150

「まったく、ひどい目に遭ったわ」

「お姉ちゃん、レンに何度も直撃を盾で受けちゃダメって注意されてたじゃない。受け流すのが難しいのは知っているけれどできるようにならないと本当に死んじゃうよ? 悲鳴を上げて助けよりたくなったわ」


 両腕と内臓に損傷を受けたエマは魔法薬で治して貰い、シャワーを浴びて着替えて〈箱庭〉のレンの家から出ると外ではバーベキューの準備がされていた。

 エアリスがエマの言葉に小言を言う。実際魔物退治訓練の初期の頃、エアリスはエマが大怪我を負う度にエマを過剰に守ろうとしてそれではいけないとレンに注意されてきた。死んでないのならばまず元凶の魔物を倒すことを優先し、味方の被害の拡大を防ぐことが重要だと諭されたのだ。

 故にエアリスはエマが大怪我をしても駆け寄ることはなく、冷静にオークキングに対処した。それが正しい行動だからだ。

 実際水琴とエマが倒されたのだ。そこでエアリスまで抜けたら戦力が足らなくなる。前衛が居ないパーティでは即座に全員が最善の手を打たなければ抗しきれない。オークキングの魔手は他のメンバーにまで及んでいただろう。全滅判定まったなしだ。


「わかっているわよ。でも痛いものは痛いのよ。それに日本ではなかなか行えない実戦を行えているのも感謝しているわ。もう少し早く助けて欲しいとは思うけれどね」


 レンは「痛くなければ覚えない」と即座には助けてくれない。助けてくれるのは即死級の攻撃を受けそうになった時だけだ。

 実際水琴も左腕が開放骨折していたが、痛みを我慢してオークキングに渾身の居合い斬りを叩きつけ、止めを刺した。水琴が痛みに悶えて準備ができていなければ残った5人のうち何人かが死亡判定で退場になっていただろう。全滅判定も免れなかったかもしれない。


「さぁ君たちが倒したオークキングの肉だ。オーク肉も美味しいけれどオークキングの肉は貴重だしより美味しいんだよ」


 エマとエアリスは最後だったらしい。すでに回復している水琴も一緒に灯火たちと共に2人を待ってくれていた。

 レンが持ち込んだ野菜などと共に美味しそうな焼き肉の匂いが庭に充満している。


「ほら、エマもエアリスも食べよう。みんなで待ってたんだよ」

「わかったわ。実際美味しそうね」


 魔物肉はすでに幾度も食べている。独特な味わいもあれば普通に美味しいものもある。オーク肉は普通に美味しい部類なのでそれよりも美味しいというキングの肉にエマは興味があった。


 ジュウ


 炭火で焼かれたオークキングの肉は肉汁が滴っている。分厚く切られたそれは油でてかっていて、食欲を誘う匂いを周囲に振りまいている。


「美味しい」


 エマが言うと同様の言葉が灯火たちからも溢れる。

 実際口に広がるオークキングの肉の味は食レポをうまくできないエマでは美味しいとしか表現できなかったが、以前食べたA5和牛の肉並かそれ以上の美味しさを持っていた。

 ヒレやロース、カルビなど様々な部位を出される。内蔵も同様だ。

 エマはレバーとハツが美味しいと思った。そのへんの好みは別れていて楓などは内蔵部位は手をつけない。


「オークキングは育つと肉が硬くなるんだよね。美味しさは変わらないけれどこのくらいの育ち具合がちょうどいいと僕は思ってる。ブラックオークキングはそれでそれで味わいが違うけどね」


 レンが軽く言うが今回死闘を繰り広げたオークキングは弱い部類だと言う。それでも四ツ腕と同じくらいの脅威度はあるというから驚きだ。

 四ツ腕はレンのカルラが倒してしまったのでエマたちは直接鉾を交えていない。灯火や楓などは現場にも居なかった。

 しかしオークキングが怒り狂って吼えた時、四ツ腕に感じた死の気配をエマは同様に感じた。

 領域が無かったとは言え、足場も悪く、実際に強かった。

 それでもたった7人の女子たちで倒せた。あの時とは違う。半年間修行を積み、更に黄金果で底上げされたエマたちの実力は150人で相対した四ツ腕を7人で倒せるほどにまで上がっているのだ。

