144.オカルト研究会

「はぁ、ここが大学か」

「って受験の時も来たじゃない。今更何を言っているの」

「いや、これから通わなきゃならないんだなぁと思って」

「その為に受けたんでしょ。入学式はサボっていたみたいだけど」

「まぁ仕方なく。入学式なんて単位に関係ないんだからサボっても一緒だろ」

「レンくんならそう言うと思ったわ」


 レンは大学の門の前で広々とした敷地に建ついくつもの校舎を見ながらため息をついた。そして隣に居る水琴から突っ込まれた。

 この大学を選んだのは単純だ。そこそこ名の通った名門校であり、レンの住んでいる家からそれほど離れていない大学で、単位に厳しくなく、卒業は比較的容易だと言うことだ。

 その代わりではないが偏差値は相応に高く、敷居は高い。

 しかしレンは最高学府である東大の文科、理科共に全ての過去問を過去10年分やって、平均で9割5分を楽に取ることができるほどの学力を持っている。三類でも余裕で受かる。

 どこの大学であろうが学部であろうがレンに取っては同じだ。受ければ受かる。それだけの学力を持っている。

 東大を選ばなかったのは距離が遠かったことだけだ。

 スカイボードで通学する予定のレンとしては、東大に通うには様々な退魔の家の上空を毎日のように通ることになる。東京の中心部には多くの退魔の家の本拠がある。

 それは流石に宜しくない。〈蛇の目〉の時のように矢を撃ち込まれてもおかしくないからだ。かと言って毎日満員電車に揺られて通学するのもイヤだ。

 更に東大はこれから通う大学に比べると単位に対する姿勢が厳しい。

 黒鷺は受かるならば東大に行けとばかりに勧めて来たが、レンは頑としてソコは譲らなかった。


 大学内に入り、オリエンテーションを受け、必要な単位や授業についてなど説明される。

 レンはそれもすでに黒縄たちに調べさせていたのでそれもサボろうとしたのだがそれは水琴が許してくれなかった。

 大学生になるのだからきちんと大学生をしなさいと言うのだ。真面目な水琴に取って不真面目なレンの態度が許せなかったのだろう。


 取るべき単位は決まっている。取ろうとする授業もすでに決めている。

 ちなみにレンは心理学部の心理学科を選んでいる。

 レンの周囲には退魔士が多く、一般人の友人は高校にも居たが普通の人の価値観というのがどうもよくわかっていない。

 また、レンの居たローダス大陸では心理学という学問は存在しなかった。

 多種多様な種族がおり、それぞれの価値観がある。種族的なタブーや教義的なタブーもあり、個人で研究する希少な研究者は居たが学問として成り立つほど発達していなかったのだ。

 故にレンは心理学という学問に興味を持ち、心理学部を選んだ。


 他の学部に行っても良かったが法学や経済学を学んでも仕方がない。それらがレンの今後に役立つことはほぼないからだ。理系は興味がないことはないが研究や論文などで忙しいのでそれだけで却下である。

 経営学は会社を経営するものとしてはありかもしれないが、レンの経営する玖条警備保障は通常の会社とは一線を画する。あまり意味があるように思えなかった。

 実際蒼牙を妖魔退治の際に傭兵として貸し出したり、集団戦闘のインストラクターとして貸し出したり、何かしらの事情で護衛が必要になったときに相談されて黒縄を貸し出したりするくらいのもので、PMCに近い活動しか行っていない。

 そんな会社の経営は黒鷺や黒鷺に教育された黒縄のメンバーたちで行われており、レンは出された書類に判を押すくらいしかしていなかった。

 それでも法人税が免除されている上に蒼牙や黒縄たちにそれなりに多くの報酬を払っていても黒字であるからレンとしてはそれで十分だ。

 如月家の援軍のように臨時収入があることもある。


 レンは学部が違うので違うオリエンテーションを受けに行った水琴と待ち合わせをして再会し、大学が指定したアプリをダウンロードし、決めていた授業の選択をスマホから受講の申請をしていた。

