンくんだよ。あたしじゃ避けるのすら厳しい一撃だった。強くなったのは知ってたけどやっぱり遠いな)
楓は自身も周囲の皆も強くなったと思っていたが、レンには到底敵わないと心底知らしめられた。
◇ ◇
水琴覚醒回。レンや水琴の視点で書くより他の子の視点で見た方がわかりやすいかな?と思いながら書きました。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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