145.懐かしの洗礼

「ふぅん」

「何見てんだ。ってか読めるのかソレ」


 菅が文句を言ってくるがレンは気にせずクローゼットらしき中の壁に書いてある魔術陣らしきものを眺めていた。


(修験道の術式に東欧の魔術が混ぜられてるな。少し魔術の式が粗いし無駄に難解になっているけれどわざとじゃないな。こうしないと目的の結果が得られなかった苦肉の策って感じだ)


 魔術陣はルーン文字や梵字まで混ざっている。これでよく術が発動しているなと感心するくらいだ。苦心して作ったのが術式を見ただけでわかるが、少し不安定だなとレンは感じた。だが空間系術式は複雑なものだ。OBが作ったものだというが大学生の若さでこれを作り上げるのは確かに天才と言えるかもしれない。


「いいから来い。それを見せるために呼んだんじゃないぞ」

「そういうなら菅、お前と戦わせるために呼んだわけでもないぞ」


 菅が急がせるが信広はそこにも突っ込んだ。頭が痛そうな表情をしているがレン自身が良いと言ったのだ。今更なかったことにはならない。

 そしてクローゼットの中には魔力持ちでしか見えないであろう両開きの扉があった。魔術陣はその扉に描かれている。

 それを開くと確かに訓練場らしき場所がある。高校の体育館よりも少し狭いくらいだろうか。壁も床も天井も土だ。天井は20mほどの高さがある。

 壁や天井には結界が張ってあってそれらの維持はサークル会員がやるのだろう。

 端には木剣や木刀、木槍などの武器が並んでいる。全身鎧はないが胸当てに盾や手甲もある。

 武具が真剣でないのに対し、防具類はきちんと作られた正規の物だ。大怪我を減らす為だろう。


「模擬戦で制限は?」

「は? ねぇよ。少なくともお前にはな。俺はそれなりに手加減してやるから本気で掛かって来い」

「はぁ」


 菅は大声で制限すらないと言い、信広のため息が聞こえる。

 レンも制限がないと聞いて驚いた。3位階の魔法ですら当たりどころによっては菅を殺せるのだ。5位階の魔法など放てばこの空間ごと消し飛ぶだろう。

 普段はお互いの練度に合わせてハンデなりをつけて戦うのだろうが、菅はレンを舐めきっているようで息が荒い。

 菅は大剣のような木剣を手に取った。普段使っている武器が大剣か大太刀なのだろう。

 レンは通常の木刀を手に取る。普段は小太刀を使っているため少し長いが太刀での戦いも水琴に習っている。問題はない。小さめの盾も左手に付けた。


「菅、やめるなら今のうちだぞ。玖条くんは頼むから本気でやらないでくれ。菅の半身が吹き飛ぶところなんて見たくないからな」

「おい、織田先輩よ、それはどういうことだ」

「そのまんまだよ。井の中の蛙は大海に出てみないと海の広さなどわからないだろう」


 審判をやることになった信広は憂鬱そうに言った。

 どこかでレンの戦功を聞いているのだろう。レンの一撃は大水鬼すら貫いた。あの時は無理をして聖剣を使ったのだがそんなことは信広にはわからない。菅の体など消し炭すら残さずに消し去ることができると思われていてもおかしくはない。

 当然やらないが。


(ふふっ、本当に懐かしい感じがするな。新米ハンターに戻った気分だ)


 お互い10mの距離を開けて武器を握る。


「仕方ないな。始めっ」


 信広の合図と共に菅は片手をレンに向けてくる。

 魔力砲のような物が飛んできて、レンは障壁を斜めに張りながらそれを弾く。


「ふん、このくらいなら問題ないのか。ならもう少し強くいくぞ」


 言うだけあって菅の魔力はそこそこに高い。魔力量だけなら如月家の戦闘部隊でも務まるだろう。

 幾筋もの光線がレンに向かって放たれ、避けるとそれを追うように曲がってくる。術式もきちんと学んでいるようでなかなかに細かい。

 レンは盾と障壁を使ってそれらを反らし、受け、避ける。

 ついでとばかりに魔力を込めて指弾を放つ。

 隠蔽のかかった指弾は菅の額に直撃し、「ぐがっ」とおかしな悲鳴を上げて菅の頭部が下がった。


「てめぇっ、なんだ今のは」


 答える必要などないのでレンは黙って構えている。菅の魔力鎧は不安定で、変に本気で撃ち込むと大怪我をさせてしまいそうだ。

 なにせレンは黄金の果実で魔力が上がり、更に4つ目の魔力炉も稼働させている。慣らしがまだ終わっておらず、手加減の調整がうまくいかないので下手に魔法を放つわけにもいかない。事故で殺してしまうわけにはいかないのだ。


「がぁっ」


 菅の術式を全て受けきり、指弾で菅にダメージを与えていると堪えきれなくなってきたのだろう。菅はちまちまと術の撃ち合いをするのを止め、大剣を上段に構え、踏み込んできた。

