141.閑話:2回目のお茶会
藤森楓は緊張していた。
なにせまた鷺ノ宮家のお茶会に付き添いとして連れてこられたからだ。
前回はマジカルイマリに詳しいアドバイザーとしてレンに同席を求められた。そして今回招待状には楓の名前もしっかりと載ってしまっていたらしいので断るわけにもいかなかったのだ。
「相変わらず大きいねぇ」
「いや、前と変わらないでしょ。このくらいは普通だよ」
「そりゃレンくんからしたらそうかも知れないけど、藤森本家より大きいのがこの一等地に建ってて別邸だよ。いくらするんだか想像もつかないわ」
残暑が終わり、良い感じの秋晴れで過ごしやすくなっている。
楓は新調したワンピースを着て気合を入れていた。
なにせ鷺ノ宮家だ。
父親の藤森誠に聞いてみたところ、藤森家などとは家格が明らかに違う家だと言われ、更にそこの当主と孫にお呼ばれしていると伝えると誠はビールを吹いた。
そして絶対に粗相をするなと言われてしまったほどである。
レンから言わせるとちょっと偉いお爺さんらしいが、そのちょっとは楓に取っては向こう岸が見えない川の向こうくらいの差がある。
「さぁ、着いたよ。そんな緊張してると逆に失敗するよ。前怒られなかったんだから前と同じ感じでいいんだよ」
「そりゃ前はそんなにヤバイ家だって知らなかったからね」
楓はため息をつきながらレンに返した。
とは言ってももう着いてしまっている。
前回のお茶会は本当にお茶会という感じで、庭にテーブル一式が用意されてお茶とお菓子を食べながらトークするという簡易的なものだったが、今回はランチをご一緒することになっている。
お茶会とランチでは必要とされるマナーのレベルが違う。
相手が相手だけに緊張せずにはいられなかった。
「レン様! ようこそいらっしゃいませ。夏に会えなくて寂しく思っていました」
「伊織ちゃん、お誘いありがとう。様付けは前回ダメって言われたでしょ」
「えへっ、そうでした、つい。レンさん、でしたね。お久しぶりです」
「うん、久しぶり。ちょっと背が伸びた? 今日のドレスも可愛いね」
「えへへっ、ありがとうございます」
鷺ノ宮伊織はレンを見つけるとてててっと駆け出し、しかし飛びついてきたりはせずにちゃんと止まってレンに挨拶をした。
ちなみに前回レンの事を「レン様」と呼んで信光にその呼び方は止めなさいと注意され、レンさん呼びになったという経緯がある。
「あれ、ミモリじゃなくイマリのままなんだね」
伊織のドレスは相変わらずマジカルイマリの衣装を模していた。
前回は冬用のドレスだったが今回は秋に適した素材を使っている。この様子を見るに夏用もあるに違いない。
伊織が好きだったマジカルイマリはすでに放送終了していて、新たにマジカルミモリという新しいシリーズが始まっている。
楓は伊織の興味もそちらに移行してマジカルミモリの衣装を着ていると予想していたのだが外れてしまったようだ。
「マジカルミモリも見てますよ! でもやっぱり好きなのはマジカルイマリなんです! レンジ様は何度見ても素敵です!」
むんっと本気の目で伊織は楓を見つめて主張した。前見た時よりも背も髪も伸びていて可愛らしくなっている。
(マジカルミモリにもレンジ様みたいなキャラも出てるけど、合わなかったのかな?)
