132

 お盆も終わり、怨霊の数も落ち着いてきた。

 水無月灯火は水無月家本家の広間で姉の隣で静かに座っていた。

 目の前には水無月家の重鎮や分家の当主や次期当主と目されている者たちが集まっている。

 灯火の母であり、水無月家当主である美輪子が集合を掛けたのだ。


(はぁ、憂鬱だわ。いえ、イヤな話ではないんだけれど、これから荒れるのは目に見えているのが、ね)


 水無月家当主である母を中心に姉2人が左右に挟むように座っていて、灯火はその脇に座っている。

 今回の会合は定期的な物ではない。故に重鎮や分家の者たちは何があるのかと美輪子たちの正面に座り、美輪子が口を開くのを待っていた。


「今回呼び出したのは灯火の事です。灯火はご存知の通り婚約者がおりません。そしてそろそろ年齢的にも婚約者を定めるべき時期になりました」


 美輪子がそういうとギラリと幾人かの男たちが目を光らせる。


「灯火に関しては川崎事変で助けられた際、特殊な術を掛けられたことで他家からの縁談の申し出を全て断って参りました。分家から婿を取り、水無月家の分家の1つとする案もありましたが本人の希望もあり、玖条家へ婚約を打診することとします」


 美輪子がそう発表するとざわりと広間が騒がしくなる。


「お待ち下さい、美輪子様。灯火お嬢様は水無月家内に留めておくのが最良だと具申します」


 ある分家の者が美輪子の発言に否定的な意見を述べる。しかし美輪子はそちらに顔を向けもせず、言葉を続けた。


「これは相談でも何でもありません。決定事項を周知しているだけです。反論も意見も求めておりません。実際打診することを決めただけなので玖条家が受け入れてくれなければ水無月家内で灯火の婿を探すこともあるかも知れません。ですが先に玖条家へ打診することは翻りませんよ」


 ピシリとした声色で美輪子ははっきりと言いきった。


「そんなっ、玖条家と言えばまだ新参の小さな家ではないですか。灯火お嬢様を嫁入りさせるほどの家だとは思いませぬ」


 そうだそうだと多くの者が賛同する。

 その言葉を聞いて灯火はイヤな気分になった。レンや玖条家のことをどれだけ知っていると言うのか。いや、知らないからこそそんな勝手な意見を言えるのだ。

 暴走した誰かがレンの龍の尾を踏むことにならないことを灯火は心の中で祈った。

 だが〈制約〉により灯火は母や姉たちにもそんなことは伝えることはできない。

 精々玖条家は母たちが思っているよりも非常に強い勢力で、怒らせない方が良いと忠告する程度が関の山だ。


「灯火の命はその玖条家当主により助けられました。そして灯火も玖条家へ嫁ぐことに前向きな意見を持っています。それで十分ではありませんか。玖条家当主が川崎で灯火を助けなければ灯火は嫁入りどころかすでに亡き者になっていたのです。命があり、今もわたくしの娘としてこの場にいる。それだけで母親としては十分です。そして水無月家当主としての立場から見ても、玖条家は歴史こそありませんし規模も小さいですが将来性は非常に高い家です。水無月家と玖条家が縁を結ぶことは今後の水無月家の為にもなるとわたくしは判断致しました。故に相談ではなく周知なのです」

「お待ち下さい。是非ご再考を」


 ある若者が声を張り上げた。水無月晴継。戦闘部隊を統括する分家の子息で本人も相当の腕前だ。次期戦闘部隊長との呼び声も高い。

 そして彼は25歳だと言うのに未だ結婚していない。

 それが晴継が灯火に懸想しているからだというのは周知の事実だった。


「晴継さん。はっきり申し上げますがもし玖条家に婚約を断られたとしても私は晴継さんを婿へ選ぶことはありません」

「なんですって!?」


 狂乱に近い叫び声が上がった。


「なぜですか、灯火お嬢様。俺は灯火お嬢様にふさわしい男になるよう修行を積んで参りました。将来には必ず水無月家の戦闘部隊長にもなって見せます。そして灯火お嬢様を大事にするとお約束いたします」

「これは感情の問題なので晴継さんの努力の程がいかほどかというのは関係ありません。いえ、否定しているわけではないのですよ。晴継さんがどれほど努力し、強くなっているかは知っていますし非常に評価しています。しかし人生の伴侶として私は晴継さんを選びたいとは思わないのです」

