154.楓の告白
「うふふっ、レンっちを独占だぁ。月に何回かデートの時間を取ってくれているけれど独占ってのは初めてだなぁ。嬉しいなぁ」
美咲は浮かれていた。
奥羽の妖狐は怖い。それは間違いがない。なにせ自身より明らかに格上の妖狐に命を狙われているのだ。
本来ならば豊川市の豊川家に戻り、藤などに完璧な護衛をされていただろう。藤や美弥、瑠璃などに守られれば奥羽の妖狐など近づくことすらできない。
だが美咲の実力がここ数年メキメキと上がったこと、黄金果で2尾の妖狐となった事、仙術の修行を始め、基礎は修めたこと。それらを鑑みて豊川家は美咲を囮とした奥羽の悪狐を討伐する方向に舵を切った。当然そこには玖条家のバックアップがあるという計算もある。
また、上級妖魔から更に強力になったとされる悪狐を退治すれば宇迦御魂神や荼枳尼天に認められ、美咲の霊格が上がる可能性がある。そんなチャンスを逃すわけにはいかない。
なぜなら番であるレンが100年足らずの寿命で満足するわけがないのだ。
すでに2尾の妖狐となった美咲は数百年の寿命を得た。
レンについていくことはできるだろうが、レンが件の邪竜に殺されなければレンの寿命がどれだけあったか本人もわからないと言っていた。
そしてレンはいずれ神に認められ、神霊の1柱として日本を守る神になるかもしれない大物だと美咲は信じている。
2尾でも3尾でも1000年は生きられない。レンの行く末を常に傍に居たい美咲としてはなんとしても仙狐となり、4尾以上になりながら天狐とはならず、藤のように無限の寿命を持つ神霊になる必要性があるのだ。
葵はそろそろ霊格があがるのがわかる。彼女も同じ思いを持って自身の霊格を上げているのだろう。そうでなければ無理をして霊格を上げる必要などない。
霊格を上げるには過酷な修行や理不尽とも思える神霊の試練を突破しなければならないものもあるのだ。美咲も泰山娘娘に認められ、仙狐とならなければ話にならない。
「レンっち、修行手伝って。本気で来てくれなきゃイヤだよ?」
「わかったよ。神通力の修行だよね。神気は操るのが難しい反面、属性の影響を受けないんだ。そして瘴気に対して特効になる。美咲が妖狐に止めを刺さなきゃ行けないのなら神通力を通す武器が必要になるね」
「それは用意してあるよ。万全!」
美咲は藤から与えられた薙刀を持ち出してレンに見せた。
「うん、良い武器だね。でも少し前の術者の癖が残ってしまっているからちょっとだけ弄らせて貰うね。本当は美咲の神通力で前の術者の癖をねじ伏せるのが良いんだけど今回は時間がないから特別に初期化しておくよ」
レンはそう言って薙刀に気を通し始めた。レンが神気を操るのを見るのは珍しい。そしてレンは美咲なんかよりも遥かに上手に神気を操り、薙刀に通していった。
薙刀はレンの神気で淡く光り、そしてしばらくするとスッと光が消える。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
美咲が試しに神気を通して見ると薙刀への神気の通りがよくなっている。美咲の技量が急に上がったわけでは当然ないのでレンがした初期化によって美咲に合う武器になったのだろう。レンは瑠華と瑠奈に与えられた槍も同様の処置を行ってくれた。
「ありがとう、レンっち! 凄い嬉しい!」
「美咲の力になるのは当然だよ。だって番なんでしょう?」
「そうだよ、うちたちは番なんだからお互い力を合わせて妖狐なんて倒しちゃおうね」
(わぁっ、嬉しい。レンっちがうちのこと番と認めてくれた。やった!)
