155.美咲の事情と妖狐と大狼

「レンっち神通力の使い方うますぎない?」

「ふふっ、コツを掴めばそう難しいものじゃないよ。美咲はまだ神気の本質に気付いていないだけだね」


 瑠華はレンと美咲の訓練を見て心の中で美咲に同意した。

 レンはあまりにも流麗に神気を操り、美咲の仙術を無効化している。レンの神通力は美咲ほどの出力はないのだが美咲の仙術は1つも当たらず、逆にレンの神通力は的確に美咲の動きを読んで直撃している。

 最小限の力で美咲の攻撃をいなし、美咲の動きを的確に読んで攻撃を当てている。瑠華はレンの戦いを直接見たことはなかったがこれほどのものだとは思ってもいなかった。


 美咲は子供の頃からお世話係として大切に育ててきた存在だ。

 実際の姉妹の瑠奈と同等かそれ以上に気にかけてきた。

 美咲が攫われたと知った時、瑠華は心が張り裂けるような思いに囚われた。

 なぜ美咲の傍にいなかったのか、守れなかったのか。豊川家の護衛たちは何をしていたのか。そんな思いに囚われていた。

 しかし美咲は水琴のついでとは言えレンに助けられた。そして惚れやすく一途だと有名な妖狐の血を引いた美咲は案の定レンを番と断定し、レンにアプローチを始めた。


 退魔の家の姫と呼ばれるほどの子女が一介の異能者に恋をする。それは通常は叶わない。

 だが豊川家は違う。多少の反対意見はあれど恋をした妖狐の血を引く姫を止める術はない。あまりに反対をして諦めさせようとすれば美咲は豊川家を見限り出奔してしまっただろう。


 更にレンが玖条家を興したのも良かった。川崎事変の解決に大水鬼討伐で功を上げ、鷺ノ宮家と言う豊川家でも気を遣う大家を後ろ盾に新規の退魔の家を興すことが許されたのだ。

 そして藤は美咲の番と実際に会って見極め、認めた。

 藤が認めたということは豊川家では絶対だ。当主の美弥も母親の瑠璃も藤の意向に従った。

 一部の分家たちはそれでも納得行かなかったようだがその声ももうない。美弥が一喝して収めてしまったからだ。


(それにしても本当に玖条様は神通力の扱いがうまいですわね。どこで習ったのかしら。水無月家の令嬢は神通力の達人だと伺っていますのでそちらからでしょうか)


 瑠奈は美咲と共に神通力のみで訓練場で戦っている。彼女も黄金の果実の力で神通力が実用的なレベルまで引き上げることに成功した。それは瑠華も同じだ。

 金色に輝く果実など何事かと思ったが食べて見てその効能に2人とも驚いて声も出なかった。そしてそんな貴重なものを分けてくれたレンに感謝した。元々美咲の命を救ってくれた恩人なのだ。感謝など幾らしても足りるということはない。……それこそ美咲と共にレンに嫁いでも良いと思うほどに。


 お互いが本気の防具を纏い、一歩間違えば首が飛ぶという本気の一撃がレンを、美咲を襲う。

 しかしレンは流水のように美咲の仙術を受け流し、レンの一撃は逆に死なない程度に美咲を、瑠奈を痛めつけている。

 美咲が動けなくなるとレンは魔法薬を美咲に支給し、葵が治癒をかける。

 この6日間、美咲とレンは万が一のために危険なレベルの訓練を繰り返していた。



 ◇ ◇



「来ないね」


 レンと葵、李偉が美咲の家に泊まり込んで1週間が経った。

 奥羽の妖狐がせっかちな性格であれば黒瘴珠の力を十全にその身に宿した時点で襲撃に来たであろう。

 占術では最短で1週間から10日の間に攻めてくるとあった。故に6日目まではできるだけ美咲を鍛え、今日からはゆっくりとしながら迎撃態勢に入っている。特に夜が危ないので昼寝をして夜の活動に支障がないようにしている。


「奥羽の妖狐は慎重だって噂だし東北の退魔の家が必死こいて山狩りしているらしいからそのせいかもしれないね」

「東北の竹駒神社や志和稲荷神社なんかは本気で精鋭を投入しているらしいよ」


 竹駒神社と志和稲荷神社は三大稲荷に数えられるほどの大きな稲荷神社だ。

 と、言っても三大稲荷候補は日本全国に多く存在する。10を超える稲荷神社、もしくは寺院が三大稲荷候補として上げられるほどで、伏見稲荷大社は確定とされ、それ以外は説が別れることが多い。

 豊川稲荷も当然その候補に入っていて、その中でも有力候補の一角だ。

 レンは稲荷信仰をしてはいないが稲荷神社にはよく参る。ひょこひょこと狐霊が歩いているのが見られて可愛らしいし、美咲に貰った管狐のクーやキーも喜ぶ。彼らはレンと葵の魔力を吸ってかなり成長している。