好みというのは誰にでもある。伊織にはマジカルイマリとレンジが刺さったのだろう。
そしてそのレンジにレンが重なってしまったことが事の発端だ。如何に鷺ノ宮家のご当主様でも読めなかったに違いない。
「これ、伊織。挨拶が済んだのなら案内しなさい。自分で案内したいとワガママいったのはお前だぞ」
「あ、お兄様、すいません。それではレンさん、楓さん。こちらへどうぞ」
鷺ノ宮家のご令嬢に案内され、レンと楓は食堂へやってきた。
わざわざ今日の為に用意したのだろう。部屋のサイズに対して少し小さめのテーブル、と言っても10人程度は座れるテーブルが準備されている。
使用人たちが即座に動き出し、飲み物の希望などを聞いてくる。
(前回は意識してなかったけれど、鷺ノ宮家のご当主様なんだよね。ひ~、緊張するっ)
昼食会に参加するメンバーは前回と同じだった。
鷺ノ宮家当主、信光。信光の脇に控える執事。そして孫の信時。彼は伊織の腹違いの兄らしい。後妻との子が伊織であると前回教えられたが、信時と伊織は一周り近く年齢が離れているように見える。
「お久しぶりです。信光翁。ご壮健なようで何よりです」
「何、大概の仕事はもう息子たちに任せておる。当主と言っても隠居老人のようなものじゃ。レン殿もまた玖条家の名を上げたようじゃな。良いことじゃ」
「だからと言って龍を退治しろなんて無理は言わないでください。歯が立ちませんでしたよ。鷺ノ宮家からも戦力を出されていたようで、良い見物にはなりましたが」
「現世に現れた龍など儂も見に行きたかったくらいじゃ。羨ましいの。ほっほっほ」
席は信光が上座に座り、右脇にレン、そしてその隣に楓。伊織がレンの対面に座り、楓の対面には信時がいる。信時は紳士的なイケメンで楓に対しても丁寧に案内してくれる。
明らかにこの席順は伊織がワガママを言ったに違いない。
そしてレンと信光の間にはパチパチと火花が散っているようにも見えたが楓はスルーした。触らぬ神に祟りなしである。
「まぁよかろう。あまりレン殿を独占すると孫に嫌われるからの。とりあえず昼食と行こう。我が家のシェフもなかなかの腕じゃぞ」
信光が声を掛けた瞬間、使用人たちが動き出して皿が並べられる。
そして食事会が始まった。
(伊織ちゃん、前回より所作が綺麗になってる。頑張っているのね)
灯火も家格の高い家の本家の生まれだ。やはり食事などの所作は綺麗で、楓などとは幼い頃からの教育が違うと思ったことがある。
ちなみに美咲は普段は奔放だがやればできる。きちんと教育自体は受けているのだ。ジャンクな食べ物はジャンクに食べる。格式の高い食べ物には相応の食べ方ができる。そう使い分けているらしい。
「レンさん、龍退治に行ったんですね。私も龍見たかったです!」
「すごかったよ。龍の実物を見ることになるなんて思わなかったな。でも凄い嵐で雨と風の中で海の上で戦うんだ。大変だったよ。でも最後は鷺ノ宮家の信時殿と同じくらいの年齢の青年が光の剣でズバッと龍の角を斬り落したんだ」
「わぁっ、すごいです。
さらっと伊織が剣の名を言った瞬間、信時と信光、そして信光の後ろに居た執事の顔色が変わった。
(うわぁ、絶対それ鷺ノ宮家の秘事だよ。神剣じゃん。言っちゃダメなことだよ伊織ちゃん)
楓の心の声は当然伊織に届かない。
「十拳剣って言うんだね。僕も神社に奉納されている神剣を見たことがあるけれど、十拳剣は初めて見たな」
ちらりとレンが信光に視線を送る。
「見せんぞ」
伊織との会話の邪魔をしないように信光は静かに食事をしていたが、はっきりとレンに返した。
「え~、いいではないですか。お祖父様」
「ダメじゃ」
「伊織、ワガママを言っては行けないよ」
「むぅ」
「あははっ、気にしなくていいよ、伊織ちゃん。僕は気にしてないからね。僕も本当に大事な剣は人には見せないからそういうのが普通なんだよ」
「レンさんにならいいと思うんです!」
伊織は信光に文句を言うがそりゃダメだろうと楓でもわかる。信時の注意も聞いてはいない。
秘事は秘されているから秘事なのだ。見せてしまえば対策もできる。
