成長と妖狐の襲来
142.黄金の果実
レンが転生してから約3年が経ち、春がやってきた。
関東ではまだ満開ではないが桜が咲き始めている。
(高校入学前に前世の記憶を思い出したけれど、もう高校を卒業して大学入学前か。色々あった3年間だったな。3年なんて一瞬だと前は思っていたけれど)
8月初頭の四ツ腕との戦い以来、特に大きな戦いはなく、玖条家は概ね平和な半年間を過ごしてきたと言える。
だがそれは玖条家が平和なだけであって、もっと大きな視点で見るとそうではない。
黒瘴珠(こくしょうじゅ)と名付けられた四ツ腕が持っていた瘴気の珠。それを持った妖魔が全国各地で現れ、大きな被害を齎したのだ。
特に広島と秋田では藤森家や三枝家と同等のそこそこ大きな家の戦闘部隊がほぼ壊滅するという被害を受けたと言う。
如月家の被害など比べ物にならないほどの退魔士が死んだと麻耶から聞いた。
これはやはりアーキルたちの言う暗黒期なのかとレンは訝しんだが、暗黒期というのは定義がかなり広い。
100年以上続き、不定期に強力な妖魔が現れた時期もあれば、予兆もなく2,3年の間に大妖と言えるような妖魔が一気に噴出した時もある。
あの時代のあの地域は暗黒期だったと後世になって言われたりもするが、実際にその時が本当に暗黒期だったのか、現在が暗黒期に入っているのかどうか確かめる術(すべ)はないのだ。
ただ異常な事態が起こっているのは間違いがない。
更に調べさせた所東南アジア、中国やロシア、中央、西アジア、欧州や南北アメリカ大陸、アフリカ大陸、オーストラリア近辺でも様々な異常が起きているらしい。
全世界で妖魔の動きが活発化し、悪しき神霊の出現も確認されている。
研究者は既に類を見ない世界規模の暗黒期に入っていると主張するものも居れば単なる転換期であり、暗黒期はまだ来ていないと言い張るものもいてどの説を信じれば良いのかはわからない。
だが問題はそこではない。単純にレンたちが普通に暮らしていくのに強力な妖魔が立ちふさがる危険度が高くなっているのに間違いがないのだ。
もう30年くらい前に転生していればレンの実力はかなりマシになっていただろう。今のペースでなくとも魔力炉も6つや7つは稼働していたかもしれない。
そのくらいの実力があれば暗黒期だろうがなんだろうが、レンは高難易度の魔境の深層に立ち入るよりは安全度が高いと鼻で笑って気にもしなかったことだろう。多少の障害など実力でなんとかしたしできたと思う。
ただ現状レンの実力では四ツ腕をなんとかするのも精一杯だ。
四ツ腕は妖魔の格としては元は中級上位と言ったところで、上級妖魔ですらない。
本来の上級妖魔が黒瘴珠を飲み込めばどうなるか。更に悪しき神霊が突然襲いかかってきたら?
カルラが居てさえレンは自身の命と灯火たちを守りきれるか、正直自信がない。
つまりクローシュやハクたちの力も借りる日が来てしまうかもしれないということだ。
(主よ、ちょっと良いか)
(なんだいカルラ)
レンは〈箱庭〉で魔剣たちの手入れをしていた。彼女たちは自身たちを振るって貰うのも手入れをされるのも大好きだ。むしろ放置すれば怒り出す。
そんな時、カルラから念話が飛んでくる。
(そろそろ黄金の果実が成るのではないか?)