「そんなっ」


 灯火のはっきりとした宣言に晴継はがっくりと項垂れる。

 晴継は若い者たちに人気も高い。そして彼の想いは周知の事実だった。故に若い者たちは残念そうに彼を見つめている。

 年嵩の者たちからははっきりと同情の目線が彼に浴びせられるが、言葉を掛ける者はいなかった。

 これほど大勢の前で振られたのだ。しかし灯火は晴継に対し、気のある素振りを見せたことなどなかった。むしろ変な期待をさせないようにあまり近づかないようにしていたくらいである。

 レンのいる玖条家に頻繁に通っているのだからレンに気があるのくらいわかってくれても良いのにと思うくらいだ。

 だが恋する晴継は盲目になってしまっていたのだろう。自身が灯火にふさわしい男になれば、横に立てると信じて鍛えていたのだ。


(はっきりと言わなければ伝わらないものかしら。でも仕方がないわ。変に期待を持たせるのも申し訳ないものね)


 晴継は見目もよく、良い大学も出ている。水無月家の戦闘部隊の中隊長にまでその若さでついている。

 父親は最も大きな戦闘部隊を任されており、分家の長だ。

 長子相続ではなく実力と指揮能力で選ばれるので、晴継が灯火の世代の重鎮となる可能性も高いだろう。

 灯火を嫁にできれば彼の将来も安泰ではあるが、そういう狙いではなく純粋に想ってくれているのを灯火は知っていた。


 知っていたがそれと灯火が彼を気に入るかどうかは別の話だ。

 母からも水無月家から選ぶ場合は灯火の意思を優先して良いと言われている。

 今のところ水無月家中で誰が良いなどと考えてもいない。

 結婚は退魔の家に生まれてきた娘なのだからしないという選択肢がないことはわかっている。そして結婚するならレンが良い。灯火はそう思っているし、レンには幾度アタックしても許して貰いたいと願っている。

 できれば今回の打診で決まって欲しいくらいだ。


「孫の恋慕はともかく、我々はその玖条家当主を見たこともなく、知りもしません。灯火お嬢様が定期的に玖条家に通っているのは知っているので今回のことについても驚きはありません。むしろそうなるのではないかと儂は思っていました。だが実際に灯火お嬢様を嫁に出すならば玖条家当主という者をこの目で見てみたいと儂は思います。表面的な情報は知っていますが実際に会って見なければわからぬこともあります。美輪子様、婚約を打診し、それが受けられたのであれば玖条家当主と我らとの面会の場を設けては貰えませぬか」


 晴継の祖父で重鎮の一人である老人が意見を言う。

 その意見には賛同の声が大きくあがる。

 灯火も晴継を振ることはできてもこの意見に関して反論することはできない。

 水無月家を構成する重鎮たちにとっては灯火の相手となるレンがどのような男か気になるのは当然であろう。姉たちが婚約した時も婚約者の紹介はされた。

 レンは少し前の妖魔討伐でカルラの存在を明かしたらしい。多少リスクがあるように見せかけたようだが、水神を操る異能者というのはそれだけで価値が高い。

 水無月家と玖条家が縁を結ぶにあたり、好材料だと言える。


 レンは秘密主義でその実力をめったに見せることはない。それはカルラやクローシュなどの神霊の話だけではなく、持っている高位の霊剣や術具、更には自身の武術の腕前でさえ灯火たちの前で全て披露しているとは到底思えなかった。

 灯火は〈箱庭〉に匿われた為、比較的レンの秘密を知っている方だとは思うが、〈箱庭〉での妖魔との訓練の際に見たこともない術で救ってくれたことなど何度もある。

 レンは魔法や魔術と言っているがどれほどの魔法や魔術を使えるのかすら灯火は知らないのだ。


「そうね、その意見は汲み取るべき点があるわね。灯火の相手を知りたいというのは当然のことでしょう。水無月家から正式に婚約を打診し、それが受け入れられたならば水無月家の者たちへ挨拶に来て貰えるように要請しましょう」