 速いが粗い。するりとレンは半身になって避ける。

 次いで横薙ぎが来たのでバックステップで避ける。追ってくるように斬撃が飛んできたので木刀に魔力を込めて弾き飛ばす。


(対魔物戦闘が染み付いているな。ますますハンターらしい荒々しいスタイルだ)


 水琴は獅子神流の道場で剣術、柔術を学んでいるので対人戦の経験はそれなりに豊富だ。葵も合気柔術を使うので接近戦もできる。

 だが灯火と楓、美咲も護身術程度には対人戦は覚えていたがそれ以上ではなかった。

 それは退魔士が退魔士同士で争う時代が終わり、妖魔を退治することが主となったからだ。

 妖魔は巨大であったり、獣や虫の姿をしていることもある。そういう相手に有効なのは強力な一撃を直接弱点に叩き込むことだ。その為に一撃重視の大振りになりがちだ。

 フェイントなどはあまり使われない。

 しかし対人戦ではそうではない。相手の隙を突くのは同じだが視線や体の動き、歩法なども使い、相手の動きを誘導して隙を作り出す。それが技と言うものだ。


 そして菅は魔物ハンターと同じで、対妖魔戦闘に特化した動きを教え込まれている。

 強力ではあるが大振りで隙が大きい。レンの攻撃を避ける時も紙一重を狙うのではなく、大きく避ける。

 対妖魔戦闘ではそれは正しいが、対人慣れしている対退魔士相手だとそうはいかない。


「くそっ、なんであたらねぇ」


 菅はブンブンと大剣を振り回しながら文句を言った。レンは歩法と視線誘導を使い、菅の動きをコントロールする。

 そして隙ができるとすかさずレンの小手が入り、おそらく手の甲の骨が折れた。

 もちろんレンはそんなところで止めたりはしない。その程度では相手が戦闘不能とはみなされないからだ。当然信広も止めない。剣道ではないのだ。菅も気合で大剣を取り落とさなかった。反撃の蹴りが飛んでくる。

 それを避け、レンは菅の脇腹に連撃を入れ、肋骨を折る。手加減はしているので内蔵にダメージはないはずだ。


「ぐほっ」


 だが流石に痛みで大剣を手放し、菅の巨体は狙い通り前のめりになって頭が下がる。そこに掌底で顎をかち上げる。

 楊李偉に習った発剄をごく弱く使い、脳を揺らす。

 気絶した菅はドシンと大きな音を立てながら地面に仰向けに倒れた。


「勝負あり。というかありがとう玖条くん。この程度で済ませてくれて助かった。菅も少しは凝りただろう。あの程度の傷ならすぐ復帰できる」

「これなら水琴でも勝てたよ。どうだった、水琴」

「そうね、うちの道場なら中伝くらいの人でも勝てたかしら。でも霊力が高かったから霊力の弱い人だと何度打ち込んでも倒せなかったと思うわ」


 水琴の分析はレンの分析とほぼ同じだった。

 菅の魔力鎧は荒かったが厚かった。ぶち抜けるだけの魔力がなければ剣や拳が当たってもダメージにならないだろう。

 そこら辺が魔力持ちたちの戦闘では重要な差になる。

 魔力差があると例え技術で勝っていても有効打を与えることができないのだ。

 それは当然自身より上位の魔物や妖魔と戦う時にも言える。

 如月家の式神は四ツ腕に勝てなかった。黒い斬撃を障壁や結界で止めることもできなかった。純然たる魔力差があったからだ。

 魔力量が多いというのはそれだけで強いのだ。そして菅は言うだけあって魔力量だけはそれなりにあった。

 レンが魔力回路を調整し、対人戦を教えればより強くなれるだろう。

 当然他家の退魔士を強くする必要性は1mgも見いだせないのでそんなことはしない。

 見学していた他のサークルメンバーたちはレンがあっさりと菅を倒したことに驚いているようだ。

 信広は当然のように振る舞っていたが、レンを、玖条家を知らないメンバーにとっては菅がこれほどまでに圧倒されるとは思っても見なかったのだろう。


「というか織田先輩の方が強いでしょう。叩きのめしたら良かったんじゃないですか?」

「俺は加減をするのが苦手なんだ。腕の一本くらい取れたりしてもいいってんなら別だが、サークルメンバーを四肢欠損にする趣味はないよ。それに本来の趣旨は研究と研鑽だ。本来模擬戦も大怪我をしないように気をつけて行っている。各家の秘術なんかもあるからな、汎用的な術の使い方なんかを練習するのが主なんだよ」

「なるほど、新入生に絡むのが普通じゃないんですね」

「どこの蛮族の集まりだよ。研究会って言っているだろう。菅の家が少し荒っぽいだけだ。ついでに同じ覚醒者として意識しすぎたんだろう。普段はあれほど強引なやつじゃない」