ただ神剣に対策をしろと言われても楓ではどうすれば良いのか全く想像もつかない。
なにせ龍の角を斬り落としてしまう程の斬れ味なのだ。レンが手に入れたと言っていた龍の鱗でできた盾でも受けきれないだろう。つまり避ける以外の手段はない。
「他にどんな妖魔と戦ったんですか? 私はまだ妖魔との実戦に出して貰えなくてつまんないんです」
「そうだなぁ、最近だと4本の腕で4つの目の鬼と戦ったよ。黒い瘴気の塊を持っててそれを飲み込んだ瞬間受肉して領域を展開したんだ。更に持ってる刀が凶悪でね、抜刀した瞬間何十人もの術士たちが怪我を負ったんだ。僕も防ぐのが精一杯だったな」
「そんなのがいるんですね。戦ってみたいです!」
伊織は身を乗り出してぐいぐいとレンの話を請う。執事がそっと伊織の肩を抑えた。
「あははっ、伊織ちゃんは戦闘意欲が旺盛だね。でも危ないからダメだよ。何十年修行を積んだ術士たちでも苦戦したんだ、伊織ちゃんが怪我でもしたら信光翁も信時殿も心配して大変なことになっちゃうからね」
「大丈夫です! 最近すっごい結界も覚えましたし、バーンと魔法でやっちゃえば一発ですよ。そう言っているのにお祖父様もお兄様もダメだって言うんです」
伊織は早く戦いの場に出たいのか興奮したように言葉を紡ぐ。
だが当主の孫であり、可愛がられているのが楓でもわかる伊織が、戦場に出ることはないだろう。
レンも柔らかく表現しているが四ツ腕の一撃は如月家や応援に来ていた術士を数十人まとめて輪切りにしたと聞いている。怪我どころの話ではないのだ。
「その戦いの報告は聞いておる。似たような事件が他でも起きているようじゃ。レン殿も気をつけるようにな」
「もう出会いましたからね、次は油断しませんよ。大丈夫です」
「ふむ、心強いの」
レンはきっぱりと言いきった。
楓はその戦いの詳細をレンから聞いている。結局カルラに頼って見せることになってしまったと言っていた。
ただカルラを見せたことにより、次出会った瞬間レンは瘴気の珠を飲み込む前かすぐ後にでもカルラを召喚して倒すだろう。
それが最善で最速だからだ。
相手がパワーアップするのを待つ必要はない。むしろパワーアップするのがわかっているならば、対策を練るのが当たり前だ。
漫画やアニメのように変身するとわかっているボスの変身を律儀に待つ必要はないのだ。
そうこう話をしているうちの食事会は終わった。
楓としては緊張はしていたが味がわからないほどではなかった。前回ほどマジカルイマリの話が出ないのでとても高級で美味しい料理を味わえたというのが楓の感想だ。
信光も信時も伊織が喋っている時は邪魔しないようにしているので楓もそれに習って静かにしていた。
稀に楓にも伊織から話しかけられるのでそれに対してはきちんと返答したが、伊織の興味はレンにあるのは明白だ。
(これは時間が経てば落ち着く感じじゃなさそうに見えるんだけど、レンくん、どうするんだろう。というか頭が痛いのは信光様か。可愛い孫娘の気持ちを汲むか強引にでも諦めさせるのか、どちらにせよ悩みどころよね)
玖条家は新興の家だ。鷺ノ宮家などと釣り合うはずがない。
だがレンは着々と戦果を重ねていっているし、玖条家の名も広がっている。水無月家や豊川家とも縁付けばある意味家格は上がる。
レンの水神、カルラの存在は楓でも他で噂に聞くくらい広がっていて、どうにも止めようがないが、レン本人の価値を非常に高めている。
実際この短い期間にレンに知らない家からの縁談がいくつも舞い込んできたと言う。
レンは灯火と婚約したことを理由付けしてどれも断っているようだ。
水無月家は名家溢れる東京でも名の通っている名家だ。
灯火との婚約は断るには良い口実だろう。少なくとも有象無象の中小の家は文句は言えなくなる。
楓も一緒に救って貰い、灯火とは仲が良くなれたが、本来楓は灯火と対等に話せる立場ではない。
同時に攫われ、レンに助けられ、本人が気にしないのと同じ年であったこともあって親友のようになったが、誠は水無月家の令嬢と仲良くなったと報告したときも顔色が悪くなっていた。
