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「さて、君たちに話すことがある」


 織田信広は新入生たちにオカルト研究会の趣旨を説明し、よかったら入ってくれと退魔士の後輩たちに説明して後輩たちは解散した。新入生歓迎会は後日なのだ。

 今はオカルト研究会に正式に所属する20数名が残っている。実際はもっと多いが兼部している者や今日は来てない者もいる。そこらへんは自由度が高いし信広も強制はしていない。

 そして本来なら解散するか、これから飲み会にでも出るところなのだが信広は全員に残るように告げ、神妙な顔で全員を見渡した。菅も何箇所か骨折していて気絶したままだがそのうち治るので治癒も行わず放置している。新入生に絡んだ罰である。


「今年の新入生に玖条漣くんという新入生がいる。玖条家という新興の家を立てることを許された覚醒者で、未だ覚醒して3年と言う退魔士としては本来未熟な部類だ。だが敢えていう。絶対に喧嘩を売るな。手合わせ程度はいい。だけれどまかり間違っても玖条くんを本気で怒らせるようなことは控えて欲しい。玖条家は新興で小さいが恐ろしく強い。そして後ろ盾には中部の雄、豊川家が居る。豊川家が絡めば君たちの家などあっという間に吹き飛ぶぞ。そして文句の言える家なんか日本にはそう多くない。豊川家を知らないメンバーはいないと思うが中部地方を支配する神霊持ちの大家だ。そして敵対する者に対して容赦はしない。更に玖条くんもだ、彼は菅を手の内1つも見せずに下したんだ。冗談なく強いと思って貰って構わない」

「はい、玖条くんはそれほど恐ろしいんですか?」


 1人のメンバーが手を上げて単純な質問をしてくる。


「本人の性格はまだよくわからない。だが慎重であることはわかっている。玖条家の防諜体制は盤石で、多くの諜報員が玖条家の秘密を探ろうとして失敗してきた現実がある。だから玖条くんの実力は正直なところわからない、ないが菅を怪我1つなく倒す実力があるということは今日証明された。菅が本来の装備で制限なく戦っても同じ結果になっただろう。格上の退魔士に喧嘩を売るのはもってのほかだし、彼は玖条家の当主だ。彼に喧嘩を売れば玖条家自体が敵になる。家同士の争いにはみんなしたくないだろう。だから彼を侮って怒らせないで欲しいとの忠告だ。ついでに豊川の姫に見初められた婚約者だぞ。俺は恐ろしくてとても手を出そうなんて思わないね」

「織田先輩は豊川家が怖いから玖条家を大きく見積もりすぎてませんか」


 別のメンバーからそう指摘が入る。信広としてもその感は否めない。


「それもないとは言えないな。だが俺は本人を見てこれは逆らっては行けないという印象を持った。君たちも重々承知してほしい。ついでに言えば彼は水神の神霊を宿している。菅との戦いでは当然見せなかった。ココにいる全員を一瞬でひき肉にできたとしても驚かないね」


 サークルメンバーはざわつきながらも信広の言葉に頷いてくれた。

 退魔士の集まりと言っても様々な家から集まった烏合の衆だ。当然仲の悪い家同士の者が同じ大学に入学してくることもあれば、個人的に性格が合わないこともある。

 そして実力行使にでることは稀に起こることだ。流石に殺し合いにはならないが、怪我程度ならよく起こる。そしてその程度なら家が出てくることはない。子供同士の喧嘩のようなものだ。親が出てくることはそうそうない。

 だがレンは玖条家の当主だ。親その物と言っていい。レンは菅が絡んだのも戦いを挑んだのもあまり気にしている風には見えなかったが、菅は途中から熱くなり、当たれば大怪我になるであろう攻撃も繰り出していた。

 玖条家から菅家へ苦情が入ってもおかしくないレベルの攻撃だった。

 レンがさらりと躱していたので問題にならなかったが、信広はハラハラとして見ていた。

 一応サークルメンバーには周知したが、レンは見た目が小さいこともあって侮られることもあるだろう。霊力の隠し方も恐ろしい精度だったので気が付かないメンバーも多いはずだ。玖条家の実績を知っていても本当に彼が活躍したのか、部下が強いのではないのかと疑うものも出てくるかもしれない。

 だが信広にはとりあえず周知するという方法しか思いつかなかった。後は問題が起きないことを祈るばかりである。



 ◇ ◇



「凛音、どうだ」

「素敵です。その一言に尽きます」


 レンは凛音と未来、そしてもう1人涼という女性3人を外に連れ出していた。

 源義経が命じてくれたのか、諦めたのかはわからないが伊達家が関東近縁で情報を集めることを止めていることがわかったからだ。

 東北地方でも黒瘴珠を持った妖魔が出ているらしいからそちらの対応に主軸を移したのかもしれない。

 いつまでも探しても見つからない神子を探すほど人員に余裕がないのだろう。


 そんなわけでようやく彼女たちを外に出すことができるようになった。

 と、言っても素顔で出せば伊達家でなくとも玖条家を探る諜報員たちに訝しがられる。

 故にレンはスカイボードで静岡県に移動し、3人には幻影の腕輪をつけさせ、更に変装までさせて外に連れ出している。


「凄い! ここが外の世界!」


 まだ幼い未来が感動している。涼は声もでないようだ。

 一応映像を見せて東京や日本の各都市がどのような発展を遂げているか、外の世界はどういう世界かなど多香子などを通じて説明させているが実際に外に出るというのは感慨深いのだろう。

