138.女子会2
「見せたい物ってなんですか?」
夕食も終わり、自室に帰ろうと思っていた所に葵はレンから声を掛けられた。
レンは「見ればわかる」と〈箱庭〉の入口を開く。
葵はレンと一緒にいれるならば何でも良い。今日は良い日だと思いながら〈箱庭〉に入り込んだ。
そこはいつもの〈箱庭〉のレンの屋敷前の庭だった。
特に特徴的なものはない。相変わらずライカがぐったりと寝転んでいる。ハクとエンは森にでも行っているのかいないようだ。
眷属たちが丘の下や湖の傍でゆったりしている姿も見える。
いつもの〈箱庭〉の景色だった。
「ちょっと家の中で出すには大きいからね」
レンがそう言い、〈収納〉に手を突っ込むと大きな装置のような物が現れた。
細長い箱が中央にあり、それに上から水を流す装置のようなものがついている。その水は霊水のようで、箱に掛け流されて、箱の一角の壁は外されており、瘴気が混ざった霊水が先の大きな壺に流れ込んでいく。
「ようやく浄化が終わりそうなんだ。終わってるかな、もうほぼ終わりだな。うん。あとは仕上げだけだね」
箱の中に入っているのは大太刀だった。あの四ツ腕が持っていた瘴気に塗れた姿ではなく、美しい波紋を持った太刀に姿を変えている。ただし少し曇りが刃に見えた。
大太刀の入った箱の部分だけが取り外され、地面の上に置かれると霊水が流れるように抜かれていた壁が装着され、きちんと箱の姿になる。
レンはそれほど大きくない壺を取り出すと神気に溢れた水が大太刀に掛けられる。
「レン様、その水は?」
「これ? これは聖水だね。霊水を聖気に溢れた場所に長い間置いておくんだ。今回はその作り方じゃ間に合わなかったから足らない聖気を無理やり押し込んだりして作った即席の物だけどね」
(それは神水と言ってとても貴重で手に入れようと思っても手に入らない物ですよレン様。それとそうそう作れるものじゃないんですよ)
突っ込んでも仕方ないと思い、葵は心の中だけで済ませた。
レンも希少さはわかっているのだろう。少なくとも聖水を〈箱庭〉の外で誰かの前で出したりはしたことがない。
聖水に浸かった大太刀はだんだんと曇りが取れ、綺麗な銀色の刃となっていく。そして聖水の神気はなぜだが刃に吸収され、箱の中から消えてしまった。
代わりに大太刀から神気が感じられる。
神剣と言うほどの物ではないだろうが、葵はその大太刀に神々しさすら感じられた。
「うん、成功だね。葵が大太刀の行方を気にしてたし、ちょうど作業が終わりそうだったから見せてあげようと思ってね。霊水に浸けても瘴気は簡単に抜けないし、結局こんな装置まで作って霊水をかけ流しで1ヶ月掛かったよ。どんだけ瘴気を含んでいたんだか。おかげで瘴気水の在庫には困らないんだけど、使い道が限定されるんだよなぁ。暗殺には使いやすいんだけど」
レンが物騒なことを言っているが葵はスルーした。
「レン様、凄いです。この大太刀を今後使われるんですか?」
この大太刀なら神気を込めても十分に仕事をしてくれるだろう。目利きに自信があるわけではないが、霊刀の格としても最上級に近いように葵の目には見えた。
「う~ん、僕が使ってもいいけど小茜丸は結構気に入ってるんだよな。人目のない所だったらフルーレとか使いたいし、彼女たちも使って欲しがるしなぁ。僕の魔剣たちは結構わがままなんだ」
「〈箱庭〉の中でたまに使っていた理由はそれですか。それではどうするんですか。私には大太刀は使いこなせませんね」
「うん、単純に考えたら水琴に使って貰うのが一番かな。正確に言うと未来の水琴だね。水琴はそろそろ殻を破る時期に入っている。大蛇丸は良い剣だし、水琴は大蛇丸をまだ十全に使いこなせてない。でも水琴が更に壁を超えて強くなった時、大蛇丸じゃ水琴の全力に耐えられなくなる。獅子神神社も大蛇丸より良い刀は持っているだろうけれど、僕の伴侶になるなら僕が与えても良いな」
「水琴さんは予想で実際そうなるかどうかはわからないって言ってましたけどね。でもきっとそうなるでしょうね。獅子神家が申し込んでこないのならレン様から申し込むという手もあるんですよ」
「その発想はなかったな」
「でも水琴さんを手放したくはないのでしょう」
「うっ、確かにイヤだ。葵には隠し事は難しいな」
水琴の家は比較的女子の婚姻にうるさくないらしい。
ただ水琴は天性の才とその才を腐らせない努力、更に〈水晶眼〉まで持っている獅子神家の秘宝だ。