「レンさん。冬にまたお誘いしたいのですが大丈夫ですか?」
「他に大事な予定が入って居なければ大丈夫だよ。流石に依頼された妖魔退治とか龍が来たとか言われたら僕もでなけりゃいけないからね」
「じゃぁまたお誘いいたしますね! きっとですよ」
本当は夏休みにも誘いたかったらしいのだが、夏休みは伊織の都合ではなく鷺ノ宮家の都合で開催されなかったらしい。
伊織としては毎月にでもレンに会いたいのだろうが、さっきの失言のように伊織はポロッといろいろとこぼすのだ。
故に信光と信時がお守りでついてきている。
そして信光は隠居のようなものだと言っているが明らかに忙しい立場であるのは間違いない。
伊織は名残惜しそうに門までレンたちを見送ってくれた。
信光はついてきていないが信時は心配なのか伊織の傍を離れない。
黒縄の運転する車に乗って、ようやく楓は肩の力を抜くことができた。
「伊織ちゃんは可愛いけれど流石に緊張するわ」
「あははっ、向こうが招待してくれているんだから余程の失礼を行わなければ大丈夫だよ。そんなに狭量な相手でもないしね」
「レンくんはよく知ってるのかも知れないけれど、あたしはそうじゃないのよ。もうっ。次も招待状にあたしの名前載るかしら」
「楓も気に入られているみたいだし呼ばれるんじゃないかな。そしたら諦めて一緒してね」
「仕方ないわね。あたしは鷺ノ宮家の呼び出しを断れるような理由は思いつかないわ。お父さんが卒倒しちゃう」
「お父さんが?」
「そうよ、鷺ノ宮家に呼び出されたって言っただけでビール吹いたのよ」
「あははっ、あのピシッとした楓のお父さんが? それは見たかったな」
「そういえばレンくん、うちのお父さんと会ったことあるのよね。忘れてたわ流石、──」
異世界の大魔導士ねと続けようとして〈制約〉に阻まれる。
運転手はソレを知らない黒縄の人間だからだ。〈制約〉の有能さには頭が上がらない。失言しようとしてもできないのだ。それがレンの安全を担保している。
(相変わらずこの〈制約〉は高性能ね、普通の〈契約〉や〈誓約〉ではこうはならないわ。どの術式にも抜け道はあるものだけれど、異世界の術式を解明できる術者はいないでしょうね)
少なくとも水無月家でもどうにもならなかったのだ。藤森家程度で呼べる術士でどうにかなるわけがない。
実際どうにもならなかったのを楓は実体験しているのだ。
「いいじゃない。美味しいご飯が食べられると思えばいいんだよ」
「そんなことより伊織ちゃんよ、どうするの。アレは本気の目だったわよ」
「どうするもこうするも信光翁が止めてくれるでしょ。流石に玖条家に嫁に来たりはしないよ」
「そうだと良いんだけどね。正妻が変わるとあたしたちも面倒だから勘弁してほしいわ。あの子自体は可愛らしい良い子だと思うけどね」
「え、正妻が変わるの。それは困るなぁ」
レンは呑気な声でそう言った。楓は頭が痛くなってきた気がした。
◇ ◇
貴重な伊織ちゃん成分補充回です。伊織ちゃんは幼すぎて戦闘には出せませんしレギュラーメンバーにもなれません。故に閑話で出させて頂きました。
淑女に成長した伊織ちゃん、どうでしたでしょうか。可愛らしい女の子ですがまだまだ脇が甘く、ポロッと秘事を溢してしまいます。笑
新しく長文レビューを頂きました。ありがとうございます。楽しいと思って頂けると書いた甲斐があります。
表題も元に戻しました。やはり「バカは死んでも治らない」の方がしっくりくるのです。この小説のテーマでもあります。そしてどちらが良いかアンケートを取った結果、やっぱりバカは死んでも治らないのが良いと言う方々が多かったです。
面白い、続きが気になると言う方は是非☆で評価してください。最新話の下の方でできます。三ツ星なら私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ
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