161.閑話:如月家の代替わり

「そろそろ息子に当主の座を譲ろうと思う」


 如月麻耶の祖父であり如月家当主如月賢広かたひろがそう言うと広間がざわめいた。

 しかし年齢を考えれば変な話ではない。麻耶も祖父が代替わりの準備を進めていることを知っていたし、長男である父に代が替わるのは予定通りと言えば予定通りだ。

 問題は時期だ。今日本は揺れている。黒瘴珠の妖魔然り、常よりも凶悪な妖魔然り、多くの退魔士が命を落とすか戦闘不能に陥っている。実際四ツ腕に如月家の戦闘部隊も多くの被害を受けた。今までが平穏な時代だったのならば動乱の時代の幕開けと言っても過言ではない。

 そんな時期に代替わりをすれば如月家も多少の混乱に見舞われ、機能不全に陥りかねない。


「我々古い世代は現代のスピード感についていけなくなっている。新しい世代が困難を乗り切るべきじゃろう」


 しかし祖父の考えは違ったようだ。例え多少の障害があろうとも、今起きている困難に直面するのは、そしてこれから対策していかなければいけないのは若い世代だ。なにせ暗黒期など何年続くのかわからない。麻耶の何世代も後まで続くかも知れないのだ。

 更に如月家の重鎮は頭が固いと常々麻耶は思ってきた。

 玖条家への対応だけではない。他にも様々な部分で改善した方が良いのではないかと思っていたのだ。

 父はどちらかと言うと改革派だ。保守派の重鎮たちとはあまり仲が良くない。だが代が替われば重鎮たちの入れ替えもあるだろう。

 麻耶にとっては父が新当主になれば色々とやりやすくなるし、実の娘である麻耶の意見も通りやすくなる。


(時期は微妙だけれど祖父の意見は尊重したいし、賛成だわ)


 藤森家は代替わりの混乱があり、まだ立て直せてないという。そんな例を出して重鎮たち、特に暗部を束ねる大叔父が反対する。

 賢広が引退すれば大叔父も同時に隠居させられることは間違いがないからだ。なにせ次期当主である父とあまり反りがあっていない。強制的にでも引退させられることだろう。


「まだ検討段階だ。だがほぼ確定だと思ってほしい。儂もいい加減体が動かなくなってきた。強力な妖魔が出れば当主が矢面に立たねばならぬ事態になりえるだろう。ならば若き者たちを中心にこの困難を乗り越えて欲しいと思う」


 祖父はそう言って締めくくった。様々な意見が出たが祖父が意見を変えることはなかった。

 既に父とは話がついているのだろう。父は静かに反対意見を述べる者たちをチェックしていた。


 問題が起きたのはその1週間後だった。父が急に倒れたのだ。昏睡状態で反応すらない。医学的には完全に健康であり、意味がわからないと医者が断言した。

 霊力持ちが通常病気にかかることはまずないと言って良い。ウィルスだろうが細菌だろうが、遺伝性の病気にも掛からない。

 考えられるのは毒か呪いだ。しかし毒は否定された。更に如月家の解呪士では解呪ができなかった。呪いであることは確かだが通常の呪いとは何かが違うらしい。その原因がわからなければ父親はこのまま衰弱して死ぬだろうと宣告された。

 麻耶は祖父に命じられ即座に対策チームを作り、様々な解呪士を当たった。しかしなぜか名のある解呪士たちは如月家の依頼を断ってきた。


(ありえない)


 麻耶はそう断じた。

 代替わりの話が出た途端に起きた呪い騒ぎ。そして解呪士たちのおかしな様子。明らかに陰謀が渦巻いている。

 父の次に有力なのは3つ下の叔父だ。賢三の兄でもある。そして叔父と仲が良いのが大叔父の息子である。次代の暗部を束ねる長として期待され、情報を主な生業とする如月家にとって暗部は生命線だ。


 叔父と父の仲は悪くない。むしろ良いと言っても良い。後継者争いの為に父を殺そうとするだろうか?

 麻耶の感覚では否だ。叔父はそこまでする男ではない。父が倒れて最も慌てていたのが叔父だ。あれが演技ならば何十年騙されていたのだろうか。そこまで野心が高く、隠し続けられる男ならば如月家の次代当主としてある意味期待ができるとも言える。


 なぜならこれから来るのは動乱の時代。多少なりとも野心がなければ乗り切れないかも知れない。だが叔父はサポートタイプで野心がなく、大人しい穏健派として知られている。麻耶も叔父がずっと野心を隠してこのタイミングで仕掛けてきたとは思わなかった。


 ならば誰か。大叔父かその息子が犯人である可能性が高い。

 高いが断定はできないし証拠もない。断罪する為には証拠がいる。状況証拠ではダメなのだ。何より状況証拠ではおそらく無実である叔父が巻き込まれる。叔父は有能なサポータータイプでこれからも父をサポートして欲しいと思っている。


(鷺ノ宮様を頼れないかしら?)


