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「客? 僕に?」

「えぇ、そうです。玖条家当主、玖条漣様に用事があると言っています。名を聞きましたが大峯(おおみね)和義(かずよし)と言うらしいです。ご存知ですか」

「知らないな、水琴、美咲、葵、知ってる?」

「しらな~い」

「知りません」

「大峯、大峯。大峯神社の天才児のことかしら。一時期神童だと騒がれて有名になった子がいるわ。その子が成長していたら今頃高校生くらいかしら」


 美咲と葵は知らないらしく、水琴が思い出すように上を向いて記憶を引っ張り出している。


「大峯神社は栃木県にある由緒ある神社よ。700年くらいの歴史はあるんじゃないかしら。それほど規模は大きくないけれど、生まれた時から霊力が高く、中級術式も5歳から使えたと言う神童が生まれたと騒がれたわ。そして10歳で中妖を1人で退治したことで有名になったわ。その子のことじゃないかしら」


 生まれた時から霊力が高く、10歳の若さで中級妖魔をソロで倒せるなら神童と言っても良いだろう。

 10で神童、15で才子、20過ぎればただの人などと言われるがそれは強くなる努力を怠ったからだ。天性の才を持つ者が常に鍛錬を重ねれば当然霊力も戦闘技術も磨かれるだろう。


 そんな大峯和義がレンを、玖条家を訪ねてきた。

 玖条家と大峯神社には交流がない。緊急の用事があるとも思えない。

 だがレンは会ってみても良い気がした。

 黒縄に通すように伝える。水琴にもアドバイザーとして付いてきて貰うように頼んだ。


 応接室で彼らを迎えると高校生くらいの少年と2人の従者がついている。

 〈龍眼〉で見るとかなりの霊力を持っている。神気も高い。

 レンの修行を受けず、魔力回路の調整も行わずに黄金の果実を食していなければ水琴たちよりも強いだろう。

 実際和義は魔力を隠さず、自分の力を誇っているように見える。


「玖条家当主、玖条漣だ。大峯和義くんと言ったね。どんな用かな」

「大峯和義だ。会ってくれて感謝する。俺は大峯家に生まれ、幼い頃から天才と言われてきた。妖魔退治でも遅れを取ったことがない。近隣の熟練の術士たちにも遅れを取る気はない。大峯家の者が玖条家という新興の家が関東で名を上げていると聞いた。どんな男か見たかったと言うのが正直なところだ。だが水神を宿しているとは聞いたが思っていたよりも弱く感じる。俺と戦えば十中八九俺が勝つだろう。期待しすぎたのかもしれない。だが暗黒期の予兆が顕在化した今、いずれ訪れる大魔の侵略に備えなければならない。玖条漣殿がどれほどの実力かは測れないがそれなりにやるのだろう。そうでなければ玖条家を興すなどということはないはずだ。俺は自身だけで未だ大魔を倒せる実力にないが、10年と経たない内には大魔と同等の実力を得ると確信している。だが俺だって死にたくはない。故に各地の天賦の才を得たと言われる天才たちや強力な覚醒者に実際に会い、この目で俺と共に戦ってくれる強力な味方を得たいと思っている。九州にいると言われた天才少女には会わせても貰えなかったし北海道に現れた強力な覚醒者にも会いに言ったがけんもほろろに断られてしまったけどな。強力な大魔は俺個人で倒せるかどうかわからない。だから玖条漣殿と共に戦うことができるかどうかこの目で見たいと思って来たんだ」


 和義は自信があるのか傲慢なのかかなり横柄な言葉遣いをする。従者たちは苦虫を噛み潰したような表情をしているが止める様子はない。


(子供だな。強力な力を持っているのは間違いがない。それで戦闘技術がどれだけ仕込まれているかはわからないが、確かに魔力も神気もなかなかの物だ。黄金果を食べる前の灯火たち5人を超える魔力を持っている。でも他家の当主にする態度か? 流石に教育がなっていないように感じるな。家の格に合わない能力を持って生まれたので躾けができる術士がいないんだろうな。自分より実力が低い人間の言う事なんか聞きそうにない。ただ自身の不足を知って仲間を募るというアイデアは悪くない。ないけれど現状の日本の退魔の家の事情にはそぐわないな)


「僕には君に合力するメリットがないな。大峯家から玖条家に正式に申し込まれたのならともかく、和義くんの考えに安易に賛同することはできない。なぜなら僕は玖条家という退魔の家の当主だからだ。部下たちをむやみやたらに死なせるつもりはないし僕も死にたくはない。大魔が現れるというのは確実なのか」