外に出すなど言語道断だろうと思うが、相手がレンであれば話は別である。
獅子神家襲撃時に襲撃者を撃退し、神剣を守った。さらに獅子神家は知らないが水琴はレンが救わなければ死んでいたし、〈水晶眼〉を使えるようにしたのもレンの仕業だ。川崎事変でも命を救っている。
獅子神家は後継ぎ候補たちもしっかりといる。水琴がそれに絡むことはない。それに獅子神家は玖条家とお隣だ。
飛ぶ鳥落とす勢いで名を上げている玖条家当主、レンの伴侶なら水琴を出すのも有力な選択肢だろう、というのが葵の予想である。
「いいんですよ。凛音さんたちも居ますしね。彼女たちの処遇もちゃんと考えてあげなければなりませんよ。女に生まれたからには子を為すのは当然と考えている人たちですよ」
「あぁ、そういう感じなの?」
「神子候補が生まれてくるかもしれませんからね。侍女でさえ同じような価値観を持っていますよ。凛音様の旦那様なら手を出されて当然と考えている子もいますよ。未来ちゃんのような幼い子は流石にまだそんな感覚はないでしょうが、中学生以上の子たちはもう染まってますよ」
「そりゃ困った。まさか全員僕の子を生みたいなんて言い出さないよね」
「まず彼女たちを外に出して、他の男性と会う機会を与えなければお相手はレン様しかいませんね」
葵が現実を直視させるとレンは頭を抱えて「どうしよう」と呟いた。
葵もこの件に関してレンに対して有効なアドバイスを思いつかなかった
◇ ◇
「うぅ~、うちもレンっちとキスとかしたいよう」
エアリスの通っている中学校が早く終わったので帰って来てみると、まだ夏休み中で名実共にレンの婚約者になった灯火と楓、そして美咲と葵が女子会をよく行う部屋で集まっていた。
部屋の外に美咲の護衛2人と灯火の護衛2人が話していたのですぐわかった。エアリスはノックして入ると美咲がぐでんとしてそう言葉を漏らした。
瑠華と瑠奈に聞こえたのではないかと思ったが、遮音の結界が張ってある。用意周到なことだ。
「そうは言ってもレンくんからしてくれることはあまりなさそうよ」
「そうだね、あたしもあたしからしたもん。葵ちゃんなんて寝込みにこっそりしたんでしょ」
「むぅ、葵っちずるい。楓っちもずるい。うちの番なのに~」
美咲がお菓子を食べながら叫んでいる。
何事かと思ったが内容は思っていたよりもくだらない内容だった。
(本人に直接言えばきっとしてくれると思うな。レンなら。それに私もまたしたいというかしてほしい)
エアリスはそう思ったが口には出さなかった。
レンがモテるのは仕方がないことだ。あれほどの力を持つ魔法使い、しかもどんどんと成長している。むしろエアリスを含め、6人程度しか仲が良い女性が居ないのが不思議に思える。
黒縄の忍者の女性たちもレンが迫れば断らないだろう。年頃の綺麗な女性はたくさんいる。
エアリスはレンはそういうことに興味がないのか、もしくは日本人特有の奥手なのかと思っている。
魔法使いの世界でもハーレムを築いている男はたくさんいるのでエアリスはレンが多くの女性を囲うことに関しても寛容だ。
「助けられたタイミングは全員一緒でしょ。しかもレンくんの目的は水琴ちゃんだったのよ。あたしたちはついでなの。忘れたの? 美咲ちゃん」
「うぅぅ。そうだけどぉ、そうなんだけどぉ」
「いいかしら、私思うんだけれど、レンとの2人きりの時間が少なすぎるんだと思うわ。私はお姉ちゃんと一緒の時が多いしみんなも誰かしら一緒にいることが多いでしょう。私も流石にもうお姉ちゃんの前でレンにキスはしたくないわ」
エアリスがそう言うと楓が「なるほど、確かに」と頷いた。
「灯火も婚約したんだし、そういう時間があってもいいかもね。というかあたしもそういう時間が欲しい。レンくんとイチャイチャしたい。でも灯火はあたしと一緒に来ることが多いし、水琴ちゃんやエマもよく一緒にいるものね。葵ちゃんくらいよ、レンくんと一緒の時間が取れてるのは」
楓が力説すると、確かにそうだという空気が部屋の中で形成されていく。
エマとエアリスは玖条ビルに住んでいるがレンと2人きりになるチャンスはそうそうない。なにせ蒼牙や黒縄たちも同じビルにいるからだ。
通い妻のようなことをしている葵はレンと2人きりの時間を持っているらしいが、キスをしたりそういう行為に及んだりはしていないらしい。
少なくともエアリスは葵本人からそう話を聞いている。