 3回目までの授業まではお試しで受けることができるので全部の授業は決めない。

 気になる授業は試しに顔を出してみてそれから決めても遅くはないのだ。

 とりあえず2年までに必修科目と選択科目で単位を取りつくそうと思っていたレンは多めに授業を受ける気でいた。

 と、言っても出席必須でない授業を多めに選択する気でいるので実際に受ける授業はそう多くない。試験だけ突破できれば良いのだ。

 そして過去問やどんな内容の授業がなされるかは黒縄を使って既に概ね手に入れてある。OBなどから買い取ったのだ。

 心理学入門書から応用書まで外国の権威ある教授が書いた書から今通っている大学教授が書いた書物までほぼ読破して暗記してある。

 試験だけの単位で落ちることはそうないし、もし落ちたとしても4年もあれば余裕は十分にある。


「ねぇ、そこの君たち」


 レンは水琴と話しながらどんな授業を取るのか、水琴の通う文学部はどうだったかなどを話していると誰かから話しかけられた。

 と、言ってもレンたちに話しかけたかはわからなかったのでとりあえずスルーした。


「そこの君たちだよ。ちょっと小さい君とポニーテールの女の子」

「ん?」


 流石にそこまで言われればレンたちであることは間違いがない。

 なにせポニーテールの女の子は水琴以外周囲に居なかったからだ。

 振り返ると5人の男女が居た。構成比は男4人、女1人だ。そして全員が魔力持ちである。レンは存在に気付いてはいたが話しかけられるとは思っていなかった。


「何か?」


 レンが答えると代表して男の1人が前に出てきた。


「僕たちはオカルト研究会……と言う隠れ蓑を使って退魔士たちで集まって同じ大学の退魔士で色々と術式の研究や妖魔の研究をしているんだ。君たちも退魔士だろう。強制ではないけれど退魔士を見つけたら声を掛けることにしているんだ。大学が創立された時からある由緒あるサークルで、多くの文献の写本がサークル室にはあるから勉強にもなると思うよ。どうだい、興味はないかい?」

「なるほど、大学生の若手退魔士たちでそれぞれ情報交換をする場、という認識で間違いはないですか?」

「そうだね、概ねあってるよ」

「どうする、水琴」

「そうね、試しに行ってみるくらいは良いんじゃないかしら。奥義が記されている書なんかはなくとも妖魔の研究書物なんかは興味があるわ」


 何人かの男子は水琴に注意を向けている。

 水琴は胸部装甲こそ大きくはないがそれなりにスタイルもよく、見目も良い。そして水琴の左手薬指にレンお手製の指輪がハマっていることに気付き、がっくりと肩を落としている先輩もいた。

 そして女性の先輩はレンの左手薬指に指輪があることに気付いてがっくりしていた。彼女はレンに興味を持っていたらしい。


「そういうわけで、とりあえず見学をしようと思います」

「うん、歓迎するよ。あっちだ。ついてきてくれ」

「はい」


 レンたちは退魔士の先輩たちについていった。

 サークル棟と言うのがあり、そこの一室にオカルト研究会は部屋を持っているらしい。

 案外広く、高校の教室くらいの広さがある。


「やぁ、おかえり。早かったね、もう新入生の会員候補を見つけてきたのかい」


 中には3人の男女が居た。

 聞いてみると受付けとして待っている3人以外は4、5人のグループに別れて大学内で退魔士らしき新入生を勧誘すべく出払っているらしい。

 説明通り大きな本棚があり、そこには妖魔や術式の研究書が並んでいるという。

 なかなかの蔵書量だ。レンの知らない資料もあるであろうから入る気のなかったレンも少し気になってきてしまっていた。


「織田信広だ。4年で一応サークルの会長をしている。よろしくな」

「玖条漣です」

「獅子神水琴です」


 信広は水琴を見た瞬間、一瞬何があったのか動きが止まった。

 そして水琴の左手を見てがっくりと肩を落とした。

 どうやら水琴に一目惚れしたらしい。そしてその恋は儚く一瞬で散った。


「ってちょっと待て。玖条だって。もしや元公爵家の九条家ではなくて王に久しいと書いて玖条家じゃないだろうな」

「え、そうですよ。王に久しいと書いて玖条です。玖条家当主、玖条漣と言います。宜しくお願いします」

「おい、お前ら。とんでもないのを連れてきたな。彼は噂の玖条家当主だぞ。覚醒してから1年も経たずに玖条家を興すことが許された新進気鋭の有名人だ」


 信広はレンのことを知っていたらしい。というか連れてきた5人の先輩のうち1人もレンのことを知っていたらしく「まさか」と声を上げている。


「そんなに有名なんですか。自覚はないんですが」

「あぁ、そうか。まぁそうかもしれないがそれなりに有名だと思うよ。知らない人間も多いけどね。僕は織田家の人間だから詳しいってのもあるかな」

「織田家ってあの織田信長の織田家ですか? それが何の関係が」


 信広はふぅと一息ついて説明してくれた。


「織田本家は岐阜県にあるんだ。そして豊川市にある豊川家には頭が上がらない。何度も助けて貰った恩があるからね。そして豊川の姫と呼ばれる美咲様が新たな覚醒者に首ったけなことは中部地方では有名なんだよ。もちろんその相手が玖条漣という名を持つ少年であることも広まっている。おい、お前ら、間違えても玖条くんと事を構えようとするなよ。豊川家が一緒に敵になるぞ。中小規模の家なんか簡単に潰れるからな、俺は忠告したぞ」


 信広がそう言うが1人の男が前に出て声を張り上げる。


「はっ、俺と同じ覚醒者なんだろ? しかも1年も経たずに当主? 霊力もそんなに感じないこんなチビがそんな実力者だなんて信じられないな。俺の家は実力主義なんだ。強ければ覚醒者の俺だって戦闘部隊の隊長に取り立ててくれるし、本家の人間だって文句も言わない。織田先輩には悪いがその豊川家がそんなに怖いのか?」

「おい、すが、やめろ。俺は忠告したぞ。豊川家が本気になれば菅家なんて簡単に潰れるぞ。玖条家も戦闘部隊の強さは折り紙付きだ。その頭を張る玖条くんが弱いわけがないだろう。菅はわからないだろうが玖条くんは卓越した制御力で霊力を抑え込んでいるだけだ。それに実力主義と言ってもお前がどんなに強くなっても本家の当主になれるわけじゃないだろう。彼は玖条家の当主なんだ。むしろ敬え、他家の当主様だぞ。後輩だからって先輩面するな。退魔士の世界はそんな甘い世界じゃないぞ」


 信広は必死に止めているが菅と言う先輩はレンの前に来てその大柄な体でレンを見下ろしてきた。


「おい、そこに訓練場がある、織田先輩がそこまで言うなら実力の一端でも見せてくれないか。俺は10歳の頃に覚醒して菅家に拾われてからずっと訓練に明け暮れてきた。妖魔も多く倒してきた。織田先輩はああ言っているが俺はこの目で見たことしか信じられないんだ。どうだ、逃げるか? ちょっと手合わせだ、多少の怪我はするかもしれないがな」


 レンは何の茶番だと思いながら菅を見上げた。

 確かに魔力量はそれなりに高い。ただ制御が粗く、制御よりも出力を優先しているのだろうことが〈龍眼〉で視なくとも魔力感知でわかってしまう。

 菅家がどの程度の家かどうかは知らないが実力主義な家というのは退魔の家では珍しくはない。そんな家で育てられた菅は自身の実力に自信があるのだろう。

 信広は額に手を当てて困ったような表情をしている。


「訓練場?」

「あぁ、才能のある術士というのはどの時代にもいるものさ。そしてそんな過去の先輩が残してくれた訓練場がこの先にある。30年くらい前のOBだね」


 指さされた先には1枚の扉があった。その先に訓練場があるらしい。しかしサークル棟の見取り図からいって訓練場がその扉の先にあるのはおかしく思える。

 これは空間拡張の術式でも使われているのだろうか。

 この世界での空間系の術式はあまり見たことがなかった為、レンはそこに興味を覚えた。


「いいですよ、本気の殺し合いというわけでもないでしょう。うちには優秀な治癒士も居るので多少の怪我は気にしません」

「レンくん本気?」

「水琴、まぁいいじゃないか。こういうのも悪くない」


 ハンター時代先輩を名乗る荒くれ者が新人ハンターに絡むなんてのはよくあったものだ。そして強さと若さは大概は比例するが例外も当然いる。

 絡んで返り討ちにあう荒くれ者など山のように見てきた。もちろん実力が足らずにボコボコにされる新人はより多く居た。

 菅の態度を見るにむしろレンや水琴を見てその実力を測れないようではどれだけ魔力があってもそのうちどこかでヘマをやって大怪我をするか最悪命を落とすだろう。菅では水琴にすら敵わない。

 少なくとも模擬戦で命を落とすことはない。というかレンは流石に先輩の命をこんなバカなことで取る気はない。

 菅家はよく知らないが敵対する気もない。無駄に潜在的敵対組織を増やす必要もないのだ。

 だが経験上こういう輩は痛い目をみないと何度でも絡んでくる。

 なんとも懐かしい気分になりながらレンは菅の挑戦に応じることにした。



◇  ◇



いつもご愛読ありがとうございます。今回はなろうテンプレをやりたくて書いた回です。菅の噛ませ犬感が出ていれば大成功と言う所ですね。

ローファンタジーでやるとなかなか痛い先輩になっちゃいますね。ハイファンだとテンプレなんですがテンプレがやりたかったんです笑


なろう版を追いかけていましたがようやく追いつきました。明日を以てなろう版と同様、隔日更新になります。なろうから一日遅れて21時に更新する予定です。

一日三話更新はやりすぎでしたね。読む方も大変だったと思います。何せ三話と言えば大体1万5千字から2万字程度あります。ちょっと片手間に読むには長い文章量です。読者様のことを考えて一日二話更新にしておけば良かったと今更思っていますがそうすると完結までに追いつくか怪しいところです。今更ですね。


レビューをまた頂きました。カクヨムでは☆評価が低くともレビューを多く頂けるのが嬉しいですね。できれば☆3000くらいは目指したいですが1000も怪しいのが悔しいです笑


まだ☆評価をされていない方は最新話の下の☆を三つつけて頂けると嬉しいです。二つでもいいです。一つだと私が悲しいです笑

それでは、今後も宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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