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「くそっ。覚醒者ならどうとでもなると思ったのに。それに新米の当主なら俺の話に乗る可能性もあると思ったんだがな」


大峯和義は車の中で悪態をついた。しかし従者がそれを諌める。


「坊っちゃん、もうやめましょう。どこの家でもロクな対応をされなかったじゃないですか。むしろ玖条家は当主様直々に話を聞いてくれて応対もしてくださった。そして玖条様の言う事は正しく、坊っちゃんには実績が足りません。実績が足らないということは発言力がないということです。大峯家内ならともかく、他家には坊っちゃんの言葉は通用しないのですよ。これでいい加減わかったでしょう。それに坊っちゃんの態度は他家の当主様に対する態度ではありませんでしたよ、あの場で咎められないかとヒヤヒヤしておりました」

「その坊っちゃんっていうのはいい加減やめてくれ」


 大峯和義はイラつきながら車の中で従者に諭され、椅子に拳を落とした。

 玖条漣は3年前に覚醒したという。と、言う事はまだまだ一般人の意識が残っていると思っていたのだ。故に一般人に多くの死者が出るから一緒に協力しようという案に頷いてくれると思っていた。

 しかし結果はどうだ。他の家よりも丁寧に、当主としての立場を明確に語られ、ぐぅの音もでないほどの正論で跳ね返されてしまった。

 今の時代力で押さえつけて自分の配下にすることなどできはしない。

 例え和義がレンを倒したとしても配下に下るわけではないのだ。

 それに和義の勘が言っていた。レンと戦うのは得策ではないと。水神を従えているというがそれだけではない不気味さがレンにはあった。


 ピリリリリッ


 和義のスマホが鳴る。そこには祖父の名があった。出ないわけにはいかない。


「はい、和義です」

「和義か、今日は玖条家に行くと言っていたな。首尾はどうだった」

「ダメでした。玖条家としては協力することはできないと説明され終わりました」

「そうであろう。和義の理想は他家には通じぬ。それを言っても理解されんだろうから和義のわがままを聞いて他家の門を叩くことを許したのじゃ。相手方には迷惑であっただろうがな。だがもうわかったであろう。和義の名は栃木では広まっているが全国に鳴り響いている訳ではない。むしろ今回訪問した玖条殿の方が有名なほどだ。よく玖条殿が直接応対してくれたものだ。それに感謝をしているか? 和義は術の修行に関しては天才的だが人と対する時の態度が悪すぎる。おそらく玖条家当主に対してもいつもの調子で語りかけたのであろう。印象は悪かろう。結果はさもあらんという感じじゃな。まずはそこから直さねばならぬな」


 祖父は大峯家当主の弟であり、和義の師でもある。和義も流石に逆らいきれない。

 祖父からは大峯家に戻り、他家の者との対応の仕方を学ぶことを約束させられた。

 術の研鑽だけしていれば良かった幼い時代と違い、これからはそういうことも必要になるのだという。むしろ教育が遅すぎたと祖父はため息をついた。


(くそっ、大魔が明日現れたらどうするというんだ。緊急時にマナー云々言っている場合じゃないだろう)


 そうは思うが和義には祖父や大峯家当主を説得する手立てはなかった。



 ◇ ◇



「面白い子だったね」

「まぁ熱意を持っているのはわかったわ。年齢も若いし気持ちもわからなくはないわ。ただ他家の当主に対する態度ではなかったわね。獅子神家であんな態度を取ったらお説教じゃすまないわよ」

「そこら辺は勘弁してあげようじゃないか。僕は新米だからね、それに彼もまだ若いんだ。これで大峯家にクレームでも入れたら僕が狭量だと思われてしまうよ。暇だったから相手した、それだけさ」


 レンと水琴は先程対応した大峯和義について話していた。

 和義は少し横柄で熱意ばかりが先行し、話している内容も幼稚だった。

 いや、実際に大魔が現れて被害が出ているのならばまた話は違っただろう。しかし現状は違う。黒瘴珠を持った特殊な妖魔は現れ、被害は出ているが許容範囲内だろう。

 少なくとも内戦や戦争をしている時代よりは被害者は少ない。


「レン様に対する態度がなっていませんでした。許せません」

「15歳で躾のなってない子ならあんなもんじゃないかな。僕だって当主だからある程度寛容に見られているけれど、単なる一退魔士だったら他家の退魔士から侮られていただろうし、もっと酷い態度で扱われるだろうね。所詮は覚醒者で歴史のない家だ。プライドの高い者たちには目障りに映るだろうからね」


 葵は和義のレンへの態度に怒っているが、レンは全く気にしていなかった。あの程度の輩はハンターではまだお行儀が良い方だ。貴族としては失格だが。

 しかしそれを正すのはレンの仕事ではない。大峯家が教育すべきことでレンが気にすることではないだろう。むしろ他の強力な覚醒者や天才児と呼ばれる者たちについての情報を知りたくなった。今まではそういう情報を集めようとはしていなかったのだ。


(後で黒縄たちに調べさせよう)