「レンは私たちに興味ないのかしら。でも婚約は受けてくれたものね。それにレンも年齢的にそういうの興味ないわけがないわよね。誰か聞いた人はいる?」
エアリスは以前から疑問に思っていたのだ。これほど好かれていて、美女美少女が傍にいる。更に蒼牙や黒縄のメンバーの娘なども玖条ビルで働いている。彼女たちに手をつけようとレンが思えば余程のことがなければ断られないだろう。
実際エアリスは蒼牙や黒縄の娘などで戦闘部隊には入っていないが、レンを慕っている子を知っている。
「そうでもないらしいわよ。でも自身を鍛えることを優先したいから、そういう耽溺に浸るのを避けているみたい」
「ストイックなのね。そんなところも素敵だわ。でも私たちには強敵ね。レンの意識をもう少し緩めて貰わないと」
エアリスがそう答えたすぐ後にノックがあり、扉が開いた。誰かが飲み物かお菓子でも持ってきたのかと思ったが来たのは制服姿のエマと水琴だった。
「レンは?」
「なんかアーキルと話があるらしいわよ」
レンは水琴とエマと一緒に帰ってきたらしいがこっちには来ないらしい。
「それで何の話をしていたの。なんだか美咲がぐったりしているし」
「レンとキスしたいんだって。もしくは2人きりになってイチャイチャしたいんだそうよ」
「そうレンに言ってみたらどうかしら。貴方達態度には出ているけれどそういう要求はしていないんでしょう? 見ていてもどかしくなったわ」
エマがずばっと斬り裂く。美咲など「うぐっ」と声を上げてしまったほどだ。
「お姉ちゃんはどうなの?」
エアリスがエマに切り返す。
「私? 私はないわよ。良いお友達ね」
「ほんとに? この前の四ツ腕との戦いの時レンのこと格好いいとか見直したとか思わなかった?」
「うっ、そう言われるとないとは言い切れないけれど」
エマは年上の癖にいじっぱりでなおかつピュアなのだ。
レンの良い所なんてたくさん見ているはずである。自身がレンに惹かれていることを認めたくないだけだと妹であるエアリスは見抜いていた。
特に四ツ腕との戦いの後から姉の様子がおかしくなった。多少は自覚したのだろう。
「それにお姉ちゃんは魔女の系譜を残そうとは思わないの? 日本に居て相手してくれるのはレンくらいだよ。蒼牙や黒縄に良い人がいるわけじゃないんでしょう。チェコに居た時も恋人すら作らなかったし」
「うぐっ」
今度はエマからおかしな声が出た。その時点で負けを認めたのも同然だ。
周囲の女性陣もエマがレンに惹かれていて、そう振る舞わなかっただけのことに気付いていた者、今気付いた者など反応は様々だがそれぞれ興味はあるらしい。
じっと見つめられてエマの顔に朱が差す。
「エマっちもライバルかぁ~。うちとの時間がどんどん減っていくよ~」
「まずはレンくんとの時間をちゃんと取れるようにしないとだね。そういうのは正妻になる灯火が音頭を取るべきじゃないかしら」
「私っ!? あぁ、でもそうなのよね。この中では私なのよね。そうだったわ」
楓につっこまれて灯火が初めて気付いたような表情をして、考え込んでぶつぶつ言い出した。
とりあえずこれで良い。エアリスもレンと2人きりの時間を割り振ってくれるはずだ。エアリスはレンからしてくれるのを待つタイプではない。唇くらいは自身から奪いに行く肉食派だ。
灯火が婚約者になってしまったことで先にレンの子を生むのは難しくなってしまったかもしれないが、そっちはそこまで急いではいなかった。避妊の魔法もある。行為に及ぶだけなら問題など起きないのだ。
コンコン
「入るよ。え、何。この雰囲気」
レンは玖条ビルの主であるし、わざわざノックの返事など要らないと言われたことがあるので即座に扉を開け、女子会部屋となっている空気に敏感に気付いた。
「レンっち」
「えと、なに? 美咲」
「デートしよ。2人きりで。それでレンっちからキスしてほしい!」
美咲はエマのアドバイス通りド直球で行ったようだ。レンが一歩下がりそうになっているのを堪えている。
「デートって言っても瑠華さんや瑠奈さんはどうするの」
「〈箱庭〉デートでも良い! キレイな雰囲気の場所でレンっちとイチャイチャしたい!」
「あ~、なんか灯火の婚約話からみんな浮ついてたのはそういうこと? 油断するとまた攫われるよ? いや、〈箱庭〉でデートするくらいは構わないけれど。良い風景の場所はたくさんあるし」
レンはさらっと返した。
(レンて奥手なんじゃなくて、なんか慣れてる?)