 信広はレンの見た感じ術士寄りだ。近接戦闘よりも砲台として生きるタイプなのだろう。菅など近寄る前に吹き飛ばしてしまうに違いない。

 なにせ菅と比べて魔力量も練度も桁が違うとまでは言わないが大きく差がある。流石織田家である。

 弱い魔物に強い魔法を使えば当然素材がダメになる。菅は信広の一撃を受けきれないのであろう。

 腕とは言わずとも指が失われれば再生魔法などが必要になる。

 修験道の秘術書には再生魔法に近い術式が書かれていたが、空間系術式同様相当高度な術式の並ぶ章に書かれていた。

 陰陽道だろうが神道だろうが仏教だろうが、似たような術式はあるのだろうが使える術士は極僅かだろう。くっつけるだけならともかく再生はレベルが違うのだ。大学のサークルに居るとは思えない。


「おい、お前ら。玖条くんに突っかかるのはやめろよ。彼の婚約者である豊川美咲様は豊川家の姫だ。そして豊川家は敵に回ったら容赦などしないぞ。東京だとわかりづらいだろうから自分たちの県一番の家と本格的に敵対すると思え。自身の家が県一番に近い家の者は自身の家の5倍の戦力のある家と敵対すると考えろ。どう考えても良い結果にはならない。これはサークル内に周知しておくからな」

「玖条くん強いのね。菅は少し荒っぽくて私苦手だったの。素敵だわ。ご当主様ってことは玖条様って呼んだ方が良いのかしら」

「大学のサークルでそんな呼び方は止めて欲しいですね。普通に玖条くんで構いませんよ、先輩」


 信広がここにいる全員に警告を飛ばす。レンを勧誘してきたうちの女性がレンに話しかけてきた。

 彼女はレンが好みのような雰囲気を纏っているが左手薬指にはしっかりと婚約指輪がハマっている。

 大人っぽい女性で体つきも良いのでレンの守備範囲内だが他人の婚約者を奪う趣味はないし、レンもこれ以上増やすつもりはない。

 それに凛音たちのことで少し困っているのだ。凛音はもちろん他の神子や神子見習いたちもレンとの結婚を、そうでなくてもレンの子を生みたいと言っている。

 侍女たちは神子の資質がなかった者たちであり、神子や神子見習いの教育係や側仕えのような仕事をしていたものたちだ。

 彼女たちは彼女たちで源家分家の者たちから性的な奉仕を求められれば断れない立場にあったらしい。

 今のレンは彼女たちの主人なので当然手をつけることができるというか、むしろそれを求められている感すらある。女性にも性欲というのはあるのだ。イヤな相手に手をつけられるのは感情や生理的に受け付けないこともあるだろうがレンは紅顔の美少年である。侍女たちから秋波が送られてくることもある。


「織田先輩。うちも豊川家もそこまで危ない家ではないですよ」

「俺は君が片平家に何をしたか知っているぞ。念には念を入れているだけだ。君は豊川家に気に入られているから知らないだけだ。豊川家はそんな甘い家ではない。俺はそれをよく知っている。織田家ではまず豊川家に逆らっては行けないと、豊川家が今までどんなことをしてきたか子供の頃から教わるんだ」


 信広はそう言い切った。確かに片平家の件を知っていればレンも警戒対象に入るだろう。実際藤森家に行ったように結界を抜けて宝物庫に忍び込むなんてこともできるのだ。やるやらないではない、できるというだけで警戒されるのは当然だ。

 それにしても豊川家への警戒が異常だ。中部地方で恐れられているとは知っていたがそれほどとは思わなかった。

 美咲も豊川家の面々も良い人ばかりだった。瑠華や瑠奈もおっとりとしていて優しい人物だ。だがレンは彼女たちを怒らせたことはない。というか美咲を救ったことでVIP待遇を受けているというのはわかっている。

 藤や美弥、瑠璃とも友好的な関係にあるのだ。

 豊川家と本当に敵対したらどうなるかなどレンにわかるはずがないのだ。


 そうこうしているうちに他の新入生の退魔士を連れた先輩方が帰ってきてサークル室はなかなか騒がしくなった。

 レンはとりあえずまた顔を出すと言って信広に挨拶し、サークル室を去った。

 レンと水琴は騒がしくなる前に退散することにしたのだ。

 本棚にならんでいた書籍の中に気になった物があったのでレンはまたサークル室に顔を出すことだろう。

 大学は黒鷺たちに勧められたまま入ることになってしまったが、少しだけ楽しみができたとレンは小さく笑った。



◇  ◇


この話を以てなろう版に完全に追いつきました。次の更新は11月2日21時です。隔日更新になります。なろうは一日早いので急ぎの方はそちらをお読みください。題名で検索すれば出てきます。


☆評価、いいね、感想いつも楽しみにさせて頂いております。まだの方は是非最新話の下の☆評価ボタンをポチっと三つ入れてやってください。

それでは、宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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