 それは素直に嬉しいと思うし、レンが適切な訓練をさせてくれているからだ。

 実際エマは水晶槍や水晶盾の扱いについて水琴やレンに習っている。

 遠距離攻撃だけでは近寄られた際にどうにもできないことがある。

 それをエマは他の魔物との戦いで十分に思い知らされた。


「本当はオークキングに四ツ腕の妖刀を持ったレベルで戦わせたかったけれどね。ちょうど良い相手が居なかったしそれだとちょっとまだ君たちには厳しいかな。一閃で全員の首と胴が斬り裂かれちゃう。ちゃんと準備できていれば防げるだろうけれど瞬間的にあのレベルの斬撃を防げる結界は張れないでしょ」

「う~ん、結界も頑張ってるけど瞬間では無理かなぁ」

「無理ですね。気がついたら首が飛んでそうです」


 美咲と葵がレンの言葉を肯定する。エマも同意見だ。本気で結界を張ればなんとかなるとは思う。だがその為には1分くらいの時間が掛かる。

 相手はこちらの結界が準備できるまで待ってくれるわけがない。準備できていない状態でオークキングがあの黒い斬撃を放てば全滅は必至だ。


「そういえばあの刀はどうなったの」

「あぁ、アレ? せっかくだから瘴気を浄化して使えるようにしてあるよ。大太刀だから僕は使いづらいから今はちょっと特殊な処理を施している。将来の水琴の刀にしようと思っているよ」

「私?」

「そう、だって大蛇丸は獅子神神社の所有物だろう。貸してくれと言えば貸してくれるかもしれないけれど、玖条家に水琴が来るのならば玖条家で水琴の刀を用意しないとと思っているんだ。そして大太刀は使い勝手は違うけれど大蛇丸よりも格が上だよ。水琴なら使いこなせると思う」

「そうなのね。ありがとう。大蛇丸を返さなければならないなんて思い至って無かったわ。そういえばさっき持ってた黒い剣は?」

「アレは黒竜牙剣と言って魔剣ではないけれど耐久力は抜群なんだ。なにせ黒竜の牙を削り出した剣だからね。斬れ味は悪いけれど魔力で刃を作ってあげればオークキングなんてらくらくと斬り裂くよ。魔力を込めなければなまくらだけどね」

「黒竜の牙ってどういうことよ」


 ついエマは突っ込んでしまった。黒竜など西欧でも数百年単位で出てこない神霊だ。その牙を使った剣を持っているというのが驚きだが〈箱庭〉の中でレンの非常識な防具や武具の類を幾度も見せられているので今更と言えば今更である。

 〈制約〉の掛かっているエマやエアリスに対し、特に〈箱庭〉の中ではレンは自重というものを放り投げている。

 上級魔法使いたちが喉から手を出しそうな魔法具をレンはほいほいと出して使うのだ。


「黒竜は〈箱庭〉の中にもいるよ。戦えば全員死ぬけど。鱗も硬いんだ。水琴の本気の一撃でも鱗を剥いで肉まで到達するのが精一杯じゃないかな。神剣召喚を覚えて神剣で斬りかかればわからないけれど首を落とすのは難しいんじゃないかな」

「〈箱庭〉の中では武御雷神様の御威光が届かないから神剣召喚はできないのよ。無理ね」

「神剣召喚が完全にできるようになったら神剣と同レベルの剣を貸してあげるよ。残念ながら刀はないけれどね。でも大太刀の処置が終われば神剣と同等の刀になる予定だよ」


 エマが頭が痛くなった。神剣と同レベルの剣ということはそれはすなわち神剣ということだ。

 それを気軽に貸すということは幾本も持っているのだろう。

 実際レンが使っているフルーレやシルヴァ、アル・ルーカなどは西欧や東欧では神剣扱いされるだろう。それほどの上位の剣であり、伝説になっていてもおかしくはない。

 そして大太刀を神剣と同等にする手段も持っているという。神剣は神託などで打たれた特殊な剣や神が実際に使っていた剣というのが通常の認識だ。人間が簡単に作れるような剣ではない。レンと話していると常識とは? と幾度も頭の中がぐるぐるとおかしな方向に向かいそうになる。