 まず思い浮かんだのが鷺ノ宮信光だ。いや、信光でなくとも良い。如月家の手の及ばないと言う意味では鷺ノ宮家の誰でも良いのだ。まさか大叔父もその息子も鷺ノ宮家にまで手を回すことはできないだろう。

 だが如月家程度の後継者争いに首を突っ込んでくるとは思えない。麻耶も流石にこんな身内の恥のような話で鷺ノ宮家を頼ることはできなかった。


「そうだ、豊川家!」


 そこで思い浮かんだのが豊川家だ。最近東京に引っ越してきた豊川の姫、豊川美咲。彼女の住む屋敷を手配したのは如月家である。一応顔見知りでもある。

 豊川家なら優秀な解呪士を抱えていることは間違いがない。更に如月家程度の魔の手が及んでいるはずもない。

 そうと決めたら早かった。麻耶は急いで愛車のバイクに跨り、豊川家の屋敷へ向かった。



 ◇ ◇



 ピンポーン


 アポイントメントを取って豊川家の屋敷を訪問する。麻耶は信頼できる側近2人だけを連れてきた。誰が敵で誰が味方かわからなかったからだ。

 大叔父が敵ならば必ず麻耶のチームに暗部の誰かが混じっている。情報は筒抜けだ。


 豊川家の使用人に案内され、応接室に行くと目的の美咲と共にレンとエマ、エアリスと葵が居た。

 エマとエアリスはよく知らないが玖条家に居候しているチェコの魔法使いだ。魔女狩りにあい、日本に逃げてきて玖条家を頼り、西欧の結社から身を守って貰ったことまでは情報を掴んでいる。

 そのまま日本に居残り、玖条家と共に行動しているのは知っていたがなぜ豊川家にいるのかはわからない。

 わからないが麻耶はチャンスだと思った。

 如月家の解呪士がわからなかったのだ。また違った切り口で呪いを見破ってくれるかも知れない。


「豊川美咲様、お願いがあります。如月家の次期当主である私の父が呪いを受け倒れてしまっています。如月家の解呪士ではどうにもなりませんでした。なにとぞ、豊川家の解呪士をお貸し願えませんでしょうか」

「いいよ~、麻耶さんてレンっちと仲が良いんでしょ? この家を手配してくれる時に手伝ってくれたみたいだし、解呪士を貸し出すくらい構わないよ。解呪できた際には解呪料を取るけどね」


 麻耶の願いは軽く美咲に叶えられた。麻耶は恭しく美咲に礼をする。美咲は大家豊川家の令嬢なのだ。麻耶が本来口を聞くのも難しい立場だ。


「ありがとうございます。感謝致します。美咲様」

「美咲、せっかくだから僕も見に行っていいかい? 如月家が解けなかったという呪いに興味があるんだ」

「いいんじゃないかな。ね、麻耶さん」

「はい、玖条様がご一緒してくれるならばこれほど頼りになることはありません」


 挨拶もそこそこに本題を切り出すと美咲はあっさりと頷いた。瑠華と瑠奈はあまりの軽さに窘めていたが美咲の決定には反対できないようだ。それにレンがついてくるという。


 如月家の一部は玖条家を嫌っているが別に如月家と玖条家は敵対しているわけではない。四ツ腕の際は共闘してくれたくらいだ。

 それにレンは明らかに良い意味でおかしい。父の解呪に何か役に立つのではないか、それだけではなくレンを嫌っている大叔父たちが何か尻尾を出すのではないかと麻耶は期待した。


