136.告白

「ねぇ、どうだった」

「やめてよ、恥ずかしい」


 灯火は楓と一緒に玖条ビル近くの喫茶店でパフェを食べながら話をしていた。

 大学生の2人はまだ夏休みだが高校生と中学生はもう学校が始まっている。

 故にレンたちの学校が終わって帰って来る前に待ち合わせをして、楓が話を聞きたいと言い出したのだ。

 話題はもちろん婚約の申し込みである。

 と、言っても実質喋っていたのはほとんど母の美輪子であり、灯火は母につっこみをいれるくらいしかしなかった。

 先に婚約の打診があることをレンには伝えていたし、返事も貰っていたのでその時点で婚約は確定していたと言える。


「じゃぁそろそろレンくんじゃなくてレンって呼び捨てにするとか、なんかイチャイチャ2人でデートするとかしてもいいんじゃない? 婚約者なんでしょ」

「なんでそうなるのよ」


 母も結婚を待たずに婚前交渉をして子供を作って授かり婚でも良いなどと言っていたが、灯火は婚約が決まったからと言って即座にレンとの関係が変わるとは思っていなかった。


 ボッ


 顔が赤くなる。レンから強引に迫られたら断れないだろう自分を想像してしまったからだ。


「あっ、赤くなった」


 楓がけらけらと笑う。誤解されているだろうがそれは良い。むしろ理解されてしまったら恥ずかしくて穴に埋まりたくなりそうだ。


「まぁでもせっかくだからキスくらいしとけばいいんじゃない」

「いつどうやってするのよ。そういう雰囲気になったことないわよ、私たち」

「灯火からぶちゅってしちゃえばいいじゃん。興味ないわけじゃないんでしょ? ちなみにあたしはしたことあるよ」

「は?」


 楓の発言に脳みそがショートする。


「えっ、いつ? どうやって? なんで?」

「えっと、落ち着いて? ちょっと前だよ。レンくんがあたしたちの好意に対して反応があまりに薄いからちゃんとわかって欲しくて迫ってキスしたの。もしかしてレンくん初キスだったりするのかな。でも美咲ちゃんとか葵ちゃんとかが先にしてそう。水琴ちゃんはしてなさそうだけどね。それにしてもずいぶん焦るじゃん、キスくらいするよ。あたしだって年頃の女の子で好きな人が目の前にいるんだよ。レンくんも嫌がってなかったし。あ、レンくんって呼び方もレンって呼んで良いか聞いてみようかな。エマもエアリスも呼び捨てだもんね」


 情報量の多さにクラクラしてきて、灯火はアイスコーヒーを飲んで心を落ち着かせた。


(え、私が婚約者で正妻なのよね。でも楓もレンくんに貰ってもらうわけだし……、あ、これが嫉妬?)


 灯火はアイスコーヒーを飲んでも思考が正常に回復しなかった。

 そして灯火は自分が楓に嫉妬していることに気付いた。

 なんとなくだが最初の婚約者になったことによって灯火は心の中で喜び、他の娘たちよりも先んじられたと勝手に思い込んでいたのだ。

 だが実際はそうではない。恥ずかしがり屋の水琴も告白したし、美咲や葵は好意を隠そうともしていないし葵に関してはほぼ同棲に近い。

 むしろ控え目な灯火は遅れている可能性が高いことに今更気付いた。


「どしたん、灯火」

「いえ、ちょっと自分が嫉妬したことに気付いちゃってショック受けてるとこ」

「あぁ、ごめんね。でも嫉妬くらい誰でもするでしょ。あたしも葵ちゃんいいな~とか思うよ普通に。美咲ちゃんとか普通に抱きついてるし、エアリスも腕組んですりすりしたりしてるし、たまにイラッとする。でもみんな良い子だし同じ人を好きになったんだから仕方ないよね。あたしはまだしてないけど体の関係になってる子がいてもおかしくないし今後は全員がそういう関係を持つ予定なんだしね。でもレンくんあんまりそういうの興味なさそうなのが不思議だね。元一般人で若いんだからあたしらの魅力にくらっと負けてくれてもいいのにね」

「そうね、そういえばレンくんから何かされたことも、してるところも見たことがないわ」


 レンは奥手なわけではないとは思う。スキンシップにも過剰に反応しないし、抱きつかれても普通に対処している。

 しかしレンから抱きついたりキスしたりしているという話は聞いたことがない。

 楓も自分から行ったらしい。


(嫉妬するのは当然、か。そうよね、全くない方がおかしいのよね)