 事実彼女たちは〈蛇の目〉の大空洞と〈箱庭〉の中の世界しかしらない。

 〈蛇の目〉の大空洞は大きく山をくり抜いた大空洞の中の里で、中世とまでは行かないが近世程度の里だった。更に太陽や月、星も見られないし雲や雨などの天気すら存在しない。

 〈箱庭〉はまだマシだ。少なくとも閉塞感に囚われるほど狭くはないし、〈蛇の目〉の生活とは違うが自由度は高い。

 映像作品などを見せているが彼女たちはTVの存在すら知らなかったので新しい娯楽に夢中になっている。


 だが実際に外の世界に出られるというのはまた別の話だ。

 〈箱庭〉も自由度や閉塞感は別にして監禁されているという事実は変わらない。それは彼女たちが予知能力を持つ神子としてある意味大事に、そして予知能力を独占しようとする本来の意図がある。

 レンは彼女たちの予知能力を独占しようとか思ってはいないが、見つかったらまずいので結果なかなか外に出せなかったという実情があった。


「せっかくだから美味しいお茶でも飲んでいこう。甘いケーキもあるよ」


 美味しいお茶も甘いケーキも差し入れで彼女たちは経験済みだが外のケーキ屋でケーキを食べるというのは初体験だ。

 まずはそこら辺から慣らして行こうと思っている。なにせお金の存在すら知らないのだ。

 レンは静岡駅近隣の美味しいケーキ屋さんを調べていたので彼女たちを連れて入った。


「こういう風になっているのですね。〈千里眼〉では見たことがあっても実際に給仕に注文をしたりどうやって出てくるかなどは体験してみないとわからないですね」

「そうですね、凛音様。映像で見ていてもやはり実際に体験してみると違うと思います」

「このケーキ美味しい!」


 美味しいと評判のタルト屋に行き、それぞれに好きなタルトを選ばせ、フルーツが散りばめられたタルトを感激しながら彼女たちは食べている。

 ちなみに今回は3人だけだが17人全員機会を見て様々な所に連れて行ってあげようと思っている。

 外で生活させるのは難しいだろうが、季節に1回か月に1回くらいのペースで外の世界を体験させるくらいなら難しくはない。

 幻影の腕輪も成長した水琴の〈水晶眼〉でも見破れなかったのでとりあえずは大丈夫だろうという判断だ。

 より高位の魔眼持ちが居ても、彼女たちが神子だと見抜ける人間はそういないだろう。

 もし不運にも見抜かれてしまって〈蛇の目〉にレンが襲撃者だとバレてしまうとまずいが、だからと言って一生彼女たちを〈箱庭〉に監禁するのも違うとレンは思う。

 凛音の手を取った瞬間からある程度のリスクは織り込み済みだ。


「ありがとうございます旦那様。夢の1つが叶いました」

「大げさだな、凛音。まだまだ経験してないことは山程ある。そしてそれを全てとは言わないが経験させてあげるつもりだよ」


 凛音は静かにレンに寄り添った。

 レンはそれに逆らわず、凛音の腰を抱き寄せて安心させてあげた。



 ◇ ◇



(大学もなかなか楽しいわね。それにレンくんもちゃんと通ってるみたいだし。先輩にいきなり絡まれたのはどうかと思うけれど)


 水琴はレンとは違う授業を受けながらつい先日のオカルト研究会のことを思い出していた。

 大学に退魔士を集めた研究会があるとは知らなかった。レンも知らなかったようで良い意味で驚いていた。

 レンは元々大学進学に乗り気でなかった。玖条家に取ってもレンに取っても意味がないというのがレンの主張だ。

 確かに強くなるためには〈箱庭〉に籠もって実戦でも研究でもしていたほうが強くなるスピードは早くなるだろう。それは間違いがないが、玖条家当主として高卒というのが外聞が悪いという意見には逆らえなかった。

 実際初代当主の実績というのは代々紡がれて行くものだ。それがやがて伝統になる。

 レンが高卒で良いやと大学進学を諦めた場合、レンの子供や子孫たちに大学進学を勧めづらくなるという弊害が出る。

 高卒でも確かに問題はないかも知れないが、大学に通うことによって知見が広がることは確かにある。

 実際水琴も他県の退魔士と友人になった。

 高卒のまま獅子神神社にいては他県の退魔士と友好を深める機会はそうそうないだろう。

 東京の大学は全国から入学者がやってくる。有名な大学なら尚更だ。

 レンも大学進学を決め、入ってしまったからには仕方がないと諦めて授業を受けている。と、言っても出席に厳しくない授業を多く取っているらしく、大学に通う頻度は水琴より低い。


