151.鹿島神宮と神剣

 レンは葵とエアリスを連れて茨城県の鹿島神宮に来ていた。2人がついてきたのは一緒に来たいと言ったからで、他のメンバーは用事があったのでこの2人がついてきていることに特に理由はない。

 境内を掃除している小僧を捕まえて、宮司に紹介状を渡してくれるように頼む。

 小僧は訝しんでいたがレンが玖条家の当主であることと紹介状を見せればわかると断言したことで仕方がなさそうに動いてくれた。


 鹿島神宮は全国600を超える鹿島神社を統べる総本山だ。武御雷神を祭神とし、朱色が美しい楼門は日本3大楼門に数えられている。本殿や奥宮も素晴らしく、レンと葵とエアリスは鹿島神宮を堪能しつつきちんと参拝をした。レンは武神に武芸が達者になるように祈った。

 小僧がきちんと宮司に紹介状を渡してくれたようで神職の老人が何人かの共を伴ってレンたちの元へ現れた。


「玖条家当主玖条漣です。お忙しいところ失礼いたします。喫緊の用件ではありませんが鹿島神宮にお力を貸して頂きたく参りました」

「鷺ノ宮家からの連絡は頂いておる。それに紹介状も持ってきている。鷺ノ宮家の印章も入っていて間違いはない。それで、御神水を分けて頂きたいということで間違いはなかったかな」

「はい、武御雷神の御神水を水筒3杯分分けて頂けるようお願いしにきました」

「承知した。本来なら御神水は簡単に分けるようなものではないが鷺ノ宮家の紹介とあらば仕方あるまい。こちらへこられよ」


 宮司は奥宮の更に奥にある小さな泉まで案内してくれた。

 泉から溢れる水は1適もこぼさないように竹の水道が作られていて、神水を保管するための特殊な瓶(かめ)に繋がっている。

 神水の神気は1年もすれば抜けてしまうらしいが、それを特殊な術を施した瓶で保存しているらしい。神水は妖魔に特効のように効果があるし、呪いの解呪などにも使える。怨霊を祓うことすらできる。


 宮司は突然訪ねたレンにも色々と親切に説明してくれた。

 鹿島神宮の宮司だけあって神気が高い。霊力も相応だが戦う者の気配はない。神職として神に祈りを捧げ、また、時には怨霊などを憑けてしまった者を祓うのに特化しているのだろう。

 宮司の伴っている共には戦闘職であろう者も当然いる。護衛だろう。レンたちに対して緊張の色が見えるがレンは受け流している。戦うつもりで来たわけでも何でもないのだ。実際わざわざ鷺ノ宮信光に頼んで紹介状を書いて貰った。

 そうでなければ御神水など1滴すら分けて貰えないだろう。

 ただ万が一がある。宮司は鹿島神宮で最も高位な人物だ。何かあったらまずいというのもわかるのでレンは彼のことは気にしないようにし、且つ彼を刺激しないように気をつけて話しかけた。


「お返しではありませんがこちらを奉納したいとしたいと思います。武御雷神様の力ではありませんが中国の方士が込めた符呪です。妖魔退治には使えるでしょう。お納めください」


 レンは1Lの水筒3つに武御雷神の御神水を分けて頂き、代わりに吾郎が作った付呪を宮司に渡した。

 対価として金銭も考えたが鹿島神宮が金銭に困っているとは思えない。

 かと言って御神水に対価として釣り合うものはそうそうない。神道系なら自力で作れるだろう。かと言って仏教系の符呪を渡したら嫌味に取られる可能性がある。

 方士の符呪ならそれなりに持つし仙道である吾郎が力を込めた符だ。相応に強い符で、方術に精通していなくても飛ばして当てれば中級妖魔程度なら吹き飛ぶ威力がある。

 宮司はそれを見抜いたのか10枚の付呪を受取り、伴に渡した。


「ありがたく頂こう。昨今は妖魔の被害も馬鹿にならぬからな。して、御神水をどう使うのか」

「武御雷神の気を剣に込めようと思っております。神剣にはならないでしょうが武御雷神の神気を持った退魔士がいるので神気が通りやすくなるでしょう」

「そうか、その程度の御神水では大した威力の増強は見込めないだろうが多少の差はあるだろう。おかしな用途に使うのでなければ良い」


 宮司はレンの言った言葉を信じてくれたようだ。と、言うよりも鷺ノ宮家の印章の入った紹介状のおかげだろう。


「それにしても鹿島神宮は流石ですね。神気が濃い。更に武御雷神様の力を感じます」

「歴史はそれほど古くはないが時の徳川将軍が良い地を選び、陰陽師たちが吉日を選び、生粋の宮大工たちが建てた神社だ。武御雷神様もお喜びであろう」


 レンは獅子神神社の神気も知っているし他の神を祀る神社や寺院を多数訪れている。

 鹿島神宮は獅子神神社よりも歴史は浅いが神気が非常に濃い。更に同じ武御雷神を祀っているだけあって神気の気配が似通っている。


(これなら予想通りアレができそうだ)