(霊樹の黄金果か! すっかり忘れてた)
カルラに言われてレンはガタリと立ち上がった。手入れをされていた途中のシルヴァから文句の波動が飛んでくる。
だが黄金の果実は見逃せない。なにせ霊樹に約100年に1つしか実らない希少な実なのだ。
食せばその者の潜在能力を開放し、力を上げてくれる希少な果実だ。簡単に言えばパワーアップアイテムである。しかもリスクはない。
しかしながら潜在能力が残っていなければ全く意味はなさない。
約100年前にレンが食した時、ほとんど変化は訪れなかった。そこで初めて黄金の果実は潜在能力の残っていない者が食しても意味がないことを知り、更に自身の伸びしろがないことに気付き、レンはかなり落ち込んだものである。
ただ大陸で上位の魔導士を上げろと言われれば必ずレンの名が上がるほどレンは鍛え上げていた。人類種の限界値に近いところまで鍛え上げていたと言われれば、伸び代が残っていなかったとしてもおかしくはない。
だが今のレンに取っては違う。玖条漣の肉体はベースとして以前の自身よりもポテンシャルが明らかに高い。それにまだまだ鍛え上げる余地がある。
黄金の果実を食せば未だ叶わぬ4つ目の魔力炉の稼働や、〈精霊眼〉の移植にも手を付けられるかもしれない。そうでなくともその日が近くなることは明白だ。食べない理由は存在しない。
レンはシルヴァの手入れをきちんと最後まで行うと、カルラを連れて霊樹までスカイボードで最速のスピードを出して飛んだ。
『あら、レン。また来てくれたのね。嬉しいわ』
『あぁ、そろそろ黄金の果実が成る頃だろうと思ってね』
『そうね。数日前に結実したわ。レンが取りに来ると思ってちゃんと残してあるわよ、食べたがっている魔鳥たちがわんさか狙っているのよ。早く持っていって貰わないと追い返すのも一苦労だわ』
霊樹の精霊が現れ、レンを歓迎してくれる。
以前大水鬼討伐の為に霊水を貰ってからもちょくちょく霊樹の精霊の元へは訪れている。
精霊語でレンが黄金の果実について言うとクスクスと霊樹の精霊は笑いながら残してくれていたらしい。
この辺りは霊樹の精霊の領域なので下手な魔物は近づいてこられない。
霊樹の果実や黄金の果実などは魔物にとっても垂涎物だが、花の妖精や草の妖精なども霊樹を守っている。ついでに霊水の湖は魔物にとっては入るだけで浄化されてしまう。鳥の魔物は湖の上空を飛べるが霊樹の精霊によって近づくことが許されない。
霊水の湖の中心に島に生えている霊樹は完璧な守りを作り出していた。
『助かるよ。僕にとっても僕の大事な人たちにとっても希少な物だからね』
『構わないわ。愛しい子。森妖精族は居ないのだから気にせず取っていって頂戴。熟れすぎて落ちてしまうよりは愛しい子の役に立った方が果実も喜ぶでしょう』
レンは〈浮遊〉の術式で50mほど上空に浮き上がり、霊樹の枝に成っている黄金の果実を手に取ると枝から簡単に取ることができた。
精霊に認められていないと手に取るどころか近づくことさえ許されない。霊樹の果実も黄金の果実もそういう物だ。
ローダス大陸でも希少で、市場に出回る物ですらない。なにせ値段などない。多くの魔導士、騎士やハンターまで求める者は枚挙に暇がないが実際に手に入れられるものはそう多くない。
霊樹は大陸にもそう多くはなく、ほとんどは森妖精族たちが大事に守っている。そして森妖精族は人類種の中でも長命種で基本的に強力な種族だ。
穏やかで領土的野心など持たないが、長い年月を掛けて魔法や剣術、弓術などで通常のヒト種では辿り付けない境地まで達している戦闘集団なのである。
黄金の果実はメロン大のりんごのような形をしている。しかし味は桃に柑橘系を混ぜたような味をしている。
これ1つ得るためだけに戦争が起きる。そういうレベルの物だ。
レンは霊樹が〈箱庭〉に存在し、霊樹の精霊とも懇意にしているために簡易に手に入れることができるが、本来神や精霊の加護を得るのとどちらが難しいか悩むレベルで入手難易度は高い。
『ありがとう。これで僕ももっと強くなれる』