美咲は顔が綻ぶのを抑えきれずに喜んだ。
今まではレンに対して一方的に番だと宣言していただけだが、レンもそれを認めてくれたのだ。
灯火や水琴と婚約したのが大きいのだろう。レンは7人の少女たちに好意を隠さなくなり、言葉にも出してくれるようになった。
美咲はまだ婚約していないが、したも同然だと思っている。レンも美咲を受け入れてくれると言っている。ただ高校卒業は待とうと言われてしまっているので美咲は待ての状態だ。
本当は今すぐにでもレンと結ばれたい。それは初めて会った時からずっと思っていた。
だがそれももうすぐだ。たった1年ほど待つだけで良い。ただその1年が果てしなく長く感じてしまう。
(豊川家から正式に婚約の打診してもらうようにお祖母ちゃんにお願いしなくちゃ)
美咲はまだ正式な婚約者ではない。楓や葵もそうだ。レンは年齢順に娶るつもりらしいので美咲の順番はかなり後になってしまうが、既成事実を作るのは結婚を待たなくとも良いだろう。
美咲はレンと結ばれる日を夢見ながら、まずは眼の前の妖狐退治を成し遂げなければと気合を入れた。
◇ ◇
「ねぇお父さん」
「ん、なんだい楓」
藤森誠は忙しい中久々に家族と夕食を取ることができた。
川崎事変から誠の業務は倍増し、横浜付近に陣取る裏社会をかなり大人しくさせることに成功した。更に不法入国も厳しく取り締まり、外国人犯罪者の数は減少傾向にある。そこで一旦落ち着いたと思っていた。
しかしながら妖魔災害は留まることを知らない。
上級の妖魔が現れたり中級妖魔が黒瘴珠を得ることに寄って上級妖魔に変貌し、多くの退魔士が倒れている。
当然公安の特殊部隊を預かっている誠の仕事もまた倍増どころではなくなった。正直給料の割に仕事量が割に合わないどころではない。
誠の部下は増員されたにも関わらず、日本国中の情報を集めたり他国の情報を集めたりと大忙しで部下たちにも有給すら取らせてやることはできていない。
「あたし、玖条家に嫁ごうと思うんだけどいいかな?」
「ぶっ」
突然楓がぶっこんできた。味噌汁を飲んでいる時に言うのはやめてほしい。おかげでテーブルの上が味噌汁塗れになってしまった。
妻が「あらあら」と言いながらテーブルの上を拭いてくれている。息子は惣菜に手を伸ばそうとして箸を落としていた。
妻に取っては驚くべきことでもなんでもないのか、もしくは先に相談されていたのだろう。静かに誠の反応を見守っている。
誠は忙しさにかまけて最近家族を顧みることができていなかったことを反省した。
楓の縁組が難しいことは誠にもわかっていた。
本来なら兄の息子に合う年齢の優秀な子がいたのでそちらと縁組をしようと思っていたが、楓が攫われ〈制約〉が掛かった事でそれは流れた。
他の年齢の合う男子たちもここ数年で大概は既婚者になっているか婚約者を持っている。
楓がまだこの年齢で結婚もしておらず、婚約者すらいないというのは退魔の家の娘としては既におかしい部類なのだ。
「藤森分家で楓を娶ろうと言う猛者はもういないだろう。当然本家筋の分家にもだ。俺は楓が良いと思うのならどこに嫁ごうとも構わないと思っている。それが玖条家でもな」
玖条家には、いや、まだ家を興していない玖条漣には部下たちを捕らえられ、警告を与えられたと言う過去がある。誠はその時必ずレンの正体を暴いてやると心に誓ったものだ。
しかし川崎事変では攫われた楓を助けてくれた恩人でもある。
藤森本家に囚われた楓を強引な方法であったとは言え、開放してくれたのもレンだ。
楓が自身の伴侶にレンを選ぶのは自然な流れで、誠も想像してはいた。
だが実際に娘から口に出されると男親としては寂しい気持ちが溢れ出てくる。
「ダメ?」
「いや、ダメじゃないぞ。ただ少しびっくりしただけだ。ただそんな急ぐことはないだろう」
誠は自身で言いながら苦しいなと思っていた。