 レンは武御雷神の神気の感覚を覚えながら宮司としばらく話をし、礼を言って鹿島神宮を辞した。

 せっかくなのでレンは葵とエアリスを連れて近所の観光名所も周り、美味しい海の幸も楽しんだ。



 ◇ ◇



「それで、御神水を貰ってきて何をするんですか」


 葵は〈箱庭〉についてきてレンに問うた。エアリスはエマに呼ばれて離れている。2人きりだ。

 レンが目的もなく神水を得るなんてことはありえない。何かしらまたやらかすのだろう。


「簡単に言えば四ツ腕の大太刀を水琴専用にするための準備だね。水琴が神剣を使うとなれば武御雷神の神気を使うだろう。実際水琴の神気は武御雷神の神気に寄っている。獅子神神社の祭神だからね。僕が見たことのある神剣は他の神の神気を通しても使えるようになっていた。いわゆる万能型だね。だけどこの大太刀は武御雷神の神気により強く反応するように錬金術で付与をして改造する。そして水琴の霊気と神気に馴染ませる。そうすれば水琴が霊力や武御雷神の神気を通した時により強い力を発揮できるようになる。いわゆる専用装備だね。その代わりに他の神の神気を流した時の反応が悪くなるけれど水琴の専用装備ならば問題ない」


 レンは自身の鷺ノ宮家から貰った小茜丸も豊川家から貰った十文字槍もレンの魔力に反応し、より強い力が発揮できるようにすでに調整しているのだと続けて説明した。

 小茜丸も十文字槍も十分霊格の高い霊剣であるが、レンが魔力を通すと1つ格上の剣と同等の力を発揮するのだという。

 ちなみに葵に与えられている短槍も同じように調整がなされており、葵の魔力に馴染み、他の退魔士が使うよりもより強力になっているのだと説明された。

 葵は短槍の威力が上がったのは葵の霊力が上がったからだと考えていたが、それだけではなくレンが細工を施していたらしい。


 レンは貰ってきた御神水を少量特殊な溶液に落とし、希釈した。更に魔術陣を描き、魔力を通すと武御雷神の神気が溶液の瓶から吹き上がった。

 明らかに少量の神水から得られる神気ではない。

 そしてその溶液を大太刀の入れてある箱に注ぎ込む。

 溶液の瓶からは不思議なことに瓶の大きさよりも明らかに量の多い神水が注ぎ込まれ、大太刀は神水に浸された。大太刀はゆっくりとだが神水の神気をその刃に吸い込んでいっている。


「これでしばらく置いておく。そうすると武御雷神の神気に大太刀が馴染み、武御雷神の神気を通しやすくなる。これを1L分繰り返すと水琴が武御雷神の神気を通した時に本来の大太刀よりも強力な神気を発揮することができる。黄金果を食べたことで水琴の霊力も神気もかなり上がったからね。大蛇丸の限界がそろそろ来ちゃうんだ。そうすると大蛇丸に負荷が掛かりすぎて最悪大蛇丸が折れる。それは避けたいし、獅子神神社にも悪い。獅子神神社にとって大蛇丸は代々受け継いできた大事な霊具だからね。大蛇丸は獅子神神社所蔵の物だから勝手に改造はできなかったけれど、僕が得た戦利品のこの大太刀なら問題ない」


 そう言ってレンは重ねるように魔術陣を幾つも描き、魔力を注いでいく。

 魔術陣は美しく輝き、魔力が、神気が大太刀に染み込んでいく。


「これでとりあえずは良しかな。まだまだやることはあるけれど水琴の為なら惜しくはない手間だ。昔なら一晩で全部終わらせられたんだけどね、今だと1月くらい掛かりそうかな」

「1月でその人の専用装備を作れるなんて聞いたことがありませんよ」


 葵はレンの非常識さを知っている。知っているがつい突っ込まざるを得なかった。


「神社や寺院は術者に合わせて専用装備なんて作らないだろ。むしろ子孫のことを考えて汎用性の高い霊剣なんかを求めるはずだ。実際今まで見た霊剣や神剣もそういう風に作られていた。日本の退魔士社会はそっちを求めているんだよ。むしろ専用装備を作ろうなんて発想自体そうそうないんじゃないかな。織田信長とかなら自分専用装備とか欲しがりそうなイメージだけど」