 全員仲良くしたいとは思うが、感情だけはそうはいかない。レンと結婚してそういう関係になっても、レンは他の子とも結婚するのだ。

 それが書類上の関係ではないとしても、その未来は確実にやってくる。むしろすでに行為が行われているかもしれない。

 何しろ避妊の術式なんていうのもあるのだ。一般的な高校生や大学生よりもハードルは低い。


「とりあえずそろそろ時間だわ。行きましょうか」

「うん、わかった。ごめんね、先にキスしちゃって」

「謝ることでもなんでもないわ。気にしない……ようにするわ」


 灯火は注文票を持ってレジに楓と共に向かった。



 ◇ ◇



「え? 初キスが誰かって? いきなりなんでそんなこと。えぇと、幼稚園の時に仲良かった子かな。名前も忘れちゃったけど」


 レンが水琴と共に帰って来ると美咲と葵はすでに玖条ビルの中で待っていた。そして灯火と楓がやってくる。訓練もあるがとりあえずは休憩だ。

 エマとエアリスも黒縄のくノ一たちもいる中でいきなり楓に初キスについて聞かれてレンは戸惑った。


「そういうんじゃなくて、えぇと、中学生以降での初めての女の子とのキスは誰?」

「う~ん、多分葵かな。ぶっ倒れて介護されてた時、葵がこっそりしてきてたと思う」

「え、バレてたんですか。こっそりしたつもりだったのに」


 レンが告白すると葵に視線が集まる。

 葵は表情を変えずにしれっと認めた。


「ああ~、あたしがワンチャン最初だと思ったのにぃ。くそぅ」

「葵、ちょっとずるいんじゃないソレ」

「え、楓さんもしてたんですか?」


 楓と美咲がヒートアップする。楓には葵がつっこんだ。

 するとそっとエアリスに手を握られた。くいくいと腕を引っ張ってくるのでエアリスの方を向くとチュッとエアリスにキスをされた。


「「「あああ~~~」」」


 悲鳴が上がる。

 いや、キスくらいで何を言っているんだとレンは言いたいのだが女性陣にとってはそうではなかったらしい。

 妹のキスシーンを見てしまったエマが一番動揺している。


「私もキスしたかったんです。いいですよね」

「エアリス、あなたっ」

「お姉ちゃんもしたらどうですか。というか、レンからして欲しいです」

「するわけないでしょ!」

「ちなみに私のファーストキスです。次はレンからしてきてくださいね」

「うちもしたいっ!」


 なんだかしっちゃかめっちゃかになって逃げ出したい気分になってきた。

 つい先日灯火との婚約を決めたばかりなのだ。

 他の子たちともおそらくエマを除けば全員そういう関係になることだろう。だがそれらについてレンは今までずっと先延ばしにしてきた。

 彼女たちに魅力を感じていないわけではなかったが、他にやらなければならないことや強さを優先したかったのでそういう関係になるのは避けていたのだ。

 楓や美咲や葵はレンが迫れば断らずにそういう関係になれていただろう。

 灯火もレンに好意は持ってくれていたが身持ちがその3人と比べると硬そうだとの判断だ。

 水琴も同様で、本気で口説けばどうにかなったかもしれないがちょうど良い距離感だったのでそういう気にはならなかった。

 後誰かに手を出すと5人の関係性が崩れてしまいそうだったというのもある。そこらへんのバランスの難しさは前世でイヤというほど経験したのだ。


 しかし灯火との婚約という話が持ち上がったことで、女性陣たちは焦りが出たのかもしれない。

 少し時間が経てば落ち着くことだろうとレンは静観を決めた。

 美咲が抱きついてキスをしてこようとするが流石にそういうキスはなしだろう。するならちゃんとしてあげたいのでレンが避けたのでほっぺに美咲の唇の感触が当たった。

 エマには睨まれているがこれは仕方がない。不意をつかれて避けられなかったのだ。

 レンは同室に居た黒縄の男に助けてくれと視線を向けたがサッと顔を逸らされた。



 ◇ ◇



「なんだか訓練って感じじゃなくなっちゃったね」

「今日くらいは休んでもいいんじゃないですか。あとレン様、勝手に唇を奪ってごめんなさい」

「そのくらいはいいよ、気にしてない」


 レンは灯火たち5人を〈箱庭〉に入れ、休憩することにした。

 今日の雰囲気で戦闘訓練をすると誰かが大怪我をしそうな感じがしたのだ。