 レンは和義が語る内容はわからなくはないが、確証性に乏しいと感じていた。

 〈蛇の目〉の神子、鈴華が語るにはレンが大魔と戦うのはほぼ確実な未来らしい。だがそれがいつになるかははっきりしていない。

 それにレンが大魔と戦う理由はない。鷺ノ宮家に招集が掛けられてしまえば断る理由を探すのも大変だが、断れないことはない。

 龍退治に参加したことによって玖条家の株は上がった。更にカルラを表に出したことによってレンの実力の一端は周囲に広まっている。

 和義もそれを聞いてレンの元を訪れたのだろう。


「大魔が現れれば一般人にも多くの犠牲者が出る。実際龍が攻めて来た時は多くの犠牲者が一般人にも出た。大魔が龍と同等かそれ以上でない保証はない。強く、信頼できる仲間が居れば俺も安心して大魔との戦闘に集中できる。サポートでも良い。玖条家として、俺に協力してくれないか」


 和義は15才の高校1年生らしい。その割には多量の魔力や聖気を宿し、それらをきちんと制御し、武術をきちんと学んでいるのが立ち姿だけでわかる。

 神童と呼ばれた天才が努力を重ね、ただの人にならない為に今も研鑽を続けているのだろう。


 実際彼の魔力量は今現在の水琴よりも高い。黄金の果実を食べて大幅にパワーアップした水琴よりも単純な魔力量だけで言えば強いことは確実だ。ただその差はそれほど大きなものではない。誤差と言えば誤差レベルだ。そして接近戦であるならば確実に水琴が勝つ。

 霊格が上がり、ポテンシャルも高く、黄金果に寄ってその力が開放された美咲に比べるとどうだろう。

 仙術も覚えたようだし2尾の妖狐となった美咲と本気で戦えば美咲が勝てるような気がしてくる。

 鷺ノ宮伊織は例外だ。彼女が本気で魔法を放てば和義など微塵も残らずに姿を消すだろう。つまりレンに取ってはそれなりに強い術士ではあるが両手(もろて)を振って手を取るほどのメリットを感じない相手だと言える。

 レンの知る規格外の天才と比べると和義はそこそこいる天才の1人と言う認識だ。暗黒期関係なく生まれるレベルだと感じた。1億人を超える人間が日本にはいるのだ。退魔士はその中では極少数ではあるが、それでも彼くらいの天才と呼ばれる人間は10年に1人くらい生まれていてもおかしくはない。


「レンくん、大峯くんは神剣召喚や神霊を下ろす神懸りをすでに会得しているわ。冗談抜きで栃木県の5本の指に入る術士であることは間違にないわ。私も神剣召喚や神懸りはまだ完全に習得したとは言えないわ。彼は私の上位互換と言ってもおかしくないわ。この若さでね」


 水琴が和義の偉業をいくつか並べて教えてくれる。それほど有名なのだろう。

 和義も綺麗なお姉さんに称賛されているのが嬉しいのか胸を張って水琴の賛辞を素直に受け止めている。

 実力はあるのだろうが、まだ精神が幼いとレンは感じた。

 そしてそのように若く、実力のあるハンターや魔法使いが調子に乗って大怪我をしたり死んでしまったりという実体験をレンは山程見てきた。死線を幾度も潜り抜けた戦士の目をしていない。実戦に恵まれなかったのだろう。もしくはその才で無双してしまい、死線を潜る体験ができていないのだ。それは良いことではあるが、戦士としての成長の芽を潰すことでもある。

 それに退魔の家の主として安易に彼の提案に乗ることは良しとしない。


「何か強力な妖魔が出て大峯家から正式な援軍の要請が来たら考えなくもないかな。しかし和義くんの誘いには乗れない。僕も命は大事だからね、大魔との戦いがどれほどの規模になるかわからない。僕や僕の大切な人たちを危険に晒す選択は玖条家としては却下せざるを得ない。残念だが他を当たってくれないか」


 和義はレンの返答に瞬間的に怒りを、しかし心を鎮め、残念な表情でため息をはいた。


「大人たちは暗黒期に入ったことを認めていない。それに暗黒期と言えどどれほどの被害が出るのかは時代に寄って違う。しかし霊力をろくに持たない一般人が多く妖魔に殺される事態を俺は見逃せない。うちの神社の巫女に実際に神託があった。〈蛇の目〉もいつとは明言はしなかったがこれから日本で多くの強力な妖魔や神霊が現れることを予言している。そして暗黒期には多くの強力な術者が生まれることも知られている。玖条殿もその1人だと思っている。多くの一般人や妖魔と戦う退魔士が暗黒期によって命を落とすだろう。そして俺たちが協力してそれらを防げば被害を小さくすることも可能だ。大峯家という退魔の家に生まれ、神に愛されたとまで言われた俺だ。その力を使って多くの退魔士や一般人を助けたいと思う。その為に力を貸して欲しいんだ」


(若いな)


 強力な力を持った若者が理想を語るのは良い。実際レンと和義が協力関係になり、多くの黒瘴珠を持った妖魔を狩っていけば退魔士の損失は防げるだろう。

 ただそれは他家が黒瘴珠の妖魔と戦う機会を逸失するのと同義だ。実際に戦わなければ危機感など育たない。ぬるい認識のまま暗黒期に入れば彼らは淘汰されてしまう側に回るだろう。ならば今のうちにそうはいないとされる受肉した妖魔との戦いを経験したほうが底上げになるとレンは判断している。実際如月家は前回のことを反省し、本気で家の底上げに取り組んでいる。


 それにレンは他家の事など知ったことではなかった。

 縁のある水無月家、獅子神家、豊川家が巻き込まれて劣勢になればレンは損得考えずに助けに走るだろう。

 藤森家は微妙なところだ。楓と、せめて楓が大切にしている分家の家族たちは救えれば良いと思う。他はどうでも良い。

 葵は完全にレンの傘下に入っている。関東白宮家はすでに玖条家の傘下として見られているのだ。

 実際近所に住み、時間がある時は常に葵はレンの傍にいる。葵の家も結界を張り、襲撃などを受けても簡単にやられないように対策をしている。

 鷺ノ宮家に関しては放置で良いだろう。レンが駆けつけたところで黒瘴珠を得た妖魔程度にやられるとは思えない。犠牲も出さずに鷺ノ宮家だけで片をつけるのが目に見えている。


「再度言うが僕は玖条家の当主だ。玖条家に益がなく、デメリットしかないその提案に頷くことはできない。まずは大峯家当主に話を通し、家同士の同盟などを組もうとするのが正式な手順だ。そして和義くんはその手順を全て無視している。それに金銭や何かしらの報酬も明示していない。それではなかなか首を振ってくれる相手はいないのではないか」

「うっ、実際そうだ。俺のように天才少年、少女と言われる子たちは全国に多くいる。20年、30年前よりも明らかに数が多いそうだ。更に驚異的な異能を持った覚醒者の数も増えている。暗黒期が始まりなのか真っ只中なのかはわからないが、予兆は明らかに出ているし〈蛇の目〉も警戒を全国の退魔の家に送っている。それだけヤバイ状況なんだ。家のメンツを気にして多くの人が死ぬことは俺には許容できない。もっと良い方法があると思うんだ。だが実際に北海道の覚醒者に会いに行ったり九州の天才少女に会いに行ったりしたが俺の話を途中までは聞いてくれたが良い返答をくれた家はなかった。現実が見えていないと言われてしまったよ」


 和義は最初はかなり熱弁を振るっていたがしゅんとしてしまっている。

 玖条家に乗り込んできたように様々な家に乗り込み、同様に断られてしまったのだろう。


「そういえば話は変わるのだが、去年龍が攻めて来ただろう。和義くんはそれだけの実力を持っているんだ。招集は受けなかったのか」


 レンが龍撃退に対して水を向けると和義はイヤな表情を作って語った。


「残念ながら大峯家には空を飛ぶ術具がない。いや、実際はあるがあれほどの大嵐の中で安定して飛ぶ方法がなかったんだ。それを知る高位の家が俺を招集することを止めた。龍の見物だけは行ったけれどね、多くの俺が知らない強力な術士がいることを知れただけで良かったと思う。だがあの戦いでも実際100人を超える退魔士が死んだか再起不能になっている。俺が戦いに参加できれば倒せたとまでは言わないが優勢に戦いを進められただろう。残念だが俺だってうちの当主様の言う事は聞かなければならないし、物理的に10km以上離れた龍に神剣を撃ち込む術はなかった。あれから修行をしたがまだ龍を調伏するほどの実力はない。ないが、いずれあの龍すらも超えて見せる。それだけの才能は俺は持っていると信じているし、研鑽も怠っていない。神霊だろうと個人の術者が倒した記録があるんだ。俺に倒せないはずがない」