「美味しいね、お姉ちゃん」

「えぇ、美味しいわ、エアリスもたくさん食べなさい。活躍したんだから」

「お姉ちゃんもちゃんと活躍してたよ。美咲や葵や私をちゃんと守ってくれてたじゃない」

「葵は守る意味があるのかどうかわからないけれどね」


 葵はエマよりも余程近接戦闘能力が高い。防御力はそれほどではないが回避の技術が高いのでオークの一撃など当たりはしない。更に障壁や結界の能力も高いので総合的に見ればエマよりも防御力が高いのだ。

 だがパーティでの戦いを想定して葵は後衛という形で戦っている。

 それはエマの前衛としての能力をあげるためだ。ただ戦うよりも守るための戦いというのは難易度が違う。故に葵は後ろに下がり、エマに守られている。


(最初の護衛依頼の時に守られる側の訓練をさせられたけれど、今更だけど大事さがわかるわ。美咲も葵もエアリスも守りやすいもの。彼女たちがおかしな動きをしていたら私もうまく立ち回れる自信がないわ)


 当時は訓練の過酷さに文句を言っていたが護衛対象が適切に動いてくれる大切さは守る側の立場になってみれば身に染みる。

 そして美咲も葵もエアリスもエマと同様に守られる側の動き方をしっかりと叩き込まれている。おかげで守りやすいことこの上ない。

 レンが護衛依頼は本来は受けたくないと言う気持ちが、エマは少しだけわかった。護衛される側が無能であれば、護衛依頼の難易度は何倍にも跳ね上がるのだ。

 エマはエアリスに「お姉ちゃん焼けたよ」とオークキングの腿肉を渡されて、それを口に入れて美味しさに舌鼓を打った。



 ◇ ◇



「伊織様が執心している男がいるだと?」


 鷺ノ宮信興はその噂を聞きつけ、少しだけ興味を持った。

 鷺ノ宮信興は鷺ノ宮家の生まれではない。没落しかけている旧宮家の生まれであり、覚醒遺伝により強力な霊力を持って生まれてきた。

 しかし生家では秘伝を使える人間が100年単位で生まれておらず、秘伝が失伝してしまっていた。また、強力な妖魔との戦いもほとんど経験していないので戦闘能力が高い人間が他の旧宮家よりも遥かに少ない。没落しかけているというのもむべなるかなである。


 鷺ノ宮家は信興の生家に限らず旧宮家の秘伝を逸失しないように伝授できる人間を多数抱えている。

 そして信興の生家では信興を育てられないとして、信興は鷺ノ宮家に預けられ、養子に入った。ただし鷺ノ宮家の相続権は得られていない。猶子と言うやつだ。

 信興は鷺ノ宮家で戦闘要員として育てられることになり、望まれた通り強くなり、強力な妖魔と戦うことに生を見出し、戦いにあけくれる生活を望むようになった。

 鷺ノ宮家には信興よりも強力な術士が多数いるし、当主信光の〈封眼〉は信興の霊力や神気を封印してしまう。

 信興がやりすぎた時は信光によって霊力や神気を封印され、さらに折檻として霊力をかき乱される。

 それは腹を割いて内臓に手を入れられ、ぐちゃぐちゃにされるような苦しみを与えられるのと同じで、信興は何度かやらかして独房に放り込まれ、食事も与えられずに苦しみに呻いたことがある。