 確かに新しもの好きだと有名な織田信長なら自身の専用装備を献上されれば喜ぶだろう。むしろ鍛冶師に作らせそうだと葵も思った。

 故人なので真実は闇の中だが。


「まぁ水琴さんも愛刀である大蛇丸が折れることは望まないでしょう。獅子神神社は規模が小さいので大蛇丸自体貴重な霊刀のはずです。レン様が折れる前に代わりを用意するというなら水琴さんも獅子神神社も喜ぶでしょう。少なくとも嫌がる理由は見つかりません」

「そうだろ。綱吉の打った霊刀も質は良いんだけれどやっぱり長年妖魔を斬ってきた霊剣には敵わないんだよな。龍鱗粉を使った霊剣ができればまた違うんだろうけれどすぐにはできないって言ってたし水琴の成長と綱吉が新たな霊刀を打つのとどちらが早くなるかなんてわからない。だったら手元にある大太刀をとりあえず水琴専用にしてしまえばいいって思ったんだ。僕は使わないし葵も使わないだろう」

「そうですね。私はあの短槍で十分です。あの短槍も霊槍としては相当格が高いですよ」

「それは葵が使うからだよ。普通の退魔士が使ったらちょっと良いだけの短槍さ」


 レンはさらりと言うがそのちょっと良いだけの短槍は10億円出しても買えないのだ。

 レンは未だに高位の霊剣の価値をわかっていない。本人が神剣やそれに準ずる剣をいくつも所有しているからだろう。

 レンに取ってはフルーレなどは価値があるが、その下にはあまり価値を見出していないのだ。

 本来霊剣とは1000年以上前から多くの名鍛冶師たちが必死に打ち、神社や寺院に奉納され、退魔士たちが多くの妖魔を倒すことで霊剣の格が少しずつあがるのだ。

 神剣は神託を得て作る特殊な剣であったり、神が実際に使っていた剣だったりする。鷺ノ宮家にあるという十拳剣はどこぞの戦神が実際に使っていた剣であろう。レンが頼んでも見せても貰えなかったと聞いている。


(レン様はわかっているようでわかっていませんよね。いつものことですけれど)


 レンが為したことがどれほど凄いことで非常識なことか、葵は理解していた。

 これでも退魔の家の出なのだ。更に家出するために上位の僧などに様々な知識を請うて教えて貰っていた。

 白宮家は吹けば飛ぶほどの弱小退魔士の家ではあったが、歴史だけは長い。その分文献なども多く、更に奈良県には多く学べる場所があった。

 葵は小学生には難しい古語で書かれた文献も必死で解読し、わからなければ僧に頼り、更に霊具や霊具の価値などもレンなどよりもよほど知っていた。


 レンは生活に困らなければ金銭にこだわりがない。

 10億稼ぐのに本来どれだけの妖魔を倒さなければいけないのかなど知らないのだ。

 しかし実際蒼牙や黒縄は自分たちの食い扶持だけでなく玖条家の資産を増やしている。レンは当主であるのに前線に立ち、大きな金額をポンと稼いでくる。

 更に鷺ノ宮家から派遣された黒鷺は金融商品などを玖条警備保障の資産から購入し、堅実に増やしていると聞く。

 玖条家はほんの数年であるにも関わらず白宮家など戦力的にも財力でも大きく引き離しているのだ。


(まぁレン様ですしね。大国の大魔導士で爵位も頂いていたらしいですのでその辺は大雑把なのでしょう)


 レンは高位の爵位を持っていたが領地などは持っておらず、家の管理や金銭の管理は優秀な家宰に任せて居たという。

 本来貴族家の当主ならば金銭の管理などは自身で把握すべきところだろうが優秀な家宰が全て行っていたと聞いたことがある。家宰も変にレンの資産に手を出しでもしたら即座に灰も残らなくなる。間違ってもおかしなことはしなかっただろう。


 万が一金に困ってもレンが作る魔術具や魔道具は貴族でも目がくらむような金額で飛ぶように売れたと聞いている。

 苦労したというハンター時代ならともかく、魔法が使えるようになってからレンは金銭に苦労したことがないのだ。

 そしてその時代はレンが生きた8割以上の長さに及ぶ。そしてその感覚は今のレンにも受け継がれていた。


「レン様、それ商売にすればものすごく儲かりますよ」

「やだよ面倒くさい」


 葵は一応言ってみたがレンは葵が思っていた通りの返答をした。



◇  ◇


鹿島神宮いいところですよね。是非ご近所の方は寄って見てください。素晴らしいところですよ。

今回は水琴の剣を強化するお話です。其の為に同じ祭神である建御雷神を祀っている鹿島神宮を選んでみました。私の好みも多分に入っていますが笑 鹿島神社はうちの近所にもある有名な神社です。興味のある方は是非。


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

☆三つならば私がとても喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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