「灯火が、水無月家が玖条家と正式に婚約を結んだの。私もちゃんとレンくんの婚約者になりたいと思って」
「……なるほど、それでか」
水無月家の3女灯火と楓が仲良くしているのは知っていたがレンと灯火が婚約したのは流石の誠も知らなかった。
結婚ならともかく婚約自体はそう公にされるものでもない。公務でもないので誠にもそのような情報は流れてこない。
楓の話によると灯火の大学卒業を待ってレンと灯火は結婚すると言う。楓は同時か少し後にでもレンと結婚したいようだ。
退魔の家の結婚は一般人の結婚とは事情が違う。家としての結びつきという意味が多大に込められている。
藤森分家にとって玖条家との縁組はそう悪いものではない。
本家からは嫌がられると思われるが、楓に執着していた慶樹は未だに半身不随の状態でようやく松葉杖を使って歩けるようになった程度だ。術士としての未来は絶望的だと聞いている。
俊樹や和樹は元々楓の去就にそれほど執着していない。むしろ楓に固執した慶樹によって多大な被害を受けてしまったことを後悔している。
本家は玖条家と敵対することはできないので文句を言われることはないだろう。
「ではうちから玖条家に婚約の打診をすればいいのか?」
「ううん、レンくんがうちに来て婚約の打診をしてくれるらしいの。ただお父さんは忙しいしびっくりするだろうから先に話して置こうと思って。あとお父さんの仕事的に問題が起きたりしないか先に聞いておかないとねって」
「なるほどな、まぁ俺の仕事に影響は特にないな。玖条家は新興ではあるが大きな犯罪などにも手を染めている形跡はない。政府のブラックリストなどに載っているということはないから裏で何かしらやらかしていなければ問題ないな」
退魔の家同士の小競り合いで死人が出る程度のことでは公安は動かない。その程度は日常茶飯事だからだ。
問題は家ごと潰してしまっていたり、その地域で重要な役割を担っている家の稼業の邪魔をしたり、縄張りに現れた妖魔や怨霊を放置するなど市民に影響が出るような事件を起こさなければ見逃される。
通常は犯罪とみなされることも大概は見逃されるが、麻薬や人身売買などは流石に見逃されない。
レンが潰した裏組織はそれらを行っていた組織であり、玖条家はむしろ善玉だと見られていた。実際玖条家の周辺は類を見ないほどに治安が良くなっている。
「大丈夫だと思うよ。レンくん敵対者には容赦はないけど、基本的に他の家と張り合ったり家を大きくしたいなんて思っていないみたいだから。犯罪なんかしなくても十分儲かってるみたいだしね」
誠は藤森本家がレンに敵対した時のことを思い出した。
誠が近づくことすら許されなかった宝物庫の中身をごっそりと奪い、更に秘伝書なども奪い去った。本家は今でもどのようにそんなことが行えたかの分析や対応策ができていないらしい。しかしそれらに固執せずに藤森家に返還している。失われた宝物はなかったようだ。
そして楓を軟禁した事の騒動の発端である慶樹にはお仕置きだと言って術士としての生命を奪い去った。後でわかったことであるがついでに慶樹は子孫を残す能力もなくなっていたらしい。明らかにわざとそうしたのだろう。
敵対者に厳しいというのはそうなのだろうがならば敵対しなければ良いのだ。誠としても藤森分家としても敵対する気はない。
ただ公務上玖条家を調べなければならない事はある。それが雷神の敵対に当たらないかだけが心配だったが、多少調査を入れた程度では問題ないようだった。誠とて雷神の神罰が降るのはごめんだ。
「わかった。日取りが決まったらいいなさい」
「ううん、こっちの都合に合わせてくれるって。だからお父さんとお兄ちゃんの都合が良い日を教えて欲しいってレンくんから言われてる」
「次の休みは……今週は無理だが来週なら可能だろう」
息子も大丈夫だと頷いた。