 そんな状態で魔物と戦わせることもできないし、訓練にも身が入らないだろう。

 ちなみにエアリスは恥ずかしかったのか自室に帰ると言い、エマはそれを追って行った。

 エマとエアリスにハクたちを見せるつもりはまだないので良いかと思って全員で〈箱庭〉に入ったのだ。

 空は晴天でまだ残暑が残っているが、レンは魔法で近くの温度を下げている。

 東屋で6人並んでいるが、まだ雰囲気が少し固い。


「レンっち、うちともキスしようよ」

「いいけどみんなの前でするのは違くない? 落ち着いたところで2人でしよう」

「いいの?」

「いいよ。子供を作ろうって言われたらまだ早いから待ってって言うけどね」


 美咲がさっきのキス未遂について追及してきたのでレンは宥める。

 別にキスくらいは良いと思うのだが、全員に見守られてするようなことでもないし、見ている側も良い気分ではないだろう。


「レンっち、なんか慣れてる? さっきの話だと葵っちと楓っち、エアリスっちとだけだよね?」

「あ~、そういえば水琴と葵しか知らないのか。わざわざ言う機会もなかったしなぁ」

「え、なになに。超気になるんだけど」


 美咲が疑惑の目でレンを睨み、楓がずずいと体を乗り出してくる。

 ここまで来たら言わないのもおかしいだろう。すでにこの5人とは順番や時期はともかく娶る約束をしているのだ。

 灯火とは正式に婚約をしたが、他の娘たちもレンの妻になりたいという意思を確認したし、レンも受け入れる用意がある。


「僕はね、覚醒したんじゃなくて、前世の記憶を思い出したんだ。いや、憑依したのかもしれないけれど、そこはよくわからない」

「前世の記憶? つまりレンくんは前世で術士か魔法使いだったの?」

「う~ん、間違ってないけれど認識は違うと思う。君たちは異世界の存在を信じる?」


 水琴と葵にはレンが前世で異世界の大魔導士であったことを話したが、灯火、楓、美咲には語ったことがない。

 〈箱庭〉やハクたちの存在など明らかに異常であることはわかっているだろうが、それがどこ由来の物であるか説明していなかったのだ。


「「「異世界?」」」

「そう、異世界。地球とは全く違う星。文化も文明も全く違う。魔法が当たり前にあって魔物もいる。神や精霊も存在するし妖精族や獣人族、鬼人族がいるような世界。う~ん、説明しようとすると難しいね」


 とりあえずレンはよくわかっていない3人に、レンはローダス大陸という大陸にあるローダス帝国で大魔導士と呼ばれていたことを説明した。

 水琴や葵は幾度か話すことがあったのでより詳細に知っているが、肝心な部分だけをとりあえず明かすことにする。

 レンが500年生きた魔導士だったこと。大国の爵位を持っていたり宮廷魔導士長などをやっていたこと。精霊や神の試練を突破して〈箱庭〉などの能力を得たこと。魔法や魔術、錬金術にも精通し、魔剣なども多く所有していること。

 カルラやハクやライカやエンは異世界の上位の魔物でレンの従魔であること。

 それに正式な妻でも数十人、そうでなくとも経験を持った女性は数え切れないほどいること。

 突然魔境の奥で起きた荒ぶる邪竜と戦い、死んだと思ったら玖条漣と言う少年が死にかけていて、転生か憑依かショックで前世の記憶を思い出したのかはわからないが玖条漣の体でレンの記憶が蘇ったこと。

 とりあえず必要な情報はこのくらいだろう。

 すでに知っている水琴と葵は静かにレンの言葉を聞き、灯火、楓、美咲も突拍子もないレンの紡がれる言葉を遮らずに聞いてくれた。


「はぁ~、異世界に転生。アニメとかで聞いたことはあるけれど本当にあるんだね」

「でも前世の記憶持ちはたまに存在することが証明されているわよ。異世界のってのは聞いたことがないけれど」


 楓が大きく驚き、灯火も疑ってはいないのか楓の言葉に続ける。


(前世の記憶持ちは存在するんだな、知らなかった)


「じゃぁレンっちは異世界ではすっごい術士だったってこと? そう言われればカルラとかハクとかすっごい強い剣だとかどこから用意したのかわからない術具だとかに一応説明はつくよね。単にすごい異能に覚醒したって言われるよりも信じられるかも。実際この〈箱庭〉とかだけでも明らかにおかしいしね」

