最終章:世界の変革と魔王の復活

162.水琴の悩み

 大学に入学してから2年が経ち、レンは3年生になる前の春休みを謳歌していた。

 レンが転生してから5年経ったとも言う。灯火と楓は大学を卒業し、美咲と葵も高校を卒業した。美咲は大学に進学するようだが葵はしない選択肢を選ぶようだ。レンはその点については何も言わない。本人たちの選択を尊重するつもりだ。


「ふふっ、相変わらず大変だな」

「レン様、笑いすぎです。他人の不幸を笑ってはいけませんよ」


 レンはTVのニュースを見て笑ってしまった。

 ニュースでは大量にキリスト教会に押し寄せる民衆が映されている。


 この2年で世界は大きく変わった。まずは魔物の存在をついに政府が認めたということだ。

 これは日本だけの話ではなく世界的な話で、むしろ日本が認めたのは後発だと言って良い。

 ネット上にアップされた受肉した魔物の写真や動画。人を食べる瞬間を激写したものなどが溢れ、どこの政府も最初はもみ消しに躍起になっていたが、どうにもならなくなった。


 そしてある紛争国家で魔力持ちがクーデターを起こし、軍事政権を作り上げ、世界は魔物に溢れていて国民を守れるのは自分たちだけだと世界に発信したのが発端だ。

 レンからすれば魔力持ちが政権を担っていないだけで違和感があるので妥当だと思うのだが、その軍事政権の主張は当初世界中から認められなかった。


 しかしそれに続く国が現れた。やはり紛争で争っていた国でなんとか政権が成り立っていたのだが魔力持ちたちが団結し、政権を転覆させた。そして同様に今は未曾有の魔物が現れる時期であり、魔物を効率よく倒し、市民を守るには魔力持ちが政権を担う必要があると訴えた。

 実際文民統制と言っているがその文民が命じたアホな命令のせいで大量の魔力持ちが死に、街が壊滅的な打撃を被った国もあった。

 魔物のことも術士の内情もわかっていない者の命令を聞きたくなくない気持ちはよくわかる。


 そして教会が認めたのが大きな転機になった。

 正確にはあるカルトの過激派が動画で魔物を退治する様子が拡散され、世界はそのカルト教団の元で管理されるべきだと主張したのだ。

 カルトの術師は日々悪魔や悪魔の使徒、魔物などと戦っていて、術師たちは神の力が使えるとして様々なパフォーマンスをし、実際に魔物を屠って見せた。


 他の宗教組織全体が公式に認めたわけではなかったが、過激派が多くの教徒の前で実際に行ったことであったのでセンセーショナルなニュースとして世界中に広まった。そして世界的にどこの宗教も事実を正確に発表しろと言う世論が作られた。

 流石にそこまでなってしまえば本元の教会も、関連している政府も事実を公表せざるを得なくなった。

 実際街中に魔物が現れ、人を食べているという現状があり、それを倒す術士たちの姿も見られたからだ。

 段々と世界の流れが魔物の存在を認めていく方向に変わっていった。


「この二年で世界は大きく変わったね。この流れはもう止められない」

「そうね、日本政府も認めたものね。神社や寺院、陰陽師などへの支援もきちんと予算が通されることになったわよ」


 欧州はカトリック教会も認めざるを得なくなり、次いでプロテスタントの教会、イスラム教、ヒンドゥ教なども魔物の存在とそれと戦う教徒や術士たちをアピールし始めた。もちろん仏教や日本の神道もだ。

 人を喰らう魔物を倒せる組織ということで信仰を集める方向に舵を切ったのだ。


 それからは怒涛の如く世界中が認めざるを得なかった。日本はアメリカが認めてから初めて公式に認めた。遅いにも程があるが早かろうが遅かろうがあまり変わりはない。日々妖魔が現れ、それを退魔士が倒す。その日常に変化はなかったからだ。

 ただ日本の神社や寺院にも多くの参拝客が訪れるようになった。医者にどうにもできないものの中で、怨霊に憑かれていたり呪いに掛かっていた人たちが神社や寺院を訪問し、実際に解呪して貰う件数が増えた。