『うふふっ、早く強くなって私と契約してくれてもいいのよ。今のレンなら契約してあげても良いわ』
『それは嬉しいね、楽しみにしているよ』
以前のレンの肉体は精霊との相性が悪かった。故に精霊契約は拒まれていたのだが、玖条漣の肉体は〈精霊眼〉との相性が良いように精霊との相性も良いようだ。
レンはしばらく霊樹の精霊と話したり寄ってきた妖精たちと遊んだりしながら、黄金の果実をどうしようか考えた。
◇ ◇
「これがその黄金の果実ですか」
「本当に金色に輝いているわね。食べられるのかしら」
レンは〈箱庭〉の中に5人集まった時を見計らって黄金の果実の説明をし、取り出した。全員春休みなので最近は集まりやすい。
葵と灯火がレンの取り出した黄金の果実に目を丸くしてコメントした。
実際黄金色に輝く実などそうないだろう。
本当に存在しないかどうかはわからない。なにせ欧州にも魔法使いがいる。レンの知らない魔法界があり、そこに黄金色の果実が存在しないとは言い切れない。イスラムやヒンドゥの世界にも黄金色に輝く果実があるかもしれない。
日本の伝承にも残っている非時香具果(ときじくのかぐのこのみ)が何色なのかも知らない。橘の実だと言われているが本物の不老長寿の実であったとしても今のレンなら驚かない。それが黄金色に輝いている可能性も否定できない。
しかし灯火や楓、水琴、美咲、葵の5人は初めて見るようで黄金の果実に目を奪われている。
果実は1つで20人を超えるほどの人数に食べさせても効果は変わらないことが判明している。独り占めしても意味がないのだ。
5人の少女たちに加え、エマとエアリス。それにアーキル、重蔵、イザベラに食べさせることは決めている。
凛音や神子見習いの中でも潜在能力の高そうな未来(みく)に食べさせても良いだろう。
あまりの分に関してはまだ誰に食べさせるかレンも決めきれていなかった。
潜在能力は高くとも能力の上限値が低い者に食べさせるのは勿体ないのだが、能力の上限値を測る手段は残念ながら持ち合わせていなかった。
潜在能力に関しても同様だ。高そうだとか感覚である程度わかるが、正確に測る機器や魔道具は存在しない。
「とりあえず切るよ。普通の包丁じゃ切れないから特殊な魔剣、というか包丁で切るんだけどね」
レンは黄金の果実を24等分にし、灯火たちにも皿に乗せて食べるように促した。1人頭の果実はかなり薄く量も少ない。
「皮ごと食べられるというか皮ごと食べてね。味はそこそこ美味しいよ。でも重要なのは効果だから」
レンが再度促すとまず葵がパクリとかぶりついた。ついで美咲が食べ始める。その様子を見て残り3人も食べ始めた。
「あら、美味しいわね。不思議な味だわ」
「ね、食べたことない味だけど美味しい」
灯火と楓が味について言及するが大事なのはそこではない。美味しいだけの果実なら他にもっとあるのだ。
実際〈箱庭〉の果樹園の果実たちは彼女たちにも食べさせていて絶賛された果実も多い。
「なんだか体がぽかぽかして来た気がするわ。というか本当に皆の霊力が上がってる? 今なら使えなかった術も使えそうな気がするわね」
〈水晶眼〉を持つ水琴は全員の魔力が跳ね上がったのを魔眼で視て驚いている。
「一時的には倍くらいになるけれど、落ち着いたら5割程度の上がり幅で落ち着くはずだよ。1週間くらい掛けてじっくり体に馴染んでいく感じだね。魔力回路や魔力炉にも影響がある。そして成長率が伸びる。権力者が手に入れようと思っても手に入らない一品だよ」
「ねぇレンっち、ちょっとうち本気で術式を撃ちたい気分なんだけど」
「あぁ、まぁそうなるよね。修練場に移動しようか。体に魔力が溢れて全能感みたいな感じはあるよね」
事実レンも魔力炉を開放したときのように魔法を放ちたい欲求が湧き上がっている。
灯火や楓、水琴や葵も同様にうずうずしているようだ。
レンは彼女たちを連れていつもの八角柱のある魔法修練場に連れてきた。
ここならどれだけ術式を放っても良いし、どれだけ出力が上がったのかも測ることができる。