 そんな信興は本家の邸宅ではなく、別宅に居を構えている。

 使用人たちは信興の生活を不自由なく支えてくれているし、定期的に鷺ノ宮家の師範たちが信興を鍛えてくれている。彼らがこない時も信興は自身を鍛えることを怠らない。今後より強力な神霊が現れるとの予言は出ているのだ。信興はそれを日本の危機だとは感じずに、むしろ強敵と戦えると喜び、その日のために鍛錬をより厳しくしていた。


 信光はレンと信興の相性が悪いことを危惧し、レンの存在を信興から隠してきた。

 しかし隠しきれるものではない。使用人たちの噂話から伊織が執心しているという男の存在をつかみ、信興は独自に調べさせ、レンの存在に気付いた。

 なにせ伊織はすでに4回レンを茶会は昼食に招いている。そして伊織が淑女教育や独自の魔法の強化に乗り出したのはレンと出会ってからだ。

 伊織の変化や幼いながらにけなげにレンの為に頑張る姿は使用人たちの格好の話題であり、信興の耳に入るのは時間の問題であったと言える。

 そして信興は即座にレンの情報を取り寄せた。使用人たちは少し躊躇いながらもレンの情報を信興に渡した。


「玖条漣か。覚醒後1年足らずで退魔の家の創設。信光様の後ろ盾で、か。大水鬼の討伐の功を持ってとあるがそれだけではないのだろう。川崎事変の解決も関わっていると書いてある。川崎事変の時も大水鬼の時も戦えなかったのが残念だな。黒蛇の神霊や大水鬼、そして玖条漣本人も見てみたかった。できれば黒蛇の神霊を調伏した水神と戦ってみたいな」


 信興は川崎事変の時は東京にいなかった。大水鬼の時は退魔士の連合軍が大水鬼を止められなかった際の2次部隊として参加していたがレンが大水鬼を倒してしまった。

 どちらも信興は活躍の機会を、強力な神霊と戦う機会を逸してしまっていたのだ。

 戦いを望む信興としては残念な限りである。


「最近は黒瘴珠を持った鬼を倒したのか。俺も1度相対したがなかなか骨があったな」


 信興はその性格と戦闘要員として鷺ノ宮家に養子に入った事情により、大きな被害が出そうな戦場に駆り出されることが稀にある。

 実際龍が山形県沖に現れた時は信光に直訴して部隊を出して貰った。


「龍退治は楽しかったが止めを刺せなかったのが残念だ」


 このままでは何日掛けても再生されてしまうと判断した信興は、切り札として持たされた十拳剣を部隊長に直訴して借受け、龍に多大なダメージを与えたが龍が人化したことによって止めの喉元への一撃は避けられてしまった。

 アレが決まれば龍とてただでは済まなかっただろう。

 あの戦いでは信興が興味を持つ術者が何人も居た。強者と命掛けの戦いをしてみたいという欲望はあるが当然ながら信光に禁止されている。

 故に信興は強力な妖魔との邂逅を待ち望み、そしてそれを打ち倒すことを楽しみにしているのだ。

 当然死んでしまったらその楽しみもなくなるので必死に努力をしている。そろそろ生家の秘伝を伝授される頃だ。旧宮家の秘伝は強力な術式だ。秘伝が伝授されれば更に強い相手との戦いでも有利にことを進めることができるだろう。

 信興はその日を心待ちにしている。


「玖条漣か、会いに行ってその実力を確かめたいが信光様から許可を取るのは難しいな。だが鷺ノ宮家が後ろ盾になっている家だ。今後強力な妖魔や神霊が出てくれば出会うこともあるだろう。楽しみだな」


 信興はレンの写真を手に、ニヤリと笑った。



◇  ◇


最初の方に名前が出てきた信興くんが出てきました。戦闘狂ですが努力は怠らない努力家です。名前は出ていませんでしたが龍との戦いでも活躍しました。信光の妨害によってレンとの接触は叶いませんが、いずれ戦場で出会います。ただその邂逅がどうなるかはまだ書いていません。どこでぶつけようかなぁと考えながらストックを貯めています。


新作ハイファンタジー、「逃亡錬金術師と追放令嬢」も宜しくお願いします。


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

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