「聞いてよレンくん、先日また難病の方が治して欲しいってうちに来たのよ。うちは医者じゃないってのに」

「あはは、戦神に祈れば難病が治るのなら安いものだけどね。地蔵菩薩にでも祈ったほうがまだマシだ」


 水琴が困ったように言う。戦神、武御雷神に祈って病気が治るのなら苦労はない。よくわかっていない市民が獅子神神社にも押し寄せているようだ。

 魔法薬で治る難病もあるにはあるがレンはそれらを販売していない。キリがないからだ。実際癒やしの力を使ってそれらを行おうとした教会が大変な目に合っている。世界中から難病に苦しむ人々が癒やしを求めて教会に集まっているからだ。

 レンは万病に効果がある万能薬は持っているが、魔力が少ない者が飲むと劇薬になる。結果、弱っている難病に苦しむ人は死ぬ。本末転倒だ。

 治癒術も魔法薬も患者の魔力と体力を消費する。与えても結果的に助かるのは少数だろう。


 世界は色々と変容したがレンと水琴など周囲の状況はそう変わらない。ちょっと強い妖魔が現れるようになり、玖条警備保障を利用する退魔の家は大幅に増えた。

 玖条家は縄張りを持っていないが東京西部から神奈川北部、山梨南部まで多くの顧客がいる。


 なんだかんだで黒瘴珠を持つ妖魔は強い。どこの退魔の家も死人を出したくないので、気軽に戦力を貸してくれる玖条警備保障の人気は急上昇だ。

 それに伴って妖魔の氾濫を抑えきれなくなり、国が崩壊した中東や中央アジアの傭兵術士たちを大量に仕入れた。

 新人たちはまだまだで死人もたまに出るが、本国よりと比べれば日本はかなり平和だ。彼らにとってはたまに危険な地に派遣されるくらいならばぬるいらしい。いずれ祖国を取り戻すのだと意気揚々と訓練に明け暮れている。


「そういえば灯火さんとの結婚の話はどうなったの」

「あぁ、伊勢神宮に話を通して神前式をやることになったよ。ただ婚姻届は出さないことになった。伊織ちゃんがどうなるかわからないからね」


 灯火は大学を無事卒業し、それに併せてレンと結婚する約束になっている。

 伊勢神宮は本来神前式はやっていないが、水無月家と豊川家が頼んだ所、やってくれるとのことになった。ありがたい限りだ。黒鷺が暗躍して鷺ノ宮家も口利きをしてくれたのかも知れない。なにせ伊勢神宮だ。そう簡単に我儘が通るとはレンも思っていなかった。