 ふふっとレンは笑いがこぼれでるのを抑えることができなかった。


「何がおかしい!?」

「いや、若いなと思って。君が龍を撃退、または討滅できていれば話を聞いてくれる者は多くいたかもしれない。単純に君は実績が足りていないんだ。神剣召喚、神懸り、どちらも神職の水琴が言うんだ。僕は神職の術にはそう詳しくないけれどそう簡単に会得できる術ではないんだろう。それを使える術士というだけで大峯くんの実力の一端は窺える。まず君は大妖と呼ばれる妖魔を多く倒し、君の発言に説得力を持たせなければ君の説得に耳を貸す者はほとんどいないだろう。日本は平和な時間が長かった。今の退魔の家の当主はほとんど60代前後だろう。代替わりしても40代が大半だ。戦乱の時代を知らず、強力な妖魔も現れただろうがこの10年と少しの妖魔の増加量に対応しきれるとは思えない。そんな者たちが退魔の家の当主をしている。そして当主の権限は高い。当主が否と言ったことを無理に行える者などそうはいない。実際大峯くんは大峯家に無断でココに来ているんじゃないのかな。正式な使者ではないんだろう?」

「うぐっ」


 和義は言葉に詰まった。事実なのだろう。

 大峯家が和義がそのような行動を取っていることを知らないとは思えない。彼の甘さ、若さを自身で実感させるために見逃しているのだ。

 ついでに他家の強力な術者が彼に共感すれば儲けものだ。大峯家が危機に陥ったときに正式な同盟を結ばずとも強力な術者が助けに来てくれるかもしれない。そういう思惑が透けて見える。


「意見としては面白いと思ったけれどね、玖条家としては賛同できないかな、悪いけれどね」

「それで玖条家が苦境に陥り、多くの人員が死んだとしてもかい?」

「もちろんだ。うちにいる退魔士は全員が戦士だ。妖魔と戦うのに相手が強いからと背を向けるような弱者はいない。死の気配と常に隣り合わせになりながら、それでも立ち向かうのが真の退魔士だろう。ただし常に特攻しろとは言わない。一度引くのも戦略としてはありだ。一度引き、きちんとした戦力を整えて再度討滅に向かう。それが正しい姿だ。大峯家だって無駄死にになるのがわかっている戦場に無駄に神官を送り出さずに周囲の家などに援軍を頼むだろう。それと同じさ」


 レンが諭すと和義はがっかりした表情を浮かべている。

 他の家でどのような扱いを受けたかわからないが玖条家はレンが当主だ。つまり当主が直々に和義の話を聞いているのだ。それだけでも高待遇だと言わざるを得ない。

 普通いきなりアポもなく訪ねてきて退魔の家の当主が会ってくれるなんてことはそうそうないのだから。


「さて、話は大体聞いた。大峯くんの正義感溢れる熱情は理解する。理解するが玖条家としての返答は変わらないな。まず実績を積んでくるんだ。誰も文句を言えないような実績をね。そして大峯家を巻き込んで暗黒期に対する連合軍を作ろうと多数の家に打診する。そうすれば大峯くんの求める理想に少しは近づくだろう。僕の言えることはそのくらいだね」

「わかった、ありがとう。退魔の家の当主様が会って話を聞いてくれただけでありがたいことくらい俺だってわかっている。覚醒者という話だが玖条殿はもう立派な当主なんだな。覚醒者なら一般人の感覚がまだまだ残っていただろうと思って甘く考えていた俺が悪かった。失礼する」


 和義はレンの言葉を聞いて引いた。レンもほぼほぼ正論をぶつけて返したまでなので和義の付け入る隙はない。

 和義があと5年早く生まれ、スカイボードなどの飛行魔道具を持っていれば龍退治で活躍することもできただろう。そうすれば名も売れ、和義の話を聞く家も多くなったかもしれない。

 だがたらればを言っても仕方がない。和義はこっそりとレンに頭を下げる従者に連れられ、玖条家を去っていった。




◇  ◇


すいません、予約投稿をミスりました。

この話ですが暗黒期前なので全国に天才少年、少女が大量に生まれています。大峯くんはその一人ですね。他にも強力な覚醒者が居ます。レンがその代表格です。他にもいっぱいいます。美咲や葵、伊織もその一人です。

この作品にでは出てきませんが、匂わせては居たので一人くらい登場させようと思ってこの話を書きました。まだ若いですね。仕方ありません。歴戦の勇士のレンには響きません。水琴や葵も呆れています。こういう子たちが今増えているんだなぁって雰囲気だけでも感じて頂ければと思い書きました。


面白かった、続きが気になると言う方々は是非いいね、レビュー、☆での評価お願いします。

宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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