「まぁ急いても仕方がない。ほどほどに肩の力を抜かないと本番で失敗するからね。警戒は他の人たちがしっかりしてくれているから、攻めて来た時にシャキッと戦えるように今はのんびりしていようよ」

「わかった。むぅ、でも待つ時間って辛いよね」

「向こうから来てくれるんだからまだマシだよ。山狩りなんてしたくないね。どこにいるのかもわからないし見つけても逃げられたら意味がない」

「そうなんだけどさ~」


 美咲は待ち伏せが苦手なようでカタカタと片足を揺らしている。

 美咲は囮の役目でもあるが、奥羽の妖狐に止めを刺せば宇迦御魂神や荼枳尼天に認められる可能性があり、霊格を上げるチャンスだと逸っている。霊格が上がれば仙術を使える幅が広がる。泰山娘娘の試験にも受かりやすくなるという。


 逆に言えばレンや李偉が奥羽の妖狐をその力でねじ伏せて倒してしまってはいけないということだ。

 そこが今回のミッションの難しさになる。

 美咲がやられないように守りつつ奥羽の妖狐を弱らせ、美咲に仙術で倒させる。それがレンたちの役目だと思っていた。


「今日はゆっくりと寝ようよ。豊川家の防備は万全なんだし美咲の役目は最後だよ」

「イヤだよ。うちもちゃんと戦う。むしろうちが主戦力として戦うんだよ。そうじゃないと宇迦御魂神様や荼枳尼天様に認められるなんてことはありえないよ。レンっちたちにお膳立てされて止めだけ譲られても意味がないのっ!」

「そっか、そうなると難易度が上がるな」


 レンは美咲の主張を聞いて警戒レベルを上げた。

 宇迦御魂神や荼枳尼天がどの程度美咲の貢献を認めるかどうかなんてレンは当然として当の美咲にすらわからない。

 だが可能性があるのならやる価値は十分にあると、できるだけ美咲は自身の力と貢献を示す必要があると語る。


「おいおい、嬢ちゃん。そこまで無理しなくても俺らに頼って倒しちまえばいいだろう。賭かっているのは自分の命だぜ。大事にしないと大切なレンも悲しむぜ?」

「そうだけど、霊格を上げないとレンっちについていけない。レンっちはどうせ人間の寿命なんかで死ぬつもりはないんでしょ。だったらレンっちと同じだけの寿命を獲得しないとダメなの。そして今回は滅多にないチャンスなんだよ。逃せないよ」


 確かに受肉した妖狐が黒瘴珠を得るなんてことは前代未聞である。そして何百年も人間や退魔士を悩ませてきた妖狐討伐は稲荷信仰にとって重要な功績となるだろう。

 宇迦御魂神や荼枳尼天もお喜びになるかもしれない。

 レンとしてはそんな危険な妖狐がいるなら神使でもなんでも派遣して倒してくれて良いと思うのだが、神や仏は現世のことについてほとんど干渉しない。


 龍が攻めて来ても日本の現世にいる神霊たちですら見物に来るだけで手を貸してくれなかったのだ。天界にいるという神仏が現世に手を出すということはもうほとんどないのだろう。

 鬼一法眼はもう少し海を荒れさせたままならば我慢ならなくなった海神わだつみの介入はあったかもしれないと言っていたが、鷺ノ宮信興が十拳剣を使ったことで海神の介入もなく龍を撃退することができた。

 レンとしては海神の力の一端を見たかったという本音があるがもう過ぎたことだ。


「美咲はよくわかってるね。そう思ってくれるのは嬉しいけど無茶しちゃダメだよ。命は1つしかないんだからね」


 レンは若返りの薬を持っている。材料も〈箱庭〉に揃っている。不老の妙薬すら存在する。不老の妙薬は実験時間が足らないのでともかく若返りの薬はレンが捕らえた不埒者たちで実験し、効果があることが判明している。

 そのことを美咲たちに話したことはないが、レンが100年程度の寿命で満足するわけがないというのは美咲にも丸わかりだったらしい。

 2尾の気狐となった美咲はすでに人間の寿命の軛からは外れているが、1000年は生きられないらしい。

 レンは前世でさえ500年を超える程度の時間しか生きていない。1000年と言うとちょっとまだ想像ができない。ただ1000年もあれば以前のレンよりも強くなれる可能性が高い。それだけでレンはワクワクした気分になれるのだ。

