137

「ここが水無月家か、でかいなぁ」


 黒縄のメンバーたちに車を出させ、レンは水無月本家の前に止まった車から出た。

 水無月家の使用人たちが黒縄に車を誘導している。

 レンの伴はアーキルと重蔵だ。玖条家の戦闘部隊と諜報部隊の長。玖条家を表す伴としては最も適しているだろう。

 異国の傭兵を使っているということに対して玖条家の評判に小さな傷がついているのは知っているが、レンはそんなことは知ったことではなかった。

 実際アーキルたち蒼牙は玖条家の戦闘部隊として様々な戦いで活躍してきたし、単純に手が足らないというのもある。

 獅子神家でさえ蒼牙と黒縄を合わせた人数より戦闘用員がいる。それだけでも玖条家の小ささが窺える。


 約束の時間は朝10時だった。15分ほど前に着いている。早く着く分には問題ないだろう。

 レンは水無月家への訪問は昼過ぎか夕方頃になると思っていた。しかし灯火から告げられたのは朝の10時。多少疑問に思ったが水無月家も事情があるのだろう、承諾して今この場にいるというわけだ。


「それにしてもでかいな。世田谷とは思えないでかさだ」


 水無月家の屋敷は大きかった。藤森家の本家より大きいのではないか。しかも世田谷区のなかなか良い立地にドンと建っている。

 庭園も広く、屋敷も本邸と離れなどいくつか建物も見える。ガラスドームの温室すら見える。


「ボス、迎えだぜ」

「あぁ、行こう」


 本邸から人が何人かやってきて門の前にいたレンたちを案内してくれる。

 レンは静かに彼らについていった。




 午前中は灯火の家族との歓談の時間だったらしい。

 灯火の祖母、祖父、当主であり母である美輪子、その伴侶、そして灯火の姉2人とレンは挨拶し、彼らの質問に答えていった。

 特に姉2人は何が楽しいのか色々と聞いてきたが灯火と色っぽい話などほとんどないし答えられない話も多い。灯火は恥ずかしかったのか終始静かだった。

 彼女たちの希望には応えられなかっただろうが、1時間半ほど歓談し、昼食を一緒に取った。


(灯火の祖母が僕を見る目が少し異様だったな。アレはなんだったんだ)


 姉2人も少しレンのことを不思議そうな目で見ていたが、祖母は確実に何かを視ていた。ただ魔眼ではない。感覚的な物だろう。

 ただ聞いてもおそらく返答は帰ってきまい。水無月家の秘事に当たる可能性が高い。それにおかしな目で見られることは慣れている。


 1時間ほど掛けてゆっくりと昼食を頂き、その後30分ほどゆったりしながら歓談する。

 彼らからみてレンは灯火の命を救ってくれた恩人という思いが強いようで、何度も感謝された。そして灯火が家族に愛されていることを改めて感じた。

 良い家族だと思う。灯火を不幸にすれば彼らは怒りに震えるだろう。

 レンは相変わらず女心がわからない。わからないが、大切にするという言葉は本当だ。レンなりにだが、彼女を鍛え、愛そうと思う。

 結婚というのは契約の1種だ。だがそれはそれとしてレンは灯火を好ましく思っている。

 美人で気が利き、暴走しがちな楓や美咲を止めてくれてもいる。

 正妻がどうとかはあまり気にしないが、確かに気質としてはあっているのかもしれない。

 どちらにせよ玖条家にとってもレンにとっても重要な水無月家への挨拶と言う用事は終わった。

 レンはそう思っていた。



 ◇ ◇



「灯火お嬢様を迎えるのですから玖条殿の実力の一端でも見てみたいものですな」


 その言葉からざわりと広間が揺れた。

 レンは美輪子や灯火たちと共に水無月家の重鎮たちの前に姿を表し、灯火と婚約することを正式に決めたことを挨拶した。

 それで終わりだと思っていたのだ。それ以外何があるのだろうか。少なくともないとレンは気軽に考えていた。


「何、覚醒してまだ3年も経たぬと聞く。だが玖条家という新しい家を興すだけの戦功もあると聞いています。玖条家の戦闘部隊は精鋭が揃っているとも風の噂で知っています。しかしながら玖条殿の実力に関しては水神を操ると言う以外儂は聞いたことがありませぬ。大事なお嬢様を守れるお方なのか、それが知りたいのです」

「そう言われてもどうしろと?」


 重鎮であろう老人が続けるとレンは率直に聞いた。

 実力を見せろと言われてもカルラを出せばいいのだろうか。それとも魔法でも披露すれば良いのだろうか。どちらにせよ本当の実力を多くの者の前で見せる気はない。


「ふむ、そう言われて見ると難しいですな。軽く模擬戦などして見せていただければ良いのでは。儂だけではなく、玖条殿がどのような術を使われるのか、武術は嗜んでいるのか、気になっている者も多いと思うのじゃ。どうじゃろう、受けては頂けぬか」