(エマはその点では割り切っていたわね。国が違うというのも大きいのでしょうけれど)


 エマは大学進学をしなかった。彼女の学力なら入れる大学は無数にあった。

 だがエマは魔法の実力を伸ばすことを優先し、大学受験すら放棄した。

 イザベラもエマの意見を尊重し、それを許した。

 水琴やレンが大学の授業に掛かりきりになっている間にエマは自身を研鑽している。それが大きな差になるかどうかはわからないが、エマは本気で強い魔女になろうとしているのだ。

 水琴も剣にだけ生きられたら良いと思うことがないわけではないが、大学進学を決めた。


(スカイボードを貸してくれて助かるわ)


 レンがスカイボードを水琴に貸し出しているため、移動は非常に楽だ。

 普通に電車やバスで通った場合、毎回片道1時間を超える時間拘束される。

 だがスカイボードを使えば10分も掛からない。更に満員電車も回避できる。獅子神家には空を飛ぶ術式はあっても術具はない。更にスカイボードには隠蔽の術式がついていて一般人どころか退魔士の目にも止まらない。

 水琴のような〈水晶眼〉を持っていれば別だろうが、術具を使って通学してはいけない理由はない。実際同様の理由で空飛ぶ術具を使って通学している先輩もいるようだ。


「レンくん、おまたせ」

「いいよ、全然待ってないから」


 食堂でレンと待ち合わせをしていたが、レンはすでに席に座っていた。

 水琴は大学内でもレンと共に行動することが多い。

 婚約者であるので当然だと言えば当然だが、少し気恥ずかしい気分になることもある。


「今日はサークル棟に行くの?」

「うん、気になる書籍があったからね。見せてもらおうと思って」

「そう、じゃぁ私も行くわ。と、言っても午後にも授業が入っているからその後だけれどね」

「僕も残念ながら必修の授業が入っているんだ。だからその授業後に一緒に行こう」


 レンの予定までは聞いていなかったが、午後は外国語の授業が入っているらしい。外国語の授業は出席に厳しい。4度サボれば単位が得られなくなってしまう。

 レンは外国語が堪能なので授業自体詰まらないらしい。実際今すぐ試験を受ければ受かるだろう。だが大学の授業というのはそういうものではない。

 授業を受け、試験を突破して初めて単位が貰えるのだ。


「こんにちは、お邪魔します」

「いらっしゃい。今度新歓コンパやるからできたら参加してね」


 授業後、待ち合わせをしてレンたちがオカルト研のサークル室に入ると先輩がコンパの予定を教えてくれた。

 水琴は礼を言って参加の意思を伝える。レンも参加するようだ。


「私も何か読もうかしら」


 レンは既に気になっているという東欧の伝承を集めた本を読み始めていた。

 水琴も中国の剣術の本や日本で出る妖魔を纏めた本を手にレンの隣に座る。

 優しい先輩が紙コップでお茶を淹れてくれる。


 レンに対して多少距離のある先輩がいるのは初日にやらかしたせいだろう。

 菅はあれからレンに絡んでこない。あれだけ盛大に格の違いを見せつけられればもう一度挑戦しようとは思わないだろう。

 水琴は何人かの先輩とすでに手合わせをした。レンの言う通り対人よりも対妖魔の訓練を受けている退魔士が多いので、対人を幼い頃から叩き込まれてきた水琴に取ってはそれほど脅威に感じない。むしろ女性の先輩たちには柔術を教えて欲しいなどと言われている始末だ。

 剣士タイプの水琴は術士タイプの広範囲高威力の術を放たれた時に防御面で不安はあるが、サークルの模擬戦でそこまでする者は居ない。

 一応〈収納〉機能つきの腕輪の中にレンから与えられた龍鱗盾が入っている。

 霊力を込めるとかなりの防御力を誇り、更に込めれば2mほどの半球状の結界が張られ、少なくとも数回は高威力の術式でも跳ね返すことができる。

 材料費は現地調達だから安かったとレンは言うが龍鱗盾が安い訳がない。

 1枚で数十億円の値がついてもおかしくない。


(まぁレンくんだものね。それに婚約者だから貰ってくれと言われてしまえば断りきれないわ)


 水琴は相変わらず過保護だなと思いながら真剣に本を読んでいるレンの横顔を見て、自分の手に取っていた本に目を落とした。



◇  ◇


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新作、「逃亡錬金術師と追放令嬢」を11月2日から投稿を始めております。ハイファンタジー作品×恋愛をテーマにしております。こちらは年内毎日更新保証です。21時投稿になります。宜しければそちらもお読みください。作者ページから飛べます。宜しくお願いします。

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