 1000年生きれば退魔士たちからは神霊と崇められてしまうだろう。


(藤や武蔵坊弁慶のように玖条家を守る守護神として君臨することになるのかな、いや、ないな。むしろ中国や中央アジア、西欧の術なんかも学びたいから日本の術を学び尽くしたら国外に出る姿しか想像できないな)


 レンはローダス大陸内の多くの国を周り、様々な魔法を見て覚えてきた。修験道の術は概ね理解した。陰陽術や法術、霊術も秘伝と呼ばれる物以外はほとんど見て覚えた。適正があるので使えるかどうかは別だが対応策は練ることができる。

 仙術や神通力はちょっと特殊だ。仙気と李偉たちは言っているがレンに言わせれば聖気の一種であり、性質や使い方が少し違うだけという印象がある。

 美咲の使う仙術は妖狐の血が入っていないと使えないのでレンには真似できないが、吾郎や李偉の使う仙術は仙骨がなくともおそらく再現できる。

 仙骨があったほうが仙術を使うのに適しているというだけで使えないわけではないということを最近レンは理解した。


「むぅ、レンっちは過保護すぎ。それじゃぁうちらが成長しないよ! いや、レンっちに会ってからめっちゃ強くなってるけど。だけどやっぱり実戦は大事だと思うしレンっちだって実戦の大事さはずっと教えてくれてるじゃない。大丈夫、うちも切り札はあるし心配は掛けるかもしれないけどちゃんとやりきるからね!」


(美咲たちに甘いのは自覚してるんだけどこればかりは治らないんだよなぁ)


「はいはい、わかったよ。ごめんよ美咲。頑張ってね。応援してるしちゃんとサポートするから」

「わかったらよろしい」


 美咲はドヤと言う表情をしながらうんうんと頷いた。



 ◇ ◇



「GUGYAaaaaaaっ」

「GYAOoooooっ」


 奥羽の妖狐と呼ばれた存在は黒瘴珠を奪い、その力を増していた。そしてその実験として周囲の怨霊や妖魔、時に山狩りに来た退魔士などを食べ、その力を更に高めた。

 今日はその集大成と言うべきもので、同じく奥羽に住まう大狼と死闘を繰り広げていた。


 大狼はおとなしい妖魔で受肉してからは静かに豊かな地脈に縄張りを築き、じっくりと力を蓄え、現代の退魔士たちからは存在すら知覚されていなかった。

 天狗たち神霊にも見逃されていた。彼らと同等の力を持つので争いになればどちらが勝つかわからない。大天狗ならともかく中天狗あたりになると怪しい。かと言って天狗全体でボコるほど悪いことはしていない。故に大狼は静かに力を蓄えていた。


 奥羽の妖狐は縄張りが接する格上の大狼の存在を常に疎ましく思っていた。そしてその力を奪えば更に力を得ることができる。

 大狼の爪を、牙を、風の斬撃が飛んでくるのを目で見て尾を鋼にして弾く。

 妖狐はそれを見てニタリと笑った。


 黒瘴珠を食べた自身の力がここ数百年敵わなかった大狼を上回っていることを確信したからだ。

 だが戦いは一方的にはならなかった。大狼も大妖であり、その牙は鋭く、その爪の一撃は妖狐の強化された毛皮さえも斬り裂いてくる。

 炎に変じた尾で大狼の毛皮を焼き、妖狐の爪が大狼の前足を斬り飛ばす。大狼の牙が妖狐の前足に食い込むが食いちぎるには至らない。

 そこで戦いの天秤は妖狐に傾いた。


 大狼は逃げ出そうとするが妖狐は領域を張り、大狼を逃さない。

 がぶりと喉元にかぶりつき、その息の根を確実に止める。

 そして妖気で満ちていた大狼の肉をむしゃむしゃと食べた。

 黒い妖狐の姿がより艶のある毛皮になり、大狼の力を得た妖狐は確信する。

 南西にいる小さな妖狐の存在。仙狐になろうとしている小娘を喰らえば自身が神霊と呼ばれる存在の中でも上位に到れると。

 奥羽の妖狐の傷は大狼の身を喰らったことで癒え、万全となった妖狐は月に向かって吼える。

 今こそ悲願を叶える時が来た。



◇  ◇


レンはただ自身たちで妖狐を弱らせ、美咲に止めを刺させれば良いと思っていましたが美咲の事情は違います。神や仏に認められなければならないのです。そして妖狐討伐はその大チャンスです。逃す訳にはいきません。

そして裏では奥羽の妖狐が縄張りを接していた大狼と争い、打ち勝ち、更に強力になっています。こればかりは占術でも予知でもわかりません。正確にはその可能性は示唆されますが、確率が低いと見做されているのです。どのみち奥羽の妖狐がどれほどの妖魔かなどは相対してみなければわからないので、レンや美咲たちは最大限警戒しています。


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

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☆三つなら私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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