 伊勢神宮を選んだのは水無月家が信仰しているのが天照大神なので伊勢神宮が良いだろうという判断だ。黒鷺に言わせると玖条家の名に箔がつくらしい。

 黒鷺や黒縄は結婚よりも先に後継ぎを作れと言ってくるがレンは急ぐ必要はないと思っているのでスルーだ。

 ヤればできるだろうが作るために頑張ろうとは思わない。幸い灯火も急がないと言うのでお互いの気持ちは合っている。


「結婚かぁ。日本の結婚は結構縛りが多くて面倒だよね」

「そうね、法律で色々と縛られるものね」


 灯火と正式な結婚をしないのは別に法律的な縛りが問題なのではない。

 鷺ノ宮伊織の存在だ。

 レンは伊織がまだ幼いので、初恋だと言われてもそのうち他の男に目移りすると思っていた。また、祖父の信光が伊織と家格の合う良縁を見つけてくれると思っていた。

 しかし実際はどうだ。少なくとも季節ごとに伊織とのお茶会やランチ、ディナーなどの誘いが来るし、最近はデートの誘いも来る。伊織は全く諦めていないのだ。


「伊織ちゃんからまたお誘いが来ているんでしょう? 行くの」

「いやぁ、いかざるを得ないでしょ。伊織ちゃんは可愛いし、鷺ノ宮の名がなかったら全然ありだよ。素質は僕も含めて圧倒的だしね」


 そして信光だ。最初のうちは孫の我儘を見守っているだけだと思っていたが、玖条家の名声が上がる事で本格的に伊織の嫁入りを検討している節がある。

 もし伊織がレンと結ばれるのならば家格的には伊織が正妻になると灯火がきっぱりと断言した。その方が玖条家として収まりが良いらしい。

 レンとしては面倒だと思う序列だが案外バカにできたものではない。

 レンの婚約者同士で要らぬ争いが起きなければそれでいい。レンとしてはそれを願うばかりで解決策など思いもつかなかった。



 ◇ ◇



「レン様は現状の方が生き生きしているように思いますね」

「そうね。むしろ妖魔を倒すと塵になる方がびっくりだし、素材が勿体ないって言っていたわよ」


 レンは〈箱庭〉に籠もってしまい、水琴は葵と2人きりになったので休憩とばかりに使用人に出された紅茶とクッキーを摘む。

 魔境と呼ばれる魔物の領域。レンの住んでいた世界では様々な人類が縄張りとして街や村などを作れていたのは大陸全体の3割ほどだと言う。

 逆に言えば7割は魔物の領域で、1歩入れば魔物たちに襲われるまさに魔境だ。

 受肉した妖魔が日本にも多くなってきてしまっているが、レンにとってはそっちの方が普通で、日本の妖魔の素材などを楽しそうに剥ぎ取っている。


「それにしてもレンくんが、玖条家が戦力を貸してくれて本当に助かるわ。獅子神家みたいな小さな勢力はどんどんと淘汰されていっているもの。大きな勢力に身を寄せるか妖魔に壊滅させられるか、ここ2年でどれだけ退魔の家が潰れたかわからないわ。それなのに弱小だった獅子神家が残っていられるのは玖条家のおかげよ」

「レン様は秘伝でもおかしくない霊力の効率的な鍛え方など無償で教えてしまいますからね。獅子神家の戦力も相当上がったでしょう。もう弱小とは言えませんよ。如月家からも相当頼りにされているみたいですし」


 確かにそうだ。レンが教えてくれた霊力の制御方法や効率的な使い方。それらを水琴が教わり、それを獅子神家の門弟に伝授しただけだが、獅子神家の戦力は大幅にアップした。

 当然蒼牙や黒縄との合同訓練の効果もある。

 獅子神家は玖条家が立ち上がってすぐに隣人として仲良くするスタンスを取ってきたのでその影響は甚大だ。

 感謝してもしきれない。事実四ツ腕との戦いでもレンたちが守ってくれなければ獅子神家には確実に死者が出ていた。

 その後の戦いでも死者がでないということはなかったが、玖条家のサポートでなんとかやっていけている現実がある。


「葵ちゃんは変わらないわね。霊格が1つ上がったのでしょう。また力の差が開いてしまったわ」

「レン様が言っていましたが水琴さんはもうすぐ大幅に強くなるそうですよ。詳しくは聞いていませんが剣聖の道に一歩踏み出すことができるという話です」

「剣聖? 私が? 昔から言っていたけれど本気なのかしら。いえ、本気なのでしょうね。レンくんはそういうところでは嘘は言わないわ。でも信じられないという気持ちもあるの。私が剣聖と呼ばれる未来が見えないわ」


 実際水琴は強くなりはしたが水琴よりも強い術士も剣士も山程いる。

 それをごぼう抜きして剣聖と呼ばれるほどの剣士に自身がなる。そうレンは信じているらしい。

 剣才があるとは幼い頃から言われ、獅子神家でも最強の名を得ているが所詮井の中の蛙だ。上を見たらキリがない。

 実際柳生新陰流や鹿島新當流など剣術を生業にしている退魔の家が多くあるし、武士の末裔たちも剣技の修行に余念がない。

 強力な妖魔が、受肉した妖魔が現れるのが当たり前になった昨今、剣で斬りやすくなった分剣士の需要は逆に増えている。

 当然天才と呼ばれる剣士が日本全国にいる。水琴はその1人かも知れないが上位にも入っては居ないと思っていた。


「水琴さんは自分に自信がないのですね。でもレン様の言葉は信用できます。まずはそこを信じて見てはいかがですか?」


 水琴にはその葵の言葉が響いた。


「そうね、強くなれるというのならば否はないわ。実際レンくんの言う通りにしていたらどんどんと強くなった。だけれども強くなったからこそ、レンくんの言う高みがより遠く見えるようになってきてしまったのよ」