「わかりました」


 意見をあげた老人は素直に頷き、周囲の者たちも美輪子の返答に従った。



 ◇ ◇



「灯火、何か悩んでる?」


 今日は全員で集まって観光に出てきた日だ。すでに山梨県に入っていて、いくつかの観光名所を黒縄の案内に従って巡っている。

 黒縄は元々山梨県を本拠とする斑目家の忍者だ。当然近隣のおすすめスポットなどは詳しいし、訪れる予定の神社や寺院などにも斑目家を通して連絡をしてくれたと言う。

 しかし全員が楽しむ中、少しだけ灯火の表情に陰がさしていることに楓は気付いた。


「そうね、悩んでいても仕方がないわよね。この後デザートを食べに行く店を貸し切ってくれたそうだから、そこで話しましょうか」


 観光でも移動する人数は多い。蒼牙、黒縄も合わせれば30人近くの人数で動いているのだ。

 故に少し後に食べに行く予定の店は貸し切り予約をしたのだと言う。

 日差しが強いので楓は早く店に入りたかった。




「婚約!?」

「決定じゃないわ。レンくんに水無月家から打診が行くのが決定したというだけよ」


 デザートで美味しいパフェを食べながら話しだした灯火の言葉に、楓はむせそうになった。

 レンも聞いていなかったのか驚いているし、他の子たちも驚いている。


「まぁそうだよね。あたしたちも婚約者すらいないのはおかしい年齢だしね。結婚して子供がいてもおかしくないわ」


 藤森家の規模でもそうなのだ。水無月家で同い年の灯火の婚約者がいないのは、一度攫われ、〈制約〉を掛けられた為だ。

 それでも命がないよりは良い。そして婚約者候補としては当然命を救い、且つ解こうとすることすら許されない〈制約〉を掛けたレンが筆頭にあがるのは当たり前のように思えた。


「それ先に聞いて良かったの。僕当事者だよね」

「突然水無月家から使者が来て聞くよりは考える時間があった方が良いでしょう? できれば受けて欲しいと思うのだけれどどうかしら」

「う~ん、黒縄や黒鷺に早く結婚しろとか、結婚しなくてもいいからさっさと後継ぎを作れとか言われているから、婚約くらいはしなきゃ行けないのはわかっているんだけどね。灯火のことも好ましく思っているし、問題はないよ。むしろ灯火がほかの人と婚約するって聞いたらショックを受けそうな自分に気付いたよ」


 レンはあっさりと頷いた。それに灯火はホッとした様子で胸をおさえた。やはり心配に思っていたのだろう。

 灯火は控えめな性格だがレンに想いを寄せていたことくらい楓にだってわかる。と、言うよりもレンに命を救われた5人は全員レンに想いを寄せていると言っても過言ではない。

 実際美咲や葵は好意を隠さないし、楓も告白のようなことをした。

 エマは微妙なところだがエアリスもそうだろう。

 6人の妻というのは多少多い気はしないでもないがないこともない。むしろ10人以上妻を持つ当主もいるくらいだ。 

 その辺りは家それぞれ、もしくは当主がどのような人物かによって様々で、レンは多人数を妻にすることをおそらくはあまり気にしていないと楓は見抜いていた。


「レンくん、えっと、申し訳ないんだけどあたしも貰ってくれないかな。正直藤森家内で貰ってくれる相手はいないし他家に嫁に出ることもできないの。あたしはレンくんを素敵な人だと思っているし、灯火の後でもいいから貰ってほしい」


 顔が赤くなっているのを自覚しながら楓はレンに告白した。

 楓は中学でも高校でもモテていた。女らしい体つきに整った顔。明るい性格で友人も多い。

 しかしお付き合いをしたことはない。一般人男性と結ばれる未来は退魔士の女性としてありえないからだ。

 実際大学でもアプローチを受けているが全て断っている。

 それは灯火や水琴、美咲や葵も同じだろう。彼女たちも美しい美女美少女の集まりなのだ。


「うぅ、ずるい。うちの番なのに」

「美咲、でも灯火さんを認めてないわけじゃないんでしょう?」

「うん、まぁ灯火っちなら仕方ないというか、レンっちの正妻として文句ないと思うよ。前言ったと思うけどね」


 美咲がぶすっと膨れ、葵が宥める。

 以前美咲は5人全員娶られるのであれば灯火が正妻が良いと言う意見を語っていた。

 自分が正妻になりたいと言い出すと思っていたので楓としては驚いたものだ。

 しかしその分析は正しいし、この5人ならば表に出る正妻は灯火であるべきだろう。


「レンくん、いやにあっさり認めたわね」

「まぁいずれそういう話になるだろうってことはなんとなく予想がついてたからね。楓も葵も美咲も僕への好意は隠さないし、あそこで助けて〈制約〉まで掛けた以上責任もあるかなって思うんだ」

「そういう水琴ちゃんはどうなの。レンくんのお嫁さんに立候補しないの」


 水琴は楓に突っ込まれて顔を赤くした。


「私、えぇと、私は……。多分獅子神家から同様の要請がくると思うのよね。獅子神家は玖条家のことを非常に大きく評価しているし、嫁入り先も自由にしていいと言われているのだけれどレンくんについてどう思っているか探られたりするの。獅子神家としては玖条家と縁を持ちたいという思いが強いんでしょうね。実際いつそういう話が出るかはわからないけれど、高校を卒業する頃くらいにはどうしたいのか正式に聞かれると思うわ」