「じゃぁ行こうか。エマたちも一緒する?」

「行くわ。日本の呪いは興味があるもの」

「行く~。未知の魔毒かも知れないしね」

「行きます」


 エマとエアリス、葵もついてくるらしい。

 豊川家からは美咲、瑠華と瑠奈に他護衛5名、解呪士が2名。レンとエマ、エアリス、葵と麻耶が思っていたよりも大所帯になった。




「麻耶様、豊川家の方はともかく玖条家の者や怪しげな西欧の魔女まで連れて来るとは何事ですか」

「何事も何も次期当主である私の父の命が賭かっているのよ。全権は当主である祖父に頂いているわ。どきなさい。貴方に私を邪魔する権限はないわ」


 如月家に入る際に一悶着あったが麻耶は黙らせた。

 レンは「ここが如月家か、初めて入ったな」などと呑気なことを言っている。

 如月家の者も美咲の事は知っていて、美咲を見ると驚き、道を開けた。

 如月家が豊川家に反抗するなどというのは有りえない。一瞬で潰されるのが落ちだ。

 如月家はそこそこの名家であり、近隣では大家として扱われているが所詮その程度の家だ。日本の大家を上げろと言われて常に名が上がる豊川家などと比べてはいけない。


「へぇ、珍しいね。よくこんな毒を手に入れられたものだわ」


 父が寝かされている寝室は呪いが漏れていた。術士たちが必死で浄化作業を行っている。

 そして倒れている父を見て発言したのは解呪士でも誰でもなく、エアリスだった。


「エアリス、知ってるのかい」

「知ってるも何も、インドネシアの一部にしか咲かない特殊な魔花だよ。多分それを触媒にして呪いにしたんだろうね。私もあの魔花が呪いの触媒になるなんて考えても見なかった。勉強になるなぁ」


 驚いたのは麻耶だけではなかった。美咲も、美咲が連れてきた解呪士も一様に驚いていた。なにせエアリスは一目で原因を見破ったのだ。

 期待していたレンはチラリと父を見て、興味深そうに胸の辺りを覗いている。レンの右目が光ったように見えた。


「東南アジアの魔毒に日本の呪いを混ぜたのか。良い術者だね。これなら日本の解呪士には簡単に解呪できない。如月家の解呪士がどうにもならなかったのも納得が行くね。それで、エアリス、解呪の方法はわかる?」

「う~ん、呪いに混ぜられているから完全にはわからないけれど解毒に効く魔草なら知ってるよ。それを使って解呪すればなんとかなるんじゃないかな」


 そこからは早かった。エアリスが用意した解毒に効くという麻耶も初めて見る毒々しい草を薬研ですり潰し、それを解析した豊川家の解呪士が解呪を幾度か試みると呆気なく呪いは解かれた。

 そして解かれた呪いは掛けた者に返る。父親の体から黒い瘴気が溢れ出し、如月家からどこかに飛んでいった。即座に呪いを追うように指示を出す。術者を特定しなければならないからだ。


「ありがとうございます。お礼は後ほど」

「いいよ~、珍しい物も見れたし、うちもエアリスっちに教わって対抗策を練らないとね」


 美咲は気楽にそう言ったがきちんと礼はしなければならない。窓口は瑠華が担ってくれるようだ。

 昏睡状態にあった父親がふとんから体を起こす。そして不思議そうにしながら部屋に残る瘴気と麻耶の姿を確認して声を発した。


「麻耶、何があった?」

「特殊な呪術を掛けられ、数日昏睡状態にありました。豊川家に頼った所、玖条家の方も一緒に居り、こちらのエアリス様が原因を突き止めて解呪することに成功しました」

「くっ、油断したか。しかし証拠がないな。明らかに内部犯だと思うが」

「そうですね、急ぎ内部を徹底的に調査します」


 辛そうに起き上がった父に対して麻耶は即座に状況を説明した。

 父の容態は問題なかったが、術者が誰なのか、そして依頼者が誰なのかは判明していない。

 大叔父や犯人と思われる者たちは証拠など残していないだろう。そうでなければ暗部の長など勤まらない。父も犯人は大叔父かその息子であろうと類推していたようだが、結局その場では断定できなかった。



 ◇ ◇



「吐かせたよ。麻耶さんの想像通りの犯人だったようだね」

「は? どういうこと、レンくん」


 翌日、レンが麻耶を訪ねてきた。犯人を連れて。そして開口一番に父を呪った大元の犯人は大叔父であると語った。

 意味がわからない。術者は特定できたが父と同じく昏睡状態になっていると言われた。犯人は如月家とは縁のないと思われていた裏社会の呪術士だった。

 身柄を拘束しようとしたが、呪術士を擁していた組織は身柄の引き渡しを拒否した。流石にその場で組織を壊滅できるほどの戦力は連れて行っていなかった。

 如月家次期当主を呪ったのだ。許せる訳が無い。これから賢三たちと攻め込もうと準備していたところだったのだ。


「レンくん、それ本当なの。信じられないんだけれど」

「信じても信じなくても構わないよ。ただ彼は嘘を言えないように処置しているし、呪術士もトカゲの尻尾切りに合わないように念の為依頼者にマークをつけていたらしい。連れてきなよ、すぐわかるよ」