「大丈夫ですよ。レン様は水琴さんの為に様々な準備をしてきました。それが花開くのがもうすぐだとワクワクして言っていました。生粋の剣士である水琴さんしかその頂きには届かないとレン様は言っていました。本当は自分がその頂きに登りたいらしいのですが、残念ながらそこまでの才がないとしょんぼりしていましたよ。むしろ水琴さんを見て諦めたそうです」


 葵の言う事はわからなくはない。レンとは剣術の修行も欠かしていないが水琴が負けることはほとんどなくなってしまっている。

 力押しで来られると霊力の量や質で負けてしまうことがあるが、レンは様々な剣術や魔法などへの対抗策を教えてくれた。そしてそのほとんどに対応できるようになった。


「レンくんはレンくんで強いじゃない。あれほどオールラウンダーな術師は他にいないわよ」

「そうですね。でも本人からすれば全ての頂きに立った景色を見たいそうですよ」

「我儘で贅沢な話ね。剣術だけでも一生涯掛けても極められるとは思えないわ」


 レンの剣術を知ったからこそ、剣術においてレンには負ける要素がほとんどない。ただし魔法が混ぜられると別だ。魔法と剣術を自由自在に操るレンに水琴はほぼ敵わない。

 レンが自身で剣の頂きに立つことを、水琴の存在を見て諦めたというのは初めて聞いた。

 獅子神家では多くの剣士たちが水琴の前に敗れ、剣をやめてしまったものもいる。だがレンがそうなるとは信じられなかった。


「レン様は元々剣士ではなく総合力で戦う術士です。剣に100年掛けても水琴さんには敵わない。代わりに水琴さんを剣聖と呼ばれるまで引き上げることを夢にしているみたいですよ。レン様らしいと言えばらしいですが、それだけ期待されているのは羨ましいです」


 葵はレンが言うのだからと剣聖への道は拓けていると信じろと言う。

 水琴は剣術が好きだ。妖魔を倒すのも、人を助けるのも好きだ。

 剣術を極めることによって、多くの人を助けられるのならばどの道も水琴の望みに繋がっている。


「レンくんに相談してみるわ。と、言ってもレンくんはレンくんでとっくに準備していると思うけれどね」

「そうですね。水琴さんはレン様をもっと信じなきゃダメですよ。夫になる方なんですから」


 レンに関しては狂信者に近い葵に言われると少し怖いが、水琴もレンを信じていないわけではない。

 レンが渡す薬が最近紫色でボコボコと煮えたぎっていたりと、ちょっと怪しくなっているのは感じていたのだ。

 剣術に影響があるのかないのかわからない薬を飲むのは怖いが、レンの調薬技術は信頼している。


 剣聖というのがどういう者なのかは水琴にはわからない。

 だがそれに近づくことによって家族やレンたちの役に立つのならばきつい鍛錬も怪しげな薬でさえ飲んでみせる。

 水琴は少しだけ気合を入れて、レンに問い正してみようと思った。



◇  ◇


どんどんと変わっていく世界。その中で水琴は悩みます。当然レンは色々と仕込みを済ませています。水琴は最初の方に出ていたヒロインでこれと言った活躍する場面はあまりなかったのでこの章ではいっぱい活躍します。楽しみにしていてください。


29日から始まったカクヨムコン10に参加しています。読者選考があるらしいのでまだの方は是非☆での評価をくれると嬉しいです。☆三つなら私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る