「そうじゃなくて、水琴ちゃんの気持ちを聞いてるの」


 楓の突っ込みに水琴は耳まで赤くなった。


「うぅ、恥ずかしいけれどお嫁さんになるのなら相手はレンくんがいいわ。楓さんと同じく他に意中の人なんていないしね。獅子神家の中で私を娶りたいと思っているだろう男性は何人かいると思うけど」


 水琴がぷしゅ~と煙を出しながらテーブルに顔をうつぶせる。

 言わせた感はあったがいずれそうなっていたのだ。それが早まっただけだろう。

 レンにも5人全員がそう願っていることをきちんと自覚しておいて欲しいという楓の思いもあった。

 これで誰か1人だけ除け者にでもされたらたまったものではない。


「私も立候補してもいいのかな」

「エアリスっ!?」


 話が少し落ち着いたところで同じテーブルで食べていたエアリスが名乗りを上げる。

 姉のエマはぎょっとした表情をしていた。


「エアリス、チェコに私たちと一緒に帰るんじゃないの? いつになるかは決まっていないけれどそういう予定だってのは聞いているわよね」

「うん、そうだけどレンのお嫁さんになって日本に残るのもありならそうなりたい。日本も好きだしレンも好き。レンにも私を好きになってほしい」


 流石外国人、言葉がストレートである。


「エアリスありがとう。気持ちは嬉しいけれどちゃんとイザベラと相談したほうがいいと思う。とりあえず灯火と楓は良いとして他の子たちは正式な要請があるまで保留でいいかな。一気に全員娶るわけに行かないしね」

「娶ってくれる約束をしてくれるならあたしは問題ないわ。むしろ受け入れてくれてホッとしてる」

「私もよ、これで断られたらどうしようか全く考えていなかったもの。水無月家中で誰か良い人を見繕わなければならないところだったわ」


 楓がそう言うと灯火も続いた。


「私は保留で構わないわ。急いでいるわけではないし、うちはそういうのにうるさくないの。流石に誰とも結婚しないなんて選択肢はないけどね」

「うちはちゃんと番になってくれるならいいよ。早く貰ってね」

「私はレン様の傍に居られれば妻でなくても愛人でも何でもいいです。でもレン様の子は授かりたいと思っています」


 水琴、美咲、葵とそれぞれが意見を表明する。

 レンはそれぞれの子たちの顔をしっかりと順番に見つめた。


「みんなの意見はわかった。僕としても君たちに好意を持っているし問題はないよ。とりあえず水無月家との話し合いからかな。楓は家族にご挨拶にでも行った方がいい?」

「うちは水無月家のことが終わってからでいいよ。急がないから。灯火と結婚した後でも良いくらい。ってかいつ結婚するの? 今回の話は婚約の打診なんでしょ」

「多分私が大学を卒業したあたりじゃないかしら。一番遅くともレンくんが大学卒業と同時になると思うわ」

「じゃぁあと3年弱か」

「別に水無月家としてはレンくんが18歳の誕生日を迎えてすぐでも構わないと思うわよ。そう考えるとすぐね。豊川家の美咲ちゃんがいるから結婚という形式を取らないで事実婚でも良いと思うし」


 レンの誕生日は11月だ。あと3ヶ月もない。

 法律上重婚は認められていない。故に婚姻届の有無はあまり重要視されない傾向にある。むしろ退魔士業界では事実婚の方が多い。法律と現実が即していないのでこれは仕方がないと言える。

 退魔士にとって学生結婚など当たり前だ。休学して出産する子も多くいる。多少一般人から白い目で見られようが、早めに子を為すのは退魔士の女性としては常識の範疇だ。

 高校生で子を生む娘もいる。中学生では流石に少ないがいるとも聞く。

 むしろ葵はレンに助けられなければ中学生で孕まされていた可能性すらある。それに気付いて葵がレンに救われて本当に良かったと楓は思った。

 葵はレンの傍にいる時は本当に幸せそうにしているのだ。


「まぁまずは話し合いをしてから考えるとしよう。どんな話になるのか聞いてみないとわからないからね。僕は結婚も子供もそんな急ぐ気はないんだ。周囲は急がせようとしてるけどね」


 レンはそう言ってコーヒーを飲み干した。

 そろそろ貸し切り時間も終わりの頃だと黒縄から言われ、楓たちは山梨観光の続きを楽しんだ。


◇  ◇


この話を皮切りにレンとヒロインたちの関係性が進みます。お楽しみください。

面白かった、続きが気になるという方は☆評価をつけて頂けると嬉しいです。

☆三つならよりやる気がでます。よろしくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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