と、言っても落ち着くと一時的に跳ね上がった現在の魔力量よりは下がるので今の魔力量や出力を基準にしては行けない。
強くなった気になれるが、落ち着いてしまえば現在の出力はでないのだ。食べる以前の自分よりは遥かに強くなれるのは間違いないが。
「仙術・〈狐炎刃〉! やった! 出た~! できたことなかったんだよね!」
美咲が習得しようとしていながらもできなかった仙術が発動したらしい。大きな狐火の斬撃が100mほど先の的に当たり、なかなかの威力を発揮している。
と、同時にボフンと美咲の姿が変わった。
真っ白な狐耳が生え、スカートからは2尾の同じく白の狐尾が生えている。
「わっ、尾が生えた! しかも2本! 嬉しいっ、やったよ~。ありがとう~、レンっち~」
その反応はレンも予想外だったので驚いた。
美咲は仙狐の血を引いている娘だが、実際に狐耳や尾が生えるとは思っていなかったのだ。
美咲は隠し事をしないタイプなので尾が生えればレンに教えてくれただろう。
その美咲の変わりように他の4人も驚いている。
「美咲も霊格が上がったんですね。しかも一気に2つ。そろそろ上がる頃だとは思っていましたが羨ましいです」
葵はうんうんと小さく頷いている。
なるほど、とレンは葵が以前奈良の明神池で自身の霊格を上げたと言われたことを思い出した。
その時の葵の姿が白蛇や龍に変わったりはしなかったが、仙狐の血を引く美咲は狐耳と尾が生えるらしい。
「美咲ちゃん、それ消せるの?」
「え? うん、大丈夫なはず。2尾の狐は豊川家ではそれほど多くないけどいるんだよ。3尾になるのは大変なんだって聞いているけどね。どちらにせよ耳や尻尾は消せるはず……なんだけどどうやって消すんだろう。パンツにも穴が空いちゃった」
美咲はスカートの下でふさふさした尻尾を揺らしているが、パンツを突き破ってしまったらしい。
スカートが膝丈なので問題なかったがミニスカートだったら見えてしまっていただろう。本人はレンに見られても気にしないかも知れないが、それよりも耳と尾が消せないのは問題だ。
瑠華と瑠奈に相談すればなんとかなるだろうか。それとも〈箱庭〉から出たら美弥に電話させるべきだろうか、と考えているうちに美咲の狐耳と尾は消えた。
どうにか自力でなんとかできたようだ。
跳ね上がった霊力に4人は振り回され、むしろ制御は乱れていたが普段は扱えない術式などを積極的に試していた。
制御は甘いが威力は高くなっている。水琴などは斬撃の射程が伸びている。
レンとしては彼女たちが強くなるのは大歓迎、というかその為に黄金の果実を食べさせたので結果には大満足だ。
後は周囲の人間たちに奇妙に思われないように彼女たちに送ったアクセサリーにリミッターの機能を付与し、漏れ出る魔力を抑えさせるように厳命する。
戦場に行くか訓練をすればすぐバレることだが、妖魔と直接戦うのは水琴くらいのものである。
灯火と楓、水琴はおそらく稼働していない魔力炉とパスが繋がり、稼働するようになるだろう。
美咲は霊格が上がり、葵も「もうすぐ私の霊格も上げられそうです」と言っている。
後はエマやエアリスにも食べさせなければならない。彼女たちも一時的に魔力が飽和して魔法を撃ちたいと言い出すだろう。
彼女たちは今回イザベラから教育を受けていて一緒に〈箱庭〉に来られなかったのだ。
ただ黄金の果実は切ってすぐ食べなければ即座に腐ってしまうような物でもない。
だからこそ、先に切って灯火たちだけに食べさせられたというわけだ。
「とりあえず美咲はおめでとう。美弥さんや藤もきっと喜ぶよ」
「うん、ありがとうね! レンっち。自力だときっと10年掛かっても1尾が精々だったと思う。黄金のリンゴ凄いね! あっ、瑠華と瑠奈にも食べさせてあげたいんだけど貰っちゃダメかな?」
「いいよ、あの2人には色々お世話になっているからね」
リンゴではないのだが見た目は確かにリンゴだ。まぁ良いかとレンは苦笑しながら美咲の感謝のハグを受け止めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます