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「さて」


 レンは黄金の果実を配り終え、自身に向き合った。

 イザベラ、エマ、エアリスにも食べさせ、アーキルや重蔵にも食べさせた。

 全員黄金色の果実に目を疑っていたがレンが出す物だ。疑いながらも食べ、実際に効果を目の当たりにして驚いていた。

 凛音たちにも4つ配った。彼女たちは戦闘はしないが予知能力に影響があるかもしれない。

 それに多少の戦闘も覚えさせようと思っている。実際実戦に出すことはないだろうが、今まで許されていなかった攻撃術式を覚えることなどに興味を示す子がいたからだ。だがまず覚えるべきは障壁などの自身を守る術だ。障壁と結界の基礎を教えるよう多香子や由美に頼んでいる。


 残った分は蒼牙、黒縄の有望株に食べるようにアーキルと重蔵に誰に食べさせるのかを任せた。李偉や吾郎にも食べさせた。その効果の程に驚いていた。紅麗たち僵尸鬼は生きていないので効果がない。

 蒼牙や黒縄は若く、潜在能力が高いと目されている隊員たちに食べさせたようだ。

 黄金の果実を食べ、万能感に振り回されて調子に乗った蒼牙の子が居たのでアーキルにぶちのめされたようだ。

 魔力が上がったからと言って、急に戦闘能力が上がるわけではない。

 今まで使えなかった魔法や魔術が使えるようになるかもしれないが、戦闘技術はそのままなのだ。攻撃力が上がっても当たらなければ意味がないし、耐久力が上がっても攻撃を受ければ怪我をする。

 戦闘技術は一朝一夕で上がるものではない。


 レンも溢れ出る魔力を制御しながら、4つ目の魔力炉の励起の準備に入っていた。

 レンの潜在能力は思っていたよりも高かったようで、5つ目の魔力炉すら稼働させることが可能かもしれない。

 だがまずは4つ目を稼働させ、魔力炉から供給される魔力に魔力回路を慣れさせなければならない。

 無理に5つ目の魔力炉を稼働させ、大量の魔力が流れた魔力回路がショートし、使えなくなってしまっては意味がない。

 少なくとも数ヶ月は4つの魔力回路から流れる魔力に体を慣れさせなければならないのだ。


 数ヶ月というのも最短の計算だ。本来は2、3年取りたいところだが、レンの前世の経験から測った予測はことごとく良い意味で裏切られている。

 玖条漣の体は思っている以上にハイスペックなのだ。

 以前のレンならこのくらいは掛かる、このくらいはマージンを取っていた方が安全だという感覚と実際にやってみた結果には大きな乖離がある。

 黄金の果実を食した結果もレンが思っていた以上であった。

 これなら上級魔法もフルーレなどの魔剣や魔杖のサポートなしに放つことができるようになるであろう。

 それはつまり超級魔法の下位ならば魔剣や魔杖のサポートがあれば使用できるようになるかもしれないと言うことだ。


 超級魔法は威力が高すぎるためにあまり使用する場面はないだろうが、それでも魔導士として一流の魔導士の枠を超えるという超級に一歩でも足を踏み入れられることには感慨がある。

 実際前世でも初めて超級の魔法を発動できたときは感動したものだ。


 レンはいつも通り霊薬などを飲み、聖気と魔力、精霊力に溢れた岩の上に魔術陣を描き、周囲にある魔力や聖気を魔術陣のサポートを得て体内に吸収しながら座禅を組んで目を瞑って集中する。

 体内の魔力回路に流れる魔力を意識し、新たな魔力炉へ繋がる回路に魔力を流し、眠っている魔力炉を叩き起こす。

 失敗する要素などはない。無事に4つ目の魔力炉が稼働し始め、体内にいつも以上の魔力が溢れ出す。


「制御しきれないな」


 黄金の果実で魔力が上がり、更に魔力炉を励起したのだ。レンの魔力は荒々しく溢れ出し、無駄に空気の中に散ってしまっている。精霊たちがレンから溢れ出る魔力の中を嬉しそうに飛び回っている。

 実際灯火たちやエマたちも自身の上がった魔力に四苦八苦している。

 戦闘技術と同様に魔力制御も一朝一夕ではならないのだ。

 レンは魔法修練場に移動し、杖やアル・ルーカの補助なしで上級魔法である〈炎鋼雷渦砲アラ・ネーラ・ダウ〉を撃った。

 1mほどの巨大な砲弾が出現し、バチバチと雷と炎を纏い、ドンと音速を超えて的である八角柱に当たる。

 多少制御が粗いがきっちりと発動しているし、残り魔力も十分だ。

 上級魔法士を名乗るには1発上級魔法が使えるだけでは資格を得ることができない。継戦能力も魔法士として求められるからだ。せめて10発は上級魔法を撃てなければ上級魔法士の資格には通らない。残り魔力を考えても20発は撃てる。十分だろう。


「うん、やっぱり苦手だった火炎属性も実戦レベルで使えるようになっているな」


 魔力炉の数が増えれば苦手な適正の属性も底上げされる。レンで言えば火炎属性はどちらかと言えば苦手な部類であった。

 炎魔剣アル・ルーカの補助がなければゲイルにあれほどの火炎魔法は使えなかった。

 しかし今ならば違う。アル・ルーカの補助がなくともゲイル程度焼き尽くしてしまえるだろう。

 ただアル・ルーカは使って欲しいだろうから火炎属性に弱い魔物に対してはアル・ルーカを携えることには変わりはない。

 レンに使われてくれる魔剣は貴重なのだ。フルーレもシルヴァもアル・ルーカも人目がなければ常に使ってあげたいくらいである。


「〈精霊眼〉はまだダメか。でも〈龍眼〉の調子は良いな。前よりも遥かに効果を発揮できている。今のところはこれで十分かな」


 四ツ腕との戦いの前に黄金の果実を食べることができればどれだけ楽だったことかとレンは半年前の戦いを思い出した。

 一緒に参加したイザベラ、水琴、エマ、エアリス、葵の4人の安全度も飛躍的に高まっていただろう。アーキルや重蔵も同様だ。

 だが戦いにたらればは禁物だ。あの場ではあの場でできることをするしかなかった。

 結果カルラの力を公開することになったが玖条家の人員も獅子神家の人員にも怪我人は出たが死者はでなかった。

 それで良い。

 例えレンが先に黄金の果実を食し、4つ目の魔力炉を稼働していたとしても他家や如月家の死人が減ったわけではない。


 ただカルラを出さずに四ツ腕と戦うことはできたかもしれない。

 少し考えてみたが、それはそれで問題がでる。あの場面ではカルラに頼った方がレンに取って都合が良かったことは否めない。

 レン本人の実力が今現在の物であると知らしめるよりは、四ツ腕の攻撃をなんとか防ぎ、カルラに頼って倒して貰う方がよほど玖条家への警戒感は薄まるだろう。

 覚醒して3年も経っていないレンが、今の実力を他家の前で披露する。明らかに異常だ。

 いや、あの時点でも異常だったであろうが、今のレンならおそらく戦闘薬など抜きで源四郎とも互角に戦える。カルラ抜きでも如月賢三をも上回ることは可能だろう。

 それは流石にまずい。他家の警戒度が非常に高まることは火を見るより明らかだ。覚醒者にしては強いがそれはカルラという水神がいるからだ。そのくらいの認識でいてくれた方がレンにとっては良い塩梅だった。


「ふぅ」


 結論としてレンは今までのようにできるだけ自身の実力は隠し、玖条家は蒼牙と黒縄が強いから成り立っているのだという周囲の認識を歪めないことを決めた。実際蒼牙も黒縄も玖条家に属してからその実力はかなり上がっている。平均的な実力で見れば如月家の戦闘部隊と比べても蒼牙のが上だろう。

 一部の者たちにはバレているが、玖条家と縁の薄い家からはそういう認識なのだ。レン本人がどれほど強さなのかはほとんど認識されていない。


「かと言って100年に1度の黄金の果実を食べないのも彼女たちに食べさせないのもありえない選択肢だしな」


 地球の暦で換算すると110年を超えるかもしれないが、そのへんは誤差である。どちらにせよ生きているうちに口にできる人間がどれほどいるのか。

 葵や美咲は霊格が上がったことで寿命の軛を既に乗り越えている。

 エマやエアリスはどうだろうか。イザベラも乗り越えてしまったかもしれない。

 そこらへんは確かめようがない。本人の自己申告を待つばかりだ。魔女の生態などレンは知らないのだから。


 レンは以前のレンが作った若返り薬や寿命を伸ばす薬を既に所持しているし、他にも人の枠を超える方法はすでに思いついている。

 100年程度の寿命ではレンの望む強さには至れないだろう。いや、以前のレンの強さにさえ届くとは思えない。

 例え8つの魔力炉が稼働したとしても、自身を鍛え上げる時間は必要だ。


「どちらにせよ夢があるっていいな。自分が限界に達したと知ったときの絶望感は半端なかったからな」


 レンはまだまだ強くなれるし強くなるつもりでいる。それは誰かを守るための強さでもあるが、単純に強くなりたいという気持ちが原動力だ。

 たった40年で剣聖に至った少年、10代で超級魔法を操った少女。玖条漣の肉体の才気は高いが彼らほどに才能溢れる体では残念ながらない。

 だが前世のレン・フィール・ウル・クロムウェルの肉体と比べれば今の玖条漣の肉体は背の高さや筋肉量はともかく明らかに才能も魔力への順応力も高い。

 100年、200年掛けてでも、いや、500年掛かっても良い。彼らの見た頂点の景色というのを見るのだ。

 レンはいくつもの上級魔法を放ち、その感触を確かめながら初心を思い出していた。



 ◇ ◇



 水琴はレン、エマ、エアリス、葵、美咲と共に花見に来ていた。東京でも有名な花見スポットだ。

 他のメンバーは都合がつかず、一緒に来られてはいないが全員で花見に行こうと言う約束は交わしている。


「アレは本当に凄いわね。奥義の中でどうしても使えない技があったんだけれど、アレを食べてから使えるようになったわ」

「私も今まで使えなかった術式が安定して使えるようになりました」


 水琴が屋台で買ってきた焼きそばを食べながら黄金の果実についての感想を言うと葵も同様のようだ。


「なによアレ。明らかにおかしいわ。存在すら聞いたこともないのよ。アレ1つのために大きな争いが起きてもおかしくないわ。少なくとも魔法使い界隈であんな物の存在が確認されたら奪い合いになるわよ」

「いいじゃん、お姉ちゃん。レンはそれほど貴重な物を私たちにも分けてくれたんだよ。確かにどこから手に入れたのかとかアレは一体何なにかとか気になることはいっぱいあるけど」

「まぁ確かに感謝してはいるけれど。魔法の威力も範囲も大幅に上がったわ。あんなに簡単に強くなれる方法があるなんて思っても見なかったわ」


 エマは黄金の果実について危険性を説くが水琴も賛成だ。あんなものが大量にあれば国単位で取り合いになってもおかしくないだろう。

 だがレンに言わせれば100年に1度、1つしか手に入らないらしいのでそんな戦争じみたことは起こり得ない。そしてこの世界ではレンしか手に入れることができない。なにせ異世界産の果実なのだ。それに〈制約〉が掛かっているのでその存在すら口に出すこともできない。

 エマやエアリスはそれを知らずに食べさせられているので納得できないのも当然だろう。

 エアリスはそんなエマを宥めている。


「うちなんて霊格が上がったしね。瑠華と瑠奈に何があったのか説明できなくて困ったよ。彼女たちにも食べさせたら尾が増えて喜んでくれたけどね」


 美咲は霊格が上がり、2尾の妖狐となった。仙狐を名乗るにはまだ霊格や仙術の習得が足らないらしい。そこらへんは妖狐界隈の事情を知らない水琴にはわからないが、どちらにせよ美咲は黄金の果実で最も恩恵を受けた1人と言える。

 実際水琴の〈水晶眼〉で視える美咲の霊力の質や色が変化している。霊力量も明らかに増大している。制御にはまだ苦労しているのか漏れ出しているが、それは水琴や葵、エマやエアリスも同じことだ。


 レンの変化はもっと凄い。黄金の果実を食べた後、更に4つ目の魔力炉を励起することができたと言っていたが明らかに以前のレンとは比べ物にならない程の力を有している。

 しかしリミッターとレンが呼んでいる制御装置を付けているので霊力感知ではレンの大量の霊力を感知できるものはいない。

 霊力制御についてもやはり水琴たちとは年季が違う。すでにレンの霊力は落ち着いていて、以前とそれほど変わらない霊力量しか感知できない。


「いいから花見を楽しみましょう。外で話す話題ではありませんよ」


 葵がそう言って宥める。遮音の結界は張っているが近くに霊力使いは不定期に通りかかっているのだ。

 都心の花見の名所なので様々な家の霊力使いも花見に集まっている。

 大丈夫だとは思うが念には念を入れておいて損はない。


「そうね、花見を楽しみに来たんだものね。確かに日本の桜は美しいわ。チェコにも素晴らしい花畑はたくさんあるけれどね。ただ人が多いのだけが難点ね」

「今度みんなで行く花見は吉野桜だから人は少ないはずだよ。葵が良い場所を知っているらしいんだ」


 レンは吉野の桜を気に入ったらしく、今度の花見はわざわざ奈良県までスカイシップで飛んで行くらしい。

 レンらしい豪快さだが水琴も楽しみだ。


「それよりレンは大学に通うのよね。大丈夫なの」

「大丈夫って何さ。普通に授業を受けて単位を取れば良いだけだろう。問題なんて起きないよ」

「また新しい女の子を引っ掛けてくるんじゃないかってことよ。レンならありえると思わない?」


 エマが周囲に同意を求める。水琴も否定はできなかった。

 なにせレンは高校でも普通にモテていた。

 霊力持ちの者は男女問わず見目麗しく生まれることがほとんどだ。

 実際水琴もモテるし、エマも当然のように大量の告白者を振っている。

 ただしレンと水琴やエマの違いは性差にある。

 水琴やエマは一般男性を相手にしない。子を作っても霊力の弱い子しか生まれ得ない為に将来を考えると伴侶に成りえないからだ。

 しかしレンは違う。遊びで一般女性を抱いても良いのだ。

 レンに懸想している女子は多いので、告白を受けても良いし遊びで手を出しても誰も文句は言わないだろう。レンの評判には傷がつくかもしれないがレンの性格からしてそんなことを気にするとは思えない。

 10人でも20人でも高校時代に手をつけようと思えばできたはずだ。そこまでやらずとも告白してきた誰かと付き合い、うまく別れれば高校生の普通の付き合いが破局しただけで後腐れもないだろう。そうでなくとも体だけの関係を得ることもできる。

 しかしレンは学校が終われば即座に玖条ビルに帰り、玖条家の仕事をこなすか訓練に没頭していて女遊びをしたとは聞いたことがない。実際レンはたくさんの女子から思いを告げられたが全て断っているし、付き合わないで体の関係になった女子も居ないと本人は言っていた。

 そういうことでレンは嘘をつかないだろう。水琴はレンのことを信用している。


「そんなつもりはないよ。今周りにいる女性たちでも僕には勿体ないくらいだ。エマ、君も含めてだよ」

「もうっ、こんなところで何を言っているの」


 エマは大分素直になってきている。

 水琴たちレンに好意を持っている女性陣は定期的にレンと2人きりの時間を取って貰うようにしている。

 その時間に何をしているかはお互い秘密だ。もしかしたら体の関係になっている子もいるかもしれない。

 水琴は手を繋いだり抱きしめて貰ったり、たまにキスをしていたりする。

 それ以上に進むには勇気が足らないし、レンも特に求めて来なかったので穏やかに交際が進んでいると言える。


(でも私もレンくんの婚約者になったのよね)


 左手薬指にきらりと光る指輪を見る。

 水琴の父親は獅子神家と玖条家を縁付かせようと高校卒業後、すぐに玖条家を訪れて水琴を貰ってくれないかとレンに直訴した。もちろん水琴の意向もその前に確かめられた。水琴はレンが相手なら歓迎だと父親に告げ、獅子神家の方針は決まった。

 そしてレンはそれを受け入れた。

 結果、灯火に続いて水琴は2番目の婚約者ということになった。

 結婚時期はいつでも良いらしいが、灯火の後か同時になるだろう。

 水琴としても少し猶予が欲しかったので即座に結婚とならずに良かったと思っている。灯火より先に結婚するわけにも行かない。


「レン、今度のデートの時は前行った森に連れて行ってほしい」

「いいよ、エアリス。また採取かい?」

「あそこの森は見たことのない魔植物が多くて興味深いの。魔法使いとしてはまだまだ行きたりないわ」


 レンの脇にはエアリスがくっついていて楽しそうに話している。

 嫉妬しないこともないが、そういうものだと割り切っている自分もいる。


(そうね、私も大学生になるんだものね。レンくんと同じ大学か、嬉しいわ)


 水琴はレンたちが楽しそうに花見をしているのを見ながら、くすりと笑った。





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