「連れて来なさい。本当かどうかはこちらでも確認するが、試さない理由はない」


 祖父と父がそう言い、賢三が大叔父を拘束して連れてきた。


「何だと言うのだ。冤罪だ、儂がそんなことをするわけがなかろう。何より証拠がない。そんなガキに操られた者の言う事など信用できるものか」

「実は僕にも呪いが飛んできてたんだ。跳ね返すんじゃなくて防いだだけだったけどね。つい防いじゃって犯人を追えていなかったんだ。ちょうど良かったよ、僕だけでなく第二の呪いを使ってくれて。おかげで犯人もわかったし組織も潰すことができた。今度からはちゃんと跳ね返すようにしなきゃダメだね」


 レンが連れてきた呪術士は褐色肌の外国人だった。元はヒンドゥの呪術を修めていたらしいが日本に来て日本の呪術にも精通していたらしい。

 ぼうっとして明らかに操られているのがわかる。何を聞いても素直に答える。〈隷属〉系の術に掛かっているのだ。ただこれを証拠として断罪するのは難しい。他家が掛けた術に操られた者の言う言葉を信じろというのは無理がある。


「僕の術は解くよ、ただ彼の体は動かない。後は煮るなり焼くなり如月家中でやればいい。自分たちの術式で吐かせたなら納得も行くでしょ? 僕は被害がなかったけれど如月家は被害者だからね、譲ってあげる」


 レンはそう言って犯人だけを置いていった。犯人は目を覚まし、暴れようとしたが指一本動かせず、首から上しか動かないことに、更に如月家の精鋭に囲まれていることに恐怖に塗れていた。

 如月家の精神系の術式は恐ろしく簡単に通った。どうやらレンは対抗術式などを全部解除して置いてくれたらしい。どうやったのかなどは相変わらずわからない。そこに麻耶はレンの恐ろしさを見た。

 そして呪術士がマーキングしたという術を使わせると、大叔父の右肩に五芒星のマークが浮かび上がった。

 依頼者に必ずつけるマークだと言う。


(鈍ったものね)


 こんなマーキングをされるなど大叔父も老いたものだと思う。例え他国の見知らぬ術式だとしても、掛けられれば気付いても良さそうなものだ。

 ただ試しに麻耶や賢三たちに掛けさせてみると驚くほど気付いた者はいなかった。それほど精巧な術だったのだ。


(まずいわね、思っていた以上に状況は悪かったわ。豊川家を、いえ、玖条家を頼って正解だったようね。組織はどうなったのかしら)


 犯人である大叔父は断罪された。当然のことだ。如月家家中で次期当主に呪いを掛けるなど裏切りでしかない。

 大叔父の言い分ではこのままでは玖条家にいずれ如月家が権勢で抜かされると危惧したと言っていた。

 レンにも同じ呪いを掛けさせたことも自白した。ただ呪いが返って来なかったので不思議に思っていたらしい。通常呪いは防いだら術者に返る。レンはどうやって返さずに防いだのだろう。むしろそちらの方が難しい。

 麻耶は不思議に思ったが、答えてくれる相手はすでに居なかった。




 如月家では代替わりが滞りなく行われ、暗部の者たちに関わらず全員にチェックが行われた。そしていくつかの不正が発覚し、粛清が行われた。大叔父は色々とやらかしていたらしい。ただ息子は潔白が証明された。

 暗部の長になる道は閉ざされたが、優秀であるのは間違いがないので特殊な術式を刻むことを条件にこれからも使うことになった。


(……レンくんは相変わらず果断即決ね。呪術士の組織は壊滅したというし、手を出した相手が悪かったわね。むしろ大叔父がレンくんを呪った犯人だというのに如月家を残してくれたことのほうが僥倖だわ)


 如月家は玖条家に正式な謝罪と過剰と思われるほどの礼をした。

 なにせ如月家の者が玖条家当主を呪おうとしたのだ。更に次期当主である父を呪った組織を壊滅させ、呪術士を連れてきてくれた。事件は万事解決である。

 如月家は見逃されたのはなぜだろう。レンのことだから何かしら理由があるに違いないが、それを教えてくれることはないだろう。

 そして当主となった父は、今後玖条家に敵対的な行動を取ることは許さないという方針を如月家中に発した。



◇  ◇


近隣の大家、如月家の話です。レンを絡めなくても良いかなと思ったのですが絡めて見ました。


この作品をカクヨムコンに出すことにしました。読者選考と言うのがあるそうなのでまだの方は☆評価三つ着けて頂けると助かります。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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