 〈蛇の目〉も予知を多くの家に出し、危機感を持たせているようだが時期がわからなければ準備をする以外することはない。

 黄金果のように一足飛びに強くなる方法などそうそうあるものではない。

 一時的に強くなれる強化薬ブースターもあまり一般的ではないようだ。

 つまりどの家も今と変わらず修行を重ね、強い術具を集め、術士たちの強化に励むしか手立てはない。


 実際に大魔が現れ、大水鬼や龍の時のように家の垣根を超えた連合軍が作られ、それが敗退した時、初めて和義のいうように強力な力を持つものだけの精鋭部隊で対処するという方法に行き着くのではないだろうか。

 一騎当千の猛者を暗殺者のように妖魔の元へ送り込む。足手纏いが居ない方が戦いはやりやすい。


 だがそこにレンが含まれるのはレンとしては面白くない。

 大魔との戦いなどやりたいものがやれば良いのだ。

 レンだけが戦うのであれば強力な結界で外からの監視を排除し、ハクやライカやエンたちの力を借りて魔剣の力も存分に使えばどうとでもなると思っている。

 実際あの龍だってその手を使えれば倒せただろう。

 7位階程度の龍などハクたちの敵ではない。レンが「やれ」と言えばあっという間に引き裂き、食いちぎり、龍の首を持ってきたに違いない。


(まぁもちろんそんな事したら大事件になるんだけどね)


 しかし連合軍や他家の目のある中でそれはやりたくはない。

 今までずっと彼らの存在を隠してきたのだ。見せるとしたらそれだけの危地にあるときだけだ。そしてそうならないよう、レンは自身の力量を高める努力を怠っていない。

 和義も強いとは思ったが敵わないとは思うほどではなかった。少なくとも源四郎ほどの使い手ではないだろう。

 ならばやりようなどいくらでもある。正面対決で勝てなくとも搦手などいくらでもあるのだ。


「大峯くんのことはもう良いだろう。ああいう子がいると知れたのだけが得たもので、後は時間の無駄だったね。あの態度でよく他家の門を叩けたものだ。門前で追い返されても文句は言えない、というか多分いくつかの家では門前で追い返されているだろうね。それでもうちにまで来るんだから熱意は本物なんだろうけれど、熱意だけじゃ人は動かない。それをわかっていないね」

「協力した際の報酬の話なんかもでませんでしたからね、一般人や退魔士の死亡者が減ることが報酬、なんてヒロイックなことを考えているんでしょう。気持ちはわからないことはありませんが霞を食べて生きている仙人ではないんです。それでは人は動きません」

「仙人だって霞だけを食べては生きてはいけないそうだよ」


 レンが笑って突っ込むと葵も笑った。レンの元には実際に仙人が居るのだ。

 彼らも食事をするし、霞というか霊力の吹き出る岩の上で座禅を組んでいれば食事をしなくても問題ないが、そうでなければ食事も必要だと説明されたことがある。座禅だけを組んでいても修行にはならないし、修行をすれば腹も減る。必然食事は必要になるのだと教えてくれた。

 仙人も霞だけでは生きていけないのだ。


「そういえば葵、吾郎から仙術を教わっているんだって?」

「そうです。人間用だから白蛇の血を引く私に合うかどうかわからないと言われましたけれど、残念ながら私には美咲ちゃんのように師がいません。仙術を使える白蛇の血を引く人がいるかどうか望月さんに調べて貰ったんですが残念ながら現在では存在しないか、その存在を隠しているみたいで見つかりませんでした。美咲ちゃんも妖狐から仙狐になるために仙術を学んでいるので私も学びたいと思って吾郎さんに頼んでいます」


 仙狐の血を引く美咲は当然仙術を学べば仙狐への道が開かれる。だが白蛇の妖魔も仙術を駆使する伝承は存在する。

 そして吾郎に見て貰った所、葵も仙術を学べば使えるようになるだろうことが判明したのだ。

 ただし吾郎や李偉は人間用の仙術しか知らない。白蛇の神霊がどんな仙術を使うのかはわからないのだ。

 だがそれでも仙術は仙術だ。学んで使えるようになるのであれば葵の新しい力となる。


 そう簡単には行かないだろうが学んで損はないだろう。故に最近葵は吾郎や李偉に仙術を学んでいるのだ。

 それが葵に取って早道になるのか遠回りになるのかは誰もわからない。このまま霊力と聖気の制御訓練を続け、魔力炉を稼働させていけばより霊格の高い白蛇に、もしくは白龍に葵は成れるかもしれないしなれないかもしれない。


 仙術が霊格に影響するのかどうか誰もわからないのだ。

 白宮家に残る文献にはそれらしいことは全く残っていなかったと言う。

 故に葵は手探りでも自身を高める手段を模索するしかない。

 葵は既に300年以上の寿命を得たと言っている。人間の寿命の軛からは抜けているのだ。

 そして先日黄金果を食べたことで霊格がもう少しで上がりそうだと言っていた。

 美咲のように一気に2つの尾が生えるようなことはなかったが、葵も霊格を上げる寸前までは潜在能力が開放されたのだ。

 もう1つ霊格が上がると寿命がどうなるのか、それは葵もわからないらしい。

 ただ白蛇は1000年生きた伝承もある。神霊になれば寿命などないに等しい。実際野に隠れている白蛇の神霊なども居るだろう。


「葵ちゃんや美咲ちゃんが羨ましくなることがあるわ。私は純粋な人間だもの。そう簡単に寿命を伸ばすことなんてできないわ」

「簡単じゃないですよ、様々な水神様に認められ、儀式をしてようやく霊格を上げられることができたのです」


水琴が軽率な発言に謝る。


「あら、ごめんなさいね。そういう意味じゃないのよ」

「わかってます。水琴さんですから。でも人間でも寿命の軛を超える方法はいくつもあるはずです。水琴さんはそのどれかを選べばいいのですよ。それにレン様ならおそらく関係なく手段をお持ちだと思います」


 水琴と葵からレンは視線を感じた。

 実際にある。寿命の軛を外す方法ではないが若返りの秘薬や老化を遅める霊薬は存在するし、レンのように精霊の加護や神の加護を得れば寿命は伸びる。

 他にもイザベラやヘレナ、アーキルなどに魔法使いの魔法やイスラムの術式で寿命の軛を外す方法がないのか聞いたことがある。

 答えは存在はするが明確な方法が書かれた書物などはないらしい。

 西欧、東欧の魔法使いや魔術士で人間の寿命を遥かに超えて生きる存在はいるらしい。イスラムの世界でも同様だ。


 だが彼らがどのように寿命を超えたのかはその人それぞれの方法があり、これをすれば寿命がなくなるという決定的な方法はないらしい。

 エマやエアリスは美咲や葵のように魔女としての格を上げればおそらく寿命は伸びるだろう。


 そして吾郎や李偉にも聞いてみたが仙人になるには仙骨というのが必要で、それがないと仙人にはなれないらしい。

 だが寿命を伸ばすだけならば仙丹や金丹と呼ばれる妙薬を飲めば普通の人間でも寿命が伸びるという。ただその素材を集めるのは困難を極め、仙人に調合してもらわなければならないという制約はある。


 そしてレン独自の方法以外にも存在はする。

 それは役行者から貰った秘伝書の外伝に書かれていたものだが単純に言うと人間が天狗になる方法だ。確実ではないがいくつかの方向性が示唆されていた。

 だが水琴は神職だ。仏教徒ではないし妖魔としても扱われる天狗になるのは嫌がるだろう。

 結論として、レンが寿命を伸ばす霊薬などを処方して若返りの薬を飲ませ、水琴が自力で神の加護を得て寿命の軛を外すのが一番だとレンは考えている。

 それは灯火や楓も同じだ。


 レンは100年程度で死ぬつもりは毛頭ない。そして将来伴侶になる彼女たちに先立たれるのもイヤだ。

 本人たちが望むのならばともかく、そうでないのならばレンと共に長生きして欲しいと思っている。

 不死の薬はないが不老に近い体になる霊薬は存在するのだ。若返りの薬と併用すれば全盛期の肉体を持って修行を続けることは可能だろう。

 そして水琴の才ならば100歳になる前に人を辞めることができるとレンは信じていた。


「あるよ。でも水琴にはまだ早いかな。もっと地力を上げて魔力も聖気も増やすんだ。やるべきことは今までと一緒だね」

「あらいやだ。今すぐそうなりたいって言っているわけじゃないのよ。まだまだ私は若いんだから、ね? でもあるのね、さすがレンくんだわ。私の想像なんて遥かに超えてくるのはいつものことよね」


 水琴はくすくすと笑った。確かにまだ18歳の水琴に若返りの薬や不老の霊薬は必要ないだろう。むしろ18歳のまま見た目が変わらなければ社会生活が困難になる。

 60歳くらいまでは普通に老化し、レンが玖条家を子供たちの誰かに譲り渡し、自由になってから若返りの薬を飲ませれば良いのだ。

 今考えることではない。


「水琴なら僕に頼らなくても神に認められて寿命の軛を超えることなんてわけないと思うけどね。神の試練を超えなきゃ行けないかもしれないけれどこっちの世界ではどうなるのかなんてわからないな」

「あら、レンくんの期待が重いわ。武御雷神様の試練とか考えたくもないわね」


 水琴は笑いながらそう言った。

 レンもレンが過去受けた神の試練を思い出してもう二度と受けたくないなと思って苦笑した。



◇  ◇


今回は寿命のお話です。レンは若返りの秘薬や不老になる霊薬を持っています。過去の最強のレンが死んだことからも不死にはなれません。アンデットとして復活する方法は存在します。ノーラーフキングなどですね。もしくは吸血鬼など種族が変われば寿命が伸びます。

DBのように神龍でも居ればいいのですがそう都合よくはいきませんねw

和義くんはこれで退場です。もう出てきませんが、もっと後の章の後半の大戦ではこっそり参加するかも知れません。それだけの実力は持っているのです。しかし実戦経験が足らないので呼ばれるかは怪しい所です。格上と戦った時にこそ、その人の本性が出てくると思うのです。おしっこちびって逃げ出すかもしれませんね笑


面白かった、続きが気になると言う方は是非☆評価、いいね、レビューお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

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