エアリスはレンには女性の匂いがしないのに女性の扱いに慣れている雰囲気を感じとった。
「それに他にも女の子、囲ってるでしょ」
「え、なんでそれを」
答えを言ってしまったレンが葵を見るが〈制約〉が掛かっているので葵が犯人なわけがない。
と、言う事は葵も知っているということだ。
「えぇっ、やっぱり本当だったんだ。当たらなくて良い勘だったのにぃっ」
「勘だったのか。侮れないな。でも彼女たちはまだ外に出せない事情があるんだ。ちゃんと片がついたら紹介するよ」
「彼女たちっ。何人いるのっ」
「えぇと、小学生から灯火より少し年上の女性まで含めて17人かな」
あまりの多さに一瞬クラリとしそうになったが、流石に全員レンの女ということはないだろう。
なにせレンは灯火と婚約したばかりなのだ。手を出そうと思えば一般人の女の子でもなんでもいくらでも引っ掛けられる。
しかしレンは学校が終われば即帰ってきているし、当主業務をこなしているか訓練に励んでいる姿しか見たことがない。
ストイックに強さを求め、どんどんとそれを成果にしていく。
そこもエアリスが惚れたところだ。
きっかけはゲイルから救ってくれたことだが、エアリスはその後もレンを観察し、レンの素敵なところをいくつも見つけていた。
レンが女性陣に手を出していようが出していなかろうが、もう少し育てばエアリスも女性と見てくれるだろうと思っていた。
流石に中学2年生時点で対象外だと言われてしまえば文句も言えない。
しかしアレから1年半、エアリスは背も高くなったし色々と育ってきた。
イザベラからも許可を貰ったし、レンの伴侶に成れることも婚約ではないが言質は取った。
エアリスは現状それで十分だと思っていたが他の女性陣はそうではなかったらしい。
「本当に特殊な事情だし彼女たちは行き場がないんだ。かと言って見つかってもまずい」
「レンくん、そういう特殊な事情の女の子救って惚れさせるの得意だもんね」
「別に狙ってやってるわけじゃないよ!」
レンの悲痛な叫びが女子会部屋に鳴り響いた。
◇ ◇
いつも読んでいただいてありがとうございます。通知で評価を着けてくれたと来ると普通に嬉しいです。感謝しかありません。
そろそろなろう版に追いつきそうになってきました。追いつくとなろうが現在隔日投稿なのでカクヨム版でも隔日投稿になります。ご承知おきください。
ちなみにカクヨム版はなろう版の次の日に投稿する予定です。それはなろうの誤字報告機能が優れているからです。カクヨムだとコメントで誤字を指摘されるので自動で直してくれる機能はありません。そういう理由でなろうから一日遅れます。
☆での評価、コメント、いつでもお待ちしています。この作品を応援したい、続きを楽しみにしている。という方は是非最新話下部にある☆評価をつけてください。三つなら私のやる気があがります。この作品は完結する予定がきちんとあります。完結保証です。もう7割か8割程度話が進んでいます。
それでは改めて、☆での評価お願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ
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