楓は少し視線を上にあげて何かを思い出すように言葉を続ける。
「あ、レンくんは来週ちょっと無理かも。その次は?」
「余程の緊急の案件が入らなければ大丈夫なはずだ」
最近はその緊急の案件が起こりすぎていてなかなか家にも帰れない。
だが誠は優秀な後継者も育成している。その日くらい休暇を取っても良いと判断した。
「わかった、そう伝えておくね」
楓は嬉しそうに笑顔で答えた。
そっと妻が手を重ねてくれている。息子は立ち直ったようだ。
誠は男親としていずれくるであろう娘の嫁入りが本格的に近くなったことに小さな悲しさを覚えながらも娘が幸せを掴んでくれることを祈った。
◇ ◇
竹駒神社と志和稲荷神社の神官たちは奥羽の妖狐を追い詰めたと思っていた。
新潟から奥羽の妖狐の妖気を追跡し、領域を発見し、休んでいる所に奇襲することができたのだ。
実際奥羽の妖狐は力を持て余しているのか神官たちの攻撃は防ぐがじりじりと後退している。逃げ出すチャンスを狙っているのは明らかだ。
しかし神官たちも当然逃がすつもりはない。後方にも部隊を配置し、戦闘部隊の隊長が神剣を召喚して奥羽の妖狐の毛皮に傷をつけていく。別の術士も神降ろしの秘術にて宇迦御魂神の力を借り、尾を斬り落とす。
尾が変化した炎を神盾で弾き、雷を逸らす。
「今だっ、全員吶喊!」
隊長の号令により妖狐の領域を神気でゴリゴリと削り、妖狐の逃げ場をなくし、霊剣や錫杖などで妖狐に攻撃を……と、言うところで事件は起きた。
妖狐はニヤリと三日月型に笑い、銀閃が走る。
それは今までの妖狐の攻撃を遥かに上回る力を持っていた。
妖狐は攻撃範囲に全員が入ってくるのを狡猾に待っていたのだ。
そして入ってきた瞬間、予想されていた倍以上の瘴気を吹き出し、尾が変化した刃で何十人もの神官が息絶えた。周到に準備していた護符や鎧は全て銀色に輝く刃に斬り裂かれて神官たちの命を奪ったのだ。
更に妖狐の体の傷はどんどんと癒えて行く。やられっぱなしだったのも逃げようとしていたのも振りであり、罠であったらしい。
「なんだ……と」
妖狐討伐隊の隊長を任された男は龍の鱗の盾を持っていた為、銀閃から身を守ることができたがほとんどの神官たちの命は既にない。彼も盾で守られた部分はともかく肩に深く傷を負っていた。盾にも傷が入っていて、もう一撃同じ攻撃を受ければ割れてしまうだろう。
「どういうことだ、聞いてないぞこんなこと」
叫ぶがそれは山中に響くだけで妖狐が笑い声を上げる。
「お前たち程度の戦力で妾を狩ろうとしたのが間違えだったのさ。大人しく引っ込んでいれば良いものを。いい餌になってくれて感謝するよ」
「まさかっ」
妖狐が日本語を流暢に喋る。
そして隊長の首に妖狐の大きな牙が迫り、バクリと上半身ごと食べられる。
生き残った神官たちもパニックになり、散り散りに逃げようとする。
だが妖狐は領域を広げ、彼らを隔離し、1人ずつゆっくりと味わうように咀嚼していく。
「美味いねぇ、美味いねぇ。人間の、更に退魔士の味はやはり格別だよ。仙狐になったらお前たちの本拠にも攻め入って全員食べてやろう。あはははははははっ」
妖狐の高笑いは誰も聞くものもいないまま、山中に響き渡っていた。
◇ ◇
奥羽の妖狐は狡猾です。退魔士が狙ってくるなど百も承知で、自身を強化するためにわざと痕跡を残しています。そして楓が両親にレンと婚約を結びたいと宣言します。男親の誠さんには気の毒ですが、これも仕方のないことです。楓は灯火や水琴が婚約指輪を貰った事を羨ましいと思っているのです。当然美咲たちも思っていますがそれは別の話です。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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