「まぁ概ねその理解であってるかな。今は日本の術具や術も使っているけれど、元々の世界で使っていた魔法とかの方がやっぱり使いやすいしね」

「水琴っちと葵っちは知ってたんだ」

「むしろこっちの世界で魔力があったり術士や妖魔がいるとは思わなかったんだよ。漣少年の記憶ではそういうのは画面や小説の中の話だけで、実際に退魔士が妖魔や怨霊と戦っているなんて認識はなかった。でも気がついて怪我を治療してすぐに如月家の探査魔法に捕まりそうになって〈箱庭〉に速攻逃げ出したんだ。水琴は偶然救う機会があって、その縁もあって色々と退魔士業界のことなんかを教えて貰っていたんだ。葵は〈箱庭〉にしばらく残って貰っていたからその時に話をしたね。でもその内容は〈制約〉に引っかかるから水琴も葵も口に出せなかったんだよ」


 美咲は今までの疑問が解けたとばかりにうんうんと頷いた。

 灯火と楓も半信半疑のような表情をしているが、レンとしては別に信じてもらう必要性はない。

 隠していたわけではなく、敢えて語るタイミングがなかっただけだ。


「僕、異世界で大魔導士やってたんだ」なんていきなり言い出したら痛い子を見られるような視線で射られてもおかしくない。それは流石のレンでも勘弁してほしかった。


「はぁ、ちょっと情報量が多すぎた気もするけれど信じるわ。というか信じざるを得ないって感じね。確かに美咲ちゃんの言う通りレンくんの謎が一気に解明されたわ。異世界の大魔導士だったっていう前提を言われれば霊薬や霊水、高位の神霊としか思えないカルラたちの存在も説明がつくわ」


 灯火は信じてくれたようで、というか様々なレンが見せた異常な行動の裏付けとして異世界の大魔導士であったということに納得したようだった。


「婚約者にもなったしね。一応教えておくタイミングは今かなって」

「ねぇレンっち、じゃぁすっごいいっぱい経験があるからうちらに手を出さなかったってこと? うちらじゃ魅力がなかった? 異世界の美女のが良かったってこと?」

「い、いや、そういうことじゃないよ。実際漣少年の体になってからそういう欲望はむしろ強まったと思う。体にも引っ張られているし、漣少年の記憶も混じってるんだ。灯火も楓も水琴も美咲も葵も、エマやエアリスも魅力的だと思うよ。ただ手を出すと今までのほど良い雰囲気が壊れる気がしたし、強くなりたいって言う気持ちのが強かったから手を出すのは我慢していたんだよ」


 美咲がぷくっと膨れる。経験があるから美咲たちに手を出さなかったと誤解させてしまったようだ。


「それに異世界の大魔導士だったならすっごく強いんじゃないの? 実力を隠してるだけなんでしょ」

「あ~、それがそうじゃないんだ。魔力炉とか魔力回路、チャクラや霊脈って言った方が伝わるかな。それらは漣少年の肉体のままだから僕自体は当時の実力の3割くらいしか発揮できていないんだ。それに体格が違うから武術も学び直さなきゃならなかったからね。見せていない強い魔法とか魔術は確かにあるけれど、僕の実力は今見せている実力と大差ないよ?」


 だからこそレンは以前の強さを、いや、それ以上の強さを求めて訓練にあけくれているのだ。

 前世のレンであれば東京都丸ごと底の見えない大穴にしてしまうことができたが今のレンではそんなことは到底できない。むしろ山の形を変えることすら難しい。


「う~ん、すぐ飲み込めないかな。これから少しずつでいいから異世界の話も聞かせてくれる?」

「いいよ、もう明かしちゃったしね。水琴や葵に話していることもあるから、話せない部分以外は話すよ」

「それでも話せない部分があるんだ」

「前世の女性関係とか聞かれても普通に困るよ」

「それはそうかもだけど」


 楓は情報量の多さに少し思考がショートしてしまったらしい。

 レンも他人に「俺は異世界から転生してきたんだ」と言われたら自身の経験がなければ何言っているんだコイツと思ったことだろう。

 そういうのはじっくりこれから知っていって貰えば良い。

 彼女たちはレンの伴侶になるのだし、話す時間がないというほど切羽詰まっているわけではない。

 葵がお茶とお茶菓子を用意してくれて、その日のレンは彼女たちの質問攻めをこなすことで一日が終わってしまった。

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