「それは多少なら構いませんが、期待に応えられるかはわかりませんよ」

「おお、それなら良かった。晴継、お相手せよ」

「はいっ」


 老人はこの流れを作るタイミングを図っていたのだろう。

 レンが受けてしまったため、美輪子も無理に止めるのを諦め、仕方ないかという表情をしている。


「レンくん、晴継さんはうちの戦闘部隊の中隊長よ。ナメない方が良いわ」

「ふぅん」

「興味なさそうね」

「勝っても負けてもいいんでしょ。それに命まで取られるわけじゃない。治癒士も用意してくれるみたいだし、とりあえず気軽に手合わせすればいいと思ってるんだけど違った?」

「違わないわ。でも晴継さんは気合いれてくると思うわ。あの人私に懸想してたのよ。はっきりと断ったけれどね」

「そう、まぁほどほどにやるよ」


 灯火に言った通り勝っても負けても良い勝負だ。レンはどこまで水無月家の者たちに見せるべきかを考えるべきで、晴継にもあまり興味は持っていなかった。


 専用の訓練場があるというのでぞろぞろと移動する。

 訓練場に着くと好きな武具を選んで良いと刃引きの刀や槍、剣までも用意されていた。軽く魔力を通してみたがそれなりの霊剣のようだ。訓練用の物でも物自体は悪くない。水無月家の財力が伺える。だがレンが慣れた小太刀や良い長さの槍がなかった。


「自前の物を使っても? 真剣ですが殺し合いではないのでしょう」

「もちろん構いませんが持ち込んでいるのですか?」


 晴継が聞いてくる。

 レンは返答せずに、自身の影から小茜丸を浮かび上がらせ、手に取る。

 晴継や観戦に来ていた者たちから驚きの声が上がった。

 〈影収納〉という影魔法の一種で、レンは〈収納〉からいくつかの武具を影の中に移してから水無月家へやってきていた。

 水無月家が敵地ではないとは言え、移動途中で襲撃を受ける可能性がないとは言えない。かと言って水無月家に入れば武器は預けるので丸腰になってしまう。

 流石に水無月家で襲われるとは思わなかったが、レンは丸腰になるのを避けたかった為に、〈影収納〉に小茜丸と十文字槍、そしていくつかの魔道具を入れて置いたのだ。

 まさか水無月家中で使う羽目になるとは思ってもいなかった。


「ではこちらも自前のものを。当然寸止めするのであまり緊張しないでくださいね」

「えぇ、どうぞ」


 レンと晴継が訓練所で向かい合う。距離は10mほどだ。

 訓練所に元々居た者も観戦に回っているので人数が多い。

 着ている服は襟ありのシャツに薄手のジャケット、靴も革靴ではあるが戦闘服に使っている素材をそのまま使っているのでそれなりに防御力はあるし戦いにも耐える。

 レンは小茜丸を手に持ったまま、晴継を見つめた。

 晴継は道着に着替え、裸足のようだ。刀を青眼に構え、腰には脇差しも佩いている。


「合図が必要じゃろう。はじめっ」



 ◇ ◇



「はじめ」の合図が掛かり、晴継はどうしようかと考える。

 目の前の少年は晴継の恋敵ではあるが、今は灯火の婚約者だ。

 しかも晴継は皆の前で盛大に振られている。実はまだそのショックは抜けきっていなかった。

 祖父は晴継を指名したが、レンに対し本気で斬りかかるわけにもいかない。

 実際覚醒して3年でどの程度戦えるのかなどわかりはしない。

 しかし霊力はそれなりに練られているのは感じられるし、手に持つ霊刀もかなり格が高い小太刀なのは見ればわかる。

 ただ祖父からは本気でやれと言われている。玖条家当主の実力を暴きたいのだ。


 まずは軽く小手調べと式符を3枚取り出し、炎の燕に変えてレンに突撃させてみた。

 流石に避けられないということはないだろう、と思えば即座に刀で斬り払われ、お返しにと50cmほどの氷の槍が3本返ってくる。

 晴継は自身の刀で斬り落とそうとして案外に氷槍が硬く、2本は斬り裂いたが3本目は避けることになった。

 驚いている間にいつのまにか足元に黒いボールのようなものが投げられたと思えば破裂し、幾本もの黒い茨が晴継を襲う。


「くっ」


 黒い茨も硬く、重い。なんとか黒い茨の拘束を躱す。

 晴継はどの程度手加減すれば良いのかなどと考えていた自分が馬鹿だったことに気付いた。

 退魔の家をこの若さで、早さで、新しく興すことが許された少年なのだ。並の覚醒者などではありえない。

 実際黒い茨を本気の剣戟で斬り払った瞬間、レンは既に間合いの中に居て晴継に下段から逆袈裟に斬り上げてきていた。


(速いっ!?)


 なんとかギリギリで受けるが、更に斬撃は続く。

 気合を入れ、レンの刀をなんとか防いだが合間に腹に蹴りを入れられて晴継の体は吹き飛んだ。


(これが本気の戦いで、追い打ちを掛けられていたら死んでいたかもしれない)


 即座に起き上がり、自身の油断を戒める。

 レンは武術の腕も十分に鍛えているようだった。術式はどの流派かわからないが、軽く放たれた氷槍は思っていたよりも速く、攻撃力もあった。


「申し訳ない。玖条殿。ナメていたようだ」


 レンからの返答はなかった。それでいい。晴継は自身の戦闘スイッチをカチリと入れた。

 相手は同格かソレ以上だと思えと自身に言い聞かせる。


 符術で火燕を作り、今度は時間差を付けて10体飛ばした。同時に晴継はレンに向かって踏み込む。

 火燕は全て空中で凍らされ、地面に落ちて割れた。

 晴継の剣が受け流される。


(読まれている!?)


 まるで晴継の次の動きがわかっているかのように、レンは受け、避け、流した。

 当たる気がしない。

 手加減など忘れて本気になっていた。

 それでも晴継の剣はレンに当たらなかった。むしろ返し技が首筋を掠り、晴継は一旦引いて斬撃を放った。

 ぐっと足に力を入れ、斬撃を追うように縮地を使う。横の斬撃に対して上段からの唐竹割りの一撃。

 十文字に重ねられたその一撃はそう簡単に受けることはできない、はずだった。

 いつの間にかレンの左腕に小さな盾が出現していて、2つの斬撃が同時にガードされる。レンの右手には雷の術らしきものが準備されている。

 これは避けられない。そう覚悟した。


「そこまでっ。晴継、やりすぎじゃ」

「すいません」

「レン殿、すまぬの。孫が熱くなってしまったようじゃ。十分見せて貰った、もう少し前で止めるべきであったがつい見入ってしまっておった」


 ハッと気付いた。これは殺し合いでも何でもない。模擬戦と言っても本気の物ではなく、レンの実力の一端を見せて貰おうと言う趣旨の試合だったはずだ。


(どういうことだ)


 レンの情報は知っている。しかしこれほどまでに戦えるという情報はどこにもなかった。

 霊力は覚醒時に高かったのだろうが、その霊力の制御や術式、武術はたった3年程度で身につくものではない。


「構いませんよ、晴継さんは素晴らしい使い手ですね。もう少し続けていれば僕が追い詰められていたことでしょう」


 そんなことはない。もしレンが本気を出していれば負けていたのは晴継だったはずだ。

 確かに式符などは模擬戦用の程度の低い物しか使わなかったし、神通力も使用しなかった。

 だが自前の刀を使い、本気で打ち込んだ。

 そして少なくとも剣技において、晴継はレンに勝てる気がしなかった。

 直接手を合わせて見てそれがよくわかった。


(お嬢様を救った少年か。これで覚醒して3年も経っておらず、水神まで操るというのだから、恐ろしいものだ)


 晴継は汗もかいていないレンの後ろ姿を見て、灯火にふさわしいのは誰かということを思い知らされた。



 ◇ ◇



「ごめんなさいね、レンくん。あんなことを言い出すなんて」

「構わないよ、灯火。気にしないで」


 レンは灯火と2人で庭でも歩いて見てはどうかと提案され、水無月家の見事な庭園を灯火と歩いていた。

 模擬戦については灯火も知らなかったらしい。美輪子も知らなかったようなので、あの老人のスタンドプレーだったようだ。


「でも凄いのね、晴継さんと互角に戦うだなんて」

「晴継さんは剣士ではなく術が得意な術士だと感じたよ。あの戦いでは晴継さんは程度の低い符しか使っていなかった。それに水無月家は神通力を得意としている家だろう。そのどちらも使われずの手合わせで互角と言われても困るよ。お互いどれだけやって良いのかわからない模擬戦だったからね。でもまぁ水無月家の人間にある程度認められたならやった甲斐はある」

「そうね、晴継さんは剣も使うけれど中衛が本領だわ。多彩な術を使い、部隊を指揮して妖魔を的確に狩るのよ。よくわかるわね」

「水琴のような〈水晶眼〉がなくてもそのくらいわかるよ、ね?」


 レンがウィンクすると灯火はそういえばと小さく口にした。

 レンが異世界の大魔導士であったことを思い出したのだろう。


「でもこれでおかしなことを言ってくる水無月家の者は居なくなるはずよ。レンくんが戦える者だと言う証明はされたわ」

「そう願うよ、というか親に挨拶に行く度に実力を見せてみろなんて言われるのかな。それは勘弁して貰いたいんだけど」

「ふふっ、そうは言っても残りは藤森家と獅子神家と白宮家と豊川家でしょう。あるとしても豊川家くらいじゃないかしら。豊川家では当主の美弥さんや美咲ちゃんの母親の瑠璃さんにも気に入られていたみたいだし、大丈夫だと思うけれど」


 藤森家はわからせたし、獅子神家はどうかわからないが白宮家はそういうことはない。

 豊川家は藤の権勢が強力なので大丈夫だろう。なにせ藤の無茶振りをすでにこなしたのだ。今回だって断って良かった案件だった。

 灯火がなんだかもじもじとしているのにレンは今更ながらに気付いた。

 どうしたのだろうと思うがとりあえず灯火の左手を取る。

 正解だったのかどうかわからないが灯火の顔が赤くなる。

 レンは灯火と手をつなぎながらゆっくりと庭園を楽